先日に知り合いの一人から、ディズニーランドでデートをしたという話をきいた。ディズニーランドとデート、どちらもぜんぜん詳しくないが、よくある組み合わせであると思う。しかし、ディズニーランドはともかく、デートに詳しい、というのはどういうことだろう。「デートコースにとにかく詳しい人」。そういう人間はときどきいる。デートの数だけデートコースがあるわけだが、デートコースに詳しい人は、まんねりとしたデートコースだけを選ぶことはしない。いくつもネタを持っているからだ。こういう人はデートに詳しいと言える。または、「知り合いのしたデートのことはほとんど把握している人」。こう書いてみると、そういう人は確かにいそうで、とてもデートに詳しい人間であるような気がするが、ゴシップネタ好きであり、そのうえ粘着質であるという、どちらかというと嫌われるタイプの人間像が浮かび上がってくる。
とにもかくも、自分はデートコースに詳しくもなければ、知り合いがデートしたことに関しても、ほとんど知らないので、デートには詳しくないタイプの人間だ。そもそも恋人がいないので、デートのことを考えることはほとんどない。それでもふとした時にデートをしたという情報が耳に入ってきて、デートについて考えてしまうことがある。それにもまして、今回ではディズニーランドでのデートについてだ。そして、考えてしまったのはいいものの、自分にはディズニーランドでデートをした経験がいちどもなかった。
以前に更新した記事「ミニシアターには退屈そうな人が集まる。」」で、映画館でのデートについて触れたことがあった。映画館でデートをすると、映画のことを話さないといけないことがプレッシャーになってしまった、というような話を書いた。恐らくだが、ディズニーランドにおけるデートでは、映画館でのデートのそれ以上に、会話に縛りが生まれてしまうような気がする。ディズニーランドでデートをしながら、観た映画の話をしても、「あんたの観た映画のクソ話なんか今は聞きたくないのよ」と思われてしまいそうだ。
では、映画館でデートをした話ならどうだろう。「あるとき女の子と映画館でデートをしてさ、終わった後に映画の話をするんだけどさ、でも俺は、映画を観たのはいいんだけど、映画について語ることなんて何もなくてさ、険悪な感じになっちゃって…」。それは、まさにディズニーランドで会話に困っているという、その場を比喩的な意味において言い表している話ではあるが、ディズニーランドで映画の話をするよりも最悪な男だと思われてしまう。
ディズニーランドのデートでは、やはりディズニーランドの話をしなくてはいけないのである。しかし、自分はディズニーランドについてほとんどなにも知らない。
過ぎ去ってしまった10年間のことを考える。あのとき、あの場面で、ああしていれば、ディズニーランドでデートができたかもしれないと思うこともある。しかし、自分はディズニーランドでデートをするための努力というものを根本的に怠っていた。そして、世の中にはディズニーランドでデートをしている人間が、俺にその話をした知り合いのように、確実にいることも事実なのだ。彼らはきっと、ディズニーランドのデートをするにあたって、少なからず努力をしている。つまり、どんなイベントが行われていて、どんなキャラクターがディズニーランドにはいて、ということはもちろん把握しているはずだ。失われてしまった10年間を取り戻そうとして、ディズニーランドのことを調べて、ディズニーランドが東京ドーム10個分の広さであることを知った。東京ドーム10個分という言葉をみて、セ・リーグとパ・リーグの全チームが一斉に野球の試合をしている状況が脳裏に浮かんでくる。そのディズニーランドでは、子供たちやカップルは一人もいなくて、生ビールを片手に持った酔っ払いの親父たちが集まり、ミッキーやミニーもいなくて野球チームのドアラだとかジャビットだとかのマスコットがパレードを行っていた。言うまでもなく夏場には生ビールの放水ショーが行われた。
なんでこんなことを考えなければいけないのだろう。ディズニーランドでのデートをしたことがないのに、ディズニーランドのデートについて考えてしまったことの不幸が、ここにはある。
とにもかくも、自分はデートコースに詳しくもなければ、知り合いがデートしたことに関しても、ほとんど知らないので、デートには詳しくないタイプの人間だ。そもそも恋人がいないので、デートのことを考えることはほとんどない。それでもふとした時にデートをしたという情報が耳に入ってきて、デートについて考えてしまうことがある。それにもまして、今回ではディズニーランドでのデートについてだ。そして、考えてしまったのはいいものの、自分にはディズニーランドでデートをした経験がいちどもなかった。
以前に更新した記事「ミニシアターには退屈そうな人が集まる。」」で、映画館でのデートについて触れたことがあった。映画館でデートをすると、映画のことを話さないといけないことがプレッシャーになってしまった、というような話を書いた。恐らくだが、ディズニーランドにおけるデートでは、映画館でのデートのそれ以上に、会話に縛りが生まれてしまうような気がする。ディズニーランドでデートをしながら、観た映画の話をしても、「あんたの観た映画のクソ話なんか今は聞きたくないのよ」と思われてしまいそうだ。
では、映画館でデートをした話ならどうだろう。「あるとき女の子と映画館でデートをしてさ、終わった後に映画の話をするんだけどさ、でも俺は、映画を観たのはいいんだけど、映画について語ることなんて何もなくてさ、険悪な感じになっちゃって…」。それは、まさにディズニーランドで会話に困っているという、その場を比喩的な意味において言い表している話ではあるが、ディズニーランドで映画の話をするよりも最悪な男だと思われてしまう。
ディズニーランドのデートでは、やはりディズニーランドの話をしなくてはいけないのである。しかし、自分はディズニーランドについてほとんどなにも知らない。
過ぎ去ってしまった10年間のことを考える。あのとき、あの場面で、ああしていれば、ディズニーランドでデートができたかもしれないと思うこともある。しかし、自分はディズニーランドでデートをするための努力というものを根本的に怠っていた。そして、世の中にはディズニーランドでデートをしている人間が、俺にその話をした知り合いのように、確実にいることも事実なのだ。彼らはきっと、ディズニーランドのデートをするにあたって、少なからず努力をしている。つまり、どんなイベントが行われていて、どんなキャラクターがディズニーランドにはいて、ということはもちろん把握しているはずだ。失われてしまった10年間を取り戻そうとして、ディズニーランドのことを調べて、ディズニーランドが東京ドーム10個分の広さであることを知った。東京ドーム10個分という言葉をみて、セ・リーグとパ・リーグの全チームが一斉に野球の試合をしている状況が脳裏に浮かんでくる。そのディズニーランドでは、子供たちやカップルは一人もいなくて、生ビールを片手に持った酔っ払いの親父たちが集まり、ミッキーやミニーもいなくて野球チームのドアラだとかジャビットだとかのマスコットがパレードを行っていた。言うまでもなく夏場には生ビールの放水ショーが行われた。
なんでこんなことを考えなければいけないのだろう。ディズニーランドでのデートをしたことがないのに、ディズニーランドのデートについて考えてしまったことの不幸が、ここにはある。