15 涙の河を渡って
「なんて微妙に困ったって顔をしてんのよ。嬉しいなら嬉しいで、もっと喜べばいいでしょ!」
不意に声が響き、早紀は思わずビクッとして、テーブルに置いたジュエリーボックスを覗き込んだ。ついさっき、胸元から外したブローチを入れた時にはいなかったのに、いつの間にか、そのブローチによりかかるような格好で、フレミーが頭の後ろに両手をあて、足を組んで天井を見ていた。今日はラメが散りばめられ、サイドが大きく開いたチャイナドレスを着ている。彼女は身体を起こすと、早紀の顔を見て言った。
「で、どうなの?どんなお誘いかは知らないけど、どうするの?」
「全部が全部、わかってるわけじゃないのね?」
「ふん、知ったところでどうなるもんでもないけど」
「クリスマスの日にね、おうちに呼ばれたのよ。この間の妙子先生の一件もあったし、栞理ちゃんがみんなでクリスマスがしたいって」
「いいんじゃないの。どうせ予定は空いてるだろうけど、あなただったら、他の人の夜勤を代わってあげましょうかとか、聞いて歩きそうだものね」
「私はどうしたらいいのかしら…」
「悩む必要はないでしょ。行きたかったら、行く。行きたくなかったら、断る。なんなら、とっておきの勝負下着を貸してあげるわよ」
「そんなもの要りません。栞理ちゃんの顔を見ながら、クリスマスを過ごせたらいいだろうなって思うけど」
「だったら、行けばいいじゃない」
「でも私にそんな資格はないわ」
「ばかじゃないの!」
フレミーの声が、今までに聞いたことがないほど大きかったので、早紀は目を見開いて彼女を見た。
「あなたの話を聞いていると、本当にいらいらするわね。医者や看護師になるってわけでもあるまいし、資格って一体何?『人を好きになる 初級』とかあるわけ?そうやって自分の殻に閉じこもるのは勝手だけど、いつまでもいじいじ悩んだりしないでほしいわ」
急に目頭が熱くなった。堪えきれずうつむくと、数滴のしずくが頬をつたって流れていくのが感じ取れた。
「やれやれ、都合が悪くなると、今度は泣いてごまかすの?本当に手間がかかる人よね、あなたは」
フレミーは鼻を鳴らすと、ブローチからひらりと飛び降りて、足元の小さな水たまりを覗き込んだ。それは早紀の涙が宝石箱に落ちたものだった。
「あなたはね、本当はあの時に死んでたの」
早紀はしゃくりあげながら、上から目線でものを言うフレミーの顔をそっと見つめた。
「そう思ったら、失うものなんか何もないんじゃないの?ほら、行きなさい。答えはもう出てるでしょ」
彼女はいきなりチャイナドレスをまくって片足をあげ、思い切り涙の水たまりを踏みつけた。ほんのわずかな水音がして、フレミーの姿は忽然と消えていた。同時に、早紀の心で今までとは違う何かが弾ける音がした。
「なんて微妙に困ったって顔をしてんのよ。嬉しいなら嬉しいで、もっと喜べばいいでしょ!」
不意に声が響き、早紀は思わずビクッとして、テーブルに置いたジュエリーボックスを覗き込んだ。ついさっき、胸元から外したブローチを入れた時にはいなかったのに、いつの間にか、そのブローチによりかかるような格好で、フレミーが頭の後ろに両手をあて、足を組んで天井を見ていた。今日はラメが散りばめられ、サイドが大きく開いたチャイナドレスを着ている。彼女は身体を起こすと、早紀の顔を見て言った。
「で、どうなの?どんなお誘いかは知らないけど、どうするの?」
「全部が全部、わかってるわけじゃないのね?」
「ふん、知ったところでどうなるもんでもないけど」
「クリスマスの日にね、おうちに呼ばれたのよ。この間の妙子先生の一件もあったし、栞理ちゃんがみんなでクリスマスがしたいって」
「いいんじゃないの。どうせ予定は空いてるだろうけど、あなただったら、他の人の夜勤を代わってあげましょうかとか、聞いて歩きそうだものね」
「私はどうしたらいいのかしら…」
「悩む必要はないでしょ。行きたかったら、行く。行きたくなかったら、断る。なんなら、とっておきの勝負下着を貸してあげるわよ」
「そんなもの要りません。栞理ちゃんの顔を見ながら、クリスマスを過ごせたらいいだろうなって思うけど」
「だったら、行けばいいじゃない」
「でも私にそんな資格はないわ」
「ばかじゃないの!」
フレミーの声が、今までに聞いたことがないほど大きかったので、早紀は目を見開いて彼女を見た。
「あなたの話を聞いていると、本当にいらいらするわね。医者や看護師になるってわけでもあるまいし、資格って一体何?『人を好きになる 初級』とかあるわけ?そうやって自分の殻に閉じこもるのは勝手だけど、いつまでもいじいじ悩んだりしないでほしいわ」
急に目頭が熱くなった。堪えきれずうつむくと、数滴のしずくが頬をつたって流れていくのが感じ取れた。
「やれやれ、都合が悪くなると、今度は泣いてごまかすの?本当に手間がかかる人よね、あなたは」
フレミーは鼻を鳴らすと、ブローチからひらりと飛び降りて、足元の小さな水たまりを覗き込んだ。それは早紀の涙が宝石箱に落ちたものだった。
「あなたはね、本当はあの時に死んでたの」
早紀はしゃくりあげながら、上から目線でものを言うフレミーの顔をそっと見つめた。
「そう思ったら、失うものなんか何もないんじゃないの?ほら、行きなさい。答えはもう出てるでしょ」
彼女はいきなりチャイナドレスをまくって片足をあげ、思い切り涙の水たまりを踏みつけた。ほんのわずかな水音がして、フレミーの姿は忽然と消えていた。同時に、早紀の心で今までとは違う何かが弾ける音がした。
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