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春はあっという間に終わる

2025-05-02 11:11:00 | 日記
日本には四季があると言われていますが本当でしょうか?
ちょうど良いポカポカ陽気の春なんてよくよく考えるとないです。
朝は寒くて冬のよう日中は暑くて夏のようそんな日が多いように思います。

私は昨年夏に完全リタイヤしました。

さあ出かけるぞと思いましたが夏で暑くて外出は大変でした。
まあ退職直後で意欲があったので何ヶ所かは暑いのを我慢して出かけました。

秋はあっという間に過ぎ寒い冬。外出する気にはなかなかなりません。

自由があり過ぎるのも問題です。いつでも行けると先延ばしにしがちです。

逆に忙しい時の方が時間を大切にし、色々なことができたように思います。



老後資金はいくらあっても足りない

2025-04-21 12:12:00 | 日記
年金生活も始めのうちは「あれもやりたい」「これもやりたい」と希望に溢れていますが段々テンションが
下がってしまう人も多いかと思います。
楽天的に考えれば「生活が落ち着いてきた」と言えそうですが「食べるのがやっとだよ」とも言えます。
「足を知る」も大事ですが「せめてあと5万円」も本音としてあります。
ネット上でも「月5万円ぐらい働け」という意見が多くあります。

私も「あと5万円あれば」と思う1人です。だからといって月5万円のために働く気はありません。

書店に行けばシニア向けの情報を提供する記事も多くあります。
私はつい買ってしまい後悔しました。
その雑誌は所謂「勝ち組」をターゲットしたちょっと高めのものでした。
読者の生活水準、当たり前の生活が高いのです。
私が「あと5万円あれば」と思う水準以上の定期的な収入がある人たちです。

記事の内容は「貴方達は勝ち組でお金に余裕があるのだから余生を楽しみましょう」というものでは
ありません。

確かに高級な雑誌だけあって「説得力のある資料」が満載ですが、その説得力で「老後の不安」を煽っています。

私が後悔したのは「あと5万円あれば幸せになれる」という夢を木っ端微塵にさせられことです。
寧ろお金のない私の生活より「不安ばかりのシニアライフ」です。少なくても私が理想とする老後ではありません。

そしてお金も情報もあれば良いというものではないと感じました。

「お金」と「情報」を餌に「誰かの養分」にならないようにしたいものです。



老人は老人らしく

2025-04-15 08:56:00 | 日記
世の中進歩して考え方も変わってきました。私達シニアが若い頃の常識が現在の「非常識」となっている例も多いです。
「男は男らしく」「女は女らしく」などは最たるもので、人によっては自分の生き方の根っ子が否定されたことになります。

しかし、実際に教育を受けた側からすれば「男は男らしく」「女は女らしく」は上からの強い強制であり、それが正しいか正しくは
ないかは別として強い束縛感を感じ、不快だった人も多いかと思います。

「男は男らしく・女は女らしく」が現在においては間違っている考えだと否定されているなら「老人は老人らしく」も否定される
と考えるのが妥当でしょう。「老人らしく」と強制されるなんて真っ平と感じるシニアは多いと思います。そもそも「老人扱い」される事に抵抗を感じています。

酒の席では「無礼講」という文化があります。身分や地位の差、礼儀作法を無視して楽しく飲もうというものです。
「無礼講」を誤解して上司に対して「無礼」な言動をする世間知らずも一定数いました。横にいてヒヤヒヤした経験をお持ちの方も
多いのでゃないでしょうか。

昔からある「男らしさ」「女らしさ」「老人らしさ」を強制するのは間違っており、もっと自由に「男女、老若の差」を無視し自分の人生を生きようということだと私は思います。

重要なのは「昔の古い考え方」の否定ではなく「自分らしい楽しい人生」の選択だと思います。否定だけだと前には進みません。
否定された「老人らしさ」の中から自分が幸せになれる部分があれば積極的に「良いとこどり」するぐらいの図々しさ逞しさも
必要ではないでしょうか。


シニアと孤独

2025-04-13 13:20:00 | 日記
昨年七月に完全リタイヤした69歳です。最初は自由になれて「生きているだけ幸せ」でしたが数ヶ月で燃え尽きて今に至っています。
老人シニアが抱えている大きな問題で特に深刻な事柄として「健康・病気」「お金」そして「孤独」だと言われています。
自由が幸せな理由の一つとして「煩わしい人間関係からの解放」があると思います。
好きな人に囲まれていても「どうやってこの関係を維持しようか、見捨てられたらどうしよう」悩み、嫌いな人ができたら「どう、やり過ごそうか」「どういう態度を示せば良いのか」と悩みます。
自分が老人シニアと呼ばれる年ですが「孤独に対する不安」は全くの人ごと「自分には関係ない」と思っていました。
しかし最近その考え方が変わりました。
「人間なんて大した生き物ではない」と気がついたからです。
最近物欲が減ってきました。やりたいことが減ってきました。実際なくなって仕舞えば「万歳」とはならず「寂しさ」を感じます。
「好きなものが減る」は人生がつまらなくなってきたと私には同意語に聞こえます。

極端な言い方をすると「自慢することは下品なこと」「褒めることはただの御機嫌取り」と教育されてきました。
周りに気をつけ「自分が他人の目から自慢と映る言動をしてないか」自らをチェックし続けてきました。

物欲が減ってきたのはもちろん年齢的なことも大きいと思います。
しかし、そもそも「高額な商品が欲しい」「ブランド品が欲しい」と思うのは他人に自慢できるからです。
ましてや「親友」「大事な友達」はこちらが「自慢」しなくても気がついて褒めてくれます。

偉そうなことを言っても人間は「自慢したい動物」「褒められたい動物」なのです。

今更「褒められる人間になる」のは難しいですが「褒める人間」にはまだなれそうです。







シニアは無意味なことを一生懸命にやろう

2025-03-29 20:46:00 | 日記
年老いて年金生活者となった現在過去を振り返ることが度々あります。
幼児の何も考えず幸せだった時代。
勉強に勤しんだ学生時代。
そして社会人として仕事中心の時代。
幼児の時を除き常に最短距離を無駄なく進むことを求められてたように感じます。
更に思い返せば「青春の大事な時に勉強ばかりしてて良いのか」考えたり、「会社の方針て果たして正しいのか」
と疑問を抱いていたように思えます。
「染まらなぞ」葛藤していた人ほど実は染ってしまったとも感じます。

定年退職し上から押し付けられた目標や人生の目的がなくなっり自由になったことを歓迎する一方戸惑っている
人も多いと思います。

目標がないと生きられない人、自分の人生に意味を考え絶望する人たちです。「俺の人生に意味があるのか?」

シニアの「やりたいこと」に意味など必要ないと考えるの一つの重要な選択肢と思います。

ふと「あれやりたいな」「興味あるな」と思っても「こんなことやってても、意味がない」と拒否するのは勿体ないと
思います。

「あれやりたいな」「面白そうだな」と思いつくのは潜在意識という名の自分であったり、大袈裟に言えば「神からの
啓示」だと思います。それを拒否するのは実に勿体無い。

これからの人生を楽しく過ごせるチャンスは結構身近にあるのに気が付いてないだけかもしれません。