m-family の 「PHOTO 日記 」

身のまわりの出来事を、写真とともにゆるゆる綴っています。
うまし うるわし 奈良から発信しています。

九州旅行【2024年10月5日~10日】

2024年11月09日 | 九州旅行

九州へ行ってきました。
博多の三男夫婦に会うのが一番の旅行の目的。そのついでに長崎、阿蘇、別府と、マイカーで周ってきました。
大阪南港からクルマごとフェリーに乗船し新門司港へ。船室内はホテル並みに広く快適な船旅でした。
寝ている間に門司に着きました。
#名門大洋フェリー



朝です。フェリーは瀬戸内海を航行し山口県の沖を通過中です。
朝食をレストランで。バイキングでした。
あと少しで新門司港に到着します。



フェリーは新門司港に着岸しました。
クルマなしの乗客とトラックが先に下船します。乗用車とバイクはそれが終わるまで船室で待機します。
窓の外はもう九州です。大阪からワープしたみたい!!


旅行二日目です。
フェリーを下船して、三男夫婦の博多に行く前に北九州を観光しました。
門司港レトロ。JR門司港駅周辺地域に残る外国貿易で栄えた時代の建造物を中心に、ホテル・商業施設などを大正レトロ調に整備した人気の観光スポットです。
あいにくの曇り空でしたが、ひと通り散策してレトロな雰囲気を楽しみました。
#門司港レトロ


小倉へ。小倉はアジアにも近く、九州の玄関口として古くから発展してきた北九州の中心地です。大都会です。
「小倉城」を散策しました。天守閣は1959年に鉄筋コンクリート構造によって復興されたものですごく美しい建物です。建設資金を捻出した地元商工会の「恰好良く」との要望によって外観は史実とは大きく異なるそうです。
#小倉城


世界文化遺産「宗像大社」をお参りしました。
海上のみならず陸上の「交通安全の神様」としても信仰を集めていて、福岡県内では宗像大社の交通安全のお守りやステッカーを自動車に飾っている人や自動車の御祓いを受ける人が多くいらっしゃるそうです。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

そのあと博多までクルマを走らせ三男夫婦のマンションを訪れました。
去年に初めて息子が彼女を引き合わせてくれた時から何も心配は無かったのですが、二人の暮らしぶりを見てとても安心しました。
お嫁さんの手料理をご馳走になり、その夜はホテルに泊まりました。
翌日から九州観光です。


旅行三日目。
この日は長崎へ向かいますが、その前に大宰府天満宮に立ち寄りました。
ここは17年前に一度参拝しています。雨でした。
朱色の橋を渡って行くと さだまさしの「飛梅」のメロディーが浮かんできます。菅原道真公の飛梅伝説をモチーフにした曲です。

♪大宰府は春 いずれにしても春



長崎県に入り佐世保に到着しました。
海に面した巨大なショッピングモール「させぼ五番街」へ。このモール、買い物はもちろん、海辺のレストランやカフェでゆったり食事も楽しめます。ベンチに座って海や船を眺めるのも良さそうです。
ハンバーガーショップヒカリというお店で佐世保市名物の手作りハンバーガー「佐世保バーガー」を食べました。美味しかったです。
#させぼ五番街
#ハンバーガーショップヒカリ


「九十九島観光公園」
西海国立公園の美しい自然景観を見渡すことができる広大な芝生広場が整備されていて、丘の上からは九十九島の360度大パノラマの景観が楽しめました。
#九十九島観光公園





長崎の街に到着しました。その日の宿泊場所は市街や海を見渡す高台に位置する老舗宿でした。稲佐山の反対側です。
部屋からの夜景がとてもきれいでした。「1千万ドルの夜景」と呼ばれる夜景の写真を撮ろうとしたのですがブレてダメでした。残念!!
#矢太樓南館


旅行四日目。
この日は長崎の街を観光しました。ちょうど長崎市あげての祭礼「長崎くんち」が開催されていて市内各所で交通規制が行われていました。このため、あらかじめ調べておいた駐車場どころか市内中心部にも近づくことができず難儀しました。
何とか長崎港近くにクルマをとめることができ、予定を変更してそこから歩いて行ける範囲を観光しました。出島、新地中華街、めがね橋。
再訪を予定していたグラバー園と浦上天主堂は残念ながらカットしました。
#長崎くんち
#出島
#新地中華街
#めがね橋



町内の各所で、「庭先回り」というそうですが、奉納踊りが行われていました。
テレビなどでなじみのある「龍踊」(じゃおどり)の演舞に遭遇しました。
長ラッパ、大太鼓、ドラなどの楽器を中国風の衣装と髪型で着飾った子供たちが演奏し、その音楽と大人たちの龍の舞が相まって素晴らしい演技でした。感動しました。
#龍踊



次の宿泊地の阿蘇へ向かいました。島原からフェリーで有明海を横断して熊本へというルートも考えたのですが、高速道路が整っているので結局陸路を選択しました。長崎から大村湾を左に見てしばらく走り、佐賀県の鳥栖、熊本を経由して阿蘇を目指します。
阿蘇に入ると景色が一変しました。この日は天気も良く、秋とはいえまだまだ緑が美しい壮大な山並みが続いていました。
#休暇村南阿蘇



旅行五日目。
南阿蘇のホテルを出て一旦、宮崎県の高千穂に向かいました。その日のプランは、高千穂から再び阿蘇に戻って、阿蘇を観光しながらその日の宿泊地の大分県 別府温泉へドライブするというものです。
高千穂峡。
高さ約80~100mもの断崖が続いています。阿蘇山の火山活動で噴出した火砕流を川が侵食して作った雄大な渓谷美です。美しく、また大変な迫力でした。
#高千穂峡



高千穂峡から阿蘇に引き返し草千里が浜、米塚、大観峰を回り湯布院を経由して別府温泉に向かいました。
余談ですが、この日は別府に宿泊し、翌日に高速を乗り継いで奈良への帰路に就く予定でした。しかし、途中の広島か岡山で一泊するにせよ、奈良までの運転はキツイなと弱気になってしまって、予定変更でフェリーで帰ることにしました。
この日の前日に南阿蘇のホテルからスマホで、別府港発の「フェリーさんふらわあ」をネット予約できました。
#阿蘇



別府市内8つの代表的温泉地を総称して「別府八湯」というそうですが、その一つ「観海寺温泉」の旅館に宿泊しました。観海寺温泉は海抜150mの高台にあり別府八湯のうちでも一番見晴らしが良い所、だそうです。が、う~ん、前のマンションが…。
旅館は高級。温泉は貸切の家族風呂が五つあって空いてるお風呂を自由に利用できました。さすが別府温泉。とってもいいお湯でした。
#旅亭松葉屋



旅行六日目、最終日です。
旅館をチェックアウトして「湯けむり展望台」へ来ました。意外や高台の住宅地のど真ん中にありました。
別府八湯の鉄輪(かんなわ)温泉の湯けむり、鶴見岳、扇山、その風景を一望できました。
寒い冬にはもくもくと立ち上がる湯けむりがもっと鮮やかに見えるのでしょう。また夜にはライトアップした湯けむりを見ることもでき展望台からの夜景は「日本夜景遺産」に認定されていろそうです。
#湯けむり展望台



別府から国道197号線を1時間余り東に走り、ブランド魚「関あじ」「関さば」の産地で有名な佐賀関まで来ました。そこから国道217号線を少し南下したところに「あまべの郷 関あじ関さば館」があります。
ここで昼食なのですが、残念ながら肝心の「関あじ」「関さば」は売り切れていました。ここのレストランは人気が高く、早くに売り切れることがあるとネットの口コミに書いてはありました。
気を取り直して大分県の代表的な郷土料理の「りゅうきゅう」と「とり天」を注文して二人でシェアしました。
「りゅうきゅう」は、地元でとれた新鮮な魚を、醤油、酒、みりん、ごま、しょうがでつくるタレと和えたもの。豊後水道を目の前に見ながら食べる食事はとても美味でした。
#あまべの郷関あじ関さば館


昼食後再び別府まで引き返し、フェリーの乗船時間まで市内を観光しました。
別府観光の定番といえば7つの地獄をめぐる「べっぷ地獄めぐり」。そのうちのコバルトブル一で98度もある「海地獄」と酸化鉄の成分で噴気までが赤い「血の池地獄」の二か所をゆっくりと観光しました。
#海地獄
#血の池地獄


いよいよ今回の旅も終わりです。
夕方、別府港でフェリー「さんふらわあ」に乗り込みました。
前々日にスマホでネット予約した後、しばらくしてスマホにQRコードが送られてきました。このQRコードを港の待機場でクルマに乗ったまま係員にスキャナーでピッとしてもらいます。これだけで乗船手続きは完了で、同乗者ごと船に乗り込めました。これは往きの「名門大洋フェリー」も同じシステムでした。「さんふらわあ」の場合はこのQRコードが部屋の鍵にもなりました。便利になったものです。



寝て起きたら大阪南港でした。
#さんふらわあむらさき

今回もいい旅ができました。終わり。

九州旅行(その7・最終回)~福岡

2007年04月14日 | 九州旅行
大宰府は春 いずれにしても春
大分自動車道に乗り福岡を目指します。
鳥栖ジャンクションから九州自動車道に移ると博多はもうすぐです。

鳥栖は九州道、長崎道、大分道が交差するハイウェイの要で、ここを通過するのはこの旅の中で3回目です。

博多の手前で九州道を降り、太宰府天満宮にお参りしました。



心字池にかかる 三つの赤い橋は
一つ目が過去で 二つ目が現在
三つ目の橋で君が 転びそうになった時
初めて君の手に触れた…♪




境内は、春休み中とはいえたくさんのツアー客で賑わっていました。
そのほとんど全ては韓国、中国、台湾などの東アジアの外国人の団体でした。

今回の旅行で分かったのですが、九州の観光産業は勢いのある東アジアの国々からの旅行客が落とす外貨によって担われているのでした。
長崎も阿蘇も湯布院も、行き会った観光客はほとんどが外国人の方々で、泊まった旅館やホテルのロビーやレストランでも韓国語や中国語が飛び交っていました。

また、どこへ行っても、道路の道標看板や、旅館の中の案内表示、浴場内の説明書きなど、日本語、ハングル、中国語、英語の並列表記になっていました。
アジアのお客さまを迎える態勢がすっかり出来上がっているのです。





裏庭を抜けて お石の茶屋へ寄って
君がひとつ 僕が半分 梅ヶ枝餅を食べた
来年も二人で 来れるといいのにねと…♪
天満宮の境内の茶店で名物の梅ヶ枝餅を食べ、五つみやげに買いました。
焼きたてはカリッとしていて、餡子がホクホクでとても美味しかった。




或の日と同じように 今 鳩が舞う
東風(ひがしかぜ)吹けば 東風(こち)吹かば 君は
何処かで想いおこしてくれるだろうか

大宰府は春 いずれにしても春♪ 

           さだまさし 「飛梅」(1977年)


博多まで戻って、帰りの新幹線までまだ少し時間があったので、大濠公園へまわってみました。













有名な「ボートハウス」。中にレストランがあり窓から見える濠の景色は最高。
人気スポットです。







今回の旅はここまで。
次は九州の南半分を周ってみることにしましょう。

旅のアルバムはこちら → 


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九州旅行(その6)~ここのえゆめおおつりばし

2007年04月13日 | 九州旅行
四日目、最終日。
湯布院の旅館を発って再び阿蘇の方に山道を登っていきます。

去年の秋に完成したばかりの「九重"夢"大吊橋」です。






立派な橋です。
要するに頑丈な橋です。
近代的です。

ですから、それなりに揺れていて、しかも眼下に奈落のような谷底が見えるのですが恐くはありません。
途中でうずくまっているような人は誰ひとりいません。
みんなスタスタ橋を渡っていきます。

奈良県の十津川の谷瀬の吊橋を足掛け十年かかって、やっと三回目で渡り切ることのできた私としては、拍子抜けでございます。



「ボランティアでカメラのシャッターを押させていただいております」
とお兄さんが叫んでいるのでお願いすると、写真屋さんでした。

「決して買っていただく必要はない」などと言い訳しながら最初に商売用の写真を自分の業務用カメラで写したあと、預けた私のカメラのシャッターを押してくれました。
下のベタな観光写真はその時のものです。

お兄さんの業務用カメラには無線機が付いていました。20メートルほど先の橋のゲートに戻ったとき、その前のテントではすでにその写真が出来上がって並んでいました。恐るべし、ITの力。その間わずか10秒です。
でも、決して押し売りはしません。ここで観光客から苦情が出ようなものなら、この良い場所で営業できなくなるのですから。
私のカメラの中にはお兄さんがシャッターを押してくれた写真があるわけですから、もちろんその1000円の写真は買いはしませんが、観光客の皆さん、かなりの確率で買っておられました。







帰り、峠の展望台から橋の全景が見渡せました。
立派な橋です。





福岡へと帰路につきます。


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九州旅行(その5)~湯布院

2007年04月11日 | 九州旅行
黒川温泉は渓谷にあるこじんまりとした温泉地です。
温泉街にありがちな歓楽的な雰囲気や派手な看板が一切なく、全体にしっとりした統一的な町並みがつくられています。
ここが有名になったのは、2000年以降だそうです。

谷あいには、土地に余裕がないらしく、小さな和風旅館が並んでいます。
いずれも低い建物で、樹木とあいまってしっとりとした景観をつくっています。雰囲気を害するような原色のけばけばしい看板や、ネオン街は一切ありません。

今回は次に来るときのための下見だけでそのまま引き返し、今日の宿泊地、湯布院に向けてクルマを進めました。




湯布院は、はっきり言って、エエ旅館を取りました。
部屋の窓から豊後富士 由布岳が目前に迫り、抜群のロケーションです。




旅館の庭園の池には能の浮き舞台があり、翌日にそこで結婚式が行われるそうで舞台の上はすっかり準備が整っていました。


支配人の説明によると、この舞台は能の公演だけではなく、たびたび結婚式が行われるそうで、それも地元のカップルではなく日本全国から申込みがあるとのことでした。
翌日の結婚式も名古屋と愛媛から新郎新婦とその親族がここに集まるとのことです。
このようなすばらしいロケーションで挙げる結婚式はご夫婦にとって一生の思い出になることでしょう。


町を散策しました。

湯布院駅。


駅員の男性と女性がみんな若くて、特別なオシャレな制服を着ていてみんなカッコいい。
あとで旅館の仲居さんに聞いたのですが、やっぱりみんなJRの職員ではなく、業務を委託した観光会社の社員だそうです。
入り口である駅から、町全体で湯布院の良いイメージを形成するしかけを作っているのですね。











金鱗湖



温泉は透明な湯でよく温まります。露天風呂も最高のつくりでした。
いい湯です。

食事も最高。とくに豊後牛のステーキが出たのですが、そのやわらかさと美味さに感動でした。

写真は最初のセットです。この後も続々と料理が出てきましたが、我々夫婦は例によって完食しました。







明日は最終日。
吊り橋を渡ってみることにします。


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九州旅行(その4)~阿蘇

2007年04月10日 | 九州旅行
三日目、阿蘇の雄大な風景の中を走ります。

ただ圧倒されて、コメントのしようがありません。


とは言いつつ、若干のコメントを……、


米塚



草千里が浜



阿蘇中岳



私にとって阿蘇は高校の修学旅行以来です。およそ35年ぶり。
あ~あっ、歳をとったのかなという感じ。でも、高校時代に感じた感動がそのまま蘇ってきます。当時の、宮崎交通のバスガイドのお姉さんの美しいお姿も…蘇ります。これは妻にはナイショ。


九重連山。
私のつたない写真では、この感動がうまく表現できません。とにかく圧倒されました。




久住岳






峠から阿蘇の景色を頭に焼付け、黒川温泉に向います。


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九州旅行(その3)~長崎

2007年04月09日 | 九州旅行
二日目、長崎へ。




異国の雰囲気が漂う雰囲気のある町です。



海と山にはさまれたせまい土地に色んなものが凝縮されています。
そのため、急な斜面の上の方まで家々が建ち並んでいます。
坂の町です。







風は強いがとても良い天気。
長崎は今日は晴れでした。

グラバー邸。




妻とのツーショット。





新地中華街でチャンポンと皿うどんを妻と分け合い、熊本へ向います。

かなりの距離を走りました。
熊本ICを降りて国道を東へ、一時間ほどで阿蘇のホテルへ到着です。

ホテルの窓から。


お気づきのとおり、ゴルフ場に隣接したリゾートホテルです。
阿蘇の雄大な山々に囲まれてプレーするゴルフは最高でしょうね。





明日は阿蘇をめぐります。


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九州旅行(その2)~雲仙温泉

2007年04月07日 | 九州旅行
この日は前日とはうって変わって全国的に気温が下がり、東京では雪も降ったそうです。

峠の上は風が強く、凍えるような寒さで身体が冷えてしまい、早々にクルマに駆け込み峠の下の旅館を目指しました。
旅館は老舗の有名旅館を予約していました。
期待にたがわぬ見事なもてなしでした。

部屋からは雲仙温泉の源泉である「雲仙地獄」が真下に望めます。硫黄の匂いとともに一面に白い噴煙が立ち上っています。
見事な眺めです。




蒸気に包まれながら地獄を一周しました。




温泉街の中はいたる所、蒸気が噴き出しています。




旅館に戻り温泉に浸かります。白濁した温泉で、冷えた体がポカポカに温まりました。いいお湯です。

料理も期待どおりでした。意外だったのは魚料理が中心だったことです。
火山地帯の中の温泉地で山のイメージを抱いていたのですが、考えてみれば天草半島の中にある温泉で海に近く、魚が新鮮なのは当たり前でした。




旅の一日目は終わり。
明日は長崎を見物してから阿蘇へ向います。

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九州旅行(その1)~普賢岳

2007年04月07日 | 九州旅行
三泊四日の九州旅行です。
31年間の会社勤めで積もった垢を温泉で洗い落とす、夫婦水入らずの旅です。

新幹線の博多駅前から、長崎は雲仙に向ってレンタカーを飛ばします。初日からいきなりの強行軍です。
九州自動車道、長崎自動車道をひた走り3時ごろには雲仙まで登ってきました。

仁多峠。目の前に普賢岳が迫ります。



記憶にも新しいですが、雲仙の最高峰普賢岳は1990年に200年振りに噴火し、ふもとの島原市や南島原市に大きな被害を及ぼしました。
このとき吹出した溶岩の山は普賢岳より標高が高くなり「平成新山」と命名されています。現在は噴火は止んでいます。


火砕流の痕が生々しく残っています。




溶岩の流れは海辺の街の近くまで迫っていたのです。




荒々しく恐ろしい景色ですが、五月になると峠の周りはミヤマキリシマで美しく彩られるそうです。



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