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暗闇検校の埼玉県の城館跡

このブログは、主に、私が1980年代に探訪した中近世城館跡について、当時の写真を交えながらお話しするブログです。

源範頼館跡息障院(吉見町)

2019-03-28 22:23:53 | 城館跡探訪
本日は、源範頼館跡、息障院について書きたいと思います。

調査日は、2019.02.14です。

源範頼館跡、息障院については、これまでたくさんの方にブログで取り上げられておりますし、

私自身も、度々訪ねております。

まあ、せっかくですから今回は、ちょっと変わった方法をとることにしました。

源範頼の館跡は、現在、息障院と幼稚園になっています。





調査日には、ちょうど梅の花が6分咲きくらいの状態で、日の当たり具合で、咲き方が違います。












まあ、梅の花はこれくらいにして、息障院の山門です。





息障院の周囲は堀で囲まれており、これが館の遺構となるわけです。







門前から続く堀跡の曲がり角です。



源範頼館跡は、空堀以外に目立った遺構はありませんが、よく見ると。西側には土塁の面影を残す

土の盛り上がりが残されています。

堀跡の残り方は非常によく、南側、西側は特に具合がいいです。







この辺りから、ドロボウ草が増え始め、足場も悪くなります。





それでも、直進。

堀の中に入って進みます。







息障院南側の堀内部です。

農業用水と連結しているため深さも、幅もかなりあります。

冬場だからできることで、農繁期には水に注意しなければいけません。

ドロボウ草だらけになりながら、堀から脱出します。

脚がチクチクします。こういうときは軍手を使ってこするように払うと、

ドロボウ草が落ちやすいです。








どうもこの堀は、かつては生活用水としても使われていたようで、足場として使われていた敷石が積んであります。

時代は違えど、貴重な生活の遺跡ともいえるので、特に邪魔にならなければ残しておけばいいのになドと思いました。






南側堀の東端は、かなり藪が深く、その間から三面コンクリートで固められているのが見えました。

東側はこんな具合です。

















東側から、境内内に戻りました。こちらにも空堀跡が残っています。




折角なので、本堂側も見てみましょう。



境内内には、土塁の痕跡はほとんどありませんね。

西側には、若干ながら面影が残されていました。








館の規模は少し小さく感じます。こちらの息障院のグラウンドも、館跡に含まれてくるのではないかと思いました。