氣まぐれ剣士の言いたい放題

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235 生き方

2005-10-30 17:35:12 | Weblog
気まぐれ剣士の言いたい放題

235 生き方

江戸時代の儒学者・石田一鼎が、次のようなことを語っています。
 「子供の頃に、不幸を経験した人間の生き方には二通りある。
  
ひとつは、自分の不幸を呪って、世の中に復讐してやろうと思うような生き方だ。これは、不幸な経験を活かしてはいない。逆に悪用していると言えるだろう。
その動機は私心から起こり、自分が不幸な経験をしたから他の人にも不幸を味わわせてやろうという誤った考え方です。
 
 もうひとつの生き方は、自分が経験したような不幸は、できるだけ他の人たちには味わわせてはなるまいと、世の中のために正しく努力しようという生き方です。

これは自分の不幸を乗り越えて活かしていることになります。
 ときに私たちは、不条理としか思えない不幸に出会うこともあります。特に人間関係に於いて、悩んだり苦しんだりすることが多いようですね。それが一時的な関係ならば、どんなに深く傷つけられようと心の持ちようで、何とか乗り越えていくことはできるでしょう。
 
 そして、世のなかにはいろいろな人もいるし、さまざまな考え方があるものだという気づきをもらったり、他の人には、絶対こんなイヤな思いはさせないでおこうという学びを得ることにもなるのです。

 そう思える人は立派な人ですね。普通は前者のように、どうして自分だけがこんな運命に出会わなければならないんだと、世の中を呪う気持ちを持っても当然かも知れません。
 若者がグレる理由に「世の中が悪いから」「不公平だから」ということをよく聞きます。
確かに世の中は不公平ですね。美人で裕福なひともいれば、ちょっと不細工でお金のない人もいます。
美人でお金があれば幸せか?もちろん、幸せな人もたくさんいますが、幸せでない人もたくさんいます。逆に不細工でも幸せな人もたくさんいます。
幸せととか、不幸とかは条件ではないのですね。自分らしく生きること、自分の生きざまが幸せにつながるようです。
 
 気まぐれ剣士は、気まぐれ剣士らしく生きること、つまり“いい加減”に生きることを目指しています。もちろん“いい加減”とは“良い加減”のことです。

次回もお楽しみに
以上