詩
人は己の首を絞めながら生まれてくる。
意外に知られていないがそうである。
だから叫び声を上げる。わずかな喉の隙間から。
常に己の首を絞めている。
苦しいからその絞めつけている手を少しでも緩めようともがく。これが人生。
苦しい時は己の手で己の首を強く絞めている時なのだ。
絞めている力を上手にコントロールできるようになる。これが知恵と学び。
ならば絞めている手を解けばよいのか。それでよいのか。
そうではない。無防備にさらされた首は、今度は他者から絞められる。
これが人間のやっかいな人間関係というやつ。
さらせば絞められ、暗闇の影にうずくまればより苦しい。
己の首を己で絞めている。これが人間の生。道。
絞めている手に気付くこと。これがまず第一歩。
その為には見ること。鏡で見ること、簡単だ。
己の手は腰にあるか?いやいや、首を絞めている様が見えるだろう。
己を絞めつける手を緩めることができるのか。
それが分かれ道。苦しい道かしんどい道か、他者を踏みにじる道か楽しい道か。
忘れてはならないのは、己の首を絞める手が己にあるということ。常に。
他者を陥れているつもりで実は、
己の首を激しく絞めつけている。もう苦しいよう、助けてよう。
でも(意味もなく)憎い相手を傷つけたいよう、攻撃したいよう。
でも苦しいんだよう。助けてよう。
苦しいんだよう。苦しいことに、気付いているかな?
それとも己の首を絞めているのは、やはり他人のせいだと思うのかな。
己の首を己で絞めている。
より絞めつけるか、
緩める道を探せるか。
いつも苦しくて不幸な顔をしているあの人は、いつか己の首を絞めつけずに生きていけるのかな。