いよいよ開演時間になり、オープニングのサックス🎷の演奏が始まった。今夜はジャズとクラッシックのコンサートで、この後は歌、ピアノと演奏が続く。サンヒョクは会場を見渡した。チェリンをはじめとして友人や両親、ユジンの母親はいるものの、肝心なユジンがいない。このままでは今夜の計画が台無しになってしまう。サンヒョクは近くのスタッフに指示をだして、急いで外に出た。すると、工事現場から、ミニョンやチョンア、キム次長と歩いてくるユジンを見つけた。サンヒョクはまだ来てくれないユジンに少し傷ついたが、すぐに気持ちを切り替えて駆け寄った。
「ユジン、コンサートに来ないの?」
「ごめんね、サンヒョク。今まで仕事だったの。」
「じゃあ早く来て。チョンアさんとキム次長と、、、ミニョンさんも来てくださいね。」
というと、サンヒョクはユジンの手を引っ張って、強引に連れて行ってしまった。ユジンは困ったような表情で、ミニョンをチラリと見たが、渋々ついて行った。
ミニョンたちも気まずい雰囲気ながらも
「無料だから行きましょうよ。」というキム次長のひと声で歩き出した。
会場は最高潮の熱気に包まれていた。みんな赤やオレンジのライトが眩しいホールで、極上の音楽に酔いしれていた。ユジンは所在無さげにぼんやりとしていたが、サンヒョクに促されて最前列を見ると、母親のギョンヒが微笑んでいるのに気がついた。あまりにほっとして、なぜ母親がそこに居るのか、深く考えもせずに隣りに滑り込んだ。「オンマ」ユジンはこの日はじめて心安らぐことができた。
ミニョンたちも遅れてサイドの一列目に座った。
演奏は最高潮のうちに終わり、会場は熱気が冷めやらないまま、ユヨルの司会の声を聞いていた。ユジンも久しぶりに気持ちが華やいで、とても良い気分転換になったと感じていた。何より母親や友人と会えたことが、閉塞感を打開してくれるような気がしていた。そんなユジンをチェリンがほくそ笑むような表情で見ているのには気がつかなかった。
ステージでは、ユヨルがプロデューサーのサンヒョクを讃えるために、真ん中に呼び出していた。眩しいほどの光の中、サンヒョクが満面の笑顔で誇らしげに現れた。
「皆さん、この人が今回のコンサートを企画したラジオプロデューサーのキムサンヒョクさんです。イケメンでしょう?」
会場からは大歓声が巻き起こった。するとユヨルは茶目っ気たっぷりに話しはじめた。
「さて皆さん、サプライズです!実はなぜ公開放送がドラゴンバレーになったかというと、サンヒョクさんがフィアンセのために選んだんです!皆さん、サンヒョクさんがそこまで愛する婚約者に、会いたいと思いませんか?」
会場はたちまち拍手に包まれた。みなユジンの登場を待っている。ユジンは嫌で嫌で仕方がなかった。しかし、サンヒョクに恥をかかせるわけにはいかない。ユヨルはさあこちらに、という顔でユジンを見ているし、鳴り止まない拍手の中、サンヒョクの隣りに向かうしかなかった。ユジンは母親に背中を押されて、渋々と立ち上がり、ノロノロステージに上がった。途中、ミニョンがじっと俯いているのが見えた。
サンヒョクの隣りに立ち、スポットライトを浴びる。正直居た堪れなかった。
そんなユジンにお構いなしに、ユヨルは続ける。
「いやあ、お似合いのおふたりですね。わたしみたいな独り者には眩しいくらいです。ところでサンヒョクさん、いつご結婚されるんですか?」
すると、サンヒョクはわざとらしく照れた素振りを見せながら言った。
「やめてくださいよ、先輩❗️、、、そうですね、来月結婚します‼️」
ユジンはますます表情が強ばり、決してサンヒョクを見ようとしなかった。どんどん外濠を埋めていくサンヒョクに、もはや嫌悪しか湧かなかった。
客席ではあまりの強引な展開とユジンの困り顔に耐えられず、ミニョンが外に出ようとしていたが、キム次長に静止されていた。先程サンヒョクが自分を見て満面の笑みを浮かべていた。まるで勝利したと言うように、、、。ミニョンはぐっと堪えて座り続けるしかなかった。
ユヨルは満足そうな様子で
「いやあ、めでたいですね。みんなの前で誓ったことだから実行してくださいね‼️さあ、二人とも手を握って。本当にうらやましい。さあ、幸せな二人に拍手を。」
と会場をうながし、二人をステージから下ろした。そしてサンヒョクのリクエスト通り、ユジンが大好きだという『スミレ』を結婚プレゼントとして歌いはじめた。
ユジンは、ステージ脇でユジンを覗きこむように微笑むサンヒョクを睨みつけた。その目はサンヒョクから完全に心が離れたことを示していた。サンヒョクは思わず怯んでしまった。そんな二人の前を、ついに耐えきれなくなったミニョンが通り抜けて行った。ミニョンは頭を冷やそうとスキー場を歩き回るのだった。時折風に乗ってゲレンデまで聴こえる歌が、心を暗く染めた。
僕が初めて
君に出会った時
君は幼い少女で
髪にはすみれの花
君は笑いながら
僕に言ったね
遥か遠くまで
鳥のように飛んで行きたいと
僕が再び
君に出会った時
君はとても
やつれていて
額には汗の雫
君は笑いながら
僕に言ったね
どんな小さな事でも
涙が出てしまうと
僕が最後に
君に出会った時
君はとても安らかで
窓の向こうの
遠くを見つめていた
君は笑いながら
僕に言ったね
どんな真夜中でも
目覚めていたいと
『スミレ』はユジンの大好きな曲だ。歌詞を聴いていると、チュンサンとの思い出が蘇るし、明るいメロディと寂しい歌詞に、自分の悲しみを重ねることができる。しかし、その思い出も未来も、サンヒョクに土足で踏み込まれ、大事にしていたスミレを踏み潰されたような不快感だけを感じる。もはやこれ以上我慢することは出来ない、ユジンは静かに怒っていた。ただただ怒っていた。
スミレが終わると、そのままコンサートはフィナーレを迎えた。ホールには静けさが戻り、サンヒョクたち関係者は、自然とホールの入り口のテーブル席でおしゃべりをすることになった。ユジンも呆然としながら、サンヒョク一家と向かい合って母親と座っていた。全員が席に着いた時、サンヒョクが口を開くより先に開いた者がいた。それはサンヒョクの母親のチヨンだった。