14 限られた邂逅
今年も残りわずかとなっても、暖かい日が続いていた。祐史は大きな木の下のベンチに座り、目の前に広がる丘を眺めていた。陽だまりの中、整然と並ぶ墓石がなければ、ここが多くの人が眠る場所とはとても思えなかった。「しあわせのはっぱを摘んでくるね」と言い残し、小さな娘は姿を消した。今頃どこかで、彼女なりに、つかの間の冒険を楽しんでいることだろう。
他には誰もいないと思っていたのに、急に目の前を横切る人影があった。松葉杖に身体を預け、両足を振り出すようにして進むと、祐史の前で立ち止まり、ベンチ右側の空いたスペースに身を寄せてきた。祐史は突然重くなった手をなんとか差し出して松葉杖を受け取り、彼女が腰掛けるのを手伝った。
「久しぶりね。ちょっと痩せたんじゃない?」
(そんなことはないよ。朝ご飯はちゃんと食べてるし。野菜ジュースだって飲んでる)
声を出そうとしたが、金縛りのように身体の自由が利かなかった。ただ、言葉を心に思うことで会話は成立していた。優理の声はリアルに耳に響いてきた。
「大きくなったわね。私が胸の上で抱いた時には、本当に育つのかしらって思ったのに」
優理は遠くに視線を投げた。栞理の姿は目の届くところにはない。
「あなたには申し訳ないと思ってる。こんなことになってしまって…」
(そんなことはいいよ。僕らは大丈夫だから。ねえ、優理、一つ教えてほしいんだけど)
「何?」
(ここにたった一人でいて、寂しくはないの?)
「いいえ。こうしてゆうちゃんも来てくれるし。あの子の成長を見ることもできる。私は安らぎの中に眠っているから、安心して。私がここにって望んだのは、母さんから聞いたでしょ?」
(ああ。『あの子は、万が一の時にはこういうところで眠りにつきたいと言ってた』って。君は本当は水没事故の時に亡くなっていて、赤ちゃんを産むためだけに帰ってきたって、お義母さんは今でもそう信じてるよ)
優理はわずかに表情を緩めただけで、祐史の話に言葉は返さなかった。やがて彼女は静かに口を開いた。
「『しおり』って言うのね?」
(うん。優理の名前から一文字を入れて付けた)
再び、彼女は沈黙した。その表情には、かすかな微笑みが浮かんでいた。
「この間、看護師さんが来てくれた。母さんのことを看てくれてる人」
優理は身体を回すと、祐史と向き合って視線を合わせた。まっすぐな瞳は前とまったく変わっていない。
「素敵な人ね。あの人なら、母さんが『栞理の母親に』って思っても無理はないわ」
(どうしたの?いきなりそんなことを言って)
「ゆうちゃんには言ったよね?私のこと、引きずらないでって。私のために、人を愛することをためらわないで。栞理のためでも、母さんのためでもなく、あなた自身の気持ちを大切にしてほしい」
(お義母さんにも同じことを言われた。確かに相本さんは素晴らしい人だと思うよ。でも、彼女を僕の運命に巻き込んでしまっていいのか、僕にはわからない)
「巻き込むんじゃなくて、一緒に大事なものを作っていくのよ。時には守ってあげなきゃいけないだろうし。必要なことは、時と場面が決めてくれる。臆病にさえならなければいい、それだけ」
(わかった。優理が言うなら、そうするよ)
「じゃあ、もう行くね。母さんに、あんまり急いで来ないでって伝えておいて」
かすかな微笑を浮かべてゆっくりと立ち上がった優理に、祐史は以前と同じように松葉杖を手渡した。
「ありがとう。ゆうちゃんも身体を大事にして。栞理のこと、しっかり見てあげてね」
(優理…。また会うことはできない?話したいことが、たくさんあるんだ)
「ごめん。これだけでも特別なの。大丈夫、心で思えば、私はそばにいるから」
ふっと意識が遠のき、目の前が真っ暗になった。長いような短いような、不思議な感覚で時間が過ぎた後、小さな手に膝を揺すられ、祐史は恐る恐る目を開いた。
「パパ、おきて!四枚のはっぱ、こんなに見つけたよ」
今年も残りわずかとなっても、暖かい日が続いていた。祐史は大きな木の下のベンチに座り、目の前に広がる丘を眺めていた。陽だまりの中、整然と並ぶ墓石がなければ、ここが多くの人が眠る場所とはとても思えなかった。「しあわせのはっぱを摘んでくるね」と言い残し、小さな娘は姿を消した。今頃どこかで、彼女なりに、つかの間の冒険を楽しんでいることだろう。
他には誰もいないと思っていたのに、急に目の前を横切る人影があった。松葉杖に身体を預け、両足を振り出すようにして進むと、祐史の前で立ち止まり、ベンチ右側の空いたスペースに身を寄せてきた。祐史は突然重くなった手をなんとか差し出して松葉杖を受け取り、彼女が腰掛けるのを手伝った。
「久しぶりね。ちょっと痩せたんじゃない?」
(そんなことはないよ。朝ご飯はちゃんと食べてるし。野菜ジュースだって飲んでる)
声を出そうとしたが、金縛りのように身体の自由が利かなかった。ただ、言葉を心に思うことで会話は成立していた。優理の声はリアルに耳に響いてきた。
「大きくなったわね。私が胸の上で抱いた時には、本当に育つのかしらって思ったのに」
優理は遠くに視線を投げた。栞理の姿は目の届くところにはない。
「あなたには申し訳ないと思ってる。こんなことになってしまって…」
(そんなことはいいよ。僕らは大丈夫だから。ねえ、優理、一つ教えてほしいんだけど)
「何?」
(ここにたった一人でいて、寂しくはないの?)
「いいえ。こうしてゆうちゃんも来てくれるし。あの子の成長を見ることもできる。私は安らぎの中に眠っているから、安心して。私がここにって望んだのは、母さんから聞いたでしょ?」
(ああ。『あの子は、万が一の時にはこういうところで眠りにつきたいと言ってた』って。君は本当は水没事故の時に亡くなっていて、赤ちゃんを産むためだけに帰ってきたって、お義母さんは今でもそう信じてるよ)
優理はわずかに表情を緩めただけで、祐史の話に言葉は返さなかった。やがて彼女は静かに口を開いた。
「『しおり』って言うのね?」
(うん。優理の名前から一文字を入れて付けた)
再び、彼女は沈黙した。その表情には、かすかな微笑みが浮かんでいた。
「この間、看護師さんが来てくれた。母さんのことを看てくれてる人」
優理は身体を回すと、祐史と向き合って視線を合わせた。まっすぐな瞳は前とまったく変わっていない。
「素敵な人ね。あの人なら、母さんが『栞理の母親に』って思っても無理はないわ」
(どうしたの?いきなりそんなことを言って)
「ゆうちゃんには言ったよね?私のこと、引きずらないでって。私のために、人を愛することをためらわないで。栞理のためでも、母さんのためでもなく、あなた自身の気持ちを大切にしてほしい」
(お義母さんにも同じことを言われた。確かに相本さんは素晴らしい人だと思うよ。でも、彼女を僕の運命に巻き込んでしまっていいのか、僕にはわからない)
「巻き込むんじゃなくて、一緒に大事なものを作っていくのよ。時には守ってあげなきゃいけないだろうし。必要なことは、時と場面が決めてくれる。臆病にさえならなければいい、それだけ」
(わかった。優理が言うなら、そうするよ)
「じゃあ、もう行くね。母さんに、あんまり急いで来ないでって伝えておいて」
かすかな微笑を浮かべてゆっくりと立ち上がった優理に、祐史は以前と同じように松葉杖を手渡した。
「ありがとう。ゆうちゃんも身体を大事にして。栞理のこと、しっかり見てあげてね」
(優理…。また会うことはできない?話したいことが、たくさんあるんだ)
「ごめん。これだけでも特別なの。大丈夫、心で思えば、私はそばにいるから」
ふっと意識が遠のき、目の前が真っ暗になった。長いような短いような、不思議な感覚で時間が過ぎた後、小さな手に膝を揺すられ、祐史は恐る恐る目を開いた。
「パパ、おきて!四枚のはっぱ、こんなに見つけたよ」
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