創作の世界

工房しはんの描く、文字系の創作世界。

5・入部

2014-09-10 20:25:02 | 日記
 立て付けの悪い入り口から足を踏み入れると、いきなりねっとりとした布がおでこに触れた。飛びのいて、あらためて室内を見渡す。壁から物干しロープが四方に巡らしてあり、顔をそむけたくなるような異臭を放つ靴下や、青かびをはびこらせるシャツなどが掛かっている。額に触れたのは、虫も寄りつかなそうな謎の布片だった。
(く、くさい・・・)
 野積みにされたスパイクから立ちのぼる腐臭もすごい。部屋内の空気は色味がかって見えるようなよどみ方で、それは鼻を突くというよりも、脳にくるタイプの濃密さをもって体内に殺到してくる。まるでガス室だ。なのに立ちはだかる男たちは、さっきまでの渋面を、一転してやみくもな笑顔に変えていた。
「せっかくきてくれたんだからさ、ちょっとやってく?ラグビー」
「え?いや、よくわかんないですし・・・」
 有無を言えるような状況ではない。毛むくじゃらのオサは、物干し竿から最も粗末な一品を選り抜き、うやうやしく新入生に手渡した。それに着替えよ、ということらしい。
「いやいやいや・・・ないないない・・・」
「そんなこと言わないでさ、さあ。さ、さ、さ」
「さあ・・・ったって・・・」
 渡されたジャージーは土をこびりつかせてパリパリにかたまり、イカみりんせんべいみたいになっている。短パンはビリビリに破れていて、尻が半分隠れるかどうかもあやしい。ソックスに至っては、ねっとりじっとりと湿って、微生物培養の温床とするにぴったしの小宇宙と化している。ムリだ、ムリすぎる。
「あの・・・ちょっとこれは・・・」
「なんだよう。ここまでついてきといて、嫌だってのか?」
 男たちは、笑顔から一転して、恐ろしい顔になっている。拒否は通りそうにない。この場所はアウェイすぎる。逃げ場を失ったオレは羽交い締めにされ、身ぐるみをはがされた。仕方なくそのザラザラのシャツに細首を通し、皮革をズタズタに踏み刻まれたスパイクを履いた。
「へえ、似合うじゃん!」
「え?・・・そうすか?」
 この状況で、それ以外に許される言葉があったろうか?
「おめでとう。ようこそラグビー部へ」
「えっ!」
「今日からおまえは、俺たちの仲間、ラグビー部員だ」
 ギョッとした。これで決定だというのか?このオレが、ラグビー部員?
「ちょっとま・・・」
 しかし戸惑う間にも、オレの手の平は男たちの手から手に渡されていく。そして次々に握手の契りが交わされる。既成事実が積み上げられていく。再び笑顔笑顔が部屋中を満たしている。そして大拍手。どうしようもなかった。こうしてオレは、この荒くれたスポーツとつき合うことになったのだった。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

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