「ハンギョン…待って。海が…海が見たい」
二人のOFF日が珍しく重なった午後、俺の部屋を訪れたヒチョルを捕まえベッドに這わせた時、ヒチョルがそう言い放った。
「珍しいな。ヒチョルがそんなこと言うなんて」
俺は腰の辺りまで滑らした手を止めた。
「嫌か?」
「嫌じゃないさ。ヒチョルと一緒ならどこへでも行くよ。ただ…出不精のお前が珍しいなって思っただけ」
ガラス越しに射し込む光の中で、ヒチョルの顔が優しく緩む。
「うん…ただハンギョンと夏の終わりを見に行きたいだけ…それだけ…」
ヒチョルの運転で着いた海は、夏の賑やかさを微塵も残していない、オリエンタルブルーを水面に塗り込んだだけの場所だった。
それでも幾分か頬にあたる風は夏の匂いを残していた。
「ハンギョン…やっぱり夏は終わりだね」
海から空へと繋がる青色のコントラスト。
夏を惜しむように浜辺の砂を蹴り上げるヒチョルは、いつも以上に美しかった。
「向こうにある断崖は頂上まで登れるんだ。ちょっと行ってみないか?」
「ああ」
頂上へと繋がっているそれは、人ひとりがやっと通れるくらいの細く長く伸びるけもの道。
遊歩道には程遠い道をヒチョルに手を引かれようやく上り詰めた。
「どう?絶景だろ?」
足元に広がる紺碧色の海。
明日からまたしばらくヒチョルと離ればなれになる俺の寂しさに似ている。
「ハンギョン…?」
質問の答えも出さずに俺はヒチョルを強く抱きしめた。
このままずっとこうして居たい。
「ハンギョン…どうした?」
俺の髪を優しく撫でながら、俺の口から直接零れ出す言葉をヒチョルは待っている。
そうだろ?
「ヒチョル…離れたくない」
俺は心の丈を素直にぶつけてみた。
そうすることで、二人の絆が益々深まっていく…
そう信じていたから。
「ハンギョン…ずるいよ…ずるい…」
「え?何??ヒチョル、何言ってる?」
俺の肩越しに呟くヒチョルの声が、海の波しぶきで上手く聞き取れない。
「ハンギョン…どうして俺だけを愛してくれないんだ」
ヒチョル…何?
「ずるいな…そんな顔して。それじゃ、まるで俺が加害者みたいじゃないか」
ヒチョルは俺から少し体を離すと、動揺を隠しきれない俺の顔を覗きこんだ。
「ハンギョン兄さん」
どこか遠くから聞き慣れた声がする。
ギュヒョン…?
「ハンギョン兄さんは俺を愛してくれた。そうだよね?」
幻覚…?それとも…
「ギュヒョン…その答えはもう…」
「ヒチョル兄さん黙ってて。俺はハンギョン兄さんから直接聞きたいんだ」
俺は…
ヒチョルを…
ギュヒョンを…
「俺は………」
同時に愛した。
「ハンギョン、わかってる。ハンギョンは俺たち二人を愛したんだ。どちらかを選ぶなんてもうできないはず…」
思考回路が完全に停止した俺の中枢にヒチョルの声が入り込んできた。
「だから俺たちは…決断したんだ」
「ハンギョン兄さん…兄さんの傍にヒチョル兄さんが居たのを知ってて好きになった。最初は俺もそれでイイと思ってた。…でも、兄さんを好きになればなるほどそれじゃ満足しないんだ。兄さんが俺だけを見つめてくれないんなら…いっそのこと…」
「ハンギョン、驚いただろ?…そうだよな。お前はギュヒョンを愛してもなお俺を愛してくれた。だから気付かないと思ったんだろ…でもそんなはずないだろ?俺はお前を愛している。お前の一挙一動全てを把握できるんだ。だから…つらくて…悲しくて…」
ヒチョルの瞳が深い悲しみの青から静かに深紅へと変化を遂げた。
「この悲しみから抜け出せるのは…」
ヒチョル?
ギュヒョン?
何を??
「ハンギョン兄さんを一人占め出来ないのなら…」
俺の肩にヒチョルとギュヒョンの手が伸びてくる。
何が起きているのかわからない俺は、二人の観音菩薩のように美しい手をただ眺めていた。
「ハンギョン…さよなら…愛している…今までも、きっとこれからも」
「大好きな兄さん…こんな想いをくれた兄さんに感謝してる…またどこかで会えるかな…」
二人に肩を押された俺の体は、岸壁から真っ逆さまに落ちていく。
やがて濃藍色の大海原に吸い込まれるとゆっくりとたゆやかに身を沈めながら、俺は海面から見えるはずの無い二人の姿を見ていた。
闇色の水面から見える二人は寄り添って咲いている黒百合のようだった。
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二人のOFF日が珍しく重なった午後、俺の部屋を訪れたヒチョルを捕まえベッドに這わせた時、ヒチョルがそう言い放った。
「珍しいな。ヒチョルがそんなこと言うなんて」
俺は腰の辺りまで滑らした手を止めた。
「嫌か?」
「嫌じゃないさ。ヒチョルと一緒ならどこへでも行くよ。ただ…出不精のお前が珍しいなって思っただけ」
ガラス越しに射し込む光の中で、ヒチョルの顔が優しく緩む。
「うん…ただハンギョンと夏の終わりを見に行きたいだけ…それだけ…」
ヒチョルの運転で着いた海は、夏の賑やかさを微塵も残していない、オリエンタルブルーを水面に塗り込んだだけの場所だった。
それでも幾分か頬にあたる風は夏の匂いを残していた。
「ハンギョン…やっぱり夏は終わりだね」
海から空へと繋がる青色のコントラスト。
夏を惜しむように浜辺の砂を蹴り上げるヒチョルは、いつも以上に美しかった。
「向こうにある断崖は頂上まで登れるんだ。ちょっと行ってみないか?」
「ああ」
頂上へと繋がっているそれは、人ひとりがやっと通れるくらいの細く長く伸びるけもの道。
遊歩道には程遠い道をヒチョルに手を引かれようやく上り詰めた。
「どう?絶景だろ?」
足元に広がる紺碧色の海。
明日からまたしばらくヒチョルと離ればなれになる俺の寂しさに似ている。
「ハンギョン…?」
質問の答えも出さずに俺はヒチョルを強く抱きしめた。
このままずっとこうして居たい。
「ハンギョン…どうした?」
俺の髪を優しく撫でながら、俺の口から直接零れ出す言葉をヒチョルは待っている。
そうだろ?
「ヒチョル…離れたくない」
俺は心の丈を素直にぶつけてみた。
そうすることで、二人の絆が益々深まっていく…
そう信じていたから。
「ハンギョン…ずるいよ…ずるい…」
「え?何??ヒチョル、何言ってる?」
俺の肩越しに呟くヒチョルの声が、海の波しぶきで上手く聞き取れない。
「ハンギョン…どうして俺だけを愛してくれないんだ」
ヒチョル…何?
「ずるいな…そんな顔して。それじゃ、まるで俺が加害者みたいじゃないか」
ヒチョルは俺から少し体を離すと、動揺を隠しきれない俺の顔を覗きこんだ。
「ハンギョン兄さん」
どこか遠くから聞き慣れた声がする。
ギュヒョン…?
「ハンギョン兄さんは俺を愛してくれた。そうだよね?」
幻覚…?それとも…
「ギュヒョン…その答えはもう…」
「ヒチョル兄さん黙ってて。俺はハンギョン兄さんから直接聞きたいんだ」
俺は…
ヒチョルを…
ギュヒョンを…
「俺は………」
同時に愛した。
「ハンギョン、わかってる。ハンギョンは俺たち二人を愛したんだ。どちらかを選ぶなんてもうできないはず…」
思考回路が完全に停止した俺の中枢にヒチョルの声が入り込んできた。
「だから俺たちは…決断したんだ」
「ハンギョン兄さん…兄さんの傍にヒチョル兄さんが居たのを知ってて好きになった。最初は俺もそれでイイと思ってた。…でも、兄さんを好きになればなるほどそれじゃ満足しないんだ。兄さんが俺だけを見つめてくれないんなら…いっそのこと…」
「ハンギョン、驚いただろ?…そうだよな。お前はギュヒョンを愛してもなお俺を愛してくれた。だから気付かないと思ったんだろ…でもそんなはずないだろ?俺はお前を愛している。お前の一挙一動全てを把握できるんだ。だから…つらくて…悲しくて…」
ヒチョルの瞳が深い悲しみの青から静かに深紅へと変化を遂げた。
「この悲しみから抜け出せるのは…」
ヒチョル?
ギュヒョン?
何を??
「ハンギョン兄さんを一人占め出来ないのなら…」
俺の肩にヒチョルとギュヒョンの手が伸びてくる。
何が起きているのかわからない俺は、二人の観音菩薩のように美しい手をただ眺めていた。
「ハンギョン…さよなら…愛している…今までも、きっとこれからも」
「大好きな兄さん…こんな想いをくれた兄さんに感謝してる…またどこかで会えるかな…」
二人に肩を押された俺の体は、岸壁から真っ逆さまに落ちていく。
やがて濃藍色の大海原に吸い込まれるとゆっくりとたゆやかに身を沈めながら、俺は海面から見えるはずの無い二人の姿を見ていた。
闇色の水面から見える二人は寄り添って咲いている黒百合のようだった。
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