拙作集

自作の物語をアップしました。つたない話ですが、よろしくお付き合い下さい。ご感想などいただければ幸いです。

もう妖精は要らない(15)

2010年02月27日 21時17分01秒 | Weblog
15 涙の河を渡って

「なんて微妙に困ったって顔をしてんのよ。嬉しいなら嬉しいで、もっと喜べばいいでしょ!」
 不意に声が響き、早紀は思わずビクッとして、テーブルに置いたジュエリーボックスを覗き込んだ。ついさっき、胸元から外したブローチを入れた時にはいなかったのに、いつの間にか、そのブローチによりかかるような格好で、フレミーが頭の後ろに両手をあて、足を組んで天井を見ていた。今日はラメが散りばめられ、サイドが大きく開いたチャイナドレスを着ている。彼女は身体を起こすと、早紀の顔を見て言った。
「で、どうなの?どんなお誘いかは知らないけど、どうするの?」
「全部が全部、わかってるわけじゃないのね?」
「ふん、知ったところでどうなるもんでもないけど」
「クリスマスの日にね、おうちに呼ばれたのよ。この間の妙子先生の一件もあったし、栞理ちゃんがみんなでクリスマスがしたいって」
「いいんじゃないの。どうせ予定は空いてるだろうけど、あなただったら、他の人の夜勤を代わってあげましょうかとか、聞いて歩きそうだものね」
「私はどうしたらいいのかしら…」
「悩む必要はないでしょ。行きたかったら、行く。行きたくなかったら、断る。なんなら、とっておきの勝負下着を貸してあげるわよ」
「そんなもの要りません。栞理ちゃんの顔を見ながら、クリスマスを過ごせたらいいだろうなって思うけど」
「だったら、行けばいいじゃない」
「でも私にそんな資格はないわ」
「ばかじゃないの!」

 フレミーの声が、今までに聞いたことがないほど大きかったので、早紀は目を見開いて彼女を見た。
「あなたの話を聞いていると、本当にいらいらするわね。医者や看護師になるってわけでもあるまいし、資格って一体何?『人を好きになる 初級』とかあるわけ?そうやって自分の殻に閉じこもるのは勝手だけど、いつまでもいじいじ悩んだりしないでほしいわ」
 急に目頭が熱くなった。堪えきれずうつむくと、数滴のしずくが頬をつたって流れていくのが感じ取れた。
「やれやれ、都合が悪くなると、今度は泣いてごまかすの?本当に手間がかかる人よね、あなたは」
 フレミーは鼻を鳴らすと、ブローチからひらりと飛び降りて、足元の小さな水たまりを覗き込んだ。それは早紀の涙が宝石箱に落ちたものだった。

「あなたはね、本当はあの時に死んでたの」
 早紀はしゃくりあげながら、上から目線でものを言うフレミーの顔をそっと見つめた。
「そう思ったら、失うものなんか何もないんじゃないの?ほら、行きなさい。答えはもう出てるでしょ」
 彼女はいきなりチャイナドレスをまくって片足をあげ、思い切り涙の水たまりを踏みつけた。ほんのわずかな水音がして、フレミーの姿は忽然と消えていた。同時に、早紀の心で今までとは違う何かが弾ける音がした。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿