副題には「宿命の対決!」と書かれています。レオナルド・ダ・ヴィンチとミケランジェロ.。同じ時代双璧をなす天才が現れるのは他の時代にもありますね。
紫式部と清少納言、運慶と快慶、レンブラントとルーベンス、アングルとドラクロワ、バッハとヘンデル、ビートルズとローリングストーンズ、キース・エマーソンとリック・ウェイクマン、浅田真央さんとキム・ヨナさん、矢吹丈と力石徹、星飛雄馬と花形満、・・・(後ろの2組は実在の人じゃないけど、印象強いので)
ライバルがいるから、より高みへと自分を鍛えていく。
また、周りにいる私たちは天才たちの鎬を削る競い合いに感嘆し心をわくわくさせる。二人に、もしくは二人のどちらかに自分の想いを重ね、我がことのように思う。
そんな宿命のライバルを代表するレオナルド・ダ・ヴィンチとミケランジェロの素描を共に鑑賞できる展覧会。夏休みに入る前に混む前に、早めに見ておこうと思って三菱一号館美術館まで足を運びました。
素描はイタリア語では「ディゼーニョ(disegno)」というそうです。
会場に入って最初の部屋に、さっそくこの展覧会を代表する2人のディゼーニョに逢えました
レオナルド・ダ・ヴィンチ 《少女の頭部/〈岩窟の聖母〉の天使のための習作》 1483 ~85年 トリノ王立図書館所蔵
思ったより小さな紙に描かれてます。黄褐色に地塗りした紙に金属尖筆で線描して、明るいところは鉛白によるハイライトを入れています。金属尖筆は消すことができません。だから顔や首のラインをさぐって書き直したのがわかります。目と鼻、そして口が特に丁寧に描かれていて目元の涙袋がとてもはっきり描かれてます。そして左上から右下へ連続して線描(ハッチング)している陰影がとても細かく、お顔の丸みを感じます。ちょっと憂いを帯びてほんのり微笑んでいる。その優しい表情が美しく印象的です。
そしてレオナルドの絵の不思議なところですが、まつげを描いてません。
「岩窟の聖母子」の作品の中のこちらを振り向く天使はこの素描を参考にされているそうで、とても貴重で重要な素描。
お顔以外は少ない線で簡単に描いているのですが、これがもう凄いです。ほぼ1本の線で胸や肩、背中の形を取っていて、体の丸みや弾力まで感じられるのです。お顔はある程度レオナルドが自分の理想の顔立ちへとアレンジしているように見えるけど、この体の線を見るとじかにモデルを前にして描いた素描なんだとわかります。
ミケランジェロ 《〈レダと白鳥〉の頭部のための習作》1530年頃 カーサ・ブオナローティ所蔵
紙に赤チョークで描いています。ミケランジェロの線描は2方向から交差して描かれたクロスハッチング。やはり目と鼻と口、そして耳を詳しく描いてます。立体感を感じる陰影はさすが彫刻家の素描。そして細かく線描した赤チョークの色合いがお肌の色に近くなり、線描の効果もあって肌の質感も感じられ、体温も感じられます。
モデルは弟子のアントニオ・ミーニ、ミケランジェロは女性の作品を作るときも男性をモデルにしたそうです。アントニオはとっても美男子!
画面下の方にアントニオ・ミーニの目元を女性らしくまつげを付け足してアレンジした絵が描かれてます。
それから、この展覧会では会場の壁にレオナルドやミケランジェロの言葉があちこちに記されていましたが、その中でミケランジェロのこんな言葉がありました
「アントニオ、素描しなさい。素描しなさい。アントニオ、素描しなさい。時間を無駄にしないで。」
これはこのモデルを務めた弟子への言葉なのでしょうか。だとしたらとても目をかけてたのでしょうね。
この作品は4年前の展覧会《システィーナ礼拝堂500年祭記念 ミケランジェロ展―天才の軌跡》でもお会いしていて今回は2度目です。美しい横顔の素描に再びお会いできて幸運でした
更に同じ部屋で両巨匠の美しい素描を同時に目にすることができたのは、めったにできない貴重な経験で本当に眼福でした☆
また、この展覧会では、レオナルドとミケランジェロの「レダと白鳥」の模写がやはり並んで展示されれました
左: レオナルド・ダ・ヴィンチに基づく 《レダと白鳥》1505-10年頃 ウフィツィ美術館
右:フランチェスコ・ブリーナ(帰属) 《レダと白鳥(失われたミケランジェロ作品に基づく)》1575年頃 カーサ・ブオナローティ
どちらの作品も板に油絵で描かれてます。
レオナルドの作品の白鳥はちょっと黒ずんでいて、目つきがかなりスケベそう(^^;)。すでに関係を成した後で2つの卵を産んでさらに双子の赤ちゃんがそれぞれの卵から孵ってます。レダと白鳥の間にエロティックな想いが感じられます。
一方ミケランジェロの作品は二人の関係そのものを描写してます。
どちらもエロティシズムを感じる作品で、実物の描写はさぞや見事だと思います。
が、実物は今は存在してません
この作品を失った経緯は以前にブログで記しましたが、もう一度載せます。この2作品はフランス王フランソワ1世が所有していたのですが・・・
レオナルドとミケランジェロの『レダと白鳥』は、どちらもフランス王家が所有していたときに失われた。絵画の所有者の死去後、残された道徳心の強い未亡人あるいは絵画の相続人によって破棄されたものと考えられている。(wikipediaより)
つまりは怒った本人が一番エロティックに感応していたともいえる。良識人のつもりが狭い了見で本当に大切なものを捨てるという非良識的なことをしてしまった
それでもこうやって模写してくれたおかげで、2人の描いた作品を知ることができるのは幸運でした。長い歴史の中、きっと永遠に記憶も失われた作品もあったはずだし・・・
他にもレオナルドの作品の模写が展示されてました。人物が同じでも背景が違ってたり、ちょっとずつ画家の創意が入っているようです。
さて素描(ディゼーニョ)にもどります☆
他のレオナルドの素描は
レオナルド・ダ・ヴィンチ 《髭のある男性頭部(チェーザレ・ボルジャ?)》 1502年頃 トリノ王立図書館
紙に赤チョークで描いた素描。チェーザレ・ボルジヤがモデルではないかと言われているそうです。
がっしりした体格、太い首、少ししゃくれた顎。そして髭を生やしているけど整った顔立ちがわかり、その眼は左目だけちょっと瞼が重く、それが不動明王のようで、人の心を射抜き冷酷さと自尊心の高さを示して相手を威圧するような迫力があり、確証はないとはいえ、チェーザレ・ボルジヤはまさにこんな風貌ではないかと思えてきます。
素晴らしい人物描写!
レオナルド・ダ・ヴィンチ 《大鎌を装備した戦車の二つの案》1485年頃 トリノ王立図書館
ペンと金属尖筆を使った戦車図。ミラノ大公イル・モーロのために描いた戦争のための兵器の発案図。上の戦車には回転する刃物で切断された兵隊が転がってます。
でもレオナルドご本人もこれが実用的だとは思ってなかったそうで、むしろ味方に恐怖と緊張を強いる兵器とメモしてるそうです。・・・確かに(^^;)
レオナルド・ダ・ヴィンチあるいはチェーザレ・ダ・セスト 《老人の頭部》1510年頃/1515年頃 トリノ王立図書館
地塗りした紙に赤チョークで描き、鉛白でハイライトを入れてます。レオナルドの描く老人は鷲鼻の先が下に垂れてしまって、歯が抜けてしまったせいか顎が前に突き出て鼻の先と顎の先がくっつきそうな位近づいてしまってます。この素描もそんな感じです。眼は・・・白内障を患ってしまっているように見えます。
他に顔の寸法を計算した素描、そして赤ちゃんの塑像をいろんな角度からデッサンしたお弟子さんの素描などがありました。
そしてファクシミリ(高感度カメラで撮影して高精細で本物と見まごうくらい再現された印刷)で細かな鏡文字でびっしり説明書きがされた手稿、有名な自画像の素描も鑑賞できました。
線描(ハッチング)ですが、レオナルドはすべて一方向のハッチングだけかなと思ってたら男性の後ろ姿の素描で一部クロスハッチングになっていました。発見でした。
欲を言えば布を素描した迫真的な作品も見たかったです。
ミケランジェロの素描では
ミケランジェロ・ブオナローティ《システィナ礼拝堂天井画〈ハマンの懲罰〉のための人物習作》1511^12年 カーサ・ブオナローティ
あまり大きくない紙にささっとスケッチした作品ですが、現代のイラストにも通じるようなモダンな雰囲気があり、印象に残りました。
ミケランジェロ・ブオナローティ 《イサクの犠牲》1535年頃 カーサ・ブオナローティ
浮彫作品のための素描だそうです。天使がイサクの父を止めようと後方から現れる描写がギベルディの浮彫「イサクの犠牲」を思い起こします。
ミケランジェロ・ブオナローティ 《河神》 1525年頃 カーサ・ブオナローティ
松脂や蝋、テルペンチンという材料で作った小さな像は大きな大理石作品を作るための形を見当付けるための立体の素描
ミケランジェロ・ブオナローティ 《背を向けた男性裸体像》1504-05年 カーサ・ブオナローティ
筋肉がムキムキと描かれている男性の後ろ姿。
会場の壁に描かれたレオナルドの語録に「君の人物像の全ての筋肉を明瞭に見せようとするな。もしそれを守らないなら君は人物ではなく、クルミの入った袋を描写したようになるだろう」と書かれてましたが、このミケランジェロの素描はまさにそんな感じに描いているではないですかΣ(・ω・ノ)ノ!!。でも表面的にぼこぼこした筋肉作品ではなくちゃんと骨と肉体が中に詰まっている人物になっているのがやはり凄いです。ちゃんと筋肉の動きを把握しているからですね。
ミケランジェロはほかに手紙や詩を書いた子葉が数点展示されてました。やはりとても端正で几帳面な字なんです。特に晩年仲が良くなった美青年トンマーゾ・カヴァリエーリへ送った詩などは字が正装しているようです。詩の内容も知りたかったけど展覧会では説明がありませんでした。もしかしたらパンフレットには解説があるのかもしれません。う~んその子葉の絵葉書があれば必ず買うのに!ここに載せれないのが残念です・・・。
などと素描の神様のようなお二人の作品を畏れ多くもエラソーに感想を書いてしまいました(大汗)。
最後の部屋でミケランジェロの大理石彫刻作品が展示されてました。その彫像は写真撮影OKでした。
最近一部だけ撮影可能な展覧会が増えたような気がします。自分の視点の写真が残せれるのはとても嬉しいし、気を付けて作品にダメージがないようにしなくてはと緊張します。
ミケランジェロ・ブオナローティ 《十字架を持つキリスト(ジェスティアーニのキリスト》1514~1516年 サン・ヴィンチェンツォ修道院附属礼拝堂
ミケランジェロが掘り進めているとき、キリストの顔の部分に黒い疵が出てきてしまい製作を放棄し、この作品はのちの時代の彫刻家が完成させたそうです。ミケランジェロは新たに別の大理石でキリスト像を作り直したそうです。
こちらが作り直した作品の写真
両手で十字架を持っていて今から動き出しそうです。
同じ方向から撮った写真
近くでお顔を見ると確かに左の鼻からほうれい線を通って顎にかけて疵が見えました。ほんのり悲し気なお顔をしています。疵があっても美しい。
こちらは後ろから
凄く凄くたくましいキリスト像
素晴らしい存在感。内面の強さたくましさが体になって表れている。こんな大きい大理石像を直に鑑賞できたのも眼福でした
会場の休憩室には両巨匠の素描のパネルが置かれてました。
素描には画家の息遣いを感じます。数百年前に、画家が直接この線を引いて、その線から創意工夫が生まれる。日々鍛錬した画家の線は美しく鋭い。その線の美しさに見惚れ、時空を超えて傍で画家を見ているような気持になります。