みやこコミュニティ放送研究会が夏に開催されるインターハイの
模様をFM放送で伝えるべくコツコツと準備してたとき
この大震災が発生…
インターハイに向けてお世話になってる、コンサルタント会社から
災害エフエムを立ち上げてみたらどうですか?の打診を受けたのは
たしか3月17日…
その頃にやっと携帯も通じはじめてきた事もあり連絡が来たのです。
「よし!やるべ!」
となり21日には試験放送、22日から本放送開始
「やるべ!」からたった4~5日で準備をしたのです。
コンサル会社も寝ずに車で福島から駆けつけ、1日にしてセッティング
すべてのスタッフが自分の出来る事・スキルをフル回転だった。
放送も最初は右も左も分からず、ぶっつけでの放送(^_^;)
それでも、それまで準備してきた事が土台になって
ミスはあったけども、しっかりとした放送になっていました。
放送終了後は遅くまでミーティングで意見をぶつけたり。
そうしてるうちに、様々なメディアに取り上げられ
様々な所からマンパワーも含め、支援の輪が広がっていきました。
お店で放送が流れてたり、駐車してる車から災害エフエムが聞こえてくると嬉しいし
メールや電話も多く、リスナーからの反響も大きくなっているのがわかります。
「やっぱりこれからも必要です。」
誰もが経験したことのない、未曾有の大災害。
何をもって復興と言えるのか、どこまでいけば復興なのかは、私にもわかりません
が1年、5年、10年、それ以上…
想像もできない月日がかかるということはわかります。
災害エフエムの許認可は、たった2ヶ月の限定での放送。
ということは、残すところあと3週間…
この2ヶ月で、何か大きく良い方向に進んでいる現状ではありません
これからも、この地域放送は必要だと思います。
インターハイでのイベント放送から地域に根ざしたコミュニティ放送局へと
向かいたかった訳ですが、この地域の資本ストックが大きく失われた状態では
スポンサーを集めて放送するのは皆無。
行政からの支援が必要となってきます…
他の災害エフエムさんは詳しくわかりませんので、気分を害さないで欲しいのですが
みやこ災害エフエムの放送内容は一方的な広報・情報発信にとどまらず、地域に根ざした
「みやこ災害エフエム」ならでは「みやこ災害エフエム」の個々のスタッフの頑張りで
他では出来ない、やってない事もやってきてます。
■若いボランティアの活躍
高校生、大学生などの若いボランティアが、街を回って様々な情報を集めて来てくれます。
高校の放送部も来てくれたりしました。
■地域の生活情報
行政情報だけじゃなく、地域の細かい生活情報。お店の開店状況等やリスナーからの声や情報。
「○○町の○○商店が今日から再開しました!」ってイイじゃないですか~
■地域の人たちにマイクを向けています。
最初は市内回ってレコーダー取材で後から放送でしたが今は直接電話をつないで生の声を中継放送もやってます。
■全国の宮古市を想う人へ
ユーストリームで放送を生でネット配信しています。(今はサイマルラジオも)市内だけではなく、日本全国に宮古の情報を流しています。
私も車で外に出ない限り職場には放送が入らないのですが、ネットで聴けるから助かってます。
■子ども達へ(大人の私が聞いても楽しめてます)
情報関係の放送以外の時間では、市内の読み聞かせボランティアさんの協力で昔話等の読み聞かせを放送しています。これも好評です。
■宮古にいる外国の方たちへ
英語での放送、中国語での放送もしています。
■再放送
昼間の放送内容を、昼に聴けない人たちのために夜中ずーーっと再放送しています。
■停電になろうとも
4/7の夜に発生した大きな余震、8日の午後まで市内の全域が停電。それでも7日の深夜にはスタッフが集まり発電機を回して放送開始しています。
ここまでやってる、ここまでやれるスタッフ(ボランティア含め)がいるのは
今回各地で立ち上がった災害エフエムでは宮古だけじゃないでしょうか?
インターハイも残念ながら中止となった今
目標としていたイベント放送はできません。
この災害エフエムからスタートしてコミュニティエフエムにしていければ…
まぁ…難しい事もたくさんあるのでしょうが…
この放送を2ヶ月で終わらせるのは
もったいなくてしょーがない!!
と思いません?
http://miyakofm.blog98.fc2.com/
ちなみにブログ写真が自分が関わった辺りまでのなので
現在のスタジオ・事務所の様子は違ってます(^_^;)