小説家 夢咲香織のgooブログ

私、夢咲香織の書いた小説を主に載せていきます。

短編恋愛小説 砂漠の薔薇(R15) 06マリー婦人 夢咲香織

2021-02-11 08:57:18 | 小説

この作品は性的な表現が含まれているため、R15になっております。

 目が覚めたサラは寝室をぐるりと見渡した。夕べは疲れていたし、暗かった為良く分からなかったが、改めてみると凄い豪華な部屋である。淡い水色の壁にはこれまた淡い色彩の子花模様が描かれ、暖かな色合いのマホガニーが床を覆っている。壁際には大きなクローゼットが設えてあり、その隣に鏡台が置かれていた。部屋の中央に置かれたベッドには天蓋がついており、白い薄いレースが垂れ下がっている。正に貴婦人の部屋である。ベッドの脇には呼び紐が天井から垂れていた。


 程なくして、ドアをノックする音が聞こえた。

「は、はい」

サラはぎこちなく答える。ドアを開けて入って来たのはタンジーだった。朝食を乗せた銀の盆を持って、タンジーは部屋へ入って来た。

「お目覚めかね? 奥さんに朝食をお持ちしたよ」

タンジーはそう言って盆をサイドテーブルに置くと、その脇に置いてあった木製の組み立て式テーブルの脚を立てて、ベッドへ置いた。その上に盆を置く。ポタージュスープに半熟茹で玉子にベーコン、トマトソースで茹でた豆に、焼き立てのパンが乗っていた。

「美味しそうね」

「そうだろう。これを食べたら、今日はマリー婦人の所に行くと良い」

「マリー婦人?」

「ワシの友人だよ。婦人は中々服のセンスが良くてな、彼女と一緒に服を買いに行ったら良い。これからは街で暮らすんだから、服装もそれに見合ったものにした方が良いだろう。マリー婦人の家は家の三軒先だ。カイリを連れてな」

「分かったわ」


 朝食を終えたサラは着替えるとカイリを連れてマリー婦人の家を訪れた。婦人の家もタンジーと負けず劣らず立派で、サラは世の中にはオアシスの村では想像も出来なかった様な、裕福な人というのが結構居るのね、と溜め息をつく。

「話はタンジーから聞いているわ」

マリー婦人はそう言ってサラを客間へ案内した。マリー婦人は中肉中背のバランスの取れた体をした中年女性で、ふくよかな色白の顔はいかにも良いところの出といった、温厚そうな表情を湛えていた。紫色のシルクの裾広がりのドレスを着て、ウエストはオレンジ色の幅広のベルトで絞っている。

「タンジーの奥方という事なら、やはりそれなりの衣装を身に付けないとね」

マリー婦人はそう言ってにこやかに笑った。

「でも、私は街へは来たばかりで、どこへ行けば良いのか分からないの」

「大丈夫よ。私と行きましょう。任せておいてね。素敵なレディーにしてあげるわ。でもその前に、お茶にしましょう」


 客間へメイドがやってきて、香り高い紅茶をポットからカップへ注いだ。高雅な香りが部屋に満ちていく。ゴブラン織りの豪華なソファーに腰掛けて、サラは紅茶を一口飲んだ。タンジーといい、マリー婦人といい、裕福な人の余裕のある優しさに触れて、サラの心は少し和んだ。だが、愛の問題となると別だった。どんなに裕福でも、だからと言って愛せるとは限らない――


 サラの表情が曇ったのを目敏く見つけたマリー婦人は、穏やかに訊ねた。

「……愛してないのね?」

突然心の内を見透かされたサラは驚いた顔をしてマリー婦人を見つめた。

「あの……」

「フフフ。顔に書いてあるわ」

「私……」

「良いのよ。女心は複雑ですもの。さ、お茶が終わったら出かけるわよ」

マリーはそう言うと馬車を用意させた。


 馬車で街の高級衣料店へ着いた二人は、それぞれ従者を従えて店へ入った。美しい若い女性店員がすかさず慇懃に挨拶する。店内は美しい衣装の色の洪水だった。緋色のドレス、翡翠色の上着、碧のスカート……。サラは軽く目眩を覚えた。

「サラ、こっちへ来て。このブルーのドレスなんか、似合うと思うのよ。貴女の青い瞳に映えるわ」

マリーはシルクの青いロングドレスを手に取ると、サラの体の前に当てた。

「それから……この赤いのも素敵だわ」

赤いシルクの生地に細かな金の刺繍を施したワンピースも同じように体の前に当ててみる。マリーは何着かドレスを選ぶと、店員へ向かって、

「こちらを試着してみたいから、よろしくね」

と声をかけた、店員は静かに頷くと、ドレスを受け取り

「こちらです」

とサラを試着室へ案内する。試着室で、サラは青いドレスを着てみた。姿見に全身を映してみる。マリーが言った通り、サラの青い瞳にブルーのドレスが良く映える。シルクのサラリとした肌触りが心地よかった。こんな高級なドレスは村で娼婦をしていても決して手に入れる事は出来ない。サラは鏡に映った貴婦人然とした自分の姿を見て、悪くない、と思った。ドレスを着たまま試着室の外へでると、店員が

「まあ、良くお似合いですわ! まるで何処ぞの王妃様の様です。これで殿方の視線は独り占め間違いなしですわよ」

と褒め称えた。マリーも

「思った通りよ! 良く似合っているわ。他のも試着してみなさい」

と手を叩く。サラは試着室へ戻ると、他のドレスも次々に着てみた。どれもサラの体にフィットして、良く似合っていた。


 サラは結局十二着のドレスを購入して、店を後にした。


短編恋愛小説 砂漠の薔薇(R15) 05屋敷へ 夢咲香織

2021-02-09 14:32:35 | 小説

この作品は性的な表現が含まれているため、R15になっております。

 目が覚めたサラは寝室をぐるりと見渡した。夕べは疲れていたし、暗かった為良く分からなかったが、改めてみると凄い豪華な部屋である。淡い水色の壁にはこれまた淡い色彩の子花模様が描かれ、暖かな色合いのマホガニーが床を覆っている。壁際には大きなクローゼットが設えてあり、その隣に鏡台が置かれていた。部屋の中央に置かれたベッドには天蓋がついており、白い薄いレースが垂れ下がっている。正に貴婦人の部屋である。ベッドの脇には呼び紐が天井から垂れていた。


 程なくして、ドアをノックする音が聞こえた。

「は、はい」

サラはぎこちなく答える。ドアを開けて入って来たのはタンジーだった。朝食を乗せた銀の盆を持って、タンジーは部屋へ入って来た。

「お目覚めかね? 奥さんに朝食をお持ちしたよ」

タンジーはそう言って盆をサイドテーブルに置くと、その脇に置いてあった木製の組み立て式テーブルの脚を立てて、ベッドへ置いた。その上に盆を置く。ポタージュスープに半熟茹で玉子にベーコン、トマトソースで茹でた豆に、焼き立てのパンが乗っていた。

「美味しそうね」

「そうだろう。これを食べたら、今日はマリー婦人の所に行くと良い」

「マリー婦人?」

「ワシの友人だよ。婦人は中々服のセンスが良くてな、彼女と一緒に服を買いに行ったら良い。これからは街で暮らすんだから、服装もそれに見合ったものにした方が良いだろう。マリー婦人の家は家の三軒先だ。カイリを連れてな」

「分かったわ」


 朝食を終えたサラは着替えるとカイリを連れてマリー婦人の家を訪れた。婦人の家もタンジーと負けず劣らず立派で、サラは世の中にはオアシスの村では想像も出来なかった様な、裕福な人というのが結構居るのね、と溜め息をつく。

「話はタンジーから聞いているわ」

マリー婦人はそう言ってサラを客間へ案内した。マリー婦人は中肉中背のバランスの取れた体をした中年女性で、ふくよかな色白の顔はいかにも良いところの出といった、温厚そうな表情を湛えていた。紫色のシルクの裾広がりのドレスを着て、ウエストはオレンジ色の幅広のベルトで絞っている。

「タンジーの奥方という事なら、やはりそれなりの衣装を身に付けないとね」

マリー婦人はそう言ってにこやかに笑った。

「でも、私は街へは来たばかりで、どこへ行けば良いのか分からないの」

「大丈夫よ。私と行きましょう。任せておいてね。素敵なレディーにしてあげるわ。でもその前に、お茶にしましょう」


 客間へメイドがやってきて、香り高い紅茶をポットからカップへ注いだ。高雅な香りが部屋に満ちていく。ゴブラン織りの豪華なソファーに腰掛けて、サラは紅茶を一口飲んだ。タンジーといい、マリー婦人といい、裕福な人の余裕のある優しさに触れて、サラの心は少し和んだ。だが、愛の問題となると別だった。どんなに裕福でも、だからと言って愛せるとは限らない――


 サラの表情が曇ったのを目敏く見つけたマリー婦人は、穏やかに訊ねた。

「……愛してないのね?」

突然心の内を見透かされたサラは驚いた顔をしてマリー婦人を見つめた。

「あの……」

「フフフ。顔に書いてあるわ」

「私……」

「良いのよ。女心は複雑ですもの。さ、お茶が終わったら出かけるわよ」

マリーはそう言うと馬車を用意させた。


 馬車で街の高級衣料店へ着いた二人は、それぞれ従者を従えて店へ入った。美しい若い女性店員がすかさず慇懃に挨拶する。店内は美しい衣装の色の洪水だった。緋色のドレス、翡翠色の上着、碧のスカート……。サラは軽く目眩を覚えた。

「サラ、こっちへ来て。このブルーのドレスなんか、似合うと思うのよ。貴女の青い瞳に映えるわ」

マリーはシルクの青いロングドレスを手に取ると、サラの体の前に当てた。

「それから……この赤いのも素敵だわ」

赤いシルクの生地に細かな金の刺繍を施したワンピースも同じように体の前に当ててみる。マリーは何着かドレスを選ぶと、店員へ向かって、

「こちらを試着してみたいから、よろしくね」

と声をかけた、店員は静かに頷くと、ドレスを受け取り

「こちらです」

とサラを試着室へ案内する。試着室で、サラは青いドレスを着てみた。姿見に全身を映してみる。マリーが言った通り、サラの青い瞳にブルーのドレスが良く映える。シルクのサラリとした肌触りが心地よかった。こんな高級なドレスは村で娼婦をしていても決して手に入れる事は出来ない。サラは鏡に映った貴婦人然とした自分の姿を見て、悪くない、と思った。ドレスを着たまま試着室の外へでると、店員が

「まあ、良くお似合いですわ! まるで何処ぞの王妃様の様です。これで殿方の視線は独り占め間違いなしですわよ」

と褒め称えた。マリーも

「思った通りよ! 良く似合っているわ。他のも試着してみなさい」

と手を叩く。サラは試着室へ戻ると、他のドレスも次々に着てみた。どれもサラの体にフィットして、良く似合っていた。


 サラは結局十二着のドレスを購入して、店を後にした。


短編恋愛小説 砂漠の薔薇(R15) 04結婚 夢咲香織

2021-02-05 22:11:37 | 小説

この作品には性的な表現が含まれるため、R15となっております。

 居間へ入ると、薄明かるいランプの下にタンジーが立っていた。タンジーはサラの顔を見ると静かに笑って、

「話は聞いたかね?」

と言った。

「ええ」

サラはそれだけ言うと、床に置かれたクッションの上に座った。タンジーも腰を下ろす。

「ナミマにも話したんだが、ワシもそろそろ身を固めようと思ってね。お前さんは中々美人だし、こんな田舎で身売りさせておくのは勿体ないと思ってな」

「それは……でも私……貴方を愛していないわ」

「ホホホ、それは分かっておるよ。だがワシはお前を気に入っておる。ワシと街で気楽に暮らせば良いだろう?」

「でも、そしたら、お祖母ちゃんは?」

「生活費は送ってやるよ」

「サラ、こんな良い話はないよ? 娼婦のお前を身請けしてくれるってんだから」

ナミマは始終笑顔だった。その娼婦に私を落としてくれたのはどちら様でしたっけ? とサラは思ったが、口には出さなかった。サラは

「……良いわよ」

とだけ言った。

「決まりだな。通常なら持参金など必要になるが、お前さん達の経済状況は分かっておる。そんなものは必要無いし、式の準備はこちらが持つよ」

「結婚式は必要ないわ」

サラは珍しく強い口調で言った。

「どうしてかね?」

「どうしてって……」

サラは俯いた。結婚式は神の前で二人の愛を誓う為の物である。愛してもいない男と一緒になるのに神前で誓いの言葉など言えない……

「ふむ。まあ良いだろう。本当に式は無しで良いんだね?」

「ええ、その方が良いわ」

「分かった。ではこれを受け取ってくれるかね?」

タンジーはサファイアの指輪を取り出した。サラは黙って指輪を受け取ると、左手の薬指に嵌めて、ヒラヒラ手を振ってみせた。

「よろしい、では改めて一週間後に迎えに来るよ」

そう言ってタンジーは家を出ていった。


「やったじゃないか!」

ナミマは嬉しそうにサラの背中を叩く。

「ええ……そうね……」

サラは別に嬉しくは無かった。

「お前の言いたい事は判るがね。このまま家で客を取り続けたって、埒が明かないよ。タンジーさんなら、金の心配はしなくて良いんだ。私だって楽になる」

サラはぼんやり窓の外を眺めた。このオアシスの村ともお別れか。体を売る事を始めて以来、この村の事などどうでも良いと思っていたが、いざ離れるとなると怖いものである。サラは生まれてからこのオアシスの村しか知らないのだ。街とはどういう所であろうか? その夜サラは|眉尻《まんじり》ともせずに過ごした。


 一週間経って、約束通りタンジーはやって来た。お付きの者を従えて、真っ赤な|天鵞絨《びろうど》を張ったソファーの付いた、豪華な馬車を大通りに乗り付けた。従者が持つ日除けの傘に守られながら、砂漠の強烈な日差しの下をサラの家の前まで歩いてきた。


「じゃあ、サラはワシが引き受けるよ」

タンジーはそうナミマに挨拶すると、サラを連れて馬車へと戻った。タンジーとサラは向かい合ってソファーに腰掛けた。初めて乗る馬車にサラは少し興奮した。ソファーは今まで座った事のある、どのクッションよりも座り心地が良く、それだけで、タンジーがどれ程金持ちなのかうかがい知る事が出来た。馬車はゆっくり大通りを走り出した。窓から青く輝くオアシスが見える。美しい村だったのだわ――サラは今更ながら外の眺めを見て思った。風景を楽しむなど、すっかり忘れていたのだ。


 馬車はやがて村の外へ出た。そこからは固い岩盤の砂漠地帯である。黄褐色の大地に所々背の高い岩が見えた。サラは村の外の景色を初めて見たのだった。サラの瞳の様な、雲一つない真っ青な空に白銀の太陽が浮かんでいた。その太陽がゴツゴツした大地をジリジリ焼いている。時々背の低い灌木や、小さな草むらが点在している他は、生物の気配は無かった。この砂漠の風景を眺めていると、サラはまるで自分の心を絵に描いたようだ、と思うのだった。不毛の大地――本来であれば喜ばしい筈の結婚も、サラの心を動かしはしなかった。


 延々砂漠を走り続けて、日も傾いた頃、馬車は街へ到着した。街は日干し煉瓦を積み上げた巨大な城壁で囲われていた。正面に見える大きな門から、馬車は街へと入った。賑やかなバザールを抜け、住宅街を進み、街の中心の大広場を通って、馬車は小高い丘の高級住宅街へと辿り着いた。門を抜けて馬車は玄関前へ停車した。


「さ、着いたよ」

タンジーはそう言って馬車を降りた。後に続いて降りたサラが目にしたのは、白亜の石造りの巨大な邸宅だった。こんな大きな建物を見るのは、サラは初めてだった。玄関前のポーチの脇に大きな松明がゆらゆらと燃えて、周囲を明るく照らしている。サラが呆然と立っていると、タンジーは振り向いて、

「もう日も落ちた。中へ入ろう」

そう言ってサラを屋敷へ招き入れた。


短編恋愛小説 砂漠の薔薇(R15) 03タンジー 夢咲香織

2021-02-05 09:09:48 | 小説

この作品は性的表現を含むため、R15となっております。

 サラがすくんでいると、ナミマが肩を抱いて言った。

「仕方ないんだよ。食べていくためさ……他にどうしろって言うんだい?」

ナミマは諭すように言った。金が無いという事はこんなにも悲惨なものか。金と引き換えに、金持ちに少女としての尊厳さえ明け渡すのか。サラは泣き出しそうだったがグッと堪えた。せめてタンジーの前で涙を見せない事が、彼女のプライドを守る事の様に思われたからだ。


 タンジーと寝室へ入ったサラは大人しくベッドへ横になった。暴れたところでどうにもなるまい。全ては金の為だ。心までタンジーに奪われるわけでは無い……。

「まあ、そう緊張せんでも良い。まあ、生娘じゃ仕方あるまいが……最初は痛むかも知らんが、すぐに慣れるからな」

タンジーはそう言って服を脱いだ。お世辞にも美しいとは言い難いタンジーの裸を見て、サラは身震いした。タンジーは手早くサラの服を脱がせると、あれこれ前技を施した。だが、サラにとっては気持ち良いどころの話では無かった。

「よし、もう良いだろう」

そう言ってタンジーはサラの処女を奪った。鈍い痛みが走る。事が終わるまで、サラはひたすら頭にイルカの姿を思い浮かべた。


 終わるとタンジーは優しくサラの身体を拭き、

「まあ、お前さんにとっては苦痛だったかも知らんが、私としてはそれなりに楽しませてもらったよ。これは料金とは別にお前さんにやる」

そう言って幾ばくかの金を渡した。それからタンジーはナミマのところへ行き、何か話して出ていった。


 タンジーが家を出ていったのを確認して、サラはベッドへ突っ伏したまま泣いた。体の痛みはどうでも良かった。これでサラの純真なイルカへの思いが汚されてしまった。そう思うと涙は止めどなく流れてきて、枕を濡らした。この日を境に、サラは笑うことは無くなった。


 一度崩れた倫理観はもう元へは戻らなかった。ナミマは次の日から、次々に客となる男を探しだしては家へ連れてきた。男達は皆粗野な田舎者で、若いサラを気遣う素振りも見せず、金をナミマに渡すと、ただ自分の欲望を満たして帰って行く。唯一の例外はタンジーで、彼は出来るだけサラを優しく扱い、時には自分の身の上話を話して聞かせるのだった。


 タンジーの話すところによれば、彼はここから少し離れた街で宝石商を営んでおり、高品質の宝石の莫大な売り上げで優雅に暮らしているのだった。だが残念ながらその外見のせいで ――タンジーはお世辞にも美しいとは言えない――中々結婚は出来なかったという。それで時々、こんなふうにして女を買うのだ、と話してくれた。タンジーは若いサラの体に夢中になった。街の裕福な紳士らしく、ガツガツした姿は見せなかったが、月に二度はサラの元を訪れて、その瑞々しい体を堪能するのだった。


 サラは次第にタンジーに対して優越感を抱くようになっていった。自分は別にタンジーを求めてはいない。求めて金を払っているのは向こうである。いわば、タンジーはサラの美しい体の奴隷なのだ。そう思うと、サラの心は少し軽くなった。だが、それでも好きでもない男達の欲望の相手をし続けるというのはしんどい事である。サラは出来るだけ心を閉ざして、ただ機械の様に日々の激務をこなした。


 そんな毎日が数年続いた。サラの心はもう何を見てもほとんど動かなかった。今日も男の相手をして、ナミマの言い付け通り市場へ肉を買いに行くのだ――オアシスの畔に座り込んだサラはここまで回想して、現実へ戻った。きっと、私の一生はこんなふうにして終わるのだろう。イルカはもはやどうなったのか知る由も無いし、一度娼婦へ身を落とした女を引き受けてくれる男はそうそう居るものでは無い。


 サラは立ち上がると市場へ向かった。市場には畑で採れたばかりの新鮮な野菜や、肉を取り扱った店が、所狭しと並んでいる。村人達が大声で値段の交渉を交わす、その活気ある様は、今の枯れ果てたサラとは対照的だ。サラは肉屋の前まで行くと、羊肉を選んだ。

「すみません、これはお幾ら?」

頭程の肉の塊を指差して店主に訊ねる。

「ああ、サラかい。そうだね、これは五百ペタだね」

サラは持ってきたコインを見つめた。買えない事は無いが……

「ちょっと高いわ。少し負けれないかしら?」

「四百五十! これ以上は無理だよ」

「良いわ。これを貰うわ」

「毎度!」

店主は愛想良くそう言うと、肉をヤシの葉で包んでサラに渡した。


 無事に肉を手に入れて帰宅したサラを、玄関前でナミマが出迎えた。いつも冷静なナミマが、珍しく興奮している。

「……何かあったの?」

「ああ、サラ。大変だよ、今、タンジーさんが来ていてね」

サラの両腕に手を置いて、ナミマは荒い息をした。

「今から相手をする訳?」

サラは溜め息をついた。

「そうじゃ無いんだよ、タンジーさんが、お前を嫁に欲しいって」

「嫁?」

「結婚の申し込みに来たのさ!」

ナミマは叫ぶと、サラを抱き締めた。
  


短編恋愛小説 砂漠の薔薇(R15 ) 02イルカ 夢咲香織

2021-02-04 11:02:56 | 小説

この作品は性的表現が含まれているため、R15になっております。

 あれはサラが十二才の時だった。幼馴染みの少年、イルカと二人でオアシスへ釣りに出かけたのだった。イルカは良く日に焼けた褐色の肌に明るい茶色の髪をした、緑の瞳の少年だった。サラの母親はサラを産むと同時に亡くなったが、あの頃はまだ父親のユーゲンが居た。サラの家もイルカの家も貧しくて、生活するのがやっとだった。それでも二人は笑顔に溢れていた。この日だって、夕飯のおかずにする魚を、嬉々として釣っていたのだ。


 乾燥した砂漠の抜けるような青空に地下水脈から湧き出た水を満々と湛えたオアシス――その周囲の通り沿いには高いナツメヤシの木が並んで、風景だけ見ればここは楽園であった。そのささやかな楽園で、二人は何時も一緒に遊んでいた。


 イルカの釣り針にナマズが掛かった。結構な重さだったが、イルカは上手いこと釣り上げた。大きなナマズを得意気にサラに見せる。サラの釣り針には中々獲物は掛からなかった。

「駄目だわ……これでは晩御飯は魚無しだわ」

サラがガックリと肩を落とす。

「大丈夫だよ。僕のを分けてあげるから」

そう言ってイルカはザルに上げた数匹の魚を指差した。魚は真昼の強烈な日の光を浴びてキラキラと輝いている。まるで宝石ね、とサラは思った。最も、本物の宝石など見たことも無かったが。


「ねえ、イルカ。目をつむってみて」

「どうしてさ?」

「良いから」

イルカが目を閉じると、サラはイルカに軽くキスをした。驚いて思い切り目を見開くイルカ。

「サラ……」

「私、イルカのお嫁さんになっても良いわ」

「本当?」

「うん。だってイルカは優しいし」

「へへ、じゃあ僕、大きくなったら街へ行って働くよ」

「街へ?」

「うん。それでお金持ちになって、サラと結婚するんだ」

「私、別にお金持ちで無くても良いわよ?」

「でも……」

イルカが口ごもる。イルカは既に知っていた。この世界ではお金が無ければやって行けない事を。貧乏暮らしの子供時代はそれなりに幸福ではあるが、いずれは大人にならなければならない。お金が無ければ、サラとの結婚すらままならないのだ。イルカの家では度々父親の稼ぎをめぐって、母親が愚痴をこぼしていたため、イルカは早いうちから街へ稼ぎに行く事を心に決めていたのだった。

「イルカが街へ行ってしまったら、私寂しい」

サラはちょっと拗ねてみせた。

「少しの辛抱さ。僕、きっと金持ちになってサラを迎えに来るから」

「きっとよ」

「うん。約束するよ」

今度はイルカがサラの額にキスをした。


 その日はサラにとって本当に幸せな一日だった。サラはいっそこのまま大人にならずに、永遠にイルカと二人でこうしてオアシスの畔で過ごしていたい、と思った。


 そんな幸せも長くは続かなかった。それから半年後にイルカは街へと働きに行った。

「必ず手紙を書くから」

とサラに約束したイルカだったが、数ヶ月後に、元気でやっている、と手紙をくれたきり、消息が分からなくなった。


 それから一年経ったある日、村を|匪賊《ひぞく》が襲ったのだ。馬に乗った彼らは家々を略奪して回った。サラの父親、ユーゲンは丁度その時、村の大工の家に居た。壊れた窓の鎧戸を修理してくれないか相談しに行っていたのである。大工には年頃の娘が一人居たのだが、匪賊はこの娘に目を付けた。庭先に居た娘を|拐《さら》おうと、馬で庭に乗り込んだのである。それを目の当たりにしたユーゲンは咄嗟に庭へ飛び出て、馬の前に立ちはだかった。突然の事に驚いた馬が総立ちになる。

「何だァ貴様!」

賊は大声で叫んだ。

「食料でも衣服でも、欲しいだけ持って行ったら良い。だが、女は勘弁してやってくれ! この村はただでさえ貧しいんだ。この上女まで連れて行かれたんじゃ、村は立ち直れなくなる!」

ユーゲンは懇願した。

「フン! 哀れだな! だがそれがどうした? 俺達の知ったことか! 邪魔だ、どけ!」

賊はユーゲン目掛けて馬を突進させた。強烈な馬の蹴りを受けて、ユーゲンは吹っ飛び、頸の骨を折って即死した。

「ユーゲン!」

大工がユーゲンへ駆け寄る。

「邪魔をするからだ! 娘はもらって行くぞ!」

賊はそう言うと、逃げ惑う娘へ馬で詰め寄り、髪の毛を掴んで馬上へ引き上げると、走り去って行った。


 この騒ぎで一家の大黒柱を失ったサラの家は只でさえ貧しかったのが、より一層貧困に喘ぐことになった。初めのうちはオアシスで魚を捕ったり、近所の家から野菜を分けてもらったりして何とかやっていたが、とうとうある日、祖母が中年の男を家に連れてきたのだった。男は小肥りの裕福そうな身なりで、嫌味ったらしく左手の中指にルビーの指輪を嵌めていた。

「こんな小娘なのか?」

タンジーと名乗った男は、サラを見ると少々落胆の声を上げた。

「でも、れっきとした処女だよ。特別料金もらって当然だろう?」

ナミマはさあ、とタンジーを急かす。

「まあ、顔は可愛いしな。良いだろう、払うよ」

タンジーは札を数枚ナミマに手渡した。

「あの……お祖母ちゃん……」

勇気を振り絞って恐る恐るサラはナミマに声をかけた。タンジーとナミマとのやり取りが何を意味するのか、それ位は純朴な村娘にも理解できたからだ。

「イルカ……助けて……」

サラは喉の奥で懇願の思いを呟いた。