現代語訳のページ

みんながんばろう!

センター試験古文2学期・解答

2009年01月03日 | 連絡事項など


第八回・S62共通一次本試験

問一 ②  
問二 b=⑤ f=③
問三 ④
問四 ⑤
問六 ②
問七 ①
問八 ④ ⑦


第一〇回・H9センター追試

問一 ⑤ ① ②
問二 ③
問三 ④
問四 ⑥
問五 ②
問六 ①


第十一回・S63共通一次本試験

問一 ③ ② ①
問二 ⑤
問三 ④
問四 ②
問五 ④
問六 ①
問七 ⑤
問八 ⑤


第十二回・H12センター追試

問一 ④ ⑤
問二 ③
問三 ①
問四 ④
問五 ⑤
問六 ⑤
問七 ⑥

冬の勉強

2008年12月08日 | 連絡事項など
まず、冬期講習について。
単科はもちろん、今年はレギュラー授業も三学期が半分なくなったので、少々ピンチ・・・。
お伝えするべきことがまだ残っているので、一年間一緒に勉強してきた人たちには、Ⅰ期なら「ハイレベル」、Ⅱ期なら「頻出古文問題徹底攻略」(センターだけの人は「センター古漢」)をご受講いただけると幸いです。
もちろんお金も時間も必要なことですから、無理はしないでくださいね。

次に自習。
当然のことながら、冬は社会に重点を置きがちです。
それは悪いことではないのですが、英語や国語はことばの勉強ですから、一週間でもサボると勉強したことがどんどん抜けていってしまいます。
暗記強化の合間に適度な復習を心がけてください。

古文の場合、過去問などの文章題を、最低でも週に二本は解いていただきたいと思います。
講習のあるときはいいですよ。
ないときは週に二題。
時間がなければ、

① 一日目 解いて答え合わせ
② 二日目 ①で整理した重要事項を覚える
③ 三日目 ②をもう一度見直す

という要領で分割するのも一つの方法です。
これを週に二回やるのはどうでしょうか。

ことばの勉強は、くり返しと継続が大切です。
一週間のあいだに一度も古文にふれる日がないなんてことにならないよう、くれぐれも注意してくださいね。

充実した冬を。
そして、春には合格の栄冠を。
みなさんのご健闘をお祈りしています。

センター試験古文 第九回補充

2008年12月08日 | センター試験古文
みなさん、こんにちは。
二学期の授業お疲れさまでした。
第九回の重要単語と問題の解説をアップしておきます。参考にしてくださいね。

まず3行目。
「語らふ」は重要単語です。模試にも出ていましたね。
これは「①交際する ②相談する ③仲間に引き入れる」
ここでは①の意味で使われています。

次に5行目。
「ねもごろなり」は「ねむごろなり(懇ろなり)」と同じ。
形容動詞で「熱心だ・親切だ」という意味。

7行目の「ここら」にも注意してください。
「ここら」は「そこら」と並んで、「たくさん・たいそう」という意味。
「ここだ」「そこだ」という形もあります。

11行目。
「しかすがに」は奈良時代のことばで、「そうはいうものの」。

13行目。
「ながむ(詠む)」は「詩歌をよむ」。
内容的には「詩歌を作る」という意味と、「詩歌を朗詠する」という意味があります。
ここは「詩歌を作る。

17行目の歌。
「雲路はるか」は「雲居はるか」ともいい、「はるか遠く」という意味です。平安時代の恋文によく使われました。「雲居はるか

」なあなた、というように。
 「雁のたより」は熟語です。「手紙」という意味。中国では、手紙は雁がもってくるもの、という伝説がありました。ですから

、漢文では手紙のことを「雁書」といい、日本では「雁のたより」ということがあるわけです。
 
18行目「とへば」の「とふ」も気をつけてください。「訪ふ」と書いて、「訪ねる・見舞う」という意味で使います。

21行目「まみゆ(見ゆ)」は漢文でおなじみですね。目上の人に「お目にかかる・お会いする」という意味です。

24行目「心の闇」は、「①分別を失うこと ②子を思う親心」という意味の熟語。②の意味が重要ですが、ここでも②の意味で

使われています。
「人の親」は「親」という意味です。さほど重要というわけでもありませんが、念のため。

最後の行、26行目の「えやは~」は、「どうして~できようか。いや~できない」という意味で、反語の意をあらわします。
また、「かかる」が掛詞になっていることにも注意してください。これは、「懸かる(=涙がかかる)」と「斯かる(=こんな)

」との掛詞。「・・・涙のわが袖にかかるなさけをえやは忘れむ」で、「・・・涙が私の袖にかかる、こんな情けをどうして忘れることができようか、いやできない」と訳します。


次に問題。

問一

(ア)は「いざ」が「さあ~(しよう)」であることに注意してください。
これで①と④に絞れます。
次に「異方」が「他の場所」という意味であることに気をつけること。
「方」に「場所」の意味があることは、「とりかへばや物語」で勉強ずみです。
「いざ異方へ」で「さあ、他の場所に行こう」。
正解は④ですね。

(イ)は「なづさふ」が重要単語。
これは「①水につかる ②慣れ親しむ」という意味。
正解は②になります。

(ウ)は「からに」という接続助詞に気をつけて!
これは「~ために・~ゆえに」と訳し、原因や理由をあらわします。
「わがからに」で「(徴兵されて九州に行く)私のために」。
「九州に」と補えるのは、「注」に「防人」と書いてあるからです。


問三

これは簡単。
まず句切れに気をつけること。

「行く旅を めぐりも帰れ。 この里の 馴れしわがやを 住処とはして」

と考えます。
二句切れの歌。
「帰れ」が命令形なので、そこで文が切れていると考えるわけですね。

すると、選択肢の③はアウト。
③の「帰って来て、」にご注目ください。
句切れだから、ここで文を切らないといけないのに、③だけは切らないで訳しています。
他の選択肢は、ここでみんな切れているでしょう?!

次に「帰れ」という命令形に着目。
「帰ってくれ」という命令のいいかたは「帰ってほしい」という願望に言いかえ可能だと思います。
「がんばれ」っていうのは、「がんばってほしい」ということでしょう?
「うかれ」っていうのは、「うかってほしい」ということ。
だから、「帰れ」は「帰って来てほしい」と意訳してもいい。
②と④はここを「帰って来ることになろう」と推量にしています。
命令形を推量にするのは無理。
そこで、次に②と④をカットします。

最後に「住処とはして」に着目。
これは「住処とは思ひて」と同じこと。
「して」の「し」はサ変ですが、サ変というのは、よく「思ふ」のかわりに使われます。
現代でもそうでしょう?
「それを自分の義務として・・・」というのは、「それを自分の義務と思って」というのと同じこと。
だから「住処とはして」も「住処とは思ひて」になるわけです。
正解は①。
⑤は「住処とはして」を「住処なのだから」にしています。
そこがまずい!


問四

まず「思ひ」が動詞「思ふ」の連用形。
名詞じゃありませんね。
だから①と④は論外。

次に「らむ」。
これは現在推量ではありません。
現在推量なら終止形接続。
「たまへらむ」だから、「らむ」の上に終止形が来ているとはいえません。
「たまふらむ」なら「たまふ」が終止形だから、「らむ」は現在推量と考えてもいいけど・・・。
これで③と⑥をカット。

「ェ段音+ら」は、「ら」が完了の助動詞「り」の未然形でしたね。
一学期に勉強ずみ。
ここは「たまへ(e)らむ」ですから、「ら」が完了の「り」だと考えられます。
「り」の上は、サ変の未然形と四段の已然形がくる。
これも「りか、さみしい」というゴロ合わせで、一学期に勉強ずみ。
完了の「り」の上に下二段なんか来るはずがないから、⑤はダメです。
⑤は「たまへ」を下二段と書いてあるでしょう?!
それで正解は②にします。

問五

テキスト100ページの現代語訳をご参照ください。


問六

本文の内容と合致しないものを選ぶ問題ですね。

2行目にご注目。
「五月雨の晴れなむ頃ほひ」は「梅雨の晴れるころ」という意味。
なのに、選択肢の①は「梅雨に入ったので」と書いてあります。
だから①が誤り。

もう一つは、5~6行目が根拠。
5行目で、可児永通が「あが宿に、たびごろもうらぶれ休めよ」(私の家で、旅衣をぬいでお休みください)と提案しています。
それを受けて、6行目で、作者が「いざ、ひと日ふつかもありなむ」(さあ、それでは一日か二日泊めてもらおう)と思うわけです。
このやりとりを見ると、作者は最初から「可児永通の家に滞在するつもりでこの里へ来た」わけではないことがわかります。
だから③は誤り。



古文総合二学期解答

2008年12月08日 | 古文総合
国語科で作成していただいたサンプル解答を以下にアップします。
必要があれば参考にしてくださいね。

四(堤中納言物語)
問一 かわいらしい
問二 ウ ア イ
問三 ウ イ
問四 オ
問五 ハ ニ
問六 へ へ ハ
問七 女
問八 ロ


八(無名抄)
問一 B
問二 (2)は謙譲の補助動詞。(6)は尊敬の補助動詞。
問三 こそ
問四 大変趣の浅いものになってしまった。
問五 (身にとりての)おもて歌
問六 A


十(無名草子)
問一 4
問二 ロ
問三 C=昔のままで少しも変わることがないのも
   D=どうして書き伝えることができましょうか
問四 1 2
問五 7 3
問六 めでたき
問七 E=以前の恋愛関係  F=夢(の中)
問八 「なき」 無き 亡き

十一(鶉衣)
問一 イ
問二 現在の
問三 煩わしがって
問四 ホ
問五 ニ
問六 ほどよいところで一生を終わりたいものだ
問七 七
問八 老は忘るべし。又老は忘るべからず。


十二(花月草紙)
問一 ふばこ よろず いでき
問二 調度 反故(反古)
問三 4 1 2 1
問四 2 1
問五 盛り
問六 1 4 2 4
問七 5

第十一講・第十二講『平家物語』

2008年11月30日 | フレッシュアップ古文
 みなさん、こんにちは。
 二学期の授業お疲れさまでした。
 授業でふれられなかったところを以下にまとめておきたいと思います。参考にしてくださいね。

 まず、5行目。
□しかじ、うき世を厭ひ、まことの道に入りなむには。
(出家して、仏道に入るのにこしたことはないだろう)

 「しかじ」に注意してください。これは頻出語です。
 普通は「しかず」という形が辞書に出ています。「しかず」には二つの意味があり、

①AはBにしかず〈AはBに及ばない〉
 (例)百聞は一見にしかず。〈百回聞くのは一回見るのに及ばない〉
②  Bにしかず〈Bにこしたことはない〉
 (例)逃ぐるにしかず。〈逃げるのにこしたことはない〉

②の方が大切ですから、しっかり覚えておいてくださいね。
 また、よく出てくる形として、

※ しかじ、Bには。〈Bにこしたことはないだろう〉
 (例)しかじ、まことの道に入りなむには(「な」は強意、「む」は婉曲の助動詞)。
    〈仏道に入るのにこしたことはないだろう〉

というのがありますが、これは、「Bにしかず」をひっくり返して「しかず、Bに」にし、さらに「ず」を打消推量の「じ」に、「Bに」を強めて「Bには」にしたものです。
 軍記物語などの中世の作品によく出るものなので注意してください。

 さて、7行目以降は、とりあえず重要語のみを先にチェックしたいと思います。

 まず8行目「心強し」。これは、「①意志が強い ②つれない」という意味。②がよく出るので気を付けること。
 9行目の「あくがる」は有名ですね。「①離れさまよう ②疎遠になる」。
 10行目の「なつかし」は大丈夫でしょうか。これは「なつく」という動詞の形容詞形です。「犬が人間になつく」というときの「なつく」。これを形容詞にしたものが「なつかし」ですから、クンクンクンと尾を振ってなついていきたい気分をあらわします。「①したわしい②好ましい」という意味。ここは②で訳しましょう。
 12行目「やすらふ」は「休らふ」と書きます。「①立ち止まる ②滞在する ③ためらう」。
 13行目「たづねかぬる」の「かぬる」は、補助動詞「かぬ」の連体形が、動詞の「たづぬ」にくっついています。補助動詞の「動詞+かぬ」は「~が難しい・~できない」という意味ですから、「たづねかぬ」で「訪ねることができない」という意味になります。
 その下の「むざんなり」は「①残酷だ ②痛ましい」という意味。現代語でも「伊勢エビの無残焼き」といえば①の意味ですし、「英雄の無残な最後」といえば②の意味ですよね。
 最後に19行目の「力なし」。これは「力及ばず」ともいい、「どうしようもない・仕方がない」という意味です。かなりよく出ますから、きちんと覚えておいてくださいね。

 では、次に問題の解説を。

 問三は「ねんじゅ」とよみます。意味は「念仏をとなえ、お経をよむこと」。

 問四はわかりましたか?
 いきなり解答をいうと、波線部aのような文体を「道行文(みちゆきぶん)」といいます。
 
□道行文・・・旅行く道の景色や感情を記した七五調の文。
 (例)この世の名残 夜も名残
    死ににゆく身を たとふれば
    あだしが原の 道の霜
    一足づるに 消えてゆく
    夢の夢こそ あはれなれ (『曽根崎心中』)

 「道行文」というのは、出題されるとすぐにわかります。まず「七五調」です。これで一目瞭然。例にあげた『曽根崎心中』は「このよのなごり・よもなごり・しににゆくみを・たとふれば・・・」と、ちゃんと七五調になっているでしょう?波線部aも「うめづのさとの・はるかぜに・よそのにほひも・なつかしく・おほいがはの・つきかげも・・・」とほぼ七五調。「おほいがはの」のところだけはちょとリズムが狂っていますが、あとはだいたい七五調です。
 それから、この「道行文」は、本来が「道を行く」という意味ですから、必ず登場人物が旅をして行くときにあらわれます。旅ですから「地名」が出てくることが多いんです。傍線部aのところにも、「梅津の里」とか「大井河」という地名が出ているでしょう?
 「道行文」は「悲しい場面」に登場するということも覚えておくといいですね。傍線部aは、横笛がズタボロになって嵯峨野の恋人を訪ねる場面です。例にあげた『曽根崎心中』も、お初と徳兵衛というカップルが大阪梅田の曾根崎に心中に行く場面。どっちも悲しい場面ですね。
 「道行文」はこんなふうに、「七五調・地名・悲しい場面」ということを覚えておくとすぐにわかります。「道行文」はどんな作品でも出てくるわけではありません。軍記物語、謡曲(能の台本)、浄瑠璃(人形芝居の台本)に登場します。それも覚えておくと便利ですね。

 問五は1が正解。これは単語のところを参照。

 問六は「さまをかへ」がどういうことを意味しているかを問う問題。
 正解は「出家する」あるいは「尼になる」「剃髪する」でもOK。
 「出家する」という意味の熟語には、「世を厭ふ・世を離る・世を逃る・世を背く・世を捨る・形を変ふ・様を変ふ・頭下ろす・御髪下ろす・もとどり切る」などがあります。どれも頻出ですので、ここで確認しておいてください。

 問七は1と5。これは「和歌の修辞」を勉強していただいたときに、この和歌を取り出して説明しましたので大丈夫だと思います。

 問八は5が正解。
 歌の意味は以前縁語をやったときに説明したので大丈夫だと思います。簡単に選択肢のあやまっているところを指摘しておくことにしましょう。
 1は「父を恨んでいた」がおかしいです。2は「あなたに会えない運命を恨んでいた私」、また「弓を射るように」という訳も変ですね。「あづさ弓」は、下の「いる」にかかる枕詞です。枕詞は訳しません。3は「あなたと結ばれない運命をはかなんでいた」が変。4は「二人で父を恨んだ」がおかしいです。

 問九は3が正解。これは平治物語のときにやりましたね。テキストの111ページにも軍記についてのまとめがありますので参考にしてください。

夏期講習 フレッシュアップ古文 応用講座

2008年08月17日 | 連絡事項など
みなさん、こんにちは!
5日間お疲れさまでした。

フレッシュアップ応用講座、第五講『篁物語』の問二(b)について、授業でふれられなかったことを補足しておきたいと思います。

「いとけうとくなかりけり」の現代語訳です。

まず「けうとし」。
これは授業中にやった「うとし」と同じで、意味は「疎遠だ」。

次に「いと」の訳語をご確認ください。
「いと」は「たいそう」ですが、この(b)のように「いと」の後ろに「打消」が呼応する場合は「それほど~ない」と訳します。
ここは「いと→なかり(形容詞「なし」の連用形)」ですから「それほど疎遠ではない」と訳すことになります。

最後に過去の助動詞「けり」がありますから、全体で「(二人は)それほど疎遠ではなかった」。
ストーリーの展開を考慮に入れて意訳すると「(二人は)それほど疎遠ではなくなった」と訳してもいいでしょう。
「男」と「女」が深い関係になった、という意味ですね。

夏期講習センター試験古文 第四回・第五回 解答

2008年08月07日 | 連絡事項など
第四回
問一 5・2・1 
問二 2
問三 2
問四 3
問五 1
問六 3

第五回
問一 3・4・2
問二 1
問三 4
問四 3
問五 2
問六 Ⅰ=5 Ⅱ=1

夏期講習 センター試験古文第三回補充

2008年08月03日 | 連絡事項など
夏期講習 センター試験古文 第三回『建礼門院右京大夫集』

みなさん、こんにちは。
以下、授業でふれられなかった第三回の現代語訳と解説を載せておきます。

『建礼門院右京大夫集』は、平清盛の娘(建礼門院徳子)に仕えた右京大夫という人の歌集です。
第三回の長文は、平家が壇ノ浦で滅びてから、戦場で死にきれなかった建礼門院徳子が京都の嵯峨野で尼になっているときいて、右京大夫が久しぶりに会いに行く場面。
和歌の好きな人なので、和歌以外の部分にもきれいな表現が使ってあり、やや読みにくかったかも知れませんね。

まずは現代語訳から。

現代語訳
 女院が大原にいらっしゃるとだけはお聞き申し上げていたけれど、(今女院にお仕えしている)適当な人に(私のことを)知られていなくては参上することもできなかったのだが、女院をお慕いする深い心を道しるべにして、無理にお訪ね申し上げたところ、だんだんと近づくにつれて、山道の様子からして、まづ涙が先に立って、いいようもなかったが、女院の御庵の様子、お住まい、ご生活の有様など、すべて目もあてることができない(ほどにひどかった)。昔の華やかなご様子を見申し上げていない人でさえ、このあたり一帯の有様は、どうしてこれが普通のことと思うだろうか、いや思わない。まして、(私は昔の様子を知っているのだから、)夢ともうつつともいいようがない。秋深い山おろしの風が、近い梢に響き合って、掛樋の水の音、鹿の声、虫の音など、どこも同じことであるけれど、今の私には比類のない悲しさである。都では美しい衣装を着重ねてお仕えした人々が六十数人いたけれど、昔の姿を見忘れるような様子で衰えた尼さんの姿で、わずかに三、四人だけがお仕え申し上げてなさっている。その人々とも、「それにしてもまあ・・・」とだけ、私も相手も言い出したことだった。あとはむせぶ涙に沈んで、ことばも続けることができない。

 今や夢=今が夢なのか、昔が夢だったのかと迷わずにはいられなくて、どう考えても、これが現実とは思えない。

 あふぎみし=昔、宮中で仰ぎ見た女院さまが、こんな深い山にお住まいのお姿を拝見するのは悲しいことです。

 花の美しい色つやや、月の光にたとえても、一通りのことではもの足りなかった女院の美しい御おもかげが、「別人か」とばかり思い迷われるので、こんな女院のご様子を見ながら、何の思い出もない都へといって、一体全体何のために帰るのだろうと、自分で自分のことがいやになり、情けない。

 山ふかく=山深くとどめておいた私の心よ、私がそのまま出家して住むことのできる道しるべとなっておくれ。


解説

問一
ア=2
「わりなし」は「理無し」と書き、「道理に合わない、無理だ」というのが原義です。ここは、しばらく会っていない女院を突然訪ねるのはきまずいのだけれども、どうしても心配なので「無理に」お訪ねしたという文脈です。
イ=4
「やうやう」は「やうやく」ともいいます。意味は、どんな文脈でも「だんだん。しだいに」です。

問二

まず、「AをBにて」は熟語で、「AをBとして」と訳すことに注意。「しるべ」は「道しるべ」のことですから、正解は③だとわかります。女院を訪ねるのは大変なことだったのですが、筆者は「自分の女院への深い思い」を「道しるべ」にして訪ねて行ったというわけです。

問三

この問題は、易しいですね。「見まゐらせ」の「まゐらす」は、授業でやったように謙譲の補助動詞です。謙譲なら「見まゐらせざらむ」で、「見申し上げないような」になります(「ざら」は打消の助動詞、「む」は婉曲の助動詞で「ような」と訳します)。「見申し上げる」というのを、「拝見する」と訳すのはかまいませんが、③「御覧になる」や⑤「お見せになる」では尊敬語の訳しかたになってしまいます。
また、②は「参上させなかった」がおかしいです。「参上させる」なんて敬語は使われていません。④は「うかがわなかった」が変。「うかがう」という敬語も出てきません。
授業中にみなさんの答案を見ましたが、この問題はとてもよくできていました。

問四

 これも授業中にびっくりしたのですが、誤答を出した人を見つけることができませんでした。もっと間違えると思ったけど・・・。
 「さぶらふ」が謙譲語の本動詞、「お仕え申し上げる」なので、前半がわからなくても正解が出せたのかもしれませんね。②以外は「さぶらふ」の訳がむちゃくちゃです。「さぶらふ」から簡単に答えは②とわかるけど、いちおう「春の錦」ということばは記憶しておいてください。これは、「①春の美しい衣装 ②花が美しく咲く様子」という二つの意味があります。ここは①の意味で使われているのですね。

問五

 傍線dの直前に、華やかな昔とは変わり果ててしまった人々の様子が述べられていることに注意してください。また、この直後の歌に、「今が夢なのか昔が夢なのかわからない」という歌が詠まれていることも。
 ①は「昔見た都の春の光景」が文中にありません。②は「女院の身に万が一のことがあれば」という心配が文中に見いだせない。③は「出家の志をとげた」が変です。女院とその周囲の女房たちはともかく、この時点で作者が出家していたと考えられる表現はありませんから。⑤は「都の春より山里の秋の情趣がすばらしい」が変ですね。「都の春」と「山里の」秋の比較論など、文中のどこにも出てきません。

問六

「一方なり」は「一通りだ」という意味。「あかず」は重要熟語で、「満足しない・もの足りない」という意味です。すると、「一方にはあかざりし御おもかげ」とは、「一通りのことではもの足りなかった(女院さまの)御おもかげ」ということになります。
「あらぬか」は、「(女院さまには)あらぬ(人)か」ということ。「たどる」には注意してください。この単語は「①探し求める ②思い迷う」という意味。「ただらるるか」の「るる」は自発の助動詞なので、「あらぬかとのみただらるる」で、「別人かとばかり思い迷わずにはいられない」という訳になります。
以上の点を考慮すると、正解は④。これは少し難しかったかもしれませんね。

問七

 消去法でいきましょう。
 まず、①は「笑いものにされる」が変です。誰に笑いものにされるのか、明白ではありません。そもそもここは、「かかる御事を見ながら(こんな女院の有様を見ながら)」都に帰って行く自分が「うとましく心うし(いやで情けない)」という文脈。作者は他人の思惑なんて気にしていません。
 ②は「女院に嫌われて」が変ですね。そんな話はどこにも出てきません。
 ④は「女院に対する愛情が消え去った」がおかしい。これも文中に根拠がありません。
 ⑤は「女院にお仕えする人々の生活を」というところがずれています。「かかる御事を見ながら」は、どう考えても「女院」のこと。少なくとも「女院と、女院にお仕えする人々」というべきです。作者がここで、女院は抜きにして、「人々の生活」を思いやっているとは思えません。

問八

 これも、授業中に見ると、むちゃくちゃよくできていました。現代語訳をご参照いただければ問題ないと思いますが、一つだけ今後のために注意。
 まず、「雲の上」ということばです。これは、「①空 ②宮中」。②の意味に注意してください。それから、和歌中の「月」は、貴人や恋人の比喩として歌に詠まれます。「雲の上の月」というのは、「空の月」であると同時に、「宮中にいた女院様」ということでもあるのですね。

問九

 これは授業中に覚えていただきましたね。


次に、『紫式部日記』の補充です。

26ページ補充
(現代語訳)
 一日中、中宮様は、たいそう気がかりそうに起きたり臥したりしてお暮らしになった。僧は中宮様にとりついた物の怪を(よりましに)移し、大声で騒いでいる。数ヶ月来、たくさんお控えしているお屋敷内の僧は言うまでもなく、諸国の山々寺々を訪ねて、修験者といわれる限りの者は、残りなく参上して祈るので、「一切の諸仏もこの祈りをどうお聞きになっているだろう」と思いやられる。また陰陽師といって、世にいる限りの者を召し集めて祈るので、「八百万の神も耳を振り立てて聞かない神はあるまい」とお見受け申し上げる。お寺への使者も、一日中立ち騒ぎ、その夜は明けた。

 現代語訳の中で、二行目の「よりまし」というのはわかりますか?
 昔、貴人にとりついた物の怪を追い払うときには、まず貴人から物の怪を駆り出してg別の人に移しました。その別の人を「よりまし」といいます。ここでは、中宮彰子にとりついた物の怪を駆り出して、「よりまし」に移しているわけです。

 単語は14行目の「日一日(ひひとひ)」に注意。これは「一日中」という意味。
 15行目、「さらにもいはず」は重要熟語です。「いうまでもない・もちろんだ」という訳語を覚えておきましょう。
 16行目、「三世の仏」は「すべての仏」という意味なのですが、受験生としては「三世(さんぜ)」ということばに注意してください。「過去・現在・未来」の三つを「三世」といいました。「前世・現世・来世」と覚えておいてもかまいません。
 18行目「動詞+暮らす」は、「一日中~する」という意味の補助動詞です。授業でもふれましたが、補助動詞はセンターに頻出なので注意が必要です。

 では、残りの夏休み、悔いのないようにお過ごしくださいね!


夏の勉強について

2008年07月06日 | 連絡事項など
夏の勉強について

 
一学期の勉強お疲れさまでした。
 夏の古文の勉強について、以下に書いておきます。参考にしてくださいね。
 

□テキストの復習
 一学期にやったテキストの復習。これは完璧にしてください。ざっとノートを見直して、ふむふむ・・・なんてうなづいていたのではダメですよ。
 勉強は手を動かして書くのが基本です。一学期に習った重要事項を、ノートでも情報カードでもいいですからまとめ直す。この作業をやると、わかるところとわからないところがはっきりします。わからないところがあればきいてください。わからないところをすっきりさせた上で、重要事項を覚えます。そしてテキスト本文を訳してみる・・・。
 テキストの復習は、一週間ぐらいで片づけてしまいましょう。
 

□文法
 得意な人も、不得意な人も、読解の問題集に入るまえに、必ず文法の問題集を一冊しあげるようにしてください。
 文法の問題集は、易しくて基礎的なものを選びます。ほとんどの学校は、入学時に基礎的な文法の問題集を一冊購入しているはずです。特別なものを買わなくても、それで十分ですよ。もしなければ、代々木ライブラリー『基礎から学べる入試古文文法』を使ってみてください。
 遅くとも7月いっぱいには仕上げるように計画をたててくださいね!
 

□読解
 文法が終わったら、読解の問題に取り組みます。
 古文の講習があるタームはいいのですが、ない時には最低でも週に二題は解くように心がけましょう。
 これも、ざっとやって答え合わせをし、訳を読んでふむふむ・・・では効果があがりません。その問題集用に一冊ノートを作ってきちんと現代語訳し、知らなかった古語や文法事項、文学史などもノートに整理していくといいでしょう。適当に二冊やるぐらいなら、一冊にしぼってきちんと仕上げた方が効果があがります。
 特に最初の一冊が重要。過去問演習に入れば、ノートまで作らなくてもいいですが、最初の一冊は慎重に進めてください。
 読解の問題集は、きちんとした現代語訳と解説の付いたものを選びます。センターを受ける人は、代々木『センターマーク基礎問題集』・河合『マーク式基礎問題集』など、文系の人は代々木『ハイレベル古文』・河合『中堅私大古文演習』などがおすすめです。
 

□単語
 単語の暗記は受験生のつとめです。これは必ず日課にすること。
 一日のノルマを少な目に設定して、どんなに不調な日でもこなせるように工夫します。一日に二個とか三個でもかまいません。この程度なら、調子のわるい日でも続けることができるでしょう。精神的にも肉体的にも疲れ果ててしまった日は、覚えようとせず、読むだけでもいい・・・。
 とにかくこれは続けることに意味があります。そして、一冊終わったら、また一からやり直し。入試直前まで一冊の本をやり続けること。何度も何度も、坊さんのお経のようにひたすら繰り返しあるのみです。


□古文常識
 夏のひまがあるときに、古文関連の本を読んで、背景知識(古文常識)を身につけておくのも大切なことです。
 学研の『マドンナ古文常識』・代々木『土屋の古文常識』など、受験生向きに書かれた本を読むのもいいですし、一般書ですが、中公文庫・日本の歴史5・『王朝の貴族』などは、値段が安い上に内容も充実しています。また、最近出た本ですが、『王朝生活の基礎知識』(川村裕子著・角川選書)も、楽しく読めて勉強になる本です。
 

□おわりに
 この夏、死にものぐるいでがんばれば、冬に必ずいい結果が出ます。秋から目に見えて変わるということは少ないですから、ヤケを起こしてはいけませんよ。六ヶ月の忍耐。半年の我慢が必要です。がんばってくださいね!
 

フレッシュアップ古文・一学期・第八講第九講『宇治拾遺物語』・解答解説

2008年07月06日 | フレッシュアップ古文
フレッシュアップ古文・一学期補充
第八・第九講『宇治拾遺物語』(27ページ)解答・解説

 みなさん、こんにちは。
 一学期の授業お疲れさまでした。
 『宇治拾遺物語』の解答・解説をアップしますので参考にしてください(テキスト35ページの現代語訳もご活用くださいね)



 まず、文学史から。

 宇治拾遺物語
 〈ジャンル〉説話
 〈成立〉鎌倉初期
 〈作者〉未詳

 『宇治拾遺物語』は「説話」文学といわれています。
 「説話」というのは「人から人に伝わるおもしろい話を文章にしたもの」。
 説話についてはまた授業でもふれますので、ちょっと問四を見てください。


問四
 「勅撰和歌集」について問題が出ていますね。
 「勅撰和歌集」というのは、「天皇や上皇の命令で編集された和歌のベストアルバム」のこと。
 全部で二十一個あるのですが、入試にはそのうちの最初の八つが出題されます。
 それが「八代集」。
 付録75ページに覚えておかないといけないことをまとめてありますが、ここでもポイントを解説しておきますね。

 「八代集」は順番を覚えておかなければなりません。

 古今和歌集(こきん)
 後撰和歌集(ごせん)
 拾遺和歌集(しゅうい)
 後拾遺和歌集(ごしゅうい)
 金葉和歌集(きんよう)
 詞花和歌集(しか)
 千載和歌集(せんざい)
 新古今和歌集(しんこきん)

 です。
 つまらないゴロ合わせですが、「コキン、アトセンべい、シューくりーむ、アトシューくりーむ、金曜 シカ ゼンザイ食べな

い シンコキン」と覚えておくといいでしょう。
 これで、『後拾遺和歌集』が四番目の勅撰和歌集だとわかるはず。
 問四の答えは「4」です。

 次に、撰者(編集した人)です。
 全部知っている必要はないのですが、次の人々だけは覚えておきましょう。

 古今和歌集 = 紀貫之・紀友則(きのとものり)・凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)・壬生忠岑(みぶのただみね)
 後撰和歌集 = 梨壺の五人(清原元輔ら)※「梨壺の五人」は、宮中の梨壺の間で『万葉集』を研究していた五人の歌人をい

         います。「清原元輔」だけは「清少納言」のお父さんなので覚えておく必要があります。
 金葉和歌集 = 源俊頼(みなもとのとしより)
 千載和歌集 = 藤原俊成(ふじわらのしゅんぜい)
 新古今和歌集 = 後鳥羽院・藤原定家ら。

 最後に成立。
 まず、『古今集』から『千載集』までが平安時代だということを覚えておきましょう。
 『千載集』が平安末期で、『新古今集』は鎌倉初期、ということになりますね。
 あと、細かいところでは、『古今集』が十世紀の作品であること。
 『拾遺集』が『源氏物語』『枕草子』と同時代の作品であることも重要です。

 たくさんあって大変ですが、以上のことは、ひまを見つけて覚えておくようにしてください。

 では、次の本文を見ていただきましょう。

――今は昔、治部卿通俊卿、『後拾遺』をえらばれけるとき、
(今ではもう昔のことだが、治部卿藤原通俊卿が、『後拾遺和歌集』を編集なさったとき)

 この時代、勅撰和歌集に歌が入るということは、歌人にとって最高の名誉でした。
 勅撰集に歌が入るだけでも名誉なことですから、その勅撰集を編集するなんて人は、もうその時代の歌の最高権威、歌の世界の

神様のようなものでした。
 その神様のところに・・・。

――秦兼久ゆきむかひて、『おのづから歌などや入る』と思ひてうかがひけるに、
(歌人の秦兼久が出かけて行って、『もしかして自分の歌などが『後拾遺和歌集』に入るのではないか』と思って、(様子を)う

かがったところ)

 兼久は「もしかして」「万一」自分の歌が勅撰集に入るのでは?と期待したようです。
 問一の①を見てください。


問一①

 「おのづから」の意味を明らかにする問題です。
 「おのづから」は「①自然に ②偶然に ③万一・もしかして」という三つの意味を持つ重要単語。
 ここでは以上の文脈から③を選びます。
 また、③は鎌倉時代以降の用法だということも知っておかれるといいですね。
 この『宇治拾遺物語』は鎌倉時代初期の作品ですから、③が出てきてもおかしくないわけです。

 さて、兼久の前に治部卿が出てきました。

――治部卿出で居て物語して、「いかなる歌か詠みたる」と言はれければ、
(治部卿が出て、兼久の前に座って、世間話をして、「(ところであなたは)どんな歌を詠んでいるのですか」とおっしゃったの

で)

 治部卿は兼久に、うれしいことを質問してくれました。
 「居る」は「すわる」、「物語」は「話・雑談」という意味の重要単語です。

――「はかばかしき候はず」
(「しっかり詠めた歌はありません」)

 これが問二です。

問二

 「はかばかしき候はず」を現代語訳する問題。
 ポイントは三つあります。
 
 まず「はかばかし」という形容詞の意味。
 これは、「①てきぱきしている ②はっきりしている ③しっかりしている」という意味。
 ここでは③。

 次に「候ふ」という敬語。
 これは、物が主語なら「①あります」。
 人や生き物が主語なら「②おります」。
 ここは①。

 最後に、「はかばかしき」が、形容詞「はかばかし」の連体形であることにも注意してください。
 連体形の後ろに体言(名詞)がないときは、自分で適当な名詞を補って訳すのがエチケットです。
 たとえば、

  言ふは易く、行ふは難し。

 この「言ふ」は連体形ですね。
 「行ふ」も連体形です。
 こういう連体形の下に名詞がないときは、みなさんが自分で適当な名詞を補わないといけない!
 ちょっとやってみてください。

  言ふ(?)は易く、行ふ(?)は難し。

 どうでしょうか。

  言ふ(こと)は易く、行ふ(こと)は難し。(ことばで言うことはたやすく、実際に行うことは難しい)

 この場合は「こと」がいいですね。
 こんなふうに、連体形が出たのに下に体言がないときは、みなさんが自分で適当な体言を補います。 
 傍線部Aはどうでしょうか。


  治部卿「いかなる歌か詠みたる??」(どんな歌を詠んでいるの??)
 
  兼久「はかがかしき(?)候はず」(いえいえ・・しっかりした(○)はありません)


 このやりとりに注目してください。
 「はかばかしき」の下には何が入るでしょう?
 そうそう。
 治部卿が「いかなる歌」ときいているんですから、「歌」を補うのがいいですね。

  
  治部卿「いかなる歌か詠みたる??」(どんな歌を詠んでいるの??)
 
  兼久「はかがかしき(歌)候はず」(いえいえ・・しっかりした歌はありません)


 兼久は謙遜しているわけです。
 「あなたはどんな歌を詠んでいるの?」ときかれて、「いえいえしっかりと詠めた歌なんかありません」と。
 解答は、「しっかりした歌はありません」あるいは「しっかり詠めた歌はありません」ぐらいが適当ですね。



――「後三条院かくれさせ給ひてのち、円宗寺に参りて候ひしに、花のにほひは昔に変はらず侍りしかば、つかうまつりて候ひし

なり」とて
(「後三条院がお亡くなりになったのち、円宗寺に参りましたときに、桜の花の色が昔と変わりませんでしたので、(次のように

院のために)お詠み申しあげましたのです」と兼久はいって)

 
 謙遜しながらも、兼久は歌を紹介します。
 治部卿が認めてくれたら、『後拾遺和歌集』に入れてもらえるかもしれませんからね。
 問一の②をごらんください。


問一②
 これは「にほひ」という重要単語の意味をきく問題です。
 「にほひ」は嗅覚ばかりでなく、「美しい色つや」のことでもあります。
 問題に出たときはこっちを思い出してください。
 ここは桜の花の「美しい色つや」あるいは「色つや」。
 単に「色」と書いてもいいですよ。


 また、この部分では「かくれさせ給ふ」の「かくる(隠る)」にも注意してください。
 「隠る」は「死ぬ」という意味です。
 下の「させ」は尊敬の助動詞、「給ふ」も尊敬の補助動詞。
 どちらも後三条院に対する尊敬をあらわしています。
 「かくれさせ給ふ」というのは、要するに、「後三条院さまが亡くなりなさった」ということ。
 後三条院が亡くなったあとに詠んだ歌ですから、問三は、


問三
 正解=4(亡くなった人をしのばないということ)


 ということになりますね。
 和歌をちゃんと読まなくても、兼久の説明から、「こぞ見しに・・・」の歌は後三条院の死をいたんだ歌だとわかります。
 こんな歌でした。


――こぞ見しに色も変はらず咲きにけり 花こそ物は思はざりけり
(去年見た花と色も変わらずに今年の花も咲いたなあ。私たちは喪服でいるのに、花は院の死をいたまないのだなあ)


 院が死んでみんな喪服を着ているのに、花だけはピンクに咲いています。
 ということは、花はもの思いなんかしない。
 すなわち、院の死をいたまないのだなあ!
 兼久はそんな歌を詠んだことになりますね。