契約を結んだ使用人が次に考えるのは、お給金のことだと思います。今回はこのお金についてがテーマです。このお金なんですが結構ばらつきがあるようでなかなか基本給というものがなかったようです。そこで登場するのがヴィクトリア時代の有名な本の登場です。ではそれも一緒に見てみましょう。どうぞ~。
◆頭を悩ます賃金
保障の問題の次に実質的な問題が雇用者と使用人の間にありました。労働に関しての契約はある程度法案などで規定されていたものの彼らが頭を悩ませたのは賃金についてでした。給料はもちろん上から下まで幅も広く、また職種と性別、さらに特別手当の有無によっても金額は複雑に変わり、各家庭の規模によっても払う金額が全く違うために参考資料もないまま、最終的には各家庭の裁量で決めていました。もちろんお隣の家庭に「お宅の女中にいくらのお手当てを出しているのかしら」と聞いて参考にする場合もあったでしょう。しかしプライベートなこと、特に金銭的な内容を口にするのもはしたないことと考えていた人々もおおかたいたのであまり期待はできませんでした。指標のないまま過ごしていた19世紀にビートン夫人は自身の夫が発行していた『英国女性の家庭雑誌』のなかで使用人に対する年間の雇用賃金の推奨額を発表されました。その一部が以下です。
以上が推奨額ですがあくまでこの金額はビートン夫人の示した1つの参考例であってこれが使用人を雇うための具体的な金額提示ではありませんでした。またビートン夫人はロンドンの生活を基準として数字をはじき出したと考えられるため、ロンドン郊外を離れた村や町の場合の指標としては差が出てくるとも考えられます。さらにロンドンの中でもウエストエンドとイーストエンドでも賃金の格差があり、家女中に関していえばウエストエンドでは平均年収が£17に対してイーストエンドでは年£13だったというような調査結果(Trevor May The Victorian Domestic Servant p. 9.)があります。しかしながら少なくともロンドン近郊では彼女の著書は一般家庭に普及していたので、この金額を基に多くの家庭が雇用賃金を決めていたのは確かでしょう。上記の表を見るとわかるように、男女の上級職(基本的に執事、家政婦の職)と男女の料理人は雇用賃金が高く、また全体を見た場合は女性使用人の賃金は男性使用人のそれに比べると低いです。
このような指標が示されたのですが全ての家庭がこの良心的な金額を指標にして賃金を渡してはいませんでした。「救貧院出身の女中のなかにはこの種の雑役使用人として、週1シリング、すなわち年2ポンド10シリングの給料」(パメラ・ホーン著 / 子安雅博訳『ヴィクトリアン・サーヴァント―階下の世界―』 p. 207.)という金額で雇われていた使用人も少なからず存在したのです。