このおじさん、いつも駅前商店街の入り口のところに立ってワラビを売っている。
ワラビは好きだ。子どもの頃には必ず毎年親がワラビ狩りに連れていってくれた。その時には採るのが面白かったのであって、食べたいとか味が好きだったわけではない。だけど山に入ると店でもない場所で食べ物が手に入るってのが面白かった。自分には「食べられるもの=お店に並んでいるもの」という感覚しかなかったからだ。
今では採ることではなく食べることが好きだ。山菜そばとか山菜の炊き込みご飯なんてのがいい。いいのだがそれは店か職場で食べるだけにしている。ワラビを採ることも買うこともない。たぶんこれから一生ないと思う。
家人の父親も山菜好きで、仕事が終わって帰宅する道すがらよく採ってきていたそうだ。家人の子どもの頃には採ってきたキノコでみんな中毒をおこし病院に行ったなんて笑えない話もある。
彼が定年退職し、請われて少しだけ仕事に復帰していた頃、同じようにワラビを採って帰ってきていた。
「とんでもない量を採ってきて毎日こればっかり喰っていたんだから」
義弟が一度言っていた。
兄弟の中で一番長生きすると誰もが思っていた彼は、70を待たず逝ってしまった。余りに信じられないことに義弟はその原因をワラビに押しつけようとしていた。
「こねぇなもんばぁ喰ようるから命を縮めたんじゃ」
彼が採ってきて冷凍していたワラビが冷蔵庫から出てきた時、吐き捨てるように言った。
義弟もわかっている。いくらあくがあるからと言って、ワラビを食べたからガンになったりはしないだろう。わかってはいても、最愛の父を亡くした彼には敵が必要だった。それは父が毎日採ってきていた山菜に向けられた。
家人も同じ気持ちだろう。わかってはいてもワラビを食べたい気持ちにはならないのではないか。そう思って私も手に取ることはない。
このおじさん、別に私は恨みがあるわけでも何でもないのだけれど、今はワラビは買わないのです。お許しください。