ポポロの森

子宮体癌Ⅲa期&頸部腺癌Ⅰb-1期
2種類も?!
でも、いつもキラキラしていられるようブログを作ってみました。

長かった道のり

2008-04-08 17:03:22 | 抗がん剤5クール目
やや気が早いタイトルですが・・・

まだ治療が残っているのに、先生方とのお別れがあり
退職されたり、異動される看護師さんとのお別れもあったせいか
退院間際、これまでの道のりを振り返る時間がふとやってきました

看A:「poporoさんも、次回はもう本当に最後ですね
私:「はい。」 とここから回想劇が始まり~
私:先生と約束したの。色んな私の要素があるから、残りの部分は全部、
   大切にして輝かせて素敵な人生にするって。」
看A:「poporoさん、気持ちがやっと追いついてきたのかな。」
私:「でも今でも、とっても辛くて毎日、数回、泣いちゃうんです
看A:「うん、そうだと思う。でもあの頃には、今みたいな発言、絶対にできなかったもん。」
    「術前からpoporoさんのこと見てきてるから、あの頃、気持ちがついていってなくて
     苦しかったですね。あの頃は~(回想)~。」
私:「覚えていてくれたんですか?」
看A:「覚えてますよ~ poporoさんは、ちゃんと自分のペースで追いついていってるから。」
このお話をした看護婦さんは、手術の同意書を渡す時に、どうしても私がサインできなくて
「まだ書けないです。どうしてもイヤなんです」と何度も同意を拒否したところから始まり
「poporoさん、夜中でもいつでもいいですから、お話聞きますから呼んで下さい。」
って言ってくださって
「本当にいいんですか?私、泣きつきますよ。」って言ったら
「受け止めますから」って任せて!のポーズをしてくれた看護婦さん
抗がん剤治療を言い渡された直後、廊下でバッタリ会って顔を見て
そのまま涙がこぼれてきたのも、この看護婦さんです
 

看B:「poporoさん、いよいよ最後ですね 頑張ってきましたもんね。」
私:「はい。」 とまたここから回想劇が始まり・・・
私:「Bさん!手術の時の付き添いってBさんでしたよね
看B:「そう!私です~
私:「あの時ね、初めて担当で、その後も担当がなかなか回ってこなくて。
   誰だったのかなぁ、あの時の看護婦さんって、ずっと思ってて。」
   「抗がん剤でまた担当になった時に、声で思い出しましたよ
看B:「そうそう、poporoさん、同室の方と一緒に出発して・・・」
私:「そう。自分のストレッチャー来たら、大泣きしちゃって
   「Bさんが、私の背中さすってくれたの。だから、ずっと誰だか思い出したくていたの。」
看B:「poporoさんは強いですよね。あんなに辛かったのに、私達にそういうそぶり見せないで。」
    「いつも明るく振舞ってて。そんな姿分かるから・・・。」
って、二人で回想劇をしながら、一緒に泣いちゃいました
看護婦さん、ずっと私が泣いているのに付き合ってくれて


看護婦さんと「二人とも手が小さいね」って大きさを比べていた時
看C:「poporoさん、爪の色、変わっちゃいましたね」 と私の手をとって・・・
私:「うん。でも終わったらまた色が戻るから、気にしてないよ。」
   「髪の毛もね、人前でそりゃ~、坊主にはなれないけど、また伸びるから。
    だから平気
って言ったら、私の布を巻いた頭に手をそっと置き、優しく包み込んでくれました
この看護婦さんは、手術入院で一番最初に私の空元気に気づいてくれ
「poporoさん、無理しなくていいですよ。」って
キュンってしてしまう優しい目で私に話しかけてくれ・・・
ものすごく泣きました、その時。



看D:「poporoさん、もう最後ですねぇ。寂しいです~
私:「私もです~。もう入院はしたくないけど~。Dさんとも会えなくなっちゃう~
   「Dさん、転職してうちで働きませんか? もしくは一緒に住みましょうよ~」
Dさんは、術後の歩行訓練やおしもを洗ってくれた看護婦さん
いつも私のお腹の調子や抗がん剤の副作用について、とても気にかけてくれ
一番、私の調子を把握してくれていた様に思います
ほんわかしていて、いつもくだらない話をしては大笑いをしました。
ホント、会えなくなってしまうのがとても寂しいです
えぇ、だからと言って二度と入院はしませんが・・・!



私は、病気に関しての辛い気持ちや嫌だと思っている気持ちを
主治医のF先生や看護婦さん達に聞いてもらってきました。
一番、分かってもらえると私は思っていたから。
そして分かって欲しかったのかな


退院直前まで看護婦さんと回想劇をしていて、退院の時間が遅くなってしまいました
ラスト1回を残して全てを振り替えるのには、ちょっと早かったかしら

という、5回目の退院前のお話でした。













   











 

2回の採血外来の結果と諸々の副作用

2008-04-07 21:53:10 | 抗がん剤5クール目
4月2日(水)
白血球 1200 正常値:4000~1万1000くらい
好中球  156 1000以下だと感染症にかかる割合が高くなり
          500以下だとその割合が大幅に上がるらしい です。
凄い低い・・・ないに等しくないかい? 生命の危機を感じます
ガイドラインの500を切っているので、もれなくノイトロジンが注射されました。

そして抗がん剤最終回は、担当の先生方も全員変わってしまうので
再採血をして完全に値が戻ってる事を確認してからの入院を副の先生から
外来へ指示を出しておいてもらいました。

という訳で、4月7日(月) 再採血
白血球 3300 ←これでもまだ普通の人より少ないっち
好中球 1683  白血球の51%だったので合格

これで予定通り9日から最終回の入院が始まります。
良かったけど・・・どうしても嘔吐を考えると「ヤッター」とは喜べない。
あ~、憂鬱 抗がん剤の入院前はどうしても憂鬱になっちゃいます。



副作用のお話です。
口内炎
いつも投薬後、2~3日目くらいに口内炎ができます。これもお薬の副作用です。
抗がん剤で胃の消化機能が著しく落ちるから
今回はそれに加えて・・・退院後、に帰ってからも3つもの口内炎が
誕生されました。
痛かった~ 
なのに、家族には「食べすぎだ!バ~カ!」と言われました。
そうかもね・・・ 否定はできない。

刺激物には要注意!! というお話です。
先日、スパゲティを作った時、少しだけにんにくを残すのがもったいないと思った
貧乏性な私
結構な量を入れてしまった様で
夜になって、お手洗いに行っても行っても、ず~っとお手洗いに行きたい!
明け方まで尿意が治まる事はなく・・・眠れませんでした。
この後3日間くらい、変な尿意が続き、辛かった~ 
母も同じ様に膀胱炎の様なこの感じがあったとのことで、原因が「にんにく」と判明。
刺激物ですものね。
抵抗力が極端に弱っていた私には、大変な刺激をきたしたようです
みなさんもご注意を



ここからは日常の小話です。
4月3日(木)
『挨拶運動』をしているお散歩コースの沼へ歩きに行った時のこと
幼稚園生の女の子に話しかけられました。
しばらく、その子の『この海に海賊がいる』の創作話に付き合っていると
幼:「もう春だね!」
  「もう暖かくなったから、帽子はいらないんだよ!」
私の心の声:「す・鋭い
私:「そうだね。お姉ちゃんはまぶしいから帽子かぶってるんだ。」
幼:「女の子はね、髪が長くなくちゃダメなんだよ!」
私:「そっかー。じゃ、お姉ちゃん、これから伸ばさないとね。」
幼:「そうだよ。長くないとね、男の子になっちゃうんだから。」
心の声:「ブホッ」 昔のギャグの様にズッコケルかと思いましたよ
幼:「ねぇ、髪長くなったら、かなみちゃん(その子の名前)に見せてね。」
私:「うん、分かった。まだまだ時間がかかるけど、ちゃんと見せるからね。」
はぁ 「帽子とって見せてよ!」と言われなくて良かった



4月5日(土)
が満開の見ごろを迎え、お天気も良く気持ちのいい日でした。
沼のお散歩を半周で切り上げ、おばちゃん(祖母)の家へ行きました。
足が弱くなり、長くは歩けないおばちゃん。
車椅子を積んで少しだけお花見をしようよ♪と連れ出しました。
「わざわざ、いいよ。迷惑かけるから。」と遠慮していたおばちゃんですが
満開の景色を見られて、とても喜んでくれました。
そしたら何と おばちゃんも車椅子から全員に挨拶しているのです
これも血筋でしょうか
ここがその沼です→


 





約束。そしてたくさんのありがとう!

2008-03-31 15:06:52 | 抗がん剤5クール目
先生に約束しました。
『一番大切な夢は叶えられなくなってしまったけれど
 その他の部分は全部キラキラ輝かせて
 楽しく幸せで素敵な人生を築いていきます』って。
これは主治医のF先生にも
副の先生にも約束したんです。

2回目のF先生の外来で
「死なせませんよ!」と力強く、私を真っ直ぐに見て
はっきりと言ってくださった先生の言葉が
私の病気治療に対する信念です。
これも先生に伝えました。だから、これも約束。

今回の5クール目の治療を最後に、主治医のF先生は病院を後にされます。
副の先生も異動で他の病院へ移られます。
3番目の研修医の先生も異動で元の病院へ戻られます。
入院生活で私にとってベストメンバーの先生方
顔を見て励ましてもらえたら、それだけで元気な笑顔が作れました。

F先生はもしかしたら、5クルー目の入院では会えないかなぁ
と心配していたのですが、副の先生がそんな私の気持ちを察して
F先生に伝えて下さいました。
先日、飛び込み外来で先生に会いに行った時も
「先生、17日から入院なんです・・・病棟来て下さい」と直訴
そんな単純な理由だけではないと思いますが
今回も毎日、病室へお見舞い(←相変わらず図々しい表現)に来て下さり
励まして頂きました ホント、先生とお話するだけで元気になれるんです


副の先生も大好きな大好きな先生です。
抗がん剤治療は、副の先生と日程やらお薬の調整やら
色んな事を話して決めていきます。(私の病院の話ですが)
だから患者さんにとっては、とても大切な存在なのです。
副の先生も、私の訴えやお話をきちんと聞いて下さり
無理をいいません。私の体の調子をちゃんと見ていてくれます。
先生は、F先生同様、多分、腕利きです!絶対に
子宮鏡外来で見ていただいたのが実は、副の先生だったのですが
とても上手で痛くなく、丁寧で穏やかでした
きっとF先生の様に、素敵なお医者さんになると思います。
それに歳が近いせいか、よくお互いにからかって言い合える
仲良しの先生でもありました (私が勝手に思っているだけです
先生がいなくなってしまうのが寂しくて
「土曜日が最後かな。」って言っていた先生に「明日も来て~
「イヤだ~、さよならするのがイヤだ~」と駄々をこねていたら
退院の日曜日にも「今日はおまけね」って来てくれました。
先生・・・いなくならないで・・・


3番目の先生は2回目の抗がん剤治療から担当になった可愛い女医さんです。
毎日の中で3番目の先生が一番、お話をする時間が長いです。
体の調子を見て下さり、容態を説明し、お薬のことも相談します。
3番目の先生は、私より断然若いのに
落ち着いていて、お話をきちんと聞いてくれ、無理を言わない先生でした。
医者としての考えやマニュアルを押し付けることなく
話し合いのできる素敵な先生です。
抗がん剤治療が本当にこの先生担当で良かったと心の底から思います。
3番目の先生が、将来、外来を持つときがきたら、
絶対に良いお医者さんになると思います


私がこれまで抗がん剤の治療を遅らせたくない理由は
先生方とのお別れがあったからなんです。
嘔吐が激しく、とても辛い治療。
先生方は私の一番ゲロゲロの状態も知ってくれています。
私のことも良く見てくださるし、お話をきちんと聞いて下さります。
なるべく多くの回数を、3人の先生の下で進めたかったのです。
安心してゆだねられるから

お別れはとても寂しかったけど、残りもあと1回です。
副作用の出方は毎回、違うけれど、吐き気止めの対処も大体、出来ています。
だから、私は安心して最後の1回を受けられると思います。

本当は最後まで終わった姿を先生方に見てもらって
「poporoさん、よく頑張ったね!もう大丈夫ですよ
って言ってもらいたかったけど・・・
先生との約束があるから、大丈夫さ

F先生、本当に本当にお世話になりました。
先生の言う「騙し騙し、抗がん剤もここまでこさせたし
の言葉通り、毎回、泣いてばかりの私をここまで引っ張ってきて下さり
本当に本当にありがとうございます

副の先生、本当に本当にお世話になりました。
先生にはいつも甘えてばかりでした。
たまに回診に来てくれないとすねてみたり
そしたら、また毎日来てくれたり・・・
そんな先生が大です。
本当に本当にありがとうございます

3番目の先生、本当に本当にお世話になりました。
先生ともいつも笑って楽しいお話をしました。
お薬が合わないと訴えて、聞いてもらえたのもきっと先生だからです
先生、これからも患者さんのお話を聞いて下さる、
そのままの優しい先生でいて下さいね。
本当に本当にありがとうございます

いつかまた会える(もちろん病気を診てもらう以外で)
その日まで

poporoは3人の先生方が大好きです









たくさんお話をした入院生活でした。

2008-03-29 22:01:34 | 抗がん剤5クール目
2008年3月17日(月)~3月23日(日) 抗がん剤5クール目の入院
今回は人との交流が特に多い病院生活になったように思います。

入院翌日の18日は、手術入院の二人部屋で相方だったおまさんが
外来で来ていて病室を訪ねてくれました
17日に入院したものの、採血で白血球が足りず抗がん剤の投薬を見送る事になった私は
もちろん!この日は元気
二人で病院の展望レストランで昼食をとりました

『入院日記②~』の記事でも書いた通り、おまさんは私の入院生活に
なくてはならなかった相方さんです。
私の悲しみも辛い気持ちもいつも聞いてくれました。
泣いているところもたくさん見られました。
そして何より、一緒に楽しい入院生活を過ごしました
久々の再会 私の姿は初めてだったね、そう言えば。
前回は初めての抗がん剤の時で、まだ髪があったもんね。
でもおたまさんは「うんうん、想像してた通り!可愛いよ」って言ってくれました。
 (あ!実際は可愛くないです・・・
おたまさんは、静かに私の思いや愚痴()を聞いてくれ・・・
泣きそうな私を必死に慰めてくれ・・・色々話したネ。
退院前日の22日にも外来があったため、その日も病室に来てくれました。
彼女は、私の話をそっと聞いてくれる大切な大切な存在なのです。



17日の入院日。個室が取れず2人部屋への入室になりましたが・・・
相方さんがいらっしゃらず、個室気分満喫
翌18日は、『抗がん剤5クール』の記事でコメントして下さったカラーさんが
入室されました。
これまでの2人部屋生活で、私は相方さんに恵まれてきたと思います
師長さんが、色々気配りをしてできる範囲で精一杯のお部屋割りをして下さっているのが
本当によく分かります
今回も個室を切望する私に個室の用意ができなく、同じ抗がん剤の患者さんで
同じ日くらいに投薬になれば、気持ちも分かり合えるし
ということで、私の翌日入院のカラーさんが今回の相方さんです。
19日(水)にお互いにお薬が入ってしまうと、全くお話もできなくなってしまうから
とカラーさんから夜、声をかけて頂き、たくさんお話をしました
偶然にも年が一つ違い 同じ様な思いを抱えながらの闘病生活。。。
私、意外と恥ずかしがり屋さんなので、自分から声をかけるのは割と少なく・・・
だから、カラーさんが「お話しませんか?」って言って下さってとても嬉しかったです
翌朝、二人とも点滴が入る頃にはカーテン開けっ放しでしたもんね。
カラーさんがお薬で眠っている間にお引越しになった私のお部屋を後から訪ねてくれ
二人でテンテッキー(点滴棒)を引き連れて、仲良くお昼ご飯を買いにコンビニまでお出かけしたり
カラーさんは、今回、の早さで投薬翌日の夕方に退院されたのですが
またお会いして、色々とお話したいです
そして、治療を終えて、また是非、素敵な再会を病院以外でしましょうね



手術入院の時から一緒だった、多さんとは、ほぼ毎回の抗がん剤治療で
入院が重なります。
さんは、とても優しく、そしてよく笑う方です。
出会いは、術後3日目のお洗濯の時でした。
ドレーンが入っていない私のことが、多さん達の間で噂になっていたらしく
ホワイトボードに洗濯の順番を入れるため、名前を記入していると
「poporoさんて、あのpoporoさんですか」と声をかけられたところから始まりました
私は、抗がん剤入院中あまり出歩けないため、私のお部屋に足を運んでくれます。
でも今回は私達、ちょこっとした事件を起こしちゃいましたね
翌日、退院が決まっていた私の部屋に夜、遊びに来てくれた多さん
消灯後もずっとずっと喋り続けていると、私の部屋に担当外の看護婦さんがやって来て・・・
看:「ずっといないから探しちゃいましたよ~!」
   「良かった~。poporoさんの部屋にいるって聞いてきて・・・」
多:「すみませ~ん
看:「いいんです、いいんです。お薬入った日だからどこかで倒れてなければ、いいんです。」
と、優しい看護婦さんが許してくれました。

さんは、今回が最後の抗がん剤。めでたく6回終了されました
だから、もう病棟で会うことはありません。そう!絶対にありません!
本当に本当におめでとう
さん、気持ちを強く持って、私達は絶対に私達の大切な夢を叶えましょうね。
できなくなったことも、あるよね、私達。
でも、まだまだできること、たくさんあるよね、私達。
さんもできるよ!諦めないで、前を向いて進んでいこう私達。
そして、病院じゃないところで、この続きをたくさんお話しましょう
大丈夫!大丈夫だよ!私達!



ブログにいらしてくれたきらりさん。私の4・5クール目の入院が重なりました。
2日目、3日目の辛い時にはメールを送ってくれ
歩けない私に代わって、何度もお買い物に行ってくれました
術後、順調に回復されたきらりさんとも、たくさんお話しましたね
しかも・・・私が退院する時には、元気なきらりさんを我が家へ強制連行
田舎の我が家までようこそ、いらっしゃいました
今度は外来で来た時に、美味しい物、食べに行きましょう



最後に一つ自慢話
25歳の女の子がいたのですが、彼女とお話をした時に
「え~同じくらいかと思った~!」
と言ってくれたの~~~
キャー!本当~
ヤッター




 

抗がん剤5クール

2008-03-27 20:29:26 | 抗がん剤5クール目
抗がん剤5クール目が終わりました。そのご報告です


【治療日程】
入院日数:2008年3月17日(月)~3月23日(日)
        7日間(更に最短記録更新でっす

抗がん剤の種類:AP療法 *下線クリックで詳細です。

入院・治療費用:¥137,050+¥82,950(個室:¥7,350×2日間+13,650×5日間)
          =¥220,000 (これも更に最安値更新

検査:入院後、採血、心電図、胸部レントゲン
      採血外来以降、白血球値の戻りを確認していないのと、
      心臓がバクバクするんです~と外来で訴えていたため。
  
 白血球の値が更に下がってしまい、翌日から予定していた抗がん剤は見送られることに
 通常ですと、採血外来で白血球値が戻らない場合:
 ①ガイドライン以下の場合には値を上げる注射をする
 ②注射をする程、値が低くはなければ1週間くらい抗がん剤を延期する
 ③入院前に再度、採血外来に行き、抗がん剤ができるかどうか見てもらう
 などの判断がされると思います。
 私は、個人的な都合であまり遅らせたくなかったので、
 先生と話し合って入院も延期せずに予定通りノコノコやってきたのですが
 今回は注射もしていなかったので、白血球値が戻りきらなかった様です
 ①「一度、に戻って1週間くらい体を休め、完全に値を戻すのが一番良いのですが~」
 ②「それとも、今日、注射して2日くらいしたら戻ると思うから、そのまま入院してる?」
 の2つの選択肢。先生方とお話して、1日遅れるだけならこのままいますと結論。
 検査後、すぐに両親と外出してしまい、結果を聞いた時には既に両親が帰ってしまっていたし
 今回も個室が取れず、そのままど~しても空きを待ちたかったので。
 そうなんですよ~ 抗がん剤の入院は、あまりにも嘔吐が激しいので個室にしているのですが
 部屋数が少ないため、前回もお薬が入る前日だけ2人部屋だったのです。
 今回はいつ個室が空くか分からない状況で・・・
 病院の予約課から入院案内のが来た時、あの苦しい状況を思い出し涙が出てしまいました。
 でも、どうしても予定していた日程で今回の治療を終わらせたく苦渋の選択で病院へ向かいました。
 なので、個室が空くかも知れない状況ならどうしても個室をという感じで。
 そんなこんなで18日(火)は一日、ゆっくり過ごさせてもらいました

1日目:3月19日(水) 念願叶って個室へ移動できました
  8:30頃 輸液開始
 10:30  デカドロン(遅発性の吐き気止め)
 11:00  セロトーン(急性の吐き気止め)  *今回は順番を元に戻しました
 12:20  尿管をつけられる ←本当にギリギリまで入れないでもらいました
 12:45  アドレアシン投与(約15分間)
 13:00  シスプラチン投与(~約2時間)
 14:00  利尿剤
 21:00  デカドロン
 21:30  セロトーン 
  *時間は大体です。輸液は3日目まで続きます
 
2日目:3月20日(木)
 輸液は1日目から続いております。
 10:00 デカドロン *前回1日目だけで止めたデカドロンを今回は2日目も復活
 10:40 セロトーン 
 お昼過ぎ頃、利尿剤が注入された(かな?)+飲み薬の吐き気止め
 20:00 デカドロン
 20:30 セロトーン
  輸液は流しっぱなしです。今回は水分が少し摂れてます
    
3日目:3月21日(金)
 朝、飲み薬の吐き気止めを服用
 10:00 セロトーン *吐き気もあまりなく、デカドロンは予定通り終了
 20:20 セロトーン
 ~21:00 輸液を一旦終了
       *ヘパロック(針だけ指したまま点滴を抜きます)して
 この日は水分が数百ml、摂取できました。
 通常ですと、尿もアドレアシンの赤い色が数日間続くのですが、
 今回は体の外に出るのが早かったようで、透明な色に戻りました。
 お薬が出てしまうと、こんなにも嘔吐がなくなるかぁ~
       
4日目:3月22日(土)
 朝、飲み薬の吐き気止めを服用
 3日目に嘔吐することもなく、体も楽なので全ての点滴を抜いてもらいました
 水分も1ℓくらい、食事も取れて素晴らしい回復ぶり

5日目:3月23日(日)
 5日目に退院なんて考えもつかない事でしたが、の方が眠れるし
 食欲も戻り始めているので、帰らせてもらいました。 



【副作用編】
吐き気が来るのが早く、1日目(投薬日)の夕方からムカムカ
 夕飯はおうどんを少し食べたのですが、早めにきた吐き気で気分も落ち込み
 妹が帰る時には涙が出てきてしまいました。
2日目に3回、嘔吐しました
 が、今回はムカムカすることがなく、その場だけの嘔吐ですんだので
 薬剤師の先生と投薬前日にお話をした時、4クール目の嘔吐があまりにも激しかったので
 今回はデカドロンを2日目まで続けてもらう様、お願いしておきました。
ありえないことに3日目は嘔吐も吐き気もなかったです。
これまでだと、2,3日目は人と話すのが辛かったのですが
 今回は、嘔吐が少ないため、お腹に力が入り、声が普通に出せました。
 吐き気を感じないというのは、ただ寝ているだけにしても大きな違いです。
入浴は今回は退院まで諦めました。
全身打撲の様な痛みは4日目くらいにやってきて6日目くらいに抜けました
味覚異常はあまり出なく、でも前回でダメになったのが午☆の紅茶ストレート
 あれ程、好きで飲めたのに・・・
 飲めると思って重ねて飲むと、ダメになる気がします
やっぱり食べやすいのはりんご
飲みやすいのは炭酸系飲料水、冷たい牛乳



【対策編?】
絶対に違う!と思うのですが・・・書いてもいいですか
今回、お薬が入る直前の昼食時、牛乳を1本飲んだんです。
poporo、これが吐き気を押さえた要因だったのかな~なんて思ったのです。
でも、先生や看護婦さん達に聞いてみたら「ないです!」「関係ないなぁ」という返答だったので
当てにはしないで下さい
いつも胃の中がちゃぽんちゃぽんって揺れていて
それが我慢できなくなって嘔吐するんです。
でも今回は、そのちゃぽんちゃぽんがなくて、液体が消化されている感じだったんです。
何も食べてなくても、あきらかに消化できてない感じというのが今回はなくて
デカドロンでも吐いてしまうので、今回はデカドロンが入る前にも牛乳をちょっと飲みました。
自分の中での対策です。
牛乳は胃に粘膜を作ると言いますが、違うかなぁ~

精神的な問題とか体の調子が良かったのでは?と先生方には言われたのですが
前回の嘔吐の激しさや個室が取れないことからの精神面は、正直、最悪でしたし、
入院前、肩凝りがヒドク、やや風邪っぽい感じでもあり、調子が良かったとは
決して言えず、今回こそ、またもや最低な状態だなと思っていたくらいで
う~ん・・・分からないけど、次回も試してみます
今回は2日目から水分が摂れたので、吐き気止めの前に牛乳を毎回飲むことも可能だったのですが。
あくまでもpoporoの勝手な対策ですので、牛乳嫌いな人や水分が摂れない人は
真似しないで下さいね。
全く持って保障ができるものではありませんのであしからず