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いよいよ、崇徳帝を演じられている井浦新(ARATA)さんが加わられます。
崇徳帝フリーク?というか歴史フリーク?なのかな。
どちらが本郷先生の言葉かわからなくなるほど、深く感慨深いお話です。
まろうさぎさんが舞台挨拶以上の集中力を発揮してくださったと思うのですが、
まるでその場でお話を実際にうかがっているようです。
まろうさぎさん、こころからありがとうございます。
まろうさぎさんの
「清盛ナイト」レポ2
20:00
いそべ:
みなさんで、「上皇さま~」と呼びましょうか。
(とか、言っている間に、そそっと、井浦さん登場)
本郷:
いいにおい!!!(爆笑)
いそべ:
せっかくですから、みなさんで、叫びましょう。せーの!
全員:
じょーこーさまぁ!!
新:
いや、どう返していいのか。。。井浦新です。
(いそべ:俳優 兼 デザイナーでいらっしゃって 本郷:もう信じられないよね)
そこで聞いていたんですが、先生が本当に面白くて
(本郷:どうせ、僕は面白いですよ)
いや、聞いてて面白くて、僕が嬉しいです。
(本郷:歴史好きでいらっしゃると聞いてビックリしました)
旅の動機が歴史関係なので。
(本郷:本当に今、役に入っていると怖いくらいで、話しかけられないんです)
そうですか?そんなかなぁ。
いそべ:
この間の最後のローリング崇徳(笑)もすごかったですよね。神回だと言われて。
本郷:
僕の周りでも崇徳上皇の演技が素晴らしいという声が多くて、ね、みなさん。(拍手)
一番最後で、塚地さんが持って行ったという話もありますが(笑)
やっぱり井浦さんのあの演技がすごかったですね。
いそべ:
井浦さんのプロフィールで、先ほども少し申しあげましたが、
デザイナーでもいらっしゃって、
歌川国芳展にデザイナーとして公式グッズを手掛けられていらっしゃいます。
崇徳上皇をお好きになったきっかけも、国芳の浮世絵とか?
新:
空へ飛び上がるあの浮世絵を見て衝撃的で、何だろうって思いました。
(あの有名な浮世絵がプロジェクターに)
崇徳上皇、というか、僕の中では崇徳院なんですが、
撮影に入るに当たって、香川にも行ってきました。
(いそべ:のちほど、撮ってきて頂いた写真を見て頂きたいと思います)
いそべ:
崇徳院とはどういう人だったんでしょうか?
本郷:
歴史的観点から言うと、亡くなられた後は思い出す人もいないほど寂しい方です。
ただ、讃岐に流されたのは(罪として)それほど重くない。
あそこは魚がうまいし、うどんがうまいし(笑)瀬戸内は京に近くて豊かですから。
浄土宗の法然が、日本で最初の宗教弾圧にあって、土佐に流されるんですが、
讃岐でいいよと言われているし、
承久の乱で土御門天皇が、自ら土佐にいらっしゃるんですが、
幕府からはそんなに罪が重くないから、京都に戻るのはダメだけど、
しばらくしたら、讃岐に移ってください、と言われるくらいのところ。
だから、後鳥羽院が隠岐の島に行ったのとはだいぶ違いますね。
だから、心穏やかに讃岐で生活されていたのかもしれません。
ただ、世の中の方が放っておかないんですね。
世の中が騒然としてくると、怨霊の仕業ということになって、
頼長や崇徳の無念が人々に思い出されるんです。
そもそも、この時に「崇徳」とつけられるんです(へぇ、という会場の声)。
「徳」がついている上皇・天皇は、悲劇の天皇なんです。
安徳天皇、順徳院、後鳥羽院。
後鳥羽院はどこに徳があるかというと、もともとは「顕徳院」と言ったんです。
せめて魂だけでも京都に戻って来てください、ということでしょうか。
いそべ:
井浦さんは初めての大河ドラマで崇徳院の役と聞いた時、いかがでしたか?
新:
とても嬉しかったです。よりにもよって、なぜだろうと思って。
Pの磯さんに尋ねて、以前からお仕事していたので、
もしかして僕、崇徳(すとっく と発音)好きって言いましたっけ?と聞いたら、
いや知らないって。だから、何らかの御縁だなぁと思いました。
(本郷:何かが、(テレパシーみたいに)飛んだんじゃないの?)
本当に嬉しかった。
いそべ:
今、演じられて、崇徳院に対してどのように感じていらっしゃいますか?
新:
最初の衝撃が、浮世絵の姿で、なんでこの絵が生まれたのか、
この状況・怨霊になった理由が知りたくて、
これは、血で書いた五部大乗経を海に投げ込むシーンで
(本郷:このシーンあるかも?井浦さんがネタバレをおっしゃる分には構いませんよね)
保元の乱の弔いというか、自分の罪を清めるつもりで書いたのに、
ああいうことになって、海に投げ込んで空に飛んでいって。
そこでの名言がいくつか残されているんですけど、
あれ、セリフになるのかな?
そういう(状況な)のを知ったのも、この浮世絵で、
崇徳を御存じの方なら、(崇徳と言えば)小倉百人一首という方もいるんでしょうけれど、
僕は怨霊方面から入って。
日本の歴史上で怨霊として残されてしまった人たち、
本流から外れた人達に焦点をあてたくなる、生き方が気になるんです。
その中の一人として、気になる人でした。
(本郷:ネタバレですが、あの崇徳の名言を、演じられることになってます)
新:
(一瞬絶句して上を向く)そうですか!!
もしセリフがあったらどうしようとは考えていましたが、崇徳と言えばあの言葉ですので。
いや、危険ですね、いろんな意味で。お芝居中、そのまま言っていいのかなぁ。
(本郷:いやぁ、カッコいいなぁ。どういうふうに演じられるのか、ワクワクする。
みなさん、大河見てて良かったですね。これから楽しみですよ)
嬉しいですけど、プレッシャーが・・・。
本郷:
どういう形で解釈して崇徳院と最期までお付き合いになるのか、頑張ってください。
いそべ:
ちなみに何話くらいですか?
本郷:
平治の乱の後です。そこで恐ろしい、すごいシーンが見られるだろうと。
皆が目を覆いたくなるくらいな、すごいことになるのと思うので
新:(ヒ~~という顔)
いそべ:
撮影中の共演者の方とのほのぼのエピソードとかはありますか?
新:
ほのぼの。。。そうですねぇ、大河は初めて参加させていただいたんですが、、、
(いそべ:一番、一緒にいらっしゃるのは? 本郷:それは教長でしょう)
教長役の矢島さんとは常に一緒ですね。(本郷:普段から「上皇様」とか呼んでるの?)
いや、普段はアレですが、現場に入ると役名で呼んでいただいたり。
本郷:
信西も、二人一緒に流してあげればよかったのにね。思いあう主従を別々に流すなんて。
あの時代の教長の存在は大きいんですよ。崇徳のブレインのポジションで。
(今回の)大河はそういう組み合わせも多くて、
清盛と盛国、義朝と正清、それから頼朝には(安達)藤九郎盛長という人がいて。
セットでいわゆる主従萌えというのがあります(笑)
僕、井浦さんに聞きたいのが、崇徳はベラベラしゃべらないのに、
黙ってるだけで表現力というか、
黙っている演技って、どういうことを考えて居るんですか?
新:
どうでしょうね。うーん(本郷:天性の役者ということ?)
いやいや、あれは撮り方もあったり、
一番は、具体的に言うと、崇徳の撮影は一日でグッと撮るんです。
崇徳の屋敷のセットを壊して、次に清盛の館を作って、ということは
すぐにはできないので、崇徳を一気に撮るんです。
自分の中で心の中で(こういう事件が起きて)
何年分もの気持ちを込めてグッと撮っていけるので、気持ちをつなげたままいけるので。
心の流れが、何がおきて、数年後、数ヵ月後、というのが順撮りで撮って頂いているので、
それも効いていると思います。
1・2日で撮ったら、また、わりと時間が空いて、という感じです。
本郷:
崇徳の無念さが画面からオ―ラとして伝わって来て、かわいそうと思いますもの。
なにも悪い事してないのに!って。
ほんと、何にもしてないのに、ボコボコにされて、
崇徳気の毒、井浦さんカッコイイ~~と、毎回テレビの前で「ウ~~」と思ってます(笑)
いそべ:
井浦さんは、香川の方にもまわられて、写真も撮っているんですが、
きっとおしゃれな写真なんだろうなと思って、先ほど全部見せていただいたら、
「この人ガチだ!!」という感じの写真ばかりで(笑)
一枚ずつ、井浦さんに解説していただきましょう。
写真1(「香川県坂出市」のタイトル うどんの写真)
このうどん、おいしかったです(笑)
(本郷:坂出は、昔、宇多津(うだつ)と言って、国府がおかれた場所です)
写真2(海を一望)
これは白峰御陵から、白峰山の上から撮ってます。
眠られている崇徳がご覧になっている風景ですね。
写真3(高家神社)
崇徳を御神体としている神社なんですが、ホッとすることに、
お母さんの待賢門院も一緒に祭られているんです。よかったなぁとホッとしました。
写真4(血の宮)
次の写真、この奥に、崇徳が崩御されて白峰山に埋葬する時に、途中で立ち寄って、
この石の上においたら、棺から血が流れたという場所です。
写真5(平たい大きな石)
(本郷:棺から血が流れたってことは、土葬なのかな?)
写真6(白峰御陵)
ご覧のように、お寺さまから離れてこんもりしている場所で、入れないです。
これは入口ですが、何かあれば宮内庁まで、と書いてあって、そうなんだなぁと。
今でも、神事がある時は、左側に細い道があるので、ここ行けるんだぁと思って。
宮内庁の方が何人か入っていくんだそうですよ。
(本郷:井浦さんだけかもしれませんよ、中に入れるの)
最初は荒れていたんですが、江戸に入って藩主の方が手厚い庇護があったたそうです。
(本郷:ここは、光圀の子孫、松平氏が治めていますからね。歴史に詳しい藩だから)
写真7(十三重塔)
これは崇徳とは、、、(関係ない)趣味の写真です(笑)。
(いそべ:いや、四国の八番札所の近くですけど、
頼朝が崇徳の菩提を弔うために建てた、という伝説があるそうです。
本郷:このアングルで撮るのは、ほんと、ガチですねぇ)
何だろうと思って、撮ったんですが、なるほど。
写真8(青梅神社)
煙の宮といって、御陵があるところで、この奥の道が西行が歩いたと言われる道で。
ここが確か、、、あ、さっきの(土葬の話は)煙の宮だから
(本郷:あ、そうか、荼毘に付したのか。火葬ですね)
煙が怨霊になって京都に帰って行ったという伝説があるんです。
(いそべ:母の建礼門院も祀られていると書いてありますが、建礼門院?)
地元の人に聞くと「怖い所だよぉ」と言われて、
変わった植物が多いとか、大きな石とか。なんでしょうね。
(本郷:しーらね!祟られたら困るもん!!笑)
写真9(西行が上った道。きれいに整備されている)
(本郷:いつ頃行ったの?その時は崇徳を演じることは分かってた?)
これは去年の夏前、くらいですね。崇徳を演じることは分かってました。
写真10(血の宮の中に入って行ったところ)
写真11(崇徳天皇と書いてある石の鳥居)
祀っている神社が本当にたくさんあるんです。
(いそべ:インタビューを読みましたら、崇徳院が地元に愛されていたエピソ―ドが)
例えば、当時の坂出の方たちは、「さん」って「天皇さん」って呼んでいたり、
そう呼んでいるから「天皇寺」というお寺さまがあったり、
とにかく崇徳は配流されてから穏やかだったんだろうなと思いました。
怨霊伝説から入っていったんだけど、
その時に読んだのがいわゆる京の残した文献だったんで、
崇徳に対してとらえ方がみんな、可哀想より、怨霊となってオドロオドロしいんです。
崇徳はかわいそうな天皇じゃなくて、恐ろしい天皇という、
そっちの方の情報から入っていったんですが、
実際に行ってみたら、逆に怨霊の話より、もっと親しい親戚の人みたいな。
農家の方たちも、(崇徳院が)ご飯を食べていったりしてたとか。
写真12(鼓岡神社 コオカと読む)
ここは配流されてすぐに住んでいたと言われるところです
写真13(木の丸殿)
ここだけ、写真が一枚しか撮れてないんです。崇徳が実際に住んでいた場所です。
小さな鳥居があって、最初は知らなくて、
地域の人たちが集まる集合場所かと思ったんだけど、
ちょっと、、、早く出よっと思って、一枚しか撮れなかった。なんか、空気が違うんです。
ネガティブではないけれど、あんまりいちゃいけないなと思いました。
で、後から聞いたら「崇徳の史跡をまわってるなら、あそこ行った?」と言われて、
「そうだったんだなぁ」と聞きました。
写真14(内裏泉)
当時から湧いている泉です。水が豊かな地域で、水路がたくさんあって、
当時、この水を使っていたと言われています。
写真15(菊塚)
崇徳が配流されてから、配流された時に女房が一人ついていったんですが、
その女房ととの間に生まれた子供が二人いて、その女の子の方のお墓です。
(いそべ:これ、石がこの下3メートルくらい下まで積まれているんです。
それほど慕われていたと言われているそうです。
本郷:側に女性がいたんですね。安心しました)
だから、幸せだったんじゃないかと。これ、家の敷地の中に普通にあるんです。
なんで、家の中にあるんですか?と聞いたら
「昔からあるからね~。墓守みたいなもんだよ」って。
高家神社の住んでいるところから、歩いて10分以内のところです。
写真16(碗塚)
お椀とか、食べる時の道具を埋葬した場所です。これも田んぼの中に突然ある感じ。
写真17(柳田)
大河では崇徳が配流されてから、どう描くか分かりませんが、
この場所が、この地域で、残してていいのかな?という場所で。
讃岐の方で伝わっている話は、崇徳は怨霊ではなくて。
あの、公には崇徳は憤死ってなっているんですけど、
憤死ってどういうこと?って思って。
世界的にみても憤死している人は10人前後しかいなくて、
そのうちの半分以上は脳卒中で、プツンといった人で、
憤死っていうのは、うやむやな死に方で。
大河では(憤死という)そっちで描くのはお芝居としては楽しみなんですが、
讃岐に残る説では、暗殺説の方が当たり前なんです。
住んでいる場所に使者が来て、連れ出されて襲われて、
ここまで逃げて柳の木陰に隠れたけれど暗殺されたという。
暗殺したのは、誰なのかというと、、、
後白河と言われてます。
残っていた馬の手綱がみんな紫で、
ドラマの後白河、翔太くんも随所に紫を使っているんで流石だなと思うんですが、
(後白河)本人も好きだったらしくて。
だから、暗殺者は後白河というのが、こっちでは当たり前で。
憤死ってどういうことか探ってみたかったんですが、
怨霊の話をすると、みなさん、いい顔をしないんです。
「そっちですか~」と残念な顔をされる。
暗殺説と毒殺説があって、僕は絶対に暗殺だと思います!!
ただ、天皇が天皇を暗殺するというのはタブーすぎるんで、伏せられたんだと。
その後、この辺りは柳が生えなくなったし、この付近では紫の着物を着なくなったと。
(本郷:全然関係ないお話なんですけど、翔太くんと呼ぶ間柄なんですか?)
もともとお兄さんと仲がよかったから、いつか現場で仕事したいねという話をしてて、
今回、兄弟という形でお互い嬉しいねと。
(本郷:いい男どうしで!ちぇ、ちぇっ 笑)
いや、翔太くん、見ているとカッコいいなぁって。
(本郷:またまた。いいなぁ、この余裕! 笑
18回の朗朗と今様を歌ったのかっこよかったですねぇ)
写真18(白峰宮)
崇徳天皇の天皇寺と隣り合わせにある神社です。
写真19(ご神木)
お寺様のご住職、女性の方なんですが、ここでいろいろお話を聞かせてもらいました。
(本郷:振り返ったら、消えてなかった? 笑)
いや、それはなかったですね(ニッコリ)
ここで、天皇さんって呼ばれていたとか、たくさん聞きました。
写真20(若根の桜)・21(切株)
今は跡形も無いけれど、ここで花見をしたという場所です。
この切株はちょっと若いかなと思ったんですが、一応撮ってきました。
それと写真はないんですが、雲井御所といって、水がきれいな場所があって、
崩御された時、暑かったみたいで、
白峰寺を通っていく途中で何日間か泉に漬けて保管してたという場所です。
その泉が素敵なオーラを発してて、その水で今、ところてんが食べれたり。
(本郷:え゛~~~。崇徳の遺体をつけた水でしょ?)
おいしかった。ものすっごい食べました(笑)
(本郷:とりつかれるよ~)
まだ行けてないところもあるんで、また行きたいですね。
(本郷:半端ない役作りですね。)
いや、趣味です!!(キッパリ) (新さんのファンの方たちが笑う)
写真22(夕日)
瀬戸内に沈む夕日ですね。
(いそべ:これ絵ハガキみたいで、素敵ですねぇ)
ここで、21:00~21:20まで休憩。
(約束通り、本郷先生のおごりで、一杯いただく、私たち 笑)
いよいよ次回は最終回です。
お楽しみにーーー!!!
おはようございます。
パート2を遅ればせながらUPさせていただきました。
ありがとうございます。
載せられない写真の説明(どういう写真であったか)までしていただき、
余すところなくお伝えくださって、
そのご尽力には本当に感謝いたします。
歴史にも(《も》を強調^^)無知な私ですが、
実は平清盛を観るまで、
怨霊伝説の崇徳帝と、
あの百人一首のロマンティックな、
>瀬を早み岩にせかるる滝川の
>われても末にあはむとぞ思ふ
あの句が結びつきませんでした。
でも、本郷先生や井浦さんのお話で、
まったく結びつかないお話が、体温をもち、
ひとびとの同情と畏れ、悲運を思うこころが折りたたまれて、
のちの世に伝わったのだなあと、
とてもとても感慨深く読ませていただきました。
それにしても本郷先生は面白すぎる。
井浦さんのお話に観客のようなツッコミ。
暗殺説は悲しいですけど、
崇徳帝のご遺体を浸したお水でところてんを食べる、には
絶句しました。
井浦さん、ものすっごい食べたんだ(笑)
今まで《龍馬伝》など観ていて縁の地が京都でもある、というので行きたいと、
ドラマつながりで思っていたんですが、
まろうさぎさんの神レポのおかげで、
歴史そのものに興味が湧いて、
そっちから、崇徳帝の縁の地を訪れてみたいなあと切実に思いました。
いつか叶えられるといいなあと思います。
崇徳帝がドラマで存命のうちに、いろいろ教えてくださってありがとうございます。
山本さんのスタパでは《オウム》のいたずらも教えてもらえて、
昨日はシリアスな場面でくすくす笑ってしまったのですが、
こうやって井浦さんの歴史通、崇徳帝への思いを知ってから観ると、
さらにさらに感慨深いものになりますね。
ありがとうございます。
最終回も出来る限り、早くUPさせていただきたいと思っています。
まろうさぎさん、
ありがとうございました。
こんにちは。
お加減いかがでしょう。どうぞご無理なさらず…とは言え、アップして下さって嬉しいです♪
ありがとうございます。
まろうさぎさん
すごいすごい! 水も漏らさぬ神レポート第二弾を拝読し、テンション上がりました~!
ありがとうございます。
崇徳院さまは、気の毒な、でも恐ろしい、軽々しく口に出せない方…というイメージを持っておりました。何とはなしに後ろめたさも、あったり←何様
配流先で、多少なりと穏やかな日々を送られていたのですね。
でもでも、最凶の決め台詞は、あるのですね。ドラマの根幹に関わりますものね。ひぇぇぇ~楽しみ(ひきつり笑)
緑の中の清らかな泉に横たわる崇徳院さまを、思い浮かべました。
(夏場で、良い状態ではなかったでしょうけれど、妄想では綺麗な井浦さんなんですってば)
崇徳院さまを御祭神とする白峯神宮に、今度おまいりに行こう。
蹴鞠の催しが盛んで、サッカー関係のおまいりも多いんですよ。
体調がおもわしくないにも関わらず、連日の掲載、ありがとうございます。
崇徳院は人々にかわいそうだった、申し訳ないことをした、と思われた分、恐ろしい怨霊になってしまったんでしょう。
今、崇徳院が知ったら「違う!そうではない」と叫びそうです。
本郷先生、ホントに面白くお話してくださったし、新さんに対しては、ファン目線の質問で、ズバッと聞いてくださいました。ところてんについては、先生、本気で嫌がってた(笑)
コメントありがとうございます。
貴族たちはもちろん、都の庶民にも、味方しなかったことへの後ろめたさがあるから、怨霊としてパワーアップしたんだと思います。
キョーコさんの想像を読んで、美しい新さんの姿が思い浮かびました。オフェーリアより美しい気がします(笑)