ふと思いつきで、バランスボールを買った。
増える一方の体重に比して、体力は落ちるばかりだ。50代後半という年齢を考えると、減量と体力維持は真剣に考えなかればならない。その手段が、なぜバランスボールなのかは、やはり思いつきとしかいいようがない。
いちおう友人から情報は収集した。いろいろなサイズがあるらしい。大人の初心者が使うなら、直径60センチがおすすめだそうだ。値段も数千円から1万円程度だという。取説が付いているから、運動はそのとおりやれば問題はないという。
通販サイトで買うことにする。街へ出ても、どこで売っているのかよくわからない。いつも本を取り寄せているアマゾンで検索する。「バランスボール」と入力すると無数に出てきた。だが、値段が聞いていたよりもやけに安い。もちろん中国製なのだが、980円くらいが相場なのだ。中には、新品で640円なんていうのもあった。
まあ、いずれにしても千円程度なら、深く考えることもない。早速、注文した。2日後に商品が届いた。まずは、取説を見る。60センチの球体なのだから空気を挿れて膨らませる必要がある。箱の中を探してみたが、空気を挿れるポンプが入っていない。昔、ビーチマットを買ったときには、足踏み式のポンプが付属していた。
「ヤラレタ!」と思った。
「安物買いの銭失い」という言葉を、よくお袋が死んだ親父に毒づいていたのを思いだす。親父の二の舞か……。空気を挿れる部分をよく見ると、爪が付いていて引っ張り出せるようになっている。もちろん引っ張ってみる。ストロー状の3センチくらいの筒が飛び出だ。ここから空気を吹き込めというのか……。
気長にやればいい。膨らませるのも体力勝負だ。返っていい運動になるかもしれない、と自身を鼓舞する。直径60センチのバランスボールを膨らませるのは、思ったほど容易ではなかった。デブは脂肪が心肺や胸郭を覆っている。だから、常に肺が圧迫されていて呼吸が浅く肺活量が見た目ほどにはない。デブ共通の致命的欠陥である。
膨らませるのに正味1時間。だが、日数は3日を要した。血圧が上がり呼吸不全を起こしそうになる。中断しては再開するの繰り返し。目を瞑ると瞼の裏に星がチラつく。だから、3日もかかってしまった。
取説にある基本動作からはじめる。まず、ボールに座らなければいけない。それが座れない。ボールを廊下に出し、壁に両手をつき、床に両足を踏ん張って身体を支える。これなら問題なく座れるが、運動効果はない。つぎは、両足を床から上げて、両手の支えだけで保持する。なんとか成功。最後に壁から手を離す。一瞬成功したかに見えたが……。
全体重がボールにかかった一瞬だった。
バランスボールが破裂、いや轟音とともに爆発したのだ。お袋が慌てて、「なんだ、なんだ!」と言いながら部屋から飛び出してきた。
私は惨めにも、廊下で仰向けになって万歳の姿勢で気絶していたらしい。
「安物買いの銭失い」どころの騒ぎではない。メイド・イン・チャイナの欠陥商品か……?
私はできるだけ冷静に取説を読み返した。
広げるとA4くらいの大きさの紙だ。説明は5カ国語で書かれている。使用法の項目ばかり読んでいたが、反対側、それが裏か表かはわからないが、禁止事項が箇条書きでびっしりと書かれている。
その第1項目になんと「耐荷重80kg」と記載されていた。
私の体重は130kgなのに……。