天気の不安定な梅雨時の雨の合間6月22日に森アーツセンターギャラリーで鑑賞してきました。
この日は曇りで展望台も閉まっていて受付に並ぶ人はいなくてすぐ終えて、いざ高速エレベーターで52階へ。やっぱり揺れて手に脂汗がでました(^^;)
ポンペイ展は過去にも開催されて鑑賞したことがあります。が、これまでは生活用品や彫像が主な展示物でした。食器や調理道具に、個人宅のお風呂の湯沸かし機など豊かな生活を感じたり、彫像で性に対するおおらかな古代の人々の生活を感じたりしたほか、奴隷の足につなげた鎖を地面に留めておく鉄製の金具も展示されていて、豊かな市民生活を支える為に多くの市民権を失った人々の労力を感じました。
でも、建物の壁に描かれた鮮やかな壁画は現地に行かなければ見られるわけもなく、本や冊子やインターネットで時々見るくらいで満足していましたが、今は壁の絵を軽くて丈夫な支持体に移し替えて持ち運べる時代なんですね。ポンペイの壁画を日本で見られるなら見に行かないと!
日伊国交樹立150周年の展覧会です。もうイタリアの意気込みを感じずにはいられません☆
ポンペイは農園を主に栄えた街で、葡萄やオリーブの栽培が盛んで葡萄酒を作り栄えたそうです。街の守護神は葡萄酒の神のディオニソスそして愛と美の女神ウェヌス。その栄えた頂点の時に突然ヴェスビオ火山の噴火で終焉を迎えてしまう。人も建物も全てを火山灰が飲み込んで、そのまま眠るように。18世紀に発見されるまで。
土となった灰の中から噴火の犠牲になった人の形の空洞まで見つけられ、石膏を流し込んで見ると生々しく苦しむ人の形が現れていく・・
そして住宅や公共施設の壁には、破損されているものも多いけれど、約2000年前に建物をセンス良く、もしくは豪華に装飾したフレスコ画が色あせることなく描かれている。それは、15~16世紀のルネッサンス絵画に匹敵する見事さで。ローマ時代彫刻の素晴らしさはだれもが知ることだけど、絵画も素晴らしかったと知らせてくれる。
そしてエジプトのピラミッドや日本の古墳に見られる壁画と違って、生きている人たちの為に生活する場で描かれているのです。
ポンペイの壁画はフレスコ画。壁に漆喰を塗って、乾かないうちに顔料を水で溶いた絵の具で描くと漆喰に色が染み込み壁と一体となって色が落ちなくなる。
だから素早く絵を描かなくてはいけないし、描き直しができない。技術を要し、親方と弟子で役割分担して描いたそうです。
壁画には4つの時代様式区分があるそうです。今回の展覧会には第2様式~第4様式の壁画が展示されて、絵のテーマごとにまとめられて展示されてました。
第1様式はローマの豪邸で使われる色大理石の模様を塗る時代
うん、現代でも煉瓦模様の壁紙を貼ったりしますよね。漆喰の壁なので少し凹凸を作って大理石が組み合わさっているように見せたのだとか。
第2様式は立派な建物を遠近法を使って壁に描き、だまし絵のように奥行を感じさせている。
「赤い建築を描いた壁画装飾」前1世紀後半 第2様式
遠近法はルネッサンス時代ほどに厳密ではないそうですが、奥行のある壮麗な建築が描かれ。その鮮やかな赤い建築の向こうに青空と柱が描かれさらなる広い空間がある事を暗示している。
それこそは、私達が伺いしれない神聖な空間だという。そんな想像の余地を残すような表現がいいですねえ♪
ところで、ポンペイの壁画では鮮やかな赤い色の絵が多いですが、それは2000年前の色と同じでないものもあるそうです。本当は鮮やかな黄色だったのが火山灰の熱や化学反応で赤くなった色もあるそうです。
第3様式は壁に人物や動物や植物、小さい風景の額絵を壁に掛けてるように描いて部屋を飾るような壁画となる。
「詩人のタブロー画がある壁面断片」後1世紀初頭 第3様式
壁画の中に繊細な装飾絵が実際にあるように描かれ、そして家族の絵がかかっているように見えます。
この壁画はヴェスピオ火山の噴火以前に起きた地震で壊れた壁で、当時の人が壊して廃棄した断片を現代の修復家が組み合わせた労作だそうです。
「踊るマイナス」後1世紀後半 第3様式
「船団の家」からはぎとられたものだそうです。タンバリンと松かさのついた杖を持って踊ってます。
上からまとった半透明の薄い布の優美な流れも美しい。メインとなる絵の合間にさり気なく描かれた絵でヴィネッタと言うそうです。
第4様式は第2様式の奥行のある建物を描いた上に第3様式の人物、動物、植物などが合わさった壁画。
ヴェスピオ火山が噴火したのは第4様式の時代で、だから今回も一番多く展示されてました。
「カルミアーノ農園別荘、トリクリニウム」後62~79年 第4様式
富裕市民は農園での収入で暮らしてたそうで。農園には奴隷が普段働いて、時々家主が来たそうです。
その1室が丸ごと展示されてました。
その壁画の中から
「ディオニソスとケレス」
葡萄酒の神様ディオニソスと豊穣の女神ケレス。この農園にはピッタリの絵。
「踊るマイナス」
ディオニソスの信望者が軽やかに踊り、ちょっとトランス状態なようです。まるで宙に浮かんでるよう。
「エジプト青の壁面装飾」一部 後1世紀半ば 第4様式
この美しい水色は複雑な調合でできていて、高価だったそうです。細部の模様がとても精緻で美しい。
そして何といっても素晴らしかったのは
「エルコラ―のアウグステウム」後1世紀後半 第4様式
神のごときラファエロの絵画に匹敵する、と発掘者は讃えたそうです。皇帝崇拝の場ではないかと言われてます。
建物は中庭を囲むように回廊がめぐり、一番奥の建物の壁に描かれていたそうです。
「テセウスのミノタウロス退治」
テセウスは子供を生贄にして食べるクレタ島の怪物ミノタウロスを退治した英雄で、助けられた子供たちが喜んで彼にまとわりついてます。
テセウスはすらりと背が高くマッチョで精悍な顔立ち。まるで映画俳優のように男前。そんな彼に恋したクレタ島の王女アリアドネが父王を裏切ってテセウスに協力してミノタウロスを倒せたんです。足元に倒れてますね。
子供たちを保護するという主題を持った絵画だそうです。
さてこの話には後日談があります
アリアドネを連れてクレタ島を去ったテセウスはナクソス島で彼女を置き去りにしてしまうのです←おいおい(゚Д゚;)
故郷にはもう帰れないし、途方に暮れて泣いてた彼女を通りがかったディオニソスが見初めるのです。そして二人は結婚するそうです。良かったね(^^)
その二人の出会いの壁画も他のコーナーで2点展示されてました。1枚目は泣き疲れて寝ている彼女を発見して目をまんまるくするディオニソス。もう1枚はアリアドネの胸をもんでるディオニソス。その自分の胸をもむディオニソスの手をアリアドネも沿えているので、もしかしたら自分から胸に手をあてるよう促したのかも。ここで一人では暮らせないもんね、必死だったのかも。
「赤ん坊のテレフォスを発見するヘラクレス」
ヘラクレスより大柄な知らんぷりする女性はアルカディアという理想郷の象徴。見えない存在だそうです。やわらかな布の襞の表現が美しい。
後ろにいるパンの笛を抜く精霊の表情の豊かさも魅力です。
生まれてすぐ生き別れた息子と再会したヘラクレス。お尻に塗られた白いハイライトが効いていてぷりぷりっとしたいいお尻してます♪腰がしっかり骨も肉も発達してるから大柄で筋肉質の体をバランスよく支えてるのでしょうね。重いものを持っても大丈夫そうな立派なお尻♪
「ケイロンによるアキレウスの教育」
今回一番お会いしたかった壁画です。半人半馬のケンタウロス族は野蛮だったけどケイロンは賢者で最も高貴な楽器と言われる竪琴キタラの名手だったそうです。そのキタラをアキレウスに教えている様子を表している。若者が教育を受ける最終段階を象徴してるそうです。
竪琴は一番大好きな楽器なんです。その竪琴の弦も一本一本丁寧に描かれてます。ヘルメス神が亀の甲羅に木をあてて糸を張って発明したと言われる楽器。だからアキレウスの持ってるキタラも音を共鳴させる胴体は亀の甲羅でできてます。
ケイロンの思慮深い哲学者のような顔立ちと獣の体の不思議な取り合わせがごく自然に合体しているのも魅力的です。私はいて座なのでケイロンにも親近感があります。
ケイロンとアキレウスが奏でるキタラの音色はどんなものだったのか、聞いてみたくなります。
他にもアレキサンダー大王の結婚の壁画や神話画や静物画など見応えの或る作品がありました。
それから、顔料、絵を描くときにつかう測量の道具も展示されてました。
最後にあと2点載せます。
「セレネとエンデュミオン」後1世紀後半 第4様式
「グエルチーノ展」にもあった眠るエンデュミオンと月の女神のお話。グエルチーノ展ではディアナという名前でしたが、セレネと同じ神様を指しているようです。(後でわかりましたが、月の女神でセれねと同一視しているのはアルテミスだそうです。・・・という事はディアナとアルテミスの関係は?ちょっとこんがらがってしまいましたがわかり次第記したいと思います・・・)
ローマ時代の上流階級はギリシャ神話を好んだそうです。それが知性と教養を持ってる印となったそうです。
そして最後にかわゆいこの絵
「犬のシュンクレトス」後1世紀 第4様式
小型犬の上に「A.SYNCLETVS」とお名前が書かれてます。その建物に住んでた家族に可愛がられていたワンコちゃんだったのかな?
壁一面にポンペイの街を写した写真コーナーがありました。そこでポーズをとって自分も写真に収まれば旅行した気分♪
一人で行ったので出来なかったけど(^^;)
”ポンペイ”という名前はついカリブ海の楽器スチール・パンの音色を思い起こします。明るい南国の音色でポン!ペイ!♪て響かせているような街の名前
当時治安も比較的よかったそうです。
壁に建物や神話などイメージ豊かに描かせ楽しんだポンペイの人々の遊び心。そして見事に描いた絵師の素晴らしさ。
壁を素敵にアレンジする楽しさをおおいに堪能しました。
私から見るとポンペイの街もまるで神話の世界の様です。
7月3日まで開催されてます。その後
2016年7月23日(土)~9月25日(日)名古屋市博物館
2016年10月15日(土)~12月25日(日)兵庫県立美術館
2017年1月21日(土)~3月26日(日)山口県立美術館
2017年4月以降、福岡へ巡回予定だそうです。
しかし、今どきの技術は素晴らしいですね。壁画を薄く剥がしてパネルに貼り直して、修復、保存、海外へ貸し出しできるのですもの!
火山灰でポンペイの街は全滅したけれど、その火山灰がシリカゲル役目をして、絵を鮮やかな色ごと2,000年間保存したという皮肉な運命。
展示の最後は、不老不死を願って描かれた「フェニックスと二羽のクジャク」の壁画。まさか、繁栄の中、火山の噴火で命を落とすとは、予想だにしない。誰も憎めない。(>_<)
さて、ギリシャ神話を題材にした絵が多かったですが、絵の題材は、イコール音楽の題材でもあります。芸術作品というくくりでは同じです。
ミノタウルスを殺した英雄テーゼオと、彼に恋をし、迷宮の抜け道を教えてしまった姫、裏切られ、ナクソス島に置き去りにされたアリアドネ物語は、ルネサンス音楽の巨匠、クラウディオ・モンテヴェルディの「アリアンナの嘆き」という曲になってます。古楽好きなら誰でも知っている名曲。イタリアのロベルタ・マメリさん、日本の波多野睦美さん名演奏が、頭に残っています。「Oh,Teseo, Oh Teseo... 」ぜひ聴いていただきたいCDです。
記事を読んでくださり、そして展覧会に足を運ぶきっかけになって下さり、とても嬉しいです♪
そして、私ももう少し早く鑑賞に行って記事にしていれば、もう少し余裕を持っていかれたかな、とちょっと反省しました(汗)
この壁画が描かれた時代、ポンペイは繁栄を謳歌していたけど天災に全く無力で、それは2000年たった現代でも全く同じ。ポンペイの儚さはそのまま現代の私たちの暮らしの儚さに繋がりますね・・・。
それから、神話から当時のギリシャ、特にアテネ市民とクレタ島住人達との間に何か力関係を変える事件か争いがあったのではないかと思いました。
きっと神話の奥に叙事詩が潜んでいる。アリアドネはかわいそうに利用されちゃったのですね。テセウスも自分たちの国を守るために利用せざるおえない事情があったのかもしれません。神話ではディオニソスが見初めて救ってくれてハッピーエンドになって良かったです。それも精悍なテセウスとは違った優しい面持ちの美男神。
ポンペイはブドウやオリーブ農園を中心に栄えた街だからディオニソスを守護神に迎えたに違いないだろうけど、我らが守護神がハンサムで優しい神様であることに誇りを持っていたのでは、と想像しました(^_^)v
そしてテセウスとアリアドネの神話がルネッサンス時代に歌にもなっていたとは知りませんでした。動画で拝見しましたが、クラッシック音楽のようにドラマチックではないけれど、儚げな風情と幽玄さを感じ、不思議な雰囲気もあって魅力的でした
教えてくださりありがとうございます☆
【参考】
クラウディオ・モンテヴェルディの代表曲
オペラ
・「オルフェオ」(1607年初演)
・「アリアンナ」(現在紛失)
・「ユリシーズの帰還」(1641年初演)
・「タンクレディとクロリンダの戦い」(1624年初演)
・「ウリッセの帰郷」(1641年初演)
・「ポッペアの戴冠」(1642年初演)
昔は著作権もなかったし、作曲者の家族が生活のために手放したり、何より年月が経ってその間に政変やら戦争やらがいろいろありましたからどうしても散逸してしまうのでしょうね。カラバッジョの作品がつい数年前に発見されたこともあるし、本当に楽譜がどこかでひっそりと眠ってるといいなあ。
絵画も音楽も、当時、物語を表現するのはキリスト教の話かギリシャ神話のどちらか。ギリシャ神話は空想力をおおいに膨らませて自由に表現できる楽しい素材だったのでしょうね。物語もたのしい。私も昔子供向けのギリシャ神話物語を読んでときめいてましたから♪
そして題名のリストで「タンクレディ」の名前にピピピとなりました。ヴィスコンティ監督映画「山猫」でアランドロンが颯爽とした貴公子タンクレディを演じてるんです。男の人なのにレディとはこれいかにと思ってましたが、十字軍の英雄の名前なんですねえ。
ゆったりとしたメロディと歌は同時代の日本の能ともつながるような気がしました。