久しぶりに従兄から電話がかかってきた。固定電話にである。携帯にメールしたと、やや口早に従兄が言う。何か重大な事件でも起こったみたいな口調である。まだ充電器からはずしてないと私は答えた。
「アドレス帳が全部、消えちゃったんだ。うっかり、リセットしちゃって」
従兄がショックを受けた直後の昂奮気味の口調で言った。アドレス帳の、電話の制限をはずす相手だけの操作をしていたら、うっかり全消去の操作をしてしまったらしい。
「携帯の電話番号、教えてもらえるかな。メールはアドレス思い出しながら入力して、少し自信なかったけど、送信したら、できたんだ」
「相変わらず、記憶力いいのね」
数字に関しての記憶力の良さは、知っている。アルファベットも同じに違いない。従兄とは携帯の電話よりメールのほうが多い。私は、携帯番号を告げた。
「パソコンにバックアップは?」
「取ってなかったんだ」
「ここの電話番号は憶えてたのね」
「いや、メモが残ってたから、かけられたんだけど」
従兄はそう言った後、このごろ疲れてとか元気ないとか年齢だとか、そんな言葉ばかり並べたてる。
「でも、元気そうな声だわ。いきいきしてるし」
「それは、〇〇ちゃんの声聞いて元気になったんだ」
〇〇ちゃんと、従兄も私も互いの名前に、ちゃん付けの習慣。
「またまた、そんなこと言っちゃって」
私はクスクス笑った。
「本当なんだ。精神も肉体も疲れきってるから、だから携帯のアドレス帳はうっかり消去しちゃうし、最初、この電話も番号間違ってかけちゃったし」
最後のほうの従兄の言葉に、
「あら!」
と、私は声を張り上げた。
「〇〇ちゃんでも、間違えるのね、ここの番号」
「うん。携帯だと番号入力しないでかける癖ついてるし、この電話はメモを見ながらかけたんだけど、間違ったのは、やっぱり疲れてる証拠なんだ」
「市外局番から10個の番号ですものね、押す番号が10もあるからでしょう?」
「それもあるけど、疲れてるってことなんだ、疲労してるから……」
「あのね、このごろ、お母さんから電話がよくかかってくるの。週に1度ぐらいが、先週は2度かかってきたし、今週も、一昨日かかったの」
母の電話はいつも午前で、話の内容は同じようなことである。頻繁に電話がかかってくるのは、うれしい。
「お母さん、この電話、自分でかけたんでしょう?」
毎回のように私は、さりげなく、そう聞くことにしている。先週も、その質問を口にした。
すると、間違えて他人の家にかかってしまったので、義姉にかけてもらったという答えが返って来たのである。それが、先週の前半のこと。
先週の後半に、また、かかったので、いつもと同じような話をして、この電話、自分でかけたのか聞いたら、やはり義姉にかけてもらったと言う。一昨日も、やはり同じだった。
その夜、姉と長電話の時、そのことを話した。
「ふうん……」
姉も、急に沈んだ声になった。
「お母さん、電話もかけられないほど衰えちゃったのかしら、ぼけちゃったのかしら」
そう言ったとたん、私は思わず、涙があふれた。
「お義姉さんにかけてもらう癖がついちゃったんじゃない? 自分でできることは、なるべく自分でしたほうが、お母さんのためにはいいのにね」
私と違って、姉は冷静人間に見える。穏やかな口ぶりでそう言った。
先月の半ば以前は、私のその質問に、自分でかけたと母は言っていた。
義姉にかけてもらうから、頻繁にかかってくるようになったのだろうか。
そのことを、私は従兄に話した。
「携帯みたいにワン・タッチとか短縮番号とかになってなければ、10個の数字押すんだから、それは間違えるよ。ぼくだって間違えたんだ」
「そうよね、ああ、良かった。今度、お母さんに言うわ。だって、自信なくしたみたいな口調だったの。間違って、他の家にかかっちゃったって言った時。だから、お母さんに言うわ。〇〇ちゃんだって、最初、間違ってかけたって言ってたって。市外局番からかけるんだから、無理ないって、〇〇ちゃんもそう言ってたって」
私はうれしくなって、自分でも声が弾んでいるのがわかった。
逆に従兄は、母の話が終わると、またしても疲れたとか元気ないとかトシだとかグチグチと繰り返す。
「でも、声は元気よ、すっごく元気」
「だから、〇〇ちゃんと電話してるから」
さっきと同じ言葉のやり取りになり、内心、私はおかしくなる。
「〇〇ちゃんは忙しそうで、ぼくなんかと会ってくれないし」
「あたし、来週は飲み会なの。今週も予定あるし」
「ほら、また、いつもだ」
従兄妹同士は不思議な関係。親戚でもあり、異性でもあり、兄妹のようでもあり……。淡い感情を持ち合った青春時代。その時期が去って何年たっても何十年たっても、何となく不思議な関係。
従兄と会ったり、メールのやり取りしながら、
(私って精神的なサドの一面があるのかも……)
なんて、心ひそかに楽しんでしまう時があったりして──。
「アドレス帳が全部、消えちゃったんだ。うっかり、リセットしちゃって」
従兄がショックを受けた直後の昂奮気味の口調で言った。アドレス帳の、電話の制限をはずす相手だけの操作をしていたら、うっかり全消去の操作をしてしまったらしい。
「携帯の電話番号、教えてもらえるかな。メールはアドレス思い出しながら入力して、少し自信なかったけど、送信したら、できたんだ」
「相変わらず、記憶力いいのね」
数字に関しての記憶力の良さは、知っている。アルファベットも同じに違いない。従兄とは携帯の電話よりメールのほうが多い。私は、携帯番号を告げた。
「パソコンにバックアップは?」
「取ってなかったんだ」
「ここの電話番号は憶えてたのね」
「いや、メモが残ってたから、かけられたんだけど」
従兄はそう言った後、このごろ疲れてとか元気ないとか年齢だとか、そんな言葉ばかり並べたてる。
「でも、元気そうな声だわ。いきいきしてるし」
「それは、〇〇ちゃんの声聞いて元気になったんだ」
〇〇ちゃんと、従兄も私も互いの名前に、ちゃん付けの習慣。
「またまた、そんなこと言っちゃって」
私はクスクス笑った。
「本当なんだ。精神も肉体も疲れきってるから、だから携帯のアドレス帳はうっかり消去しちゃうし、最初、この電話も番号間違ってかけちゃったし」
最後のほうの従兄の言葉に、
「あら!」
と、私は声を張り上げた。
「〇〇ちゃんでも、間違えるのね、ここの番号」
「うん。携帯だと番号入力しないでかける癖ついてるし、この電話はメモを見ながらかけたんだけど、間違ったのは、やっぱり疲れてる証拠なんだ」
「市外局番から10個の番号ですものね、押す番号が10もあるからでしょう?」
「それもあるけど、疲れてるってことなんだ、疲労してるから……」
「あのね、このごろ、お母さんから電話がよくかかってくるの。週に1度ぐらいが、先週は2度かかってきたし、今週も、一昨日かかったの」
母の電話はいつも午前で、話の内容は同じようなことである。頻繁に電話がかかってくるのは、うれしい。
「お母さん、この電話、自分でかけたんでしょう?」
毎回のように私は、さりげなく、そう聞くことにしている。先週も、その質問を口にした。
すると、間違えて他人の家にかかってしまったので、義姉にかけてもらったという答えが返って来たのである。それが、先週の前半のこと。
先週の後半に、また、かかったので、いつもと同じような話をして、この電話、自分でかけたのか聞いたら、やはり義姉にかけてもらったと言う。一昨日も、やはり同じだった。
その夜、姉と長電話の時、そのことを話した。
「ふうん……」
姉も、急に沈んだ声になった。
「お母さん、電話もかけられないほど衰えちゃったのかしら、ぼけちゃったのかしら」
そう言ったとたん、私は思わず、涙があふれた。
「お義姉さんにかけてもらう癖がついちゃったんじゃない? 自分でできることは、なるべく自分でしたほうが、お母さんのためにはいいのにね」
私と違って、姉は冷静人間に見える。穏やかな口ぶりでそう言った。
先月の半ば以前は、私のその質問に、自分でかけたと母は言っていた。
義姉にかけてもらうから、頻繁にかかってくるようになったのだろうか。
そのことを、私は従兄に話した。
「携帯みたいにワン・タッチとか短縮番号とかになってなければ、10個の数字押すんだから、それは間違えるよ。ぼくだって間違えたんだ」
「そうよね、ああ、良かった。今度、お母さんに言うわ。だって、自信なくしたみたいな口調だったの。間違って、他の家にかかっちゃったって言った時。だから、お母さんに言うわ。〇〇ちゃんだって、最初、間違ってかけたって言ってたって。市外局番からかけるんだから、無理ないって、〇〇ちゃんもそう言ってたって」
私はうれしくなって、自分でも声が弾んでいるのがわかった。
逆に従兄は、母の話が終わると、またしても疲れたとか元気ないとかトシだとかグチグチと繰り返す。
「でも、声は元気よ、すっごく元気」
「だから、〇〇ちゃんと電話してるから」
さっきと同じ言葉のやり取りになり、内心、私はおかしくなる。
「〇〇ちゃんは忙しそうで、ぼくなんかと会ってくれないし」
「あたし、来週は飲み会なの。今週も予定あるし」
「ほら、また、いつもだ」
従兄妹同士は不思議な関係。親戚でもあり、異性でもあり、兄妹のようでもあり……。淡い感情を持ち合った青春時代。その時期が去って何年たっても何十年たっても、何となく不思議な関係。
従兄と会ったり、メールのやり取りしながら、
(私って精神的なサドの一面があるのかも……)
なんて、心ひそかに楽しんでしまう時があったりして──。