4 大丈夫ではない同僚
師走を目前にして慌しさを増しながら、それでもオフィスはいつもと同じ朝を迎えていた。一人の女性が書類を手に、島の端に置かれた大きめの机の前へとやって来た。デスクの主である中年男性は、液晶画面から目を離さずに、ここに置いてくれという意思を手の仕草で示した。女性はかすかなため息をつくと、書類を机に置いて言った。
「課長、こんなことを申し上げるのは、私も嫌なんですが」
「あ、何?」
話しかけられて、男性は渋々画面から顔を上げ、ご機嫌斜めの相手と目を合わせて言った。
「まったくねえ、なんの因果でこんな苦しい時に、大きい取引先が契約切れして引いて行くんだか。アイちゃん、なんかいい案があったら教えてよ」
「それを考える分だけ、たくさんお給料をもらってるんじゃないですか、課長は。私が申し上げたいのはそんなことじゃなくて…」
「え?まだなんか頭痛のタネがあるの?」
「課長、気付いてませんか?主任のこと。やっぱりヘンですよ、このところ」
「ああ、彼ね。まあね、プライベートでも色々大変だしね。でも、お子さんも成長して落ち着いてきてるんじゃないの?」
「ホントにそう思います?むしろ、大変なのはこれからじゃないかしら。ちょろちょろしだす頃って、目が離せないし、それに赤ちゃんは『泣いて寝て』だけですけど、大きくなってくると、だんだん自分の意思を持ってくるじゃないですか?」
「おっ、さすが『母』は目の付け所が違うね」
「冗談じゃなく、どうみても、ちょっとおかしいです」
「だから、どんなところが?」
「例えばですけど、旅費の精算がありますよね。間違いがひどいんですよ、経路とか値段とか。主任、確かにちょっとおっとりしたところはありますけど、そういうのは、基本きっちりした人だし。前だったら、JRの季節料金までちゃんと考えて申請してましたからね。それに、『あれ?』って思うようなことが、たびたびあるんですよ」
「ふーん、でも人間なんだから、彼だってミスくらいするよ。考え過ぎじゃないの?」
「いいえ、絶対ヘンですって。この間も、『アイコさん、これ送っておいて下さい』って、得意先宛ての見積書をもらったんですけど…」
「それがどうかしたの?」
「総額が入ってなかったんですよ、つまり空欄。私が気付いて、慌てて直してもらいました」
「そりゃ、ちょっとまずいね」
ようやく課長も事態を認識し始めたようだった。
「で、どうしたらいいかな?」
「まったく!それを考えるのが課長の仕事じゃないですか?主任、疲れてるんじゃないですか?仕事も生活も。やっぱり、お子さんのことは大きいと思いますよ」
「わかった。とりあえず、話をしてみるよ。アイちゃんも様子見てて何かあったら、また教えて」
「お願いしますね。こんなときに動いてもらえなかったら、本部長に『告発』しちゃいますからね」
会話の切れ目を察したかのように、話題の主が重い足取りで現れ、自分のデスクに腰を降ろした。
師走を目前にして慌しさを増しながら、それでもオフィスはいつもと同じ朝を迎えていた。一人の女性が書類を手に、島の端に置かれた大きめの机の前へとやって来た。デスクの主である中年男性は、液晶画面から目を離さずに、ここに置いてくれという意思を手の仕草で示した。女性はかすかなため息をつくと、書類を机に置いて言った。
「課長、こんなことを申し上げるのは、私も嫌なんですが」
「あ、何?」
話しかけられて、男性は渋々画面から顔を上げ、ご機嫌斜めの相手と目を合わせて言った。
「まったくねえ、なんの因果でこんな苦しい時に、大きい取引先が契約切れして引いて行くんだか。アイちゃん、なんかいい案があったら教えてよ」
「それを考える分だけ、たくさんお給料をもらってるんじゃないですか、課長は。私が申し上げたいのはそんなことじゃなくて…」
「え?まだなんか頭痛のタネがあるの?」
「課長、気付いてませんか?主任のこと。やっぱりヘンですよ、このところ」
「ああ、彼ね。まあね、プライベートでも色々大変だしね。でも、お子さんも成長して落ち着いてきてるんじゃないの?」
「ホントにそう思います?むしろ、大変なのはこれからじゃないかしら。ちょろちょろしだす頃って、目が離せないし、それに赤ちゃんは『泣いて寝て』だけですけど、大きくなってくると、だんだん自分の意思を持ってくるじゃないですか?」
「おっ、さすが『母』は目の付け所が違うね」
「冗談じゃなく、どうみても、ちょっとおかしいです」
「だから、どんなところが?」
「例えばですけど、旅費の精算がありますよね。間違いがひどいんですよ、経路とか値段とか。主任、確かにちょっとおっとりしたところはありますけど、そういうのは、基本きっちりした人だし。前だったら、JRの季節料金までちゃんと考えて申請してましたからね。それに、『あれ?』って思うようなことが、たびたびあるんですよ」
「ふーん、でも人間なんだから、彼だってミスくらいするよ。考え過ぎじゃないの?」
「いいえ、絶対ヘンですって。この間も、『アイコさん、これ送っておいて下さい』って、得意先宛ての見積書をもらったんですけど…」
「それがどうかしたの?」
「総額が入ってなかったんですよ、つまり空欄。私が気付いて、慌てて直してもらいました」
「そりゃ、ちょっとまずいね」
ようやく課長も事態を認識し始めたようだった。
「で、どうしたらいいかな?」
「まったく!それを考えるのが課長の仕事じゃないですか?主任、疲れてるんじゃないですか?仕事も生活も。やっぱり、お子さんのことは大きいと思いますよ」
「わかった。とりあえず、話をしてみるよ。アイちゃんも様子見てて何かあったら、また教えて」
「お願いしますね。こんなときに動いてもらえなかったら、本部長に『告発』しちゃいますからね」
会話の切れ目を察したかのように、話題の主が重い足取りで現れ、自分のデスクに腰を降ろした。
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