エノラ・ゲイとは、機長ティベッツの母親の名前「ENOLA GAY」である。
機長ポール・ティべッツ大佐(1915年イリノイ州クインシー生、29歳)は、
その日、原子爆弾を爆撃機B29に載せ広島へ向かった。
機首には、職人に書かせた「ENOLA GAY」の大文字が!!
1945年8月6日 午前2時45分(日本時間午前1時45分)、
中部太平洋のテニアン島北飛行場を飛び立った(機長以下乗員12名)。
日本時間午前5時硫黄島上空。
機首を四国に向け、高度9200フィートの高度まで上昇、
そのまま広島上空へ急上昇して進入(時速205マイル)。
午前8時15分17秒、高度約3万フィートの広島上空
原子爆弾投下、43秒後に地上1890フィートの上空で爆発
(地上600メートルの上空)
午前8時16分 原爆(通称リトル・ボーイ)が炸裂
火球の中心温度は摂氏100万度を超え、
1秒後には最大直径280メートルの大きさとなり、
爆心地周辺の地表面の温度は3,000~4,000度にも達した。
◆太陽の表面温度は、6000度◆
さて、エノラ・ゲイは午後2時58分(日本時間午後1時58分)
テニアン島北飛行場に帰還した。
往復飛行時間12時間13分。航続距離2960マイル。
あれから60年
広島では常識であっても、
全国的にみれば、
教科書には載っていても
その実態を教えることのできる教師は皆無・・・???
B29
ボーイングB29スーパー・フォートレス(超空要塞機)
超長距離通常爆撃機として発案、設計され、
緊急に製造された最新型爆撃機である(約3200機製造)。
高度1万m以上での飛行可能、航続距離5600km(4トン爆弾搭載)。
全長30.2m、全幅43m、高さ9m。
エノラ・ゲイはその内の一機、
ネブラスカ州オマハのマーティン航空機会社によって製造された航空機
B-29-45-MO S/N 44-86292 で、
広島への原子爆弾投下のため特別な改良が加えられたもの。
スミソニアン博物館展示のエノラ・ゲイ
スミソニアン航空宇宙博物館新館(米国ワシントン郊外)が、
2003年12月15日午前十時(日本時間16日午前零時)にオープン。
エノラ・ゲイは、「技術の進歩の証し」として数多くの航空機といっしょに展示。
しかし原爆投下に関する説明では、
「1945年8月6日、戦闘としては初の原爆を投下した」とあるのみ。
被害の実態(死傷者数や歴史的な経緯)等については一切触れられていない。
それは、戦争だからだ。
アメリカ人は、真珠湾奇襲攻撃をいつまでも忘れない。
日本人が、広島・長崎を忘れないと同じように。
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