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センター試験古文・第六回『建礼門院右京大夫集』・解答解説

2008年07月06日 | センター試験古文
センター試験古文P32・第六回『建礼門院右京大夫集』
解答・解説


みなさん、こんにちは!
 授業でふれられなかったところの解説です。
 参考にしてください。

――春ごろ、宮の、西八条に出でさせ給へりしほど、
(春のころ、中宮様が清盛様のお邸にお出ましになったとき、)

□建礼門院徳子が、父親である平清盛の邸に出かけます。もちろん宮中から。
 今でいう里帰りですね。


――大方に参る人はさる事にて、御はらから、御甥たちなど、みな番にをりて、二、三人は絶えずさぶらはれしに、 
(ふだん中宮様について参上する人はもちろんのこと、その日は中宮様のご兄弟、甥御様などが、みな警護として詰めて、二、三人は常に中宮様のおそばにお控え申しあげなさっていたが、)
 
□召使いから親戚まで、その日はみんなが中宮様のおそばにお仕えしていました。


――花の盛りに、月明かりし夜を、「ただにや明かさむ」とて、権亮朗詠し、笛吹き、経正琵琶弾き、御簾のうちにも琴かきあはせなど、おもしろく遊びしほどに、
(花の盛りで、月が明るかった夜を、「何もしないで明かしてよいものか」といって、清盛様のお孫の権亮様が歌をうたい、笛を吹き、清盛様の甥御の経正様が琵琶を弾き、御簾の中でも女房たちが琴を合奏するなど、管弦の遊びを楽しんでいたときに、)

□「御簾のうち」にはふつう女性貴人やその女房たちがいます。ここは中宮付きの女房たち。


――内裏より隆房の少将の、御文持ちて参りたりしを、
(宮中から、清盛様の娘婿の隆房の少将様が、天皇のお手紙を持って参上したのを)

□「内裏」からの使者なら、天皇の「御文」を持ってきたはずです。もちろん、届ける相手は中宮徳子。天皇が中宮にあてた手紙を、隆房が持ってきたわけですね。


――やがて呼びて、様々の事ども尽くして、のちには昔今の物語などして、明け方までながめしに、
(そのまま呼びとめて、様々の遊びをし尽くして、その後は昔や今の話などし、明け方まで景色をながめていたが、)

□「やがて」は「①そのまま ②すぐに」。問一のbは①でも③でもいいようですが、隆房が「天皇の使者」であることを考慮に入れてください。「天皇の使者」を「呼びつけ」るのは失礼ですから、③「そのまま呼びとめて」を正解にしましょう。


――花は散り散らず同じにほひに、月もひとつにかすみあひつつ、やうやう白む山際、いつと言ひながら、言ふかたなくおもしろかりしを、
(花は散るのも散らないのも同じ色つやで、月も花と一つにかすみあいながら、しだいに白んでくる山際が、いつものことではあるが、言いようもなく趣深かったので)

□テキスト7行目の「すみあひつつ」は「かすみあひつつ」の誤りです。ご訂正をお願いします。


――御返し給はりて隆房出でしに、
(中宮様のお返事をいただいて、隆房が退出するときに)

□隆房は「天皇が中宮に」あてた手紙を持ってきたわけですから、帰る時には「中宮が天皇に」あてたお返事いただいて、天皇に持って行くはずです。


――「ただにやは」とて扇の端を折りて、書きて取らす。
(「何もしないでいられようか」と思って、私は扇の端を折って、歌を書いて隆房様にわたした)

□この部分の主語は右京大夫です。問三に「かくまでの・・・」は右京大夫の歌、と書いてあることがヒントになりますね。


――かくまでの情け尽くさで大方に花と月とをただ見ましだに
(これほどの風流を尽くさないで、普通に花と月とを見ただけでも趣深かったでしょうに、まして今夜の興趣は格別のものでした)

□この歌は、副助詞「だに」の知識が解釈に必要です。二学期にくわしくふれますから、今しばらくお預けにしてください。


――少々、かたはらいたきまで詠じ誦じて、硯こひて、「この座なる人々、何ともみな書け」とて、わが扇に書く。

(隆房の少将は、きまりがわるい程に私の歌を読み上げて、硯をもらい、「この座にいる人々は、なんでもいいから、みな和歌を書きなさい」といって、)

□「かたはらいたし」は「①恥ずかしい・きまりがわるい ②みっともない・気の毒だ」。
 「誦(ずん)ず」は「誦(ず)す」ともいい、「声に出して読み上げる・口ずさむ」という意味。
 古文常識としては、☆「他人の歌を読み上げる→歌の賛美」ということを覚えておきましょう。みんなの前で、隆房が右京の歌を読み上げたということは、隆房が右京(作者)の歌をほめたたえたということになります。右京は隆房に歌をほめられて照れくさかった。それが「かたはらいたし=きまりがわるい」という語で傍線部eに示されています。以上のことをふまえて、問四の解答は①にしてください。


――かたがたに忘らるまじきこよひをばたれも心にとどめて思へ

(あれこれと忘れることができない今宵のことを誰も皆心にとどめて忘れないでください。)

□これは少将の歌です。「かたがた」は「あれこれ・あちこち」。
 「忘らるまじき」=忘ら+る(可能の助動詞)+まじき(打消推量の助動詞)。「る」は後ろに打消表現をともなうので「可能」と考えます。


――権亮は、「歌もえ詠まぬ者はいかに」と言はれしを、なほ責められて、

(権亮は、「歌も詠むことができない者はどうしましょう」とおっしゃったが、)

□ 「え詠まぬ者」=「え」は「ぬ(打消の助動詞「ず」連体形)」と呼応。
 「言はれし」=「れ」は尊敬の助動詞「る」連用形。傍線部(ウ)は権亮が主語なので、受身は変です。受身だと、次に出る「心とむな・・・」の歌の主語が誰だかわからなくなります。また、打消が下にないので、可能も変ですね。そうなると自発か尊敬の二択で考えることになります。自発だと「自然に言われて」という意味になり、「歌が詠めない者はどうしたらいいの?!」と皆に問いかけている発言の内容を考えるとしっくりこないので、尊敬だと考えましょう。
 「責められて=「責む」は「催促する」。「られ」は受身の助動詞。権亮が歌を詠まずに逃げようと思ったのに、みんなから「お前も詠め」と催促されるわけですね。


――「心とむな」「思ひ出でそ」と言はむだにこよひをいかがやすく忘れむ

(「気にとめるな」「思い出すな」ともし言われたなら、その時でさえ、今宵のことはたやすく忘れられるものではありません。(まして少将殿に「忘れないでください」といわれたのだから、忘れるはずがありません))

□「心とむな」「思ひ出でそ」=「な」も「そ」も禁止です。
 「言はむ」=「む」は仮定の助動詞。
 「だに」=類推の副助詞。類推の「だに」は、軽いものをあげて、後で重いものを類推させます。「犬でさえ、恩を忘れない。(まして)人間は恩を忘れてはならない」という要領。類推の文脈にこの歌をあてはめると、「忘れろと言われても今宵のことは忘れられない。(まして、――13行目で少将に――)忘れるなと言われたのだからなおさら忘れられるはずがない」ということになります。「まして」以下は和歌中には書かれていないので自分で類推します。
 「いかが」=反語を表す副詞。


――経正の朝臣、

うれしくもこよひの友の数に入りてしのばれしのぶつまとなるべき

(うれしいことに、今宵の遊びの仲間に入ったので、みなさんに思い出され、私もみなさんを思い出す、今宵がそのきっかけになるでしょうね。)

□「しのばれしのぶ」=「れ」は受身の助動詞。私が皆に「しのばれ」、私が皆を「しのぶ」という意味。「しのぶ=なつかしく思い出す」は心情動詞なので、自発でとった人がいたかもしれません。しかし、「しのばれ」を自発でとると、次の「しのぶ」が浮いてしまうと思いませんか? ここは漢詩によくあるような対句的表現ですから、受身と受身なしの形で「私が皆に思い出され、私も皆を思い出す」ととると、うまくつじつまが合います。センターにはこのようなひっかけが多いので注意してください。
 「つま」=①端 ②縁側・軒端 ③ きっかけ・端緒。ここは、③。
 「べき」=係り結びでもないのに推量の助動詞「べし」が連体形になっています。こういうのは「連体止め」といい、詠嘆の意をあらわします。


――と申ししを、「我しも分きてしのばるべきことと心やりたる」など、この人々の笑はれしかば、
(と申し上げたので、「自分だけ特別になつかしく思い出されるはずだといい気になっているよ」などと、これらの人々がお笑いになったので、)

□ 「我しも」=「し」は強意の副助詞。「も」も強意の係助詞。(「しも」を強意の副助詞ととる説もある)。訳さなくてもよいことばですが、ここでは「だけ」という訳語をつけておきました。
 「分きて」=特別に。
 「しのばるべき」=「る」は受身。「べき」は当然でとりましたが、推量でもいいです。
 「心やりたる」=「心やる」は、①気を晴らす。②得意になる・いい気になる。「たる」=存続の助動詞、連体止め。
 「笑はれ」=「れ」は尊敬の助動詞。下に打消がないので、可能はダメ。「この人々」が主語なので、受身は変。自発はいいように見えますが、自発というのは無意識の動作ですよね。この部分は、経正をからかおうとして、周りの人々が意識的に経正を笑っているという文脈です。意図的に経正をからかうのですから、自発はおかしいと考えてください。


――「いつかはさは申したる」と陳ぜしも、をかしかりき。
(「いつそんなことを申しましたか、私はそんなこといいませんよ」と経正の朝臣が弁解したのもおもしろかった。)

□「かは」は反語。
 「陳ぜし」=「陳ず」はサ変動詞で、「弁解する・主張する」。「し」は過去の助動詞「き」連体形。