縁側で日向ぼっこ

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「ものがわかるということ」養老孟司

2024年09月30日 | 本 レビュー

「ものがわかるということ」2023/2/1

養老孟司

 

「まえがき」より
人生の意味なんか「わからない」ほうがいいので、わからないと気がすまないというのは、気がすまないだけのことで、それなら気を散らせばいい。私は気を散らすために、虫捕りをはじめとして、いろいろなことをする。今日も日向ぼっこをしていたら、虫が一匹、飛んできた。寒い日だったから、なんとも嬉しかった。今日も元気だ、虫がいた。それが生きているということで、それ以上なにが必要だというのか。
世界をわかろうとする努力は大切である。でもわかってしまってはいけないのである。


☆感想☆
この前書きは私自身にピタリと当てはまり、感動しました。
これまでずいぶん人生の意味について考えてきましたが、答えはでなかったし、意味なんてなくても生きていけるんじゃない?と思うようになりました。気を散らせばいいってのも同感です。私は外へ写真を撮りに行きます。撮影が楽しかったのは最初の3年ぐらいで、その後は心身の健康のために出かけているようなものです。もともとインドア派の私は写真でも撮りに出かけないと、家にこもってしまうからです。主に花の写真を撮りますが、セットで虫や鳥に遭遇することもあります。自然の中で写真を撮っているといつの間にか無心になり、それが心地いいからつい出かけてしまいます。今日はこんな花に出会った、チョウチョが飛んでたよ、鳥のさえずりがきれいだね、暑かったけど、日陰に風が通ると気持ちいいね..などなど、頭で考えすぎず五感で感じることって身体が喜ぶ感じがします。

 

その他、気になった箇所を書き出してみます。
P97
自分とは「創る」ものであって、探すものではありません。 それが大した作品にならなくたって、仕方ない。そもそも誰が「大した作品」かどうか判断するんでしょうか。そんなこと、神様にしかわかるはずがありません。

P107
「ほんの少しのことでも、相手の意見を変えさせることは難しい」ということです。

P201
自然がわかる。生物がわかる。その「わかる」の根本は、共鳴だと私は思います。

私は飼っていた猫と共鳴していました。「俺が働いているのに、お前寝てるな」とか「何やってるの?」とか、言葉ではなくともそういう交流をいつも感じていました。


☆感想☆
この中で「共鳴」という言葉が新鮮でした。どちらかというと「共感」という言葉になじみがありました。あとがきにも書いてありましたが、「共鳴とは、二つの固体の固有振動数がたまたま一致したときに生じる、日常的には一見不思議な現象です。共鳴はむろん意図して生じるものではありません。しかも無限の一点です」。これは、なかなか興味深いし、なんかいいなあと思いました...