BLOG 思い遥か

日々新たなり/日本語学2020

モーラ 音節 仮名文字

2020-05-20 | 日本語学2020
発音について、過去記事から。


日本語音韻をどう理解するか。言葉の発音、言語の音声、そして日本語の音韻と、それぞれ発音、音声、音韻の概念を持つことが難しい。音韻は意味を区別する音、発音のことであるが、音のひとつの意識として仮名文字であらわす。音声の音のひとつは仮名文字をローマ字に直してみるとわかりよい。音声の単音と音韻の音素とを言うが、日本語音韻は、音韻の単位に音素の結合した音節を設定することができる。子音母音とが一つになった仮名は、母音単独、子音プラス母音、そして半母音を介した子音プラス半母音プラス母音のセットである。それぞれ母音終わりで結合をとるので、その音節構造に、開音節と名付ける。子音で終わる音節は閉音説となるが、日本語に原則として子音終わりを持たない構造としてとらえている。その子音である場合、また国語での撥音、促音、引き音のそれぞれを音節とするので、特殊な音韻としての単位でモーラ音節を充てる。

音韻の単位にモーラがある。モラ mora という。韻律用語で、具体的に抑揚あるいは音調、強勢、音長、リズムなどのうち、韻律の単位にモーラがある。音節として見るが、さらに文にある単語、句、節などがある。音韻論上、一定の時間的長さをもった音の分節単位として、日本語では仮名文字の発音に充てると、丁寧な発音にモーラが意識される。母音、子音と母音、子音と半母音を介した母音の音表記になるが、いわゆる撥音、促音にも時間の長さが分析される。長音の引き音節にも、同様に分析することができる、撥音、促音、長音をそれぞれ単独にして特殊音節また特殊モーラ音節とする。

音声と音韻はどう違うか。言われるところで、具体と抽象、無数と有限個、組織的と体系的、などなど。日本語の50音図は音韻に拠ると、現代仮名遣いの取り決めでうたう。音韻の単位に文字を捉えるのはその違いを闡明にすることがある。音韻は音素を見るが、日本語文字は仮名でいえば音節を見ることになるので、ここに、言語の具体的な現われで見る音声、音韻、そして発音という違いが出てくる。発音は音素、音節、その結合として語、文の単位で現れるから、発音そのものが一般に用いられて、例えば、英語発音と日本語発音の違いには、音素での分析と、日本語には便宜、音節の分析で行うことがある。この説明はとらえにくい。日本語の音声分析を音素単位で行うことがもちろん可能であるし、音韻の考えではその方がわかりよいとなる。それは音声としての発生または発音の仕組みを捉えて日本語を発音でとらえることを理解することになる。言語学で最小単位を求めて共通する議論を立てるので、音韻は音素になる。日本語が音節で説明できる音韻の単位は日本語に仮名文字の工夫、発明があったからであるから、それをもとに発音するということの意識が形成されてきている。

音韻論における音素分析は音声のより詳しい記述をおこなう。単音をいかに析出し、それが語中でいかに音声として、ことばの使い方に構成されているかを議論する。音韻を文字表記から、/でくくって了解することを、それはIPAで示されることが共通の理解となることであるし、それに加わる補助記号の多くが、語の弁別に働くかどうかを議論する。その現象を機械音声、聴覚音声で記述する方法も、IPAによらなければ、議論の内容をこまかく、理想的にすることができる。その音素分析の一方で、音節を単位とする捉え方ではどうなるか。その表記に仮名文字を用いる日本語は音節での分析が可能となる弁別機能を見ることになる。漢字表記をして同音異義の語を区別できるからであるが、コミュニケーション上に共有する情報が仮名文字発音で実現している。仮名表記をラテン文字にして、日本語にアルファベットのローマ字をもってしても、その簡便な機能は変わらない。

音節とシラブルと、そこにまた音韻論がどうかかわるか。音韻が言語によっているのは、言語が音声形式と意味内容に分析されて、そこにある音声とは言語による抽象された音韻がかかわるからである。すなわち、その最小単位は、音韻が音声の単音に析出され、音素となる。それは音素に意味がかかわることになる。その区別には発音表記の文字、便宜に音素文字が用いられる。

https://eikaiwa.weblio.jp/column/study/pronunciation/syllable-basic-rules
英語の「シラブル」(音節)を理解するための基礎知識
英会話コラムトップ英語が身につく勉強法英語の発音英語の「シラブル」(音節)を理解するための基礎知識
2017年6月9日
>音節(シラブル)とは?
英語におけるシラブルは、1音で発音されるまとまりです。単語を「発音」の観点で分割した場合の最小単位、ともいえます。
シラブルは母音を1つだけ含みます。ただし、これはあくまでも発音上の話。綴りとは必ずしも一致しません。子音も1つとは限らず、複数の子音を含む場合が多々あります。


3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
モーラとシラブル (Maria)
2020-10-12 21:13:54
国語学的には異説とされている、「日本語は南島諸語起源ではないか?」という説に加担したくなる一つの理由として、この「モーラとシラブル」の話があります。
韓国語の「ビビンバ」(本当は「ピビンパ」)は、「pibim-pab」で、「混ぜたご飯」です。「pibim」が「混ぜる」で、「pab」が「飯(日本語では「はん」)」です。
漢詩だと、「一文字が一シラブル」なので、それはそれで納得できます。これに対して、日本の詩歌は「モーラ単位」なのですよ。
そうなると、日本の詩歌を英語に訳すと、なんかしら日本人には「あれ?」という感じになってしまいます。だって「cat」は1シラブルだけど、「キャット」は3モーラなんだもん。「あっと驚く為五郎」は12モーラです(笑)。
ところが、臺灣だと、詩歌に親しんでいらっしゃる人が多いそうです。占領期に日本語教育を受けたという人が多いのもあれば、現地にマライ・ポリネシア系の方がいらっしゃったというのも影響していそうです。
拍と音節、モーラとシラブルというのは、なにか分かりやすい定義をしておきたく思います。
返信する
mora、モーラ (ksk_ym)
2020-10-13 23:01:32
検索して、面白いのを見つけました、以下に引用。

日本語の象徴語の語源―特に南島諸語に関連して( その1)nara-edu.repo.nii.ac.jp
川本崇雄  (英語学研究室)(昭和49年4月25日受理)

>拍と音節、モーラとシラブルというのは、なにか分かりやすい定義

そうですね。
音節に、音声科学、音韻、さらに国語音韻で、仮名文字がそうです。
モーラは服部四郎学説、韻律用語moraから。
シラブルは英語教育に、カタカナ語になって。
拍は金田一氏のものか、な。
返信する
南島諸語 (Maria)
2020-10-14 09:40:51
おお、ありがとうございます。m(_ _)m
私は川本 崇雄『日本語の源流』(一九八〇、講談社現代新書)から入ったのですが、当時はなかなか紀要集などにアクセスする機会などなかったので、存じませんでした。インターネットの普及に感謝、です。
『日本語の象徴語の語源 ― 特に南島諸語に関連して( その1)』の文中に、「畳語にすると意味が弱まる」といった話題がありました。私は「重ねることで複数化する」(ex.「木」→「木々」、「人」→「人々」)と考えていたので「あれっ?」と思ったのですが、よく考えてみると「抽象概念→様態」(ex.「怖い→こわごわ」「怖れる→おそるおそる」)といった座標も視野に入れる必要があったというわけだと思いました。
「モーラ」「拍」の起源は「おそらく南島諸語の影響」だとは思うのですが、具体的に成立するまでにはけっこう長いプロセスを経ているのではないかと見当をつけています。「英語のスペルは母音を省略してもなんとなく判るのに対し、日本語は母音だけならべてもけっこう見当がつく」とか、欧米人は日本人が返答に困ったときに発する「んーーーー…」という音が嫌いとかいった話もあるので、「日本語における母音の役割」について考えてみようと思っています。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。