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暗闇検校の埼玉県の城館跡

このブログは、主に、私が1980年代に探訪した中近世城館跡について、当時の写真を交えながらお話しするブログです。

橋(小川町)

2019-03-25 19:15:46 | 古い建物
2019.02.03、腰越城に登った帰途、城郭の向かい側の鉄橋を撮影しました。

なかなかいかした鉄製の歩道橋です。

こげ茶色の塗りが良いです。






鉄橋の下の槻川です。

水が澄んで綺麗です。

釣り好きの私としては、寒バヤ釣りでもして、夜の肴にしたいところです。





わずかな滞在でしたが、寒い季節のしみじみとした良さを感じました。




上田氏供養題目石塔婆(東秩父村)

2019-03-24 10:56:12 | 神社仏閣・その他
本日は、東秩父村にある上田氏供養板石塔婆について書きたいと思います。

この板石塔婆は、安戸城の登り口近くの小高い丘にあり、

県道沿い第霊神社に5本の大きな板碑があるので非常に目立ちます。



大霊神社はどうも、戦没者の慰霊のために建てられたもののようで、

新しい神社で戦没者慰霊関連の石碑が多い印象です。



板碑は非常に大きなものです。





欠損を補強するため鉄枠で補強されています。

この板碑の特徴はなんといっても、題目が刻まれていることです。










この大きな板碑の背後に、おなじみの種字を刻んだ小さな板碑がありました。



浄蓮寺上田一族の墓(東秩父村)

2019-03-23 16:04:57 | 神社仏閣・その他
今日は、浄蓮寺上田一族の廟所について書きたいと思います。

2019.02.03にお参りに行きました。

浄蓮寺の南側に墓地がありますが、上田一族の廟所はのほ墓地の奥、

山の中の沢沿いにあります。

谷川沿いのためか、ものすごい冷気が流れてきます。






墓地は斜面中腹に作られています。



石塔がありました。





しかし、松山城を抑えていた武将の一族だけあって、苔むしたような廟所の発する有無を言わさぬ迫力には

圧倒されます。











しかし、ここには夜は来られませんな。

浄蓮寺大河原氏館跡(東秩父村)

2019-03-22 21:47:33 | 城館跡探訪
本日は、東秩父村の浄蓮寺大河原氏館跡について書きたいと思います。

調査日は2019.02.03です。

大河原氏は丹党の武士です。

現在の館跡は浄蓮寺一帯とされていますが、ある種突き詰めにくい雰囲気があるというか・・・。

まあ、その突き詰めにくいものの正体をまずお見せしましょう。

それは、これです。



この立派な石垣は、大河原氏時代よりもかなり後になって組まれたものとされているのですが、

上田氏の廟所があるお寺なので、上田氏の庇護を受けている時代に組まれたものなのか?

この通路は堀跡とされています。



まあ普通の感覚だと、2枚目の写真辺りで打ち切りですな・・・。


しかし、それでは、何のために来たのやらということにもなります。

そこでバリバリと行くことにしました。


大河原氏の館を見にきて浄蓮寺本堂裏を見る奴っていうのは少ないでしょう。





ちょっと意外にあれていますが、奥の本堂裏の方が一段高くなっているのがわかります。

土塁遺構の残存はむしろ山際にあるのかなと感じました。

それからコンクリートの塀ですが、どうも堀跡ギリギリにたてられているように見えます。

恐らく隣家の敷地の方に堀遺構が入っているのではないでしょうか。

浄蓮寺正門に回ります。







境内地も緩やかな斜面を削平して平場を作り、段差を設けたという感じです。









三十番神のお堂の左側を見ていただくと、もう一つお堂があるのに気づかされます。

浄蓮寺の隣は学校敷地になっており、校庭につきだす形で浄蓮寺の瘡守明王のお堂があります。





校庭からも一枚撮影してみましたが、小学校校庭側からはっきりわかるように、浄蓮司の山際の張り出して部分を

削平して作っているわけですね。

恐らく、館跡の中心はは境内地の3分の2ほど、山際の南半分、本堂、三十番神、瘡守明王のお堂があった辺りに

あったのではないかと推測いたします。

安戸城(東秩父村)③

2019-03-21 19:56:18 | 城館跡探訪
本日は安戸城の城内に入ってみましょう。



城内主郭には金属製の城址碑が立っています。



城址内は杉林になっていますが、思いのほか広々としています。



主郭の西側が高くなっています。





解説板もあります。



この解説図に明瞭に示されている通り、最初に歩き回ったのは帯郭だったのですね。

東に向かって傾斜があります。





この主郭に突き出た列石は遺構になるのでしょうかね?

それに土の盛り上がり・・・。これは櫓台跡なのか?




ここから下り傾斜がきつくなります。







主郭の東端です。


次に、二の郭に降りてみましょう。

二の郭は主郭の北側にあります。主郭から降りやすいように木枠のついた道があります。





二の郭から、主郭を見上げてみました。



二の郭は狭いです。




ここが堀切です・・・あまりはっきりしませんが。





二の郭からも、主郭の台の岩盤がむき出しになった場所があります。













二の郭からさらに北にもう1か所、尾根を切る堀切があるのですが、どれがそうなのかよく見分けがつきません。

ようやくそれらしきものを見つけましたが、何だか違う気もします。




これで一応、一回りしました。

最後に道を降りた場所にあるこれですね。



下のものは新しい現代のものですが。



城から見てかなり下にありますが、城の入口は、本来、東の尾根伝いにあったと思われます。

山田氏館跡から城に入るのには合理的です。

したがってここは、城の隠し水の手だったのではないかというのが、私の推測なのですが。

現在では水の痕跡を残すにとどめるのみですが。


以上で安戸城編は終わりです。

安戸城は小規模な山城ですが、なかなか存在感があり見応えもあります。

細かく見ることで、何かまだ新しい発見がある可能性があります。