これまでの聖天院館の調査結果を概要図にしてみると、
下のようになります(下手なのは勘弁してください)。
図の上が北、下が南です。

まず、本堂の周囲を方形の土塁が囲んでいます。
本堂裏(西側)の土塁が一番良好に残っていて、堀には現在でもわずかながら水が流れています。
北側の土塁は、一部潰廃されていますが、ある程度の高さを持っています。
一方、南側の土塁は、かなり低くなって残っています。
茶色の部分は、自然地形を利用したのか、完全に人口の構築物なのか不明ですが、
連続性を持っており、城郭の一部だったのではないかと思われます。
聖天院館には、源頼朝にまつわる伝説が残っています。
芝川に架かる布橋(ぬのはし)がそれで、源頼朝が橋のない芝川を渡るために、
当地に船を並べて板を渡した仮設の橋を設けて、そのうえに布を敷いたことにちなんで
名づけられたというものです。







聖天院館の脇を源頼朝が通ったということに重要な意味のある伝説だと思います。
下のようになります(下手なのは勘弁してください)。
図の上が北、下が南です。

まず、本堂の周囲を方形の土塁が囲んでいます。
本堂裏(西側)の土塁が一番良好に残っていて、堀には現在でもわずかながら水が流れています。
北側の土塁は、一部潰廃されていますが、ある程度の高さを持っています。
一方、南側の土塁は、かなり低くなって残っています。
茶色の部分は、自然地形を利用したのか、完全に人口の構築物なのか不明ですが、
連続性を持っており、城郭の一部だったのではないかと思われます。
聖天院館には、源頼朝にまつわる伝説が残っています。
芝川に架かる布橋(ぬのはし)がそれで、源頼朝が橋のない芝川を渡るために、
当地に船を並べて板を渡した仮設の橋を設けて、そのうえに布を敷いたことにちなんで
名づけられたというものです。







聖天院館の脇を源頼朝が通ったということに重要な意味のある伝説だと思います。