第4章
総督がサインした許可書が翌日届いた.総督は,自身で文章の先頭に一文を追加していて,私はあらゆる援助を申し出ます,と書かれていた.これはカフェのマスターを感心させた.私はそのメッセージを回覧するように彼に渡した.
私は町についてのノートをつけ始めた.私の振舞はもっともらしく,また十分なものでなければならなかった.私は時々,魅惑的な歌を歌うキツネザルについて書いてもいいと漠然と思った.記憶が薄れる前に記述するには,今がいい機会だった.毎日,私は周囲のことについて少しずつ書いていった.他の主題についてはもっと多くのページを割いた.他にすることはなかった.仕事がなければ,私は退屈していただろう.私は夢中で仕事をし,数時間没頭し続けた.時間は驚くほど速く過ぎていった.ある意味で,私は,祖国にいるときよりも快適な生活を送っていた.気候は極端に寒かった.しかし,部屋の中は暖かかった.くべるべき丸太は十分供給されていた.ここでは燃料不足の問題はなかった.近くに大きな森があった.まもなくやって来る氷についての思いが,いつも私を悩ませていた.現在はまだ港は開いていた.時々船が出入していた.そのため,カフェで美味な食べ物にありつくことができた.カフェで出る食事は量的には十分であったが,いささか品数が少なかった.私は居間から出て,少し引っ込んだ小部屋で食事をとるようにした.そこは,雑音も煙もなかったし,十分プライバシーの時間を保つことができた.
破滅の中を調査をして歩いていることになっていたので,私は疑われずにハイハウスを観察し続けることができた.時々総督が,ボディガードを伴って出てくるのを見ることはあったけれども,私は決して少女の姿を見つけることはできなかった.彼はいつも足早に大きな車のところへ真っ直ぐに行って,乗り込み,驚くほどのスピードで出て行った.私は,政治上の敵対者による暗殺を恐れているのだと思った.
2,3日たつと,私はいらだってきた.私はどこへも行かなくなり,行ってもすぐに戻って来た.彼女は決してハイハウスを出ることはないだろうと思ったので,私はそこへ入り込まなければならなかった.しかし,招待状はやってこなかった.総督に近づくためのもっともらしい口実を考えていたとき,彼がランチを一緒にとるために護衛兵の一人を迎えによこした.昼ごろ,私がカフェに行く途中に男がやってきたのだった.私はその無神経さが嫌いだった.私を呼び出す彼の傲慢なやり方が嫌いだった.招待というよりは命令だった.抵抗の意を表すために,私は,もうすでに食事が準備されていて,私を待っているので,招待を受けられないと言った.私に返事をする代わりに,護衛兵は大声を上げた.二人の黒い膝上までの長い上着を着た男がどこからともなく現れた.そのうちの一人がカフェのマスターのところへ説明に行った.もう一人は私の傍に立っていた.私は二人の護衛兵と一緒にいるしかなかった.もちろんそうすることがいやではなかった.それはわたしの望んでいたことだった.しかし,私は彼の高圧的な態度は好きではなかった.
総督は私を大きなダイニングホールに真っ直ぐに案内した.そこには,20人ほどの人が座れるテーブルが置かれてあった.彼は最上位の位置に,座を占めていた.堂々としていた.私は彼の脇に座った.三番目の席が私の反対側に置かれてあった.私がそこを一瞥したのを見て,彼は言った.
「あなたと同じ国から来た若い友人がここに滞在している.あなたは彼女に会いたいかもしれないと思ったものでね」
彼は私を覗き込むように見つめた.
私は嬉しいとだけ返事した.心の中では興奮していた.それが本当ならあまりにも幸運すぎた.これ以上の幸運はなかった.もはや彼女に会うために見せ掛けの仕事をしなくて済む.
つや消しされた水入れに入れられてドライマティーニが持ってこられた.その後すぐに誰かが入ってきて,何ごとかをささやき,彼にメモを渡した.2,3語読むや否や,彼の顔色が変わった.彼は紙を,ズタズタに引き裂いた.
「若い人は気が進まないそうだ」
私は落胆したが,適当なことを丁寧につぶやいて,悟られないようにした.彼は怒りで顔をしかめつらをしていた.彼の最もささやかな要求が断られたことに,彼は耐えられなかった.彼の怒りは周囲に及んだ.もはや私に口も聞かずに,彼女のために置かれていたものを下げさせた.グラスやナイフやフォーク類が取り下げられた.食事が持ってこられたが,彼は皿に盛られたものをほとんど口にしなかった.粉々になった紙切れをこぶしで握り締めて座っていた.彼が私を無視し続けていたので,私はいらだってきた.彼が私を向かいに来た傲慢なやり方を思い出し,これまでの彼の全ての無作法さに腹が立ってきた.私は立ち上がって出て行きたかった.しかし,それでは,ここでの彼との関係が駄目になってしまうことが分かっていた.気持ちを落ち着けるために,私は少女のことを思った.たぶん,彼女が来ないということは,私に責任がある.彼女が全く知らされていなかったにしても,彼女は私が誰かを予想したに違いない.彼女がひとりで上方にある防音室にいるところ想像した.彼女は数マイルも遠くにいる,夢の中の人のように感じられた.接近不能で,現実ではないかのようだった.
総督は,許し難い表情を浮かべていたけれども,次第に冷静になってきた.私は自分から話しかけようとはしなかった.彼が私の存在に気づくのを待った.若い羊の肉が切り取られ,私たちがそれを食べていた時に,彼は,急に私の調査に触れた.
「私は,あなたがわたしの周辺の破滅しか調査しないのに興味を持っている」
私はあわてた.私は見張られているとは知らなかった.幸運にも,答えを用意していた.
「ご存知のように,ここには行政上の建物がありました.それで,関心が他のところよりもここに集まります」
彼は何も言わなかった.彼はゲームで相手が疑問手を打ったときのような声をあげた.彼が私の返答に満足したのかどうか分からなかった.
コーヒーがテーブルの上に置かれた.驚くことに,人々を皆部屋から退室させた.私は恐くなった.彼が私と二人きりで何を言おうとしているのか想像がつかなかった.彼の態度はこわばっていた.彼は人をぞっとさせるような様子をしていた,冷酷で,よそよそしかった.つい先ほどまで,彼が親しげだったのが嘘のようだった.
「私に罠をかけるやつは後悔する.私は簡単には騙されない」
彼の声は自制されていて,穏やかだった.以前なら,そこに親しみを感じていたが,今は,威嚇されているように感じた.私にはあなたが言いたいことが理解できないと,言った.思い当たるふしがなかった.彼は長い間威圧的に私を睨みつけていた.私はその間に冷静さを取り戻した.危険のオーラが彼から出ており,何か企んでいるに違いなかった.
コップを脇に押しやり,彼は肘をテーブルにつき,顔を私のまじかに持ってきた.一言も喋らないで私を凝視した.彼の眼は輝いていて,私を支配しようとしていた.威圧に圧倒されないのは困難だった.彼の態度は,はったりに違いなかった.しかし,私は抵抗するのに努力を要した.彼が少しばかり怒りが静まったので,私はホッとした.彼はぶっきらぼうに言った.
「私を助けてくれればありがたんだが」
「一体全体,私に何ができるんです」私は驚いた.
「聞きなさい.ここは小さな,貧しい,資源のない後進国だ.エネルギーに関しては,大国の援助なしではやっていけない.不幸にして,大国が興味を持つには,国が小さすぎる.あなたの国の政府を,わが国と交易すると有益であると,説得して欲しい.地理的にもいい位置にある.あなたは政府に影響力を持っている方だとお見受けしている」
私はかつてはそうであったかも知れなかった.しかし,今ではそうではなくなっていた.私はそのようなことが言われるとは思いもよらなかった.私の直感はそれとは反対のことを予想していた.
「その種のことに,全く私は関係していないので」
彼はいらいらして遮った.
「あなたの国の政治家に私の国と協力関係を持つと,有利だと指摘してくれるだけでいい.簡単なことです.地図を見せていただければいい」
私が何か言う前に,彼はさらにいらだちながら,彼の意志を押しつけてきた.
「やってくれるでしょう?」
彼の権力と人を引きつける力に抗して,それを拒否することは不可能だった.しぶしぶ,私は同意した.
「よろしい.契約成立だ.もちろん,あなたは報酬を受け取るでしょう」
決着がついたかのように,彼は立ち上がって,手を差し出して,つけ加えた.
「下準備をするために,すぐにでも手紙を書いてください」
彼は小さな銀のベルを取り上げて,力いっぱい鳴らした.人々が群れをなして部屋の中に突進してきた.彼は彼らの方へ近づいていくとき,親しげにうなづき,私を立ち去らせた.私は当惑し不安になった.しかし,この場所を去ることが出来て嬉しかった.私はこの新たな展開を好まなかった.私の幸運も変わりそうだった.
1,2日後に,彼の大きな車が私のところにやってきて,止まった.彼は顔を出したが,高価な毛皮のオーバーコートを着ていた.彼は,私にハイハウスへ来ないかと,一言言った.私が乗り込むと,車は猛スピードで,入口へ向かった.
私たちは,彼と話をする目的で集まって来ている人々のいる部屋に入っていった.護衛兵が彼らを後方へ追いやって,私たちが向うの部屋に行くことができるようにしてくれた.私は彼がつぶやくのを聞いた.
「5分間遠慮しくれないか」
彼は護衛兵を向うへ行かせた.私に言った.
「あなたは,我々の契約に関して然るべき人に手紙を書いたと思うんだが」
私は何か言い逃れを言った.彼は全く口調を変えて,私を激しく非難した.
「郵便局はあなたがまだ誰にも手紙を送っていないと言っている.私はあなたが約束は守る男だと思っていた.見損なったみたいだ」
口論を避けたかったので,彼の侮辱を気にしないで,冷静に返答した.
「私はまだ契約から私は何を得ることができるのか聞いていなかったので」
彼は,ぶっきらぼうに,条件を言えと言った.私は率直に,単純に話そうと決心した.彼の敵意を少しでも和らげようと思いながら.
「私の望みはささやかなものです.今となっては」
私の望みは彼の敵意のない笑みだということを彼に知らせた.
「あなたのところにいる友人は,私と旧知の間柄かもしれない.その点を確かめるために,私は彼女と会いたい」
私は,私の強い願望を悟られないように言った,
彼は無言だった.彼は沈黙していたので,私の申し込みに反対しているのように思えた.彼が私にランチを招待したときとは,明らかに態度の変化があった.もはや彼は,私に会おうとしないだろうと思った.
突然,私は時間が気になって,時計を見た.面会の時間は5分過ぎていた.彼の命令に従って護衛兵が私を連れ出しに近づいて来るまで,待つつもりはなかった.立ち去ろうとした.彼は私と一緒にドアのところまでやって来て,ノブに手をかけながら,私が去るのを妨げようとしていた.
「彼女は気分が優れない.人に会うのに神経質になっている.あなたに会うかどうか聞いてみようか?」
私は彼が会わせないだろうと確信していた.再び時計を見た.1分しか残されていなかった.
「行かなければならない.もうすでに十分あなたの時間を使わせました」
彼の急に笑ったので,私は驚いた.彼は私が何を考えていたか知っていたに違いない.突然,彼の態度が変わった.彼は親しげになり,私は一瞬彼といっそう近づきになれるかもしれないと,かすかに思ったほどだった.彼はドアを開いて,護衛兵たちに立ち去るよう示唆した.彼らは挨拶して,出て行き,回廊を進んで行った.彼らのブーツが磨かれた床でカチャかチャと音を立てた.彼はそれから私の方を向き,善意を示すかのように,言った.
「もしよければ,今彼女のところに行こう.しかし,前もって彼女に知らせておかなければならない」
彼は私を連れて,彼を待っている人々がいる部屋へ戻った.人々は彼の回りに押し寄せ,取り囲んで,彼に熱心に話しかけた.彼は近くの人と,笑顔で親しげに一言二言話しをした.大きな声で,待たせたことを,さらに少しばかり我慢してもらわなければならないことを,詫びた.追って,全員の話を聴くだろうと約束した.部屋中に聞こえる調子で,命令口調で言った.
「音楽はないの」
それから,きつい口調で従業員に言った.
「ここにいる人々はお客だということは分かっているはずだ.待たせている間は,もてなすのが最低限の義務だ」
弦楽四重奏曲の調べが部屋中に響き始めた.私は彼に続いてそこを出た.
彼は私の前に立って,多くの護衛兵の前を通り過ぎ,風が吹いている回廊を大またで歩いて行った,一続きの階段をいくつか昇ったり降りたりした.私は彼についていくのに精一杯だった.彼は私よりはるかに条件が恵まれていた.彼は,その事実を示すのを楽しんでいるかのようだった.私を振り返りながら,笑いかけたり,彼の優越した身体を見せびらかした.私は彼のこの突然のユーモアを全く信じていなかった.私は,彼の広い肩幅や上品で細いウェストをした運動家のような頑強な身体を賞賛した.道のりは決して終わらないと思われるほど長かった.私は息切れがした.とうとう,私は彼を待たせるほど後れてしまった.彼は,短い階段の上で私を待っていた.そこは深い影の中にあった.ドアの形をかろうじて識別できた.部屋へ通じているのは,その階段だけだった.
彼は,少女に事情を説明したいので,私に数分待っているように言った.悪意のある笑い顔で
「ここで少しばかり体を冷やしてください」と言った.
ドアのノブに手をかけながら,続けて言った.
「ご存知のように,彼女次第ですから.彼女が会いたくないと言ったら,どうしょうもない」
彼はノックもなしにドアを開けて,部屋の中に姿を消した.
そこは薄暗かった.私は気が滅入り,いらだった.彼は私を罠にかけようとしているのだった.彼によって用意された彼女との出会いは見せかけのものだろう.可能性は皆無に等しかった.彼女が私を拒否するのか,彼が会わせるのを邪魔するのかは分からなかった.いずれにしろ,私は彼のいるところで彼女と話をしたくなかった.彼女は彼の支配の下にあるのだから.
私は聞き耳を立てた.しかし防音装置の壁からはなにも聞こえて来なかった.しばらく待って,私は階段を降りて行った.暗闇の通路で迷っていると.使用人に出会ったので,出口への道を教えてもらった.私の幸運続きもこれで尽きたかと思われた.
(第4章終り)
総督がサインした許可書が翌日届いた.総督は,自身で文章の先頭に一文を追加していて,私はあらゆる援助を申し出ます,と書かれていた.これはカフェのマスターを感心させた.私はそのメッセージを回覧するように彼に渡した.
私は町についてのノートをつけ始めた.私の振舞はもっともらしく,また十分なものでなければならなかった.私は時々,魅惑的な歌を歌うキツネザルについて書いてもいいと漠然と思った.記憶が薄れる前に記述するには,今がいい機会だった.毎日,私は周囲のことについて少しずつ書いていった.他の主題についてはもっと多くのページを割いた.他にすることはなかった.仕事がなければ,私は退屈していただろう.私は夢中で仕事をし,数時間没頭し続けた.時間は驚くほど速く過ぎていった.ある意味で,私は,祖国にいるときよりも快適な生活を送っていた.気候は極端に寒かった.しかし,部屋の中は暖かかった.くべるべき丸太は十分供給されていた.ここでは燃料不足の問題はなかった.近くに大きな森があった.まもなくやって来る氷についての思いが,いつも私を悩ませていた.現在はまだ港は開いていた.時々船が出入していた.そのため,カフェで美味な食べ物にありつくことができた.カフェで出る食事は量的には十分であったが,いささか品数が少なかった.私は居間から出て,少し引っ込んだ小部屋で食事をとるようにした.そこは,雑音も煙もなかったし,十分プライバシーの時間を保つことができた.
破滅の中を調査をして歩いていることになっていたので,私は疑われずにハイハウスを観察し続けることができた.時々総督が,ボディガードを伴って出てくるのを見ることはあったけれども,私は決して少女の姿を見つけることはできなかった.彼はいつも足早に大きな車のところへ真っ直ぐに行って,乗り込み,驚くほどのスピードで出て行った.私は,政治上の敵対者による暗殺を恐れているのだと思った.
2,3日たつと,私はいらだってきた.私はどこへも行かなくなり,行ってもすぐに戻って来た.彼女は決してハイハウスを出ることはないだろうと思ったので,私はそこへ入り込まなければならなかった.しかし,招待状はやってこなかった.総督に近づくためのもっともらしい口実を考えていたとき,彼がランチを一緒にとるために護衛兵の一人を迎えによこした.昼ごろ,私がカフェに行く途中に男がやってきたのだった.私はその無神経さが嫌いだった.私を呼び出す彼の傲慢なやり方が嫌いだった.招待というよりは命令だった.抵抗の意を表すために,私は,もうすでに食事が準備されていて,私を待っているので,招待を受けられないと言った.私に返事をする代わりに,護衛兵は大声を上げた.二人の黒い膝上までの長い上着を着た男がどこからともなく現れた.そのうちの一人がカフェのマスターのところへ説明に行った.もう一人は私の傍に立っていた.私は二人の護衛兵と一緒にいるしかなかった.もちろんそうすることがいやではなかった.それはわたしの望んでいたことだった.しかし,私は彼の高圧的な態度は好きではなかった.
総督は私を大きなダイニングホールに真っ直ぐに案内した.そこには,20人ほどの人が座れるテーブルが置かれてあった.彼は最上位の位置に,座を占めていた.堂々としていた.私は彼の脇に座った.三番目の席が私の反対側に置かれてあった.私がそこを一瞥したのを見て,彼は言った.
「あなたと同じ国から来た若い友人がここに滞在している.あなたは彼女に会いたいかもしれないと思ったものでね」
彼は私を覗き込むように見つめた.
私は嬉しいとだけ返事した.心の中では興奮していた.それが本当ならあまりにも幸運すぎた.これ以上の幸運はなかった.もはや彼女に会うために見せ掛けの仕事をしなくて済む.
つや消しされた水入れに入れられてドライマティーニが持ってこられた.その後すぐに誰かが入ってきて,何ごとかをささやき,彼にメモを渡した.2,3語読むや否や,彼の顔色が変わった.彼は紙を,ズタズタに引き裂いた.
「若い人は気が進まないそうだ」
私は落胆したが,適当なことを丁寧につぶやいて,悟られないようにした.彼は怒りで顔をしかめつらをしていた.彼の最もささやかな要求が断られたことに,彼は耐えられなかった.彼の怒りは周囲に及んだ.もはや私に口も聞かずに,彼女のために置かれていたものを下げさせた.グラスやナイフやフォーク類が取り下げられた.食事が持ってこられたが,彼は皿に盛られたものをほとんど口にしなかった.粉々になった紙切れをこぶしで握り締めて座っていた.彼が私を無視し続けていたので,私はいらだってきた.彼が私を向かいに来た傲慢なやり方を思い出し,これまでの彼の全ての無作法さに腹が立ってきた.私は立ち上がって出て行きたかった.しかし,それでは,ここでの彼との関係が駄目になってしまうことが分かっていた.気持ちを落ち着けるために,私は少女のことを思った.たぶん,彼女が来ないということは,私に責任がある.彼女が全く知らされていなかったにしても,彼女は私が誰かを予想したに違いない.彼女がひとりで上方にある防音室にいるところ想像した.彼女は数マイルも遠くにいる,夢の中の人のように感じられた.接近不能で,現実ではないかのようだった.
総督は,許し難い表情を浮かべていたけれども,次第に冷静になってきた.私は自分から話しかけようとはしなかった.彼が私の存在に気づくのを待った.若い羊の肉が切り取られ,私たちがそれを食べていた時に,彼は,急に私の調査に触れた.
「私は,あなたがわたしの周辺の破滅しか調査しないのに興味を持っている」
私はあわてた.私は見張られているとは知らなかった.幸運にも,答えを用意していた.
「ご存知のように,ここには行政上の建物がありました.それで,関心が他のところよりもここに集まります」
彼は何も言わなかった.彼はゲームで相手が疑問手を打ったときのような声をあげた.彼が私の返答に満足したのかどうか分からなかった.
コーヒーがテーブルの上に置かれた.驚くことに,人々を皆部屋から退室させた.私は恐くなった.彼が私と二人きりで何を言おうとしているのか想像がつかなかった.彼の態度はこわばっていた.彼は人をぞっとさせるような様子をしていた,冷酷で,よそよそしかった.つい先ほどまで,彼が親しげだったのが嘘のようだった.
「私に罠をかけるやつは後悔する.私は簡単には騙されない」
彼の声は自制されていて,穏やかだった.以前なら,そこに親しみを感じていたが,今は,威嚇されているように感じた.私にはあなたが言いたいことが理解できないと,言った.思い当たるふしがなかった.彼は長い間威圧的に私を睨みつけていた.私はその間に冷静さを取り戻した.危険のオーラが彼から出ており,何か企んでいるに違いなかった.
コップを脇に押しやり,彼は肘をテーブルにつき,顔を私のまじかに持ってきた.一言も喋らないで私を凝視した.彼の眼は輝いていて,私を支配しようとしていた.威圧に圧倒されないのは困難だった.彼の態度は,はったりに違いなかった.しかし,私は抵抗するのに努力を要した.彼が少しばかり怒りが静まったので,私はホッとした.彼はぶっきらぼうに言った.
「私を助けてくれればありがたんだが」
「一体全体,私に何ができるんです」私は驚いた.
「聞きなさい.ここは小さな,貧しい,資源のない後進国だ.エネルギーに関しては,大国の援助なしではやっていけない.不幸にして,大国が興味を持つには,国が小さすぎる.あなたの国の政府を,わが国と交易すると有益であると,説得して欲しい.地理的にもいい位置にある.あなたは政府に影響力を持っている方だとお見受けしている」
私はかつてはそうであったかも知れなかった.しかし,今ではそうではなくなっていた.私はそのようなことが言われるとは思いもよらなかった.私の直感はそれとは反対のことを予想していた.
「その種のことに,全く私は関係していないので」
彼はいらいらして遮った.
「あなたの国の政治家に私の国と協力関係を持つと,有利だと指摘してくれるだけでいい.簡単なことです.地図を見せていただければいい」
私が何か言う前に,彼はさらにいらだちながら,彼の意志を押しつけてきた.
「やってくれるでしょう?」
彼の権力と人を引きつける力に抗して,それを拒否することは不可能だった.しぶしぶ,私は同意した.
「よろしい.契約成立だ.もちろん,あなたは報酬を受け取るでしょう」
決着がついたかのように,彼は立ち上がって,手を差し出して,つけ加えた.
「下準備をするために,すぐにでも手紙を書いてください」
彼は小さな銀のベルを取り上げて,力いっぱい鳴らした.人々が群れをなして部屋の中に突進してきた.彼は彼らの方へ近づいていくとき,親しげにうなづき,私を立ち去らせた.私は当惑し不安になった.しかし,この場所を去ることが出来て嬉しかった.私はこの新たな展開を好まなかった.私の幸運も変わりそうだった.
1,2日後に,彼の大きな車が私のところにやってきて,止まった.彼は顔を出したが,高価な毛皮のオーバーコートを着ていた.彼は,私にハイハウスへ来ないかと,一言言った.私が乗り込むと,車は猛スピードで,入口へ向かった.
私たちは,彼と話をする目的で集まって来ている人々のいる部屋に入っていった.護衛兵が彼らを後方へ追いやって,私たちが向うの部屋に行くことができるようにしてくれた.私は彼がつぶやくのを聞いた.
「5分間遠慮しくれないか」
彼は護衛兵を向うへ行かせた.私に言った.
「あなたは,我々の契約に関して然るべき人に手紙を書いたと思うんだが」
私は何か言い逃れを言った.彼は全く口調を変えて,私を激しく非難した.
「郵便局はあなたがまだ誰にも手紙を送っていないと言っている.私はあなたが約束は守る男だと思っていた.見損なったみたいだ」
口論を避けたかったので,彼の侮辱を気にしないで,冷静に返答した.
「私はまだ契約から私は何を得ることができるのか聞いていなかったので」
彼は,ぶっきらぼうに,条件を言えと言った.私は率直に,単純に話そうと決心した.彼の敵意を少しでも和らげようと思いながら.
「私の望みはささやかなものです.今となっては」
私の望みは彼の敵意のない笑みだということを彼に知らせた.
「あなたのところにいる友人は,私と旧知の間柄かもしれない.その点を確かめるために,私は彼女と会いたい」
私は,私の強い願望を悟られないように言った,
彼は無言だった.彼は沈黙していたので,私の申し込みに反対しているのように思えた.彼が私にランチを招待したときとは,明らかに態度の変化があった.もはや彼は,私に会おうとしないだろうと思った.
突然,私は時間が気になって,時計を見た.面会の時間は5分過ぎていた.彼の命令に従って護衛兵が私を連れ出しに近づいて来るまで,待つつもりはなかった.立ち去ろうとした.彼は私と一緒にドアのところまでやって来て,ノブに手をかけながら,私が去るのを妨げようとしていた.
「彼女は気分が優れない.人に会うのに神経質になっている.あなたに会うかどうか聞いてみようか?」
私は彼が会わせないだろうと確信していた.再び時計を見た.1分しか残されていなかった.
「行かなければならない.もうすでに十分あなたの時間を使わせました」
彼の急に笑ったので,私は驚いた.彼は私が何を考えていたか知っていたに違いない.突然,彼の態度が変わった.彼は親しげになり,私は一瞬彼といっそう近づきになれるかもしれないと,かすかに思ったほどだった.彼はドアを開いて,護衛兵たちに立ち去るよう示唆した.彼らは挨拶して,出て行き,回廊を進んで行った.彼らのブーツが磨かれた床でカチャかチャと音を立てた.彼はそれから私の方を向き,善意を示すかのように,言った.
「もしよければ,今彼女のところに行こう.しかし,前もって彼女に知らせておかなければならない」
彼は私を連れて,彼を待っている人々がいる部屋へ戻った.人々は彼の回りに押し寄せ,取り囲んで,彼に熱心に話しかけた.彼は近くの人と,笑顔で親しげに一言二言話しをした.大きな声で,待たせたことを,さらに少しばかり我慢してもらわなければならないことを,詫びた.追って,全員の話を聴くだろうと約束した.部屋中に聞こえる調子で,命令口調で言った.
「音楽はないの」
それから,きつい口調で従業員に言った.
「ここにいる人々はお客だということは分かっているはずだ.待たせている間は,もてなすのが最低限の義務だ」
弦楽四重奏曲の調べが部屋中に響き始めた.私は彼に続いてそこを出た.
彼は私の前に立って,多くの護衛兵の前を通り過ぎ,風が吹いている回廊を大またで歩いて行った,一続きの階段をいくつか昇ったり降りたりした.私は彼についていくのに精一杯だった.彼は私よりはるかに条件が恵まれていた.彼は,その事実を示すのを楽しんでいるかのようだった.私を振り返りながら,笑いかけたり,彼の優越した身体を見せびらかした.私は彼のこの突然のユーモアを全く信じていなかった.私は,彼の広い肩幅や上品で細いウェストをした運動家のような頑強な身体を賞賛した.道のりは決して終わらないと思われるほど長かった.私は息切れがした.とうとう,私は彼を待たせるほど後れてしまった.彼は,短い階段の上で私を待っていた.そこは深い影の中にあった.ドアの形をかろうじて識別できた.部屋へ通じているのは,その階段だけだった.
彼は,少女に事情を説明したいので,私に数分待っているように言った.悪意のある笑い顔で
「ここで少しばかり体を冷やしてください」と言った.
ドアのノブに手をかけながら,続けて言った.
「ご存知のように,彼女次第ですから.彼女が会いたくないと言ったら,どうしょうもない」
彼はノックもなしにドアを開けて,部屋の中に姿を消した.
そこは薄暗かった.私は気が滅入り,いらだった.彼は私を罠にかけようとしているのだった.彼によって用意された彼女との出会いは見せかけのものだろう.可能性は皆無に等しかった.彼女が私を拒否するのか,彼が会わせるのを邪魔するのかは分からなかった.いずれにしろ,私は彼のいるところで彼女と話をしたくなかった.彼女は彼の支配の下にあるのだから.
私は聞き耳を立てた.しかし防音装置の壁からはなにも聞こえて来なかった.しばらく待って,私は階段を降りて行った.暗闇の通路で迷っていると.使用人に出会ったので,出口への道を教えてもらった.私の幸運続きもこれで尽きたかと思われた.
(第4章終り)