ポポロの森

子宮体癌Ⅲa期&頸部腺癌Ⅰb-1期
2種類も?!
でも、いつもキラキラしていられるようブログを作ってみました。

抗がん剤1クール後の経過

2007-12-31 14:51:05 | 抗がん剤1クール目
【食欲・体力編】
12月17日(月)退院の日
約2時間の移動で、車酔い
やや気持ち悪い感が戻ってきたけど
一生懸命、打ち消す

12月18日(火)
完璧に精神力が
吐き気は治まり、食欲も少しずつ
戻ってきたけど
思い出すとうっつーな気分になってしまい
ほぼ一日中、寝ていました
もう回復ができない気がして涙が出てくる
どうやって回復したら良いのか分からない
完璧、うっつー状態陥ってしまいました。

12月19日(水)
気持ちが持ち直り、食欲も出てきました
かなり色々な物が食べられる気がしてきたぞ
術後、初めて3キロの徒歩を開始!
お腹の張りが引いてきて、動きもスムーズに。

12月20日(木)
夫婦が遊びに来てくれたこの日
完璧に調子を戻しました
初めての運転、この日も3キロの徒歩
食欲は完全に持ち直し、焼肉もモリモリ!!!

12月23日(日)
協☆隊、村○開○普及員OBの集まりで
シャンパンも飲んじゃいましたー
キムチ鍋も誰よりもたくさん食べました
この日はで初めての遠出(片道1時間)になりました。


【脱毛編】
12月5日(土)
入院した夜の入浴時、わきの下のお毛けを
剃ったのですが・・・その後、一向に生えてこない
12月31日、現時点でまだ生えてきません

12月24日(月)
抗がん剤投与から2週間後
まだ髪の毛大丈夫
でも頭皮がボチボチ痛むよ~

12月25日(火)
頭皮の痛みが激しくなり 
洋服の脱ぎ着時、痛くて声を上げています
鏡を見る時はいつも「頑張れ!髪の毛!」
と励ましています。

12月26日(水)
下のお毛けの脱毛始まる?
ボチボチですが下着につく様になってきたんです。
それに、夜、髪を洗った時、乾かした時に
頭の抜け毛が増えた気がする
一生懸命、気のせいだと言い聞かせて・・・

12月27日(木)
やはり抜け毛が増え始めた事をハッキリ自覚
簡単に数本がスルッと落ちてくるぅぅぅ~!
洗髪の時の抜ける本数も多いです~。

12月28日(金)
はら~りはら~りと何をしてなくても落ちる毛
服につく髪の毛が増えてきました

12月29日(土)
朝、起きてやや!の本数が枕元に・・・
今朝が初めてこんなに抜けたぞ!
ブラシ1回で10本ぐらい絡まる
ということは、髪をとかすとどれくらいになった
洗髪の時もごっそり抜けたよ~
触っただけで抜ける髪の毛も多いし。
でも、まだ見た目には普通の人で全然通るぞよ

12月30日(日)
脱毛も本格化してきたー
やや髪もボリュームダウンしてきたかしら?
でも妹旦那君には「いやー、僕よりまだありそう。」
とお褒めの言葉?を頂きました
服に落ちる髪の量もたっくさん!
それを払うのに忙しい

12月31日(月)
今日で投薬、3週間
ブラシを入れると、ややホラー映画並み
妹とキャーキャー騒ぎながら髪をとかしました。
妹と母が毛づくろいをしてくれます
そこら中に髪が落ちて忙しい
でも、このままならばお正月ハゲは逃れられる?かも。
「頑張れ!髪の毛!」叫ぶ回数も増えました

明日は元旦
このまま頑張って欲しいなぁ。髪の毛さん達
みなさんもどうぞ良いお年を~です。


【爪編】
12月26日(水)
脱毛に先駆け、というかやや同時に
爪の根元がやや黒ずんでる 
と気になり始め・・・

12月29日(土)
あ~、やっぱりそうか・・・
左手の親指の根元も黒ずんでるわ。
しかも爪にはうっすら筋入りだよ





抗がん剤1クール

2007-12-29 17:29:41 | 抗がん剤1クール目
病院で頂いた『がん化学療法ハンドブック』に基づき
私の抗がん剤についてご説明したいと思います。

poporoの化学療法は【AP療法】です。
Aは塩酸ドキソルビシン{商品名:アドリアシン
 (主な適応)悪性リンパ腫、肺がん、胃がん、胆嚢・胆管がん、膵がん、
        肝がん、結腸・直腸がん、乳がん、膀胱がん、骨肉腫
 (副作用)骨髄抑制◎、嘔気◎、脱毛◎、その他:心毒性

 
Pはシスプラチン {商品名:ランダ、プリプラチン、プラトシン}
 (主な適応)小細胞肺がん、非小細胞肺がん、卵巣がん、子宮頸がん、睾丸がん、
          前立腺がん、頭頸部がん、胚細胞腫瘍、食道がん、胃がん、
          膀胱がん、腎盂・尿管腫瘍、神経芽細胞腫、骨肉腫

 (副作用)骨髄抑制○、嘔気◎、脱毛△、その他:腎障害、聴力障害、神経障害、
        低Mg血症、アレルギー症状、溶血性貧血、SIADH


★その他の抗がん剤についてはこちらをご参考下さい。
(御自身の治療については、あくまでも主治医の先生方から
 きちんと説明を受けて下さいね)
 


【治療日程】 薬剤師の先生が作成してくれた丁寧な日程表を元に
治療開始前
 12月8日(土)の入院時、採血・レントゲン検査があります。

1日目//12月10日(月)
 9:00~13:00  輸液(水分の補給)
 12:15      セロトニン拮抗薬(急性の吐き気止め)
 12:45~13:00  アドリアシン(ドキソルビシン)
 13:00~15:30  ランダ(シスプラチン)
 14:00       利尿剤
 15:30~4日間  輸液(水分の補給)が続きます
    (本来は3日間の予定でしたが、私の場合、体力が回復せず
     丸4日間続けられました)
 全体を通してプリンペラン(吐き気止め)も入ります

2日目~4日目//12月11日(火)~12月13日(木)
 1日目のシスプラチン終了後から続いて輸液を流し続けます
 2日目からはデカドロン(遅発性嘔吐に対する吐き気止め)が
 定期的に投与されます
 4日目のお昼には輸液を止めてもらい
  (もう体がお薬を拒んでいる気がして副の先生に懇願
 夜8:30~8:45 最後のデカドロン(吐き気止め)で終了

治療日程、お薬の量は先生が患者さんに合わせて考えてくれます。
 なので上記はpoporo用ですよ~。
 そして次回は今回の吐き気を考慮して、また吐き気対策が変わってくるそうです。

入院日数:10日間(長かった
 2007年12月8日(土)入院。血液検査・レントゲンのみで午後からは遊びに行きました
       12月17日(月)退院 朝の血液検査で退院OKになりました。

入院・治療費用
 個室料金¥13,650×10日間=¥136,500
 治療費・食事代           ¥186,420
             合計 ¥322,920 な~り~
                    痛い出費です
























大きなプレゼント☆

2007-12-26 11:22:32 | 今日の私の出来事館
2007年12月25日(火)夕方

ジングルベ~ル♪ジングルベ~ル♪
ジングルオンザウェ~イ ヘイ!

poporoの所にもやって来ました!サンタさん
今年、決まっていた留学予定先の大学院から
1年延期の措置をしていたのですが
来年度の受け入れOKのお知らせと手続き書類達です。
行く行かない、行ける行けないは別としてになりますが
嬉しいです。
手術前にメールでお願いしていた時のお返事は
「まだ来年度の考査に入ってないので返事ができないことを
 ご了承下さい。」だったのです。
抗がん剤の治療が4月まで続く事を考えたら・・・ですが
また目標ができて素直に嬉しいです

大学院は3つ受けて、3つとも英語力を大学院が求めるレベルまで
したらいいですよ、という条件付合格をもらっていました。
それで7月頭からイギリスの大学併設の院に入れる様なプログラム
に参加する予定でいたのですが、今回、お手紙が届いたのは一番
私が行きたい大学院です。
2番目に行きたい大学院は手術の前に、来年度の受け入れOKのお手紙
を頂いていたのですが、今回はモ☆☆コにいる時から、どうしても
ここで勉強したいと思っていた学校なんです。

行けないかもしれないけど、もし行けるとなったら絶対に行けるように
英語っておいた方がいいかなぁ。デヘヘ
ちょっとヤル気です。

私にとって、とても素敵な big x'mas でした

お話変わって
化学療法1クールが終わり、最初の抗がん剤点滴から24日の月曜日で
2週間が経過致しました。
そろそろやってくる?と最近はビクビクしながら過ごしておりますが
とりあえずクリスマスハゲは間逃れました
次の目標はお正月ハゲにならないこと
ここ数日、頭皮が痛い
ってことは、もうすぐなんだろうなぁ。
この前、入院の時に聞いてきました。
「頭皮がバキバキって痛くなったら、ボサッと抜けるよ。」
って 怖い・・・
最近は、いつも優しく頭皮を労わり心構えをしている自分がいます。

「神様~







色んな言葉。

2007-12-24 14:57:19 | 入院日記②+広汎子宮全摘手術のお話
記事に書ききれなかった思い出をちょこっとずつ

手術翌日の朝、F先生が来てくれた時
 「どう?お腹痛いとかある?」と聞かれ
 「どこも痛くないです。」って先生の顔見られて安心しました
 そしたらF先生、お布団の上からだけど
 足首、ギュッってしてくれて
 「頑張ったね」という様な顔をしてくれました  
 私も声には出せなかったけど「うん」ってうなずきました。
 私、あれ程、手術を嫌がっていたから
 そんな私の気持ちを思ってくれたのかなぁ、の時でした。
  *妄想と言われてもいいの!(笑)

術後2日目(手術翌日)の夜中
 あまりにもお腹が空いて眠れません
 夜中の見回りに来てくれた看護婦さんに、その旨、伝えると・・・
 「食事は出せませんからねぇ。朝まで我慢して下さい
 と言われました そりゃそうですよね・・・
  *翌朝から、お隣のおまさんより1日早く
   流動食が開始されました ←が、美味しいとは言えず食べられない

手術の翌々日=術後3日目の夜、点滴終了
 ヤッター!身動き取りやすい~!とピョコピョコ元気に動いていたら
 夜、担当の看護婦さんに
 「poporoさん!元気に思うかもしれませんけど、まだ3日目ですからね」 
 と釘をさされ・・・おまさんと苦笑い。

術後4日目の昼間、お掃除のおばちゃんが来た時
 廊下でストレッチをやっていたら
 「えー?動きすぎです!そんな事したら・・・もう運動は止めて下さい!」
 と怖がられました。

お茶やお食事を持ってきてくれるおばちゃん
 いつもにぎやかな私とおまさんの部屋に来ると
 「二人一緒でよかったね。一緒に回復できるね。
  元気になってきたね、良かったね。」
 と私達の回復を嬉しそうに喜んでくれます。

お食事のおばちゃんもお掃除のおばちゃんも
 み~んな、患者さんの回復を嬉しそうに見ていてくれます。
 *抗がん剤が始まってかなりくたばっていた私には
  「早く良くなってね。」って、心配そうに私に声をかけてくれました

お腹に炎症を起こした時、病棟でできたお友達みんなに
 「動きすぎだよ~ 大人しく寝てなさ~い!」
 と言われました。

廊下で看護婦さん達とおバカな話をしていたら
 一人の看護婦さんに
 「大丈夫?精神科の先生紹介しようか?」と言われ
 みんなで大笑い

担当班ではないのですが、小さくて可愛い看護婦さん
 急に私の隣に並んで「poporoさん!小さいですよねぇ。」
 って。「え~同じくらいじゃないですかぁ
 って、二人並んで背比べ。
 負けた・・・可愛らしいなぁと思った看護婦さんのが私より7㎝も高かった
 
術後、だいぶ回復した頃、初めて担当が回ってきた看護婦さん
 が私とおまさんのお部屋へ入ってきて・・・
 「poporoさん?ですよね?」と私の顔を見て本人かどうかの確認
 「お見舞いの方かと思いましたよ~。あまりにも普通の人がいるなぁって。
  でもパジャマだし、おかしいと思ったんだけど~。」

後治療が決まった翌日、F先生がいらっしゃった時
 「ここまで頑張ってきたんだもんね・・・」
 私、この「・・・」の間に考えた言葉は
 「ここまで頑張ったから、もういいよね。終わりにしよう。」
 だったのですが
 「もうちょっと頑張ろうか」とF先生
 予想に反してと言えば反して、当然と言えば当然のお言葉
 ま、私はこの時もベッドの上で大暴れ
 「嫌です!嫌です!嫌です~!」
 F先生「だ~いじょうぶ、大丈夫。」と必死の慰め

後治療を言い渡され、看護婦さんが変わる度、毎回、泣きつく私
 いつもはすっごくサバサバしている、ある看護婦さんに話をしているうちに
 また涙が出てきてしまい
 言われた言葉の一部ですが
 「poporoさんのペースで受け入れたらいいのよ。
  誰だって手術も追加治療もすぐに、あ、そうですか。 
  なんてならないんだから。
  いいのよ、自分のペースで。」
 「受け入れられないなら、そのまま時間が過ぎていくのでも
  いいじゃない。」
 って言われて 楽になりました
 確か、全摘になることも、自分が癌であることも、追加治療になるとは
 予想もしておらず受け入れられないでいる、とお話した時のことでした。
 気持ちはすぐには追いつかないですよね

色んな看護婦さんにいつも
 「F先生って、カッコいいですよねぇ
 と病室で話している私
 ある看護婦さんが言ってました。
 「F先生の患者さん、先生のお話する時、み~んな目がマークです!」って。
 あーライバル多し


な~んて、自分向けに思い出話を記録に残してみました




 
 

 

 

病理の結果②

2007-12-23 13:23:52 | 入院日記②+広汎子宮全摘手術のお話
大切な病理結果・・・

頸部腺癌 Ⅰb-1期
体癌   Ⅰb-1期
卵巣、リンパ節転移なし・・・だったのですが
復帰宣言でお話した様に腹水から癌細胞が見つかってしまいました
こうなるとステージが一気に 
体癌 Ⅲ期 に格上げです

体部、頸部ともそこに限局していて浸潤も浅く、広がりを持っていない
大人しい癌だそうです。
そして、術前、悔しがった頸部腺癌の治療はこれで終了とのことです。
なのに・・・なのに、何故、腹水から出てきたの~
そして、化学療法行き決定です

腹水に関して、私の場合は腹水がどんどん溜まってしまうものではなく
 誰もがお腹に持っている腹水(子宮や腸なんかの周りに存在し守っているお水)
 から癌細胞が見つかった、ということで
予後を心配されるものではなく、今、(抗がん剤で)叩いておけば
 再発を防げるでしょう、とのこと(絶対とは言えないけどとおっしゃってましたが)
もしかしたら発症することがないかもしれないけど
 再発したら困るから、予防の意味を込めて抗がん剤をやることを勧める
らしいです。

ステージに関して、腹水から出ると体癌Ⅲ期という扱いになるけど
 あなたの場合はどちらかというと予防的な意味が大きい治療だから
 ステージは気にしなくていいです。
とのことでした

私、決めました。F先生がステージ考えなくていいって
言ってくれてるから、もうこれ以上、色々調べることはしないようにしようって。
だって、分かってるもん・・・Ⅲ期の5年後生存率が、ぐぐぐ~んと下がる事。
でもね、治るための治療だって先生が言ってくれてるから
私は心配してないよ

両親と3人の先生揃っての病理結果は『化学療法が必要です』の説明でもありました。
前日、副の先生から先に説明を受けてしまった私ですが
両親にはでは伝えませんでした。
やはりショックでしたし、上手く説明できる自信がなかったので
先生からきちんと説明してもらった方が安心だろうと思ったからです。

両親としては、これまでステージが軽かったのに腹水から出て
急にステージが上がってしまう=進行してしまっていたの?という思いから
ややショックだった様ですが
「今、治せるものは治してしまおう。」
と私以上に前向きでもあります。
それ程、心配はしていないようなので、私も安心です

そして
今後の治療スケジュール(1週間、自宅で元気になってから再入院)
抗がん剤の種類(AP療法:アドレアシン+シスプラチン)
副作用:髪が抜けること、吐き気も伴うこと 他諸々
 アドレアシンは心臓に負担がかかること
 シスプラチンは腎臓に負担がかかること
副作用に関しては病院側で対処できる事は早めの対処をしていく
看護師さんも慣れているから安心して任せて欲しい事
私は小柄だけど体の表面積を計算して、ちゃんとお薬の量も
 考えるから大丈夫、とのこと
などなど。

両親揃っての説明の時は絶対に泣けない私なのでかなり冷静でしたが
前日、副の先生にせがみこんでお話を聞いた時は
その場でボロボロに泣きました。
怖かったんです、抗がん剤。
髪が抜けるのはまぁ、また生えてくるからしょうがないとしても
吐き気が怖かった。魂まで吸い取られそうな感じで・・・
人間じゃなくなる気がしてて。
手術で約1ヶ月入院していたので
抗がん剤でとても辛そうな人を目の当たりにしていて
申し訳ないと思いますが、自分に当てはめるのが怖かった。
凄く表現が不適切ですみません・・・が、
ふら~ふら~って歩いてた人もいて
私、この方とはお友達でよくお互いに励ましあっていた仲なので
書いてしまいますが、本当に本当に辛そうだったんです

しかもこれから半年弱も、また闘病
もう勘弁して欲しい。
私、この手術で終わるもんだと思っていたのに・・・
って、先生方、看護師さん達も全員、そう思っていたみたいですが。
ですよね
私、とっても元気だったから、まさかまさかの結果です。

泣きました相変わらず。
そして、また看護婦さんに泣きに付き合ってもらいました。
この看護婦さんも20歳の楽しい時に、半年も闘病したって経験をお話してくれ
私の気持ち、ずっと聞いてくれ
そう、カンファレンスから出てきて、すぐ廊下でバッタリ会い
そのまま涙が出てきてしまい、後からお部屋に来て下さったんです。
とっても忙しいのに・・・ありがとうです。
夕飯の時、この時、お隣だった中さんが
「良かったら、カーテン開けて食べようか?ね!」
って、私がワンワン泣いているのに付き合ってくれ
ご自分の抗がん剤の経験をお話して下さり
「大丈夫よ、一緒に頑張ろう♪」って

その翌日か翌々日
私の気持ちが少し治まるのを待ってから、との判断で
薬剤師の先生から詳しい説明を受けたのですが・・・
改めて詳細に詳細に説明を聞くと
やっぱり辛くなって、ボロッボロにベッドの上で泣きながら
聞いていました。
この薬剤師の先生もとっても優しく、そしてとても知識のある先生
いつもお薬の説明を聞くと、とっても的確で丁寧なんです。
が、この時は先生の前でもワンワン泣いてしまいました
でも先生は「できる限りの対処はこちらでもさせて頂きますから。」
って優しく言ってくださって・・・

そんなこんなで
でも逃れることは私にはできず。
だって、そんな私まだ、何もしてないのに
自分の命に線を引くかもしれない行為なんてできません
先生方によって助けられた命です
精一杯、生かさないと。
私が可哀想だもん

という訳で、今の抗がん剤治療につながったのです




















病理の結果①

2007-12-22 20:27:33 | 入院日記②+広汎子宮全摘手術のお話
副の先生「poporoさん、病理結果お話しますのでご両親、来られますか?」
私:「え?両親ですか?じゃあ、いつがいいかで聞いてみますけど~・・・。」
 *注意:副主治医の先生のマーク考えました

う~ん病理結果に両親、必要か~
私はね、お腹に炎症起こしたから退院が延びちゃって
病理結果がギリギリ出ちゃったのよね。
だから外来で聞く前に、病棟で教えてもらうことを私も希望したんだけど・・・
だって外来で聞く時って、本人のみで問題なしよねぇ、普通

私:「先生、先生!」って、手招きして内緒話
私:「先生、私、何か怖いことあった?」 コソコソ・・・
副の先生「ないです、ないです
 poporoさん、回復早くて元気だから自分で分かってないかも知れませんけど、
 poporoさんの手術、大きな手術してますからね。
 病理の結果出たら、ちゃんとご家族に説明することになってるんです。」

両親にで病理の結果伝える事、上の会話のまま伝え・・・
やや、「ふ~ん?」って両親も不思議がってたけど
私も・・・う~ん

その後、両親に説明の日と時間を確認した旨、また副の先生にお伝えした時
私:「先生」とまた手招きで内緒話。
私:「私、後治療ない?」と趣旨をハッキリ聞いてみました。
副の先生ちょっと困ったように
「実は私達も今、迷ってるんです。」
私:顔だけ「えっ?」の表情。
副の先生「どうします?今、聞きたいですか?明日、F先生からも聞けますけど。」
私:「今、聞きたいです
副の先生「じゃぁ、カンファレンス行きましょうか?」

チーン またもや撃沈の予感・・・

ってか、副の先生ごめんなさい。
私に先に話すはずじゃなかったんですよね。。。
ごめんなさい。聞いちゃった←悪い子poporo
先生、優しいからね。
副の先生 とても人がいいんです。
他の病室の患者さんからも人気が高いんですよ!実は。

*副の先生のマーク大きすぎますかねぇ?
 でもさんに似てる・・・んです。













妹poporo、大活躍!

2007-12-21 17:54:55 | 入院日記②+広汎子宮全摘手術のお話
poporoは4人兄弟
入院中は都内に住むpoporo妹が大活躍
I県に住む両親に代わり、ほぼ毎日、病院へ来てくれ
身の回りのチョコチョコした事をやってくれました
中でも感動したのは
手術の翌日だったかなぁ。
飲み物を買ってきてくれたんだけど
お腹に力が入らなくて開けられないだろうからって
ペットボトルの蓋を一度、緩めておいてくれたんです~
感動じゃないです?poporo、大感動でした
私だったら、こんな細かいとこまで気が付かないなぁ・・・って。
poporo妹ちゃん

他にも乾燥機まで体が伸びない私に代わり
乾燥機の作業をお手伝いしてくれたり
特に、お腹の炎症で発熱後は
忙しい合間を縫って(新婚さんなんですお仕事もしてます)
心細くなっている私の元を毎晩、訪ねてくれ
下のコンビニまで行けない私に変わって買ってきてくれたり。
来てくれるだけで安心なんですけどね。

旦那さんもとても優しい人で、一緒にお見舞いも来てくれました。
旅行好きな私の為に、『世界遺産』のDVDを作って持ってきてくれたり
ありがとうです。

いつもpoporo妹は、私の気持ちが暗くならないように
おバカな話を私としてくれてます。
暗くなりそうな話題を全て笑いに変えてくれ

そんなこんなの支えがあってこそ、ですよねぇ~。
私が頑張れるのも



お腹の炎症と発熱で・・・

2007-12-21 17:09:53 | 入院日記②+広汎子宮全摘手術のお話
術後の回復が早かったpoporoですが
術後5日目の土曜日、お腹が痛くなりお熱が出てきました。
下っ腹の辺りというか、お腹の下のライン(分かります?)に沿って
痛いんです 右も左も線上が痛い
3番目の先生に訴えても様子見になってしまい・・・
この日は一日、大人しく状態でいたのですが
夜中、寝返りを打つのも痛くて痛くて。
朝になったら何としてでも先生に訴えねば
お熱も37.5度を越していきます

土曜日は放置され・・・日曜日になるとお熱も38度を越してしまい
お腹の痛みは治まらず
痛みで歩くスピードはダウン またヨチヨチ歩きになってしまい
宿直の先生に診てもらう事になりました。
エコーで膀胱の辺りまで見てもらい、採血とレントゲンで異常がないか調べてもらい
でも何よりも心強かったのが、その当直の先生の存在でした
「お腹の何らかで炎症起こしているだけだと思うから大丈夫だと思うんだけど。」
って。でもきちんと診てくれて
心強かったです
その日は、点滴で抗生剤を入れてもらい
すると途端に、お腹の痛みもお熱もしました。

その後、抗生物質でその場は治まるものの、やはり根本からは治らず
お熱も8度までは出なくなったものの、37.5度位まではウロウロ。
お腹に残ってるリンパ液の仕業か?
はたまた、足の親指が巻き爪から炎症を起こしたもののせいなのか?
その巻いている爪の水虫から来ているのか?
ほうかしき炎だったら危険です~。。。
原因が分からない・・・ようです
抗生物質点滴後も採血では炎症の値が下がっていないようで
だからやはり原因がやっつけられた訳ではないみたいです

ただ、抗生剤をやたら体に入れて良い物かというとそうではないらしく
数日間は痛み止めのロキソニンでその場をしのぐという感じでした。
こうして、退院はお腹の痛みが完全に治まり、お熱が下がるまで
延期になりました。
でも、お家に帰ってしまってから痛みが我慢しきれなくなったり、
高熱が出てしまったら、家族も大変です。
病院まで遠いし

原因は結局、特定できなく・・・CTまで取りました。
その後
足の細菌にも効果があるという飲み薬の抗生物質を処方され
これを飲んだところ
「痛~い!お腹が痛~い!」
もうベッドの上でのた打ち回りです!
何でよーお薬飲んだのに、この痛みは何~
し・か・も!またお熱が37.5度くらいまでグゥゥ~ン。
でも、何か痛みが違う。下痢っぽい痛み?でも強すぎる・・・

苦しむ事、数十分。冷や汗かきまくりでしたが・・・
治ったウソでしょ 痛みが治ったよ

後から薬剤師の先生がお薬の説明に来てくれ
この抗生物質、とても強いらしく
時として、私の様に下痢でお腹が痛くなったり
それに伴ってお熱が出る事もあるそうなんです。
私、その副作用にドンピシャで当てはまったみたい
あ~、とにかく、痛くなくなったし、のた打ち回った痛みからも解放され
これで助かった。

こんなことをしながら、術後5日目から数日間、回復逆戻りの日々を過ごし
後から手術した戦友達にもドンドン退院を越されながら・・・
私の退院は術後3週間近くまでかかってしまったのです。










ようこそ、我が家へ♪

2007-12-21 00:06:50 | 今日の私の出来事館
今日は、与論島からと旦那さんが
我が家へ遊びに来てくれました
      
協☆隊の同期でモン☆ルの空手隊員だった知とは
派遣前訓練で同じ生活班でした。
彼女達の結婚式には、手術入院の為、残念ながら出席することが
できなかったのですが、入院前、母と与論島の彼女達を訪ねていました。

結婚式のビデオや写真を見せてもらい、島ならではのとても温かい
手作りの結婚式に、知と旦那さんが本当にたくさんの人達に
祝福されているんだなぁ~とジーンとしました。

は私の帰国直後にも我が家へお泊りで来てくれたことが
2回あります。
いつも母の手伝いを進んで快くしてくれる知は、うちの両親
の大のお気に入り
今日も夕飯を一緒に食べて行きました。
今日は旦那さんも一緒にお手伝いをしてくれ
なんだか、うちの家族みたい 全然、違和感がなくて。
は、母の手料理も大好きでいてくれ
いつもたくさん食べてくれるので、母もとっても喜んでます。
今夜は私の大好きなの焼肉。
うちの方は養豚が盛んで、近所にとっても美味しい豚肉屋さんがあるのです。
そこで昔から豚肉、豚カツを買ってくるのですが
ここのを子供の頃から食べている私は、もうスーパーのお肉は食べられません
母が作ってくれた焼肉を3人でモリモリ、食べる食べる食べる!
私なんて病み上がりとは思えない食べっぷり。
大丈夫か~腸閉塞・・・
あれ程、看護婦さん達に食べすぎ注意を受けてきたのに

そんなこんなの楽しいひと時でした。
今日は朝から昨日よりも元気になった感じがしてはいたのですが
日に日に元気になってくるのが自分でも分かります
本当に良かった。一昨日は、もう立ち直れないかと思ったけど
今日は本当に元気になりました。

朝からたくさん食べたし、久々にリンパマッサージもしました。
(今まで気力が起こらなかったんです
午後は3キロ位、歩いてきました。術前に歩いていたコースで。
そして、知と旦那さんと楽しい時間を過ごし。
達の送り迎えで、術後、初めての運転も
できたんです!
まだ少し、薬の副作用か貧血っぽいので遠出は無理だと思うけど
市内なら

今日は色々、できました
poporo嬉しいよ

そして、私達のために、お店の合間を縫ってたくさん準備してくれた
poporo母、本当にありがとう










術前・術後の処置など~残尿測定エピソード編

2007-12-20 23:55:11 | 入院日記②+広汎子宮全摘手術のお話
待ちに待った尿管を外してもらうと、poporoすぐにお手洗いに行きたい気分に
す・て・き 私、尿意があるのね~。あ~ん安心したよ~
ってな訳で、尿意に関しては問題なしでした。
で!で!どれ位、自尿が出たかと言うと
これまた、めでたい 100cc
でかした!十分です。1回目で100ccなら、いいでしょ
*私は体が小さいので膀胱に溜まる量も元々、多くはないみたいです。
 結局、最高で出た自尿は220cc位(残尿測定クリア後)だったし。

そして、緊張の第1回、残尿測定の結果は
惜しい!80cc う~んもう一息。
直後に副主治医の先生と3番目の先生に廊下でバッタリ出くわして
副の先生:「尿意ありますか?」
私:「はい!最初からお手洗いに行きたくてしょうがなかったし、100cc、最初に出ました」
二人の先生:「おー!やっぱ凄い!」ととっても嬉しそう♪
だって、それって手術で神経に傷つけなかったってことだから。
私:「でも残尿が・・・」
副の先生:「まだ一回目ですから、焦らなくて全然いいです。」
って。そうそう、気長にね!1週間くらいは猶予を見ていいって言ってくれました

ところが、ところが!
その後、50ccジャスト!が出たと思えば100ccに戻ってしまったり
なかなか3連続クリアは難しい。
F先生も「1週間はゆっくり様子見ればいいよ」って言ってくれていたので
私も「日曜日まではいっかなぁ~(月曜日から始まってます)」なんて思っていたのですが・・・
3番目の先生が・・・金曜日に「自己導尿覚えてみる?」なんて言うんです
だって!日曜日まではいいって言ってたのに~
と、ここから私のピンチの焦りが始まりました

後は意地です!意地!
これで何とか残尿測定をクリアしないと、私、自己導尿覚えなきゃならない!
もう!絶対イヤイヤなんです
ここまでね、苦しい思いして、死ぬほど辛い手術受けて
これ以上、私に何をどうしろと言うのよ!
あんな道具、絶対に家には持ち帰らないのぉぉぉぉぉ
と必死の訴え。

まだ金曜日。私だって日曜日までにはクリアできそうかな
なんて思っていたんだもの~!まだ早いじゃーーーん

この時、既に残尿測定は1日1回になっていたので(3日目には1回になりました)
朝9時の測定をクリアできれば良い訳よ!私!

ここから私、凄い作戦を考えました。
朝9時、この時間、まだ体が完全に働き始めてない。
つまり残尿が私は一番、残りやすい時間らしい。
でも、時間をかければ残尿は減る。
ちゅうことはだよ!
9時でなく、もうちょい遅い時間に測ってもらえば良いのでは
ということで、ナースコールするのを10時半とかに勝手にしてました。
この間にもお手洗いに行き、自尿を出し切った気がしてから
看護婦さん呼びました・・・
残尿が多い人は絶対に真似しないで下さい!
私の場合、ばらつきながらも50ccというのは既に2回、出しております。
朝だけ調子が悪いという自己分析もできてます(本当か?)
それを踏んだ上での自己判断であり、看護師さん的には絶対にダメです(当然)

土曜日、とうとう自己導尿グッズが届きました
金曜日には自己導尿のDVDも既に見せられました
看護婦さん:「poporoさん、来ちゃったよ~。先生の指示だから~・・・」
私:「いやーーーーー!絶対ヤダーーーーー!ヤダヤダ、絶対持ち帰らないーーー!」
   「だってF先生、日曜日までは様子見ていいって言ってくれてたもん。」
看護婦さん:「でも3番目の先生が・・・。指導はしないよ、まだ。月曜日でいいって。」
私:「でもヤダ!そんな道具いらないーーーーー!返品してくださいーーー!」
すっんごい暴れよう
ベッドの上で大暴れ

この時、お隣のベッドの相方さんになっていた中さんも大笑い。
とうとう、導尿グッズを持ってきてくれた看護婦さんも笑いながら
私の気持ちが付いていってない事を考慮してくれ
グッズをそのままナースステーションへ持ち帰ってくれました

この時の大声、どこまで響いていただろう・・・
そして、持ち帰られたキッド、その後どうしただろう?
返品てできるのかな?

そんなこんなで、私、また訴えました。
私:「お願いです!朝の9時が調子悪いだけです!」
「残尿測定、昼間にやって下さい。そしたら絶対、私、クリアする!」
「1日1回じゃなく、1日3回やって下さい。そしたらできるもん!絶対!」
もう半泣き状態で必死の抵抗&訴えです。

そして土曜、日曜と自分で立てた作戦を決行し
しかも日曜日、本当にその日に3回、残尿測定してくれたんです
嬉しい~!
看護婦さんがその日の測定時間、書いてくれるんですが
本当に3回、やってくれて
看護婦さん:「これで3回、クリアしたら、いいから。」
私:「ホント?ホント?」

そんなこんなでですね
クリアしてみせましたよ
もうね、3番目の先生には意地でも負けないつもりでした(笑)
自己導尿に関しては、ですけどね
最後まで、覚えて欲しいと言われたのですが
もう、これだけは勘弁だったので・・・
その後、グッズを一度も見ることなく行方は分かりません。
本当に返品してくれたみたいです

3連続50cc以下をクリアした時
開脚おイスの上で叫びました。
私:「ヤッター!!!キャー!!!クリアしたーーー!!!」
この声は内診室の扉を通り越し、私と中さんのお部屋まで
聞こえてきたそうです。
お部屋に戻ったら
「poporoちゃんの声、聞こえてきたよー。終わったんだねぇ~
って。

もし、今後、残尿測定される方がいらっしゃったら・・・
諦めない
一度立って、数秒待ち、再度、座って自尿を出す
を試みて下さい。