1993/02/03: ◆こころ 眠
*こころ/KOKORO/心/眠
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前月は、人間の本然の欲求の一つである「食」に関する「心」の問題について
見たが、今月は、劣らぬ強い欲求「眠」にまつわる「心」の問題を考えてみたい
。
### ###
*リズム/社会時計と体内時計のずれ
眠りには、リズムがある。約二十五時間の周期なので「概日リズム」と呼ばれ
る。ところが、一日は二十四時間。毎日、同じ時間に起きて出勤し、同じ時間に
就寝しようとすれば、調節が必要となる。朝日や夕闇という“光”、昼夜の寒暖
の差という“温度”、一日の活動による“疲労”などがあいまって、二十四時間
のリズムに調整される。
しかし現代は、真夜中でも光が氾濫(はんらん)し、部屋は空調で温度変化が
あまりない……。こうなるとリズム調整が狂う。もともとの二十五時間のリズム
が頭をもたげたりして、二十四時間の「社会時計」のリズムからはみだした「
体内時計」のリズムが独走。起きるべき時間に起きられず、遅刻したり、昼間に
眠くなったり、夜中に目が冴えたりする。
このような“睡眠と覚醒のリズム障害”は、四、五年前から特に増加しており
、不眠を訴えてくる人の一~二%がそうだという。就業時間が不規則に変動しや
すいコンピューター技術者やマスコミ関係者、二十代前半の特に“就職活動時期
の学生”に多く、最近では主婦やOLにも増えている。「性格的には内向的で
神経質な人」が多い。
社会のリズムと自分のリズムを合わせることができない時に、不登校、
出社拒否、自閉症、家庭内暴力などが起こる場合もある。
人間は、環境・社会との摩擦の中で、ストレスを感じ自己の心身を調節し、
一定にたもってきた。ところが、科学技術が発達し手軽に環境の方を整えて
自分本位な自由を獲得できるようになった。その中で、環境・社会の影響を受け
ることが減ったせいで、調節機能に狂いが生じた。使わない機能がすたれる。
快適さの高い代償である。少々つらい条件でも苦にせず動けることと整った環境
で楽に過ごすことと、どちらが自由度が高いのだろうか。
*夜型人間/現代への適応のせい?
“十五分間隔で無理に横にならせ眠らせる”という実験の結果によれば、深夜
の午前零時と午後零時ころに深い眠りが起きやすく、午後八時から午後十時の間
に眠りやすさは劇的に増大するという。本来、闇が辺りを包んだころに眠るのが
一番ということか。
通常、大人はノンレム睡眠(比較的ゆっくりした脳波を示し、四段階に分けら
れる)とレム睡眠(覚醒時に近い脳波を示し、眼球が急速に動いたりする)の
セットを一晩に四~六回繰り返す。脳波の緩やかな深いノンレム睡眠(徐波睡眠
)は一夜のうちの前半に起こり、後半は浅いノンレム睡眠とレム睡眠が交代して
起こり、覚醒に向かう。
この眠りと覚醒のリズムにはタイプがあり、午前中に活動が好調の「朝型」と
それより数時間ずれて活動が好調の「夜型」に分かれる。眠気については、朝型
が昼下がりと午前零時前後に高まり、夜型がそれぞれ数時間のずれを生じる。
全体の睡眠時間に差はないがリズム全体がずれているので、夜型は「宵っぱりの
朝寝坊」と非難されやすい。
ところが、現代の職場では交代制勤務や夜勤などのために、生活のリズムを
移行させたりしなければならないことが少なからずある。このような事態に適応
する能力は夜型の方が高いといわれている。
アメリカの心理学者のウェッブ氏は「夜型の方が睡眠に対する不満感が大きく
、起床時間の爽快感がない。明確な差ではないが、内向的な性格と朝型、外向的
な性格と夜型とが結び付きやすい傾向がある」と指摘している。
こう考えると、夜型は現代社会にいち早く適応した人かもしれない。国際化の
伸展などで社会活動が二十四時間体制になっていく中で、自然のリズムにのみ合
わせていたかつては、社会に不適応とみられた朝寝坊の夜型が現代社会に適応す
る“人付き合いのよい明るい人間”ということになっていくのだろうか。
*不眠症/心理的ストレスの解消を
日本の人口の一八%は治療が必要な不眠に悩んでいるという。これは、
生活パターンの深夜化にともない増加しているようだ。睡眠障害に早くから取り
組んできた久留米大学医学部精神科「睡眠障害クリニック」では訪れた患者のう
ち不眠症が七五%という。
不眠には何らかのきっかけがあり、それは嫁・姑の問題、隣近所とのつきあい
、会社内の人間関係など、心理的ストレスがほとんどという。
眠れぬ日が続くと、不眠自体が不安の対象になり更に眠れない。そして体の
調節リズムが狂って不眠が固定化し、心理的ストレスが解決しても不眠だけが残
るのである。
さて、不眠症の人の多くは「一睡もしない」という訴えにもかかわらず、脳波
を見ると数時間は眠っている。ただレム睡眠、浅いノンレム睡眠が多く、深い
眠りがない。それが、寝不足感につながっているようだ。
また“眠らねば”という大きな焦りがあり、それは概して「八時間睡眠が必要
」「早寝早起きが健康」「夜中に目覚めるのは病気」等々の睡眠に対する
強迫観念による。
睡眠には個人差、年齢差があるという事実を知ると、これらの強迫観念が除か
れ、解決のキッカケになるようだ。
また心を安らかにする工夫がさまざまにされている。東京・南青山のねむり
文化ギャラリーαにあるリラクセーション環境シミュレーターは、照明、温度と
香りの空調などを整えた空間で、オリジナルの環境音楽・ビデオを使って
リラックスを図るもの。
こうした大掛かりなものは無理にしても、眠る前には、激しい運動、心配や
不平不満をいだくこと、喧嘩、根をつめての勉強を避け、簡単な運動、ぬるめの
湯に入る、ラベンダーなどの香りを嗅ぐ、単調な音を聞くなどして、心を静かに
することが安眠につながる。そして何よりもの睡眠薬は、充実した生活に基づく
、就寝時の満足感である。
*睡眠時間/長くても短くてもダメ
社会生活基本調査(総務庁統計局、一九九一年)によると、睡眠時間は男性が
この五年で二十五分減の七時間五十分、女性が二十二分減の七時間三十四分とな
っている。
一般に長時間眠らずにいると、おこりっぽくなり、無関心、無気力になり、
記憶力、判断力が低下する。極端な場合、マイクロスリープという秒単位の眠り
が頻発し、幻覚や錯視が起こったりする。交通事故などのもとである。
そういう場合はちょっと昼寝をした方がよい。一般的に昼下がりに眠気が高ま
る。この時に昼寝をすると、その後の作業能率が上がる。ある実験では
十五分程度でも大いに疲労が回復するという。また眠らずとも目を閉じ横になっ
ていても効果はある。無理をするより、居眠り程度でも休息する方がいい。
アメリカの心理学者のタウブ氏は、健康な青年を好きなだけ眠らせる実験をし
た。平均すると二・七時間就床時間がのび、二・一時間余分に眠った。けれど浅
いノンレム睡眠とレム睡眠のみが増加し、深いノンレム睡眠は増えなかった。こ
の後、作業能力や注意力のテストでは成績が低下し、眠気はしばらくすると増大
したという。
アメリカがん協会のハモンド博士の調査などによると平均睡眠が六~八時間の
人が長生きで、多い人も少ない人も年間死亡率が高くなっていくという。長く眠
ればいいというわけでもない。
東京都神経科学総合研究所の宮下彰夫氏は、「短時間睡眠者」は“
社会的順応性が高く、他人の評価を気に掛け努力し”“外向的、活動的、計画的
”であるという。一方「長時間睡眠者」は“他人の意見に左右されることを嫌い
、自律的、内向的、熟慮的”で“悩みも多いが思考の柔軟性がある”という。
ともあれ、慌ただしい現代社会で、効率のよい短時間睡眠が求められたり、長
いゆったりした眠りにあこがれたりするが、睡眠の長短よりも、自分にあった
規則正しいリズムの睡眠を確保することが大切であろう。
#
*池田名誉会長のスピーチから
とくに壮年、婦人の方々は、身体を大切にし、長寿であっていただきたい。そ
れには、第一に睡眠を十分にとることである。睡眠はあらゆる栄養物よりも勝る
といわれている。
仏法は道理である。信仰もまた道理の生活でなければならない。不摂生をした
り、疲労を重ねたりして病気になったり、事故を起こしたりするようなことは
愚かである。
◇
どのような薬を服すことよりも、疲労回復には熟睡がいちばん役立つ。
睡眠不足の場合は頭脳の働きも低下し、説得力もなくなってくるものである。
十分な睡眠をとって、いつも爽快なリーダーであっていただきたい。
◇
時間を価値的にやりくりして、早めに勤行し、早めに休む。そして朝を、
さわやかに出発する、そうできる知恵と自律(じりつ)が、自分自身を守ってい
くのである。
何となく惰性(だせい)と習慣で夜ふかしし、疲れがとれないまま、朝も寝坊
(ねぼう)してしまう。そうした悪循環は、正しい「信心即生活」とはいえない
。
### ###
深夜まで働く人が増え、眠りのリズムにも変化が起こっている
光、音、香りなどを整え、安らぎをもたらす空間も研究されている(
写真提供=ロフテー株式会社)
*こころ/KOKORO/心/眠
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前月は、人間の本然の欲求の一つである「食」に関する「心」の問題について
見たが、今月は、劣らぬ強い欲求「眠」にまつわる「心」の問題を考えてみたい
。
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*リズム/社会時計と体内時計のずれ
眠りには、リズムがある。約二十五時間の周期なので「概日リズム」と呼ばれ
る。ところが、一日は二十四時間。毎日、同じ時間に起きて出勤し、同じ時間に
就寝しようとすれば、調節が必要となる。朝日や夕闇という“光”、昼夜の寒暖
の差という“温度”、一日の活動による“疲労”などがあいまって、二十四時間
のリズムに調整される。
しかし現代は、真夜中でも光が氾濫(はんらん)し、部屋は空調で温度変化が
あまりない……。こうなるとリズム調整が狂う。もともとの二十五時間のリズム
が頭をもたげたりして、二十四時間の「社会時計」のリズムからはみだした「
体内時計」のリズムが独走。起きるべき時間に起きられず、遅刻したり、昼間に
眠くなったり、夜中に目が冴えたりする。
このような“睡眠と覚醒のリズム障害”は、四、五年前から特に増加しており
、不眠を訴えてくる人の一~二%がそうだという。就業時間が不規則に変動しや
すいコンピューター技術者やマスコミ関係者、二十代前半の特に“就職活動時期
の学生”に多く、最近では主婦やOLにも増えている。「性格的には内向的で
神経質な人」が多い。
社会のリズムと自分のリズムを合わせることができない時に、不登校、
出社拒否、自閉症、家庭内暴力などが起こる場合もある。
人間は、環境・社会との摩擦の中で、ストレスを感じ自己の心身を調節し、
一定にたもってきた。ところが、科学技術が発達し手軽に環境の方を整えて
自分本位な自由を獲得できるようになった。その中で、環境・社会の影響を受け
ることが減ったせいで、調節機能に狂いが生じた。使わない機能がすたれる。
快適さの高い代償である。少々つらい条件でも苦にせず動けることと整った環境
で楽に過ごすことと、どちらが自由度が高いのだろうか。
*夜型人間/現代への適応のせい?
“十五分間隔で無理に横にならせ眠らせる”という実験の結果によれば、深夜
の午前零時と午後零時ころに深い眠りが起きやすく、午後八時から午後十時の間
に眠りやすさは劇的に増大するという。本来、闇が辺りを包んだころに眠るのが
一番ということか。
通常、大人はノンレム睡眠(比較的ゆっくりした脳波を示し、四段階に分けら
れる)とレム睡眠(覚醒時に近い脳波を示し、眼球が急速に動いたりする)の
セットを一晩に四~六回繰り返す。脳波の緩やかな深いノンレム睡眠(徐波睡眠
)は一夜のうちの前半に起こり、後半は浅いノンレム睡眠とレム睡眠が交代して
起こり、覚醒に向かう。
この眠りと覚醒のリズムにはタイプがあり、午前中に活動が好調の「朝型」と
それより数時間ずれて活動が好調の「夜型」に分かれる。眠気については、朝型
が昼下がりと午前零時前後に高まり、夜型がそれぞれ数時間のずれを生じる。
全体の睡眠時間に差はないがリズム全体がずれているので、夜型は「宵っぱりの
朝寝坊」と非難されやすい。
ところが、現代の職場では交代制勤務や夜勤などのために、生活のリズムを
移行させたりしなければならないことが少なからずある。このような事態に適応
する能力は夜型の方が高いといわれている。
アメリカの心理学者のウェッブ氏は「夜型の方が睡眠に対する不満感が大きく
、起床時間の爽快感がない。明確な差ではないが、内向的な性格と朝型、外向的
な性格と夜型とが結び付きやすい傾向がある」と指摘している。
こう考えると、夜型は現代社会にいち早く適応した人かもしれない。国際化の
伸展などで社会活動が二十四時間体制になっていく中で、自然のリズムにのみ合
わせていたかつては、社会に不適応とみられた朝寝坊の夜型が現代社会に適応す
る“人付き合いのよい明るい人間”ということになっていくのだろうか。
*不眠症/心理的ストレスの解消を
日本の人口の一八%は治療が必要な不眠に悩んでいるという。これは、
生活パターンの深夜化にともない増加しているようだ。睡眠障害に早くから取り
組んできた久留米大学医学部精神科「睡眠障害クリニック」では訪れた患者のう
ち不眠症が七五%という。
不眠には何らかのきっかけがあり、それは嫁・姑の問題、隣近所とのつきあい
、会社内の人間関係など、心理的ストレスがほとんどという。
眠れぬ日が続くと、不眠自体が不安の対象になり更に眠れない。そして体の
調節リズムが狂って不眠が固定化し、心理的ストレスが解決しても不眠だけが残
るのである。
さて、不眠症の人の多くは「一睡もしない」という訴えにもかかわらず、脳波
を見ると数時間は眠っている。ただレム睡眠、浅いノンレム睡眠が多く、深い
眠りがない。それが、寝不足感につながっているようだ。
また“眠らねば”という大きな焦りがあり、それは概して「八時間睡眠が必要
」「早寝早起きが健康」「夜中に目覚めるのは病気」等々の睡眠に対する
強迫観念による。
睡眠には個人差、年齢差があるという事実を知ると、これらの強迫観念が除か
れ、解決のキッカケになるようだ。
また心を安らかにする工夫がさまざまにされている。東京・南青山のねむり
文化ギャラリーαにあるリラクセーション環境シミュレーターは、照明、温度と
香りの空調などを整えた空間で、オリジナルの環境音楽・ビデオを使って
リラックスを図るもの。
こうした大掛かりなものは無理にしても、眠る前には、激しい運動、心配や
不平不満をいだくこと、喧嘩、根をつめての勉強を避け、簡単な運動、ぬるめの
湯に入る、ラベンダーなどの香りを嗅ぐ、単調な音を聞くなどして、心を静かに
することが安眠につながる。そして何よりもの睡眠薬は、充実した生活に基づく
、就寝時の満足感である。
*睡眠時間/長くても短くてもダメ
社会生活基本調査(総務庁統計局、一九九一年)によると、睡眠時間は男性が
この五年で二十五分減の七時間五十分、女性が二十二分減の七時間三十四分とな
っている。
一般に長時間眠らずにいると、おこりっぽくなり、無関心、無気力になり、
記憶力、判断力が低下する。極端な場合、マイクロスリープという秒単位の眠り
が頻発し、幻覚や錯視が起こったりする。交通事故などのもとである。
そういう場合はちょっと昼寝をした方がよい。一般的に昼下がりに眠気が高ま
る。この時に昼寝をすると、その後の作業能率が上がる。ある実験では
十五分程度でも大いに疲労が回復するという。また眠らずとも目を閉じ横になっ
ていても効果はある。無理をするより、居眠り程度でも休息する方がいい。
アメリカの心理学者のタウブ氏は、健康な青年を好きなだけ眠らせる実験をし
た。平均すると二・七時間就床時間がのび、二・一時間余分に眠った。けれど浅
いノンレム睡眠とレム睡眠のみが増加し、深いノンレム睡眠は増えなかった。こ
の後、作業能力や注意力のテストでは成績が低下し、眠気はしばらくすると増大
したという。
アメリカがん協会のハモンド博士の調査などによると平均睡眠が六~八時間の
人が長生きで、多い人も少ない人も年間死亡率が高くなっていくという。長く眠
ればいいというわけでもない。
東京都神経科学総合研究所の宮下彰夫氏は、「短時間睡眠者」は“
社会的順応性が高く、他人の評価を気に掛け努力し”“外向的、活動的、計画的
”であるという。一方「長時間睡眠者」は“他人の意見に左右されることを嫌い
、自律的、内向的、熟慮的”で“悩みも多いが思考の柔軟性がある”という。
ともあれ、慌ただしい現代社会で、効率のよい短時間睡眠が求められたり、長
いゆったりした眠りにあこがれたりするが、睡眠の長短よりも、自分にあった
規則正しいリズムの睡眠を確保することが大切であろう。
#
*池田名誉会長のスピーチから
とくに壮年、婦人の方々は、身体を大切にし、長寿であっていただきたい。そ
れには、第一に睡眠を十分にとることである。睡眠はあらゆる栄養物よりも勝る
といわれている。
仏法は道理である。信仰もまた道理の生活でなければならない。不摂生をした
り、疲労を重ねたりして病気になったり、事故を起こしたりするようなことは
愚かである。
◇
どのような薬を服すことよりも、疲労回復には熟睡がいちばん役立つ。
睡眠不足の場合は頭脳の働きも低下し、説得力もなくなってくるものである。
十分な睡眠をとって、いつも爽快なリーダーであっていただきたい。
◇
時間を価値的にやりくりして、早めに勤行し、早めに休む。そして朝を、
さわやかに出発する、そうできる知恵と自律(じりつ)が、自分自身を守ってい
くのである。
何となく惰性(だせい)と習慣で夜ふかしし、疲れがとれないまま、朝も寝坊
(ねぼう)してしまう。そうした悪循環は、正しい「信心即生活」とはいえない
。
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深夜まで働く人が増え、眠りのリズムにも変化が起こっている
光、音、香りなどを整え、安らぎをもたらす空間も研究されている(
写真提供=ロフテー株式会社)