
ある世代より上の映画ファンにとって、『慕情』(Love Is A Many-Splendored Thing‐1955)は忘れ難い恋愛映画ではなかろうか。
恋愛映画の古典のひとつとされているのは、世の中に甘くて哀しいラヴ・ストーリーが好きな人が多いということもあるのだろう。
現在の眼で見ると、それほどの傑作とも思えず、むしろカッタルイ部類に入る作品かもしれない。
監督のヘンリー・キングは、ジョン・パトリックのシナリオをシネマスコープで描いた。
本ブログでも、かつて『拳銃王』(1950)、『キリマンジャロの雪』(1952)、『回転木馬』(1955)など、キングの作品を取り上げたことがあるが、どれも悠揚迫らざる演出ぶりであった。
アメリカ人の新聞記者ウイリアム・ホールデンと英中混血の女医ジェニファー・ジョーンズの美しくも儚い悲恋物語だが、二人の恋には戦争が絡む。
戦争は必ず悲劇を生むのである。
だが『慕情』はシネマスコープの効果を活かした香港の観光映画である、という言い方も可能である。
現在のように海外旅行など身近に感じることのできなかった頃の作品だから、シネマスコープの大画面によって異国を旅行する気分を大いに味わうことができたはずである。
蚤助がこの作品を初めて観たのは70年代のリバイバル上映のときであったが、公開当時リアルタイムで観た人々にとっては、中国と香港の関係や朝鮮戦争を現実のものとして感じとることができたに違いない。
さらに、英国から中国に返還された現在の香港の状況を考えるとまた別の感慨も浮かぼうというものである。
ヒロインを演じたジェニファー・ジョーンズは、当時35歳で、とっても美人だと思った。
メイクのせいもあろうが、どことなくエキゾチックな雰囲気を感じさせたものである。
印象的だったのはこのシーン。

ホールデンが、浜辺で自分の喫っていた煙草の火を、彼女の煙草に点けてやる、今どき、見たくてもなかなか見られない光景である(笑)。
二人が初対面のとき、ホールデンが「あなたが医者だとは思えない」というと、ジョーンズが「メスがあれば切開してあげるのに」と言ったり、「記者と特派員とどう違うの」と訊くと「週百ドルの違いさ」と答えたり、結構洒落たセリフが多かった。
極め付けのセリフはこれかもしれない、いかにも恋愛映画らしい(笑)。
ラストシーンで、丘の上に亡くなったはずのホールデンが幻として現れ、そしてやがて消える、それにかぶさるように大ヒットしたあの主題曲が流れるのだ。
このあたり観客は滂沱の涙であるが、何だかお尻のあたりがムズムズしそうな悲恋物語にとまどいながらも涙目になる蚤助…。
コンサートやテレビ番組などで映画主題曲集という企画があると、まず取り上げられる曲で、この曲が忘れられない限り、映画『慕情』も忘れ去られることはない、というわけである。
主題曲“Love Is A Many-Splendored Thing”は、この年のアカデミー主題曲賞を受賞したが、甘美でロマンチックな調べが心を打つ日本人好みの名曲である。
作曲したサミー・フェインは曲を書くのが早く2時間ほどでメロディーを書き終えたという。
作詞はポール・フランシス・ウェブスターで、このコンビはほかにもパット・ブーンの“April Love”(四月の恋)というヒット曲を世に出している。
少し時代がかった歌詞とスケールの大きなメロディーなので、朗々と歌われることが多いが、何と言ってもフィラデルフィア出身の4人組コーラス、フォー・エイセスが世界的に流行させた(こちら)。
彼らのヴァージョンは、今の耳で聴くと基本は大時代的な斉唱スタイルではあるが、55年全米ナンバーワン・ヒットのミリオンセラーとなった。
『慕情』は彼らのコーラスで音楽ファンの心をとらえたのだった。
このほか、ジャジーでソウルフルなダイナ・ワシントンや、フランク・シナトラの情感あふれた歌唱など、聴いていただきたいヴァージョンはいくつかあるのだが、蚤助としてはやはりナット・キング・コールのベルヴェット・ヴォイスが好きだ。
朗々と歌い上げるのではなく、意外にもちょっと軽快なテンポでサラリと歌う。
そこが他の歌手と違うところで、さっぱりとした後味すっきりの『慕情』である(こちら)。
インストゥルメンタルものと言えば、一にも二にも1956年のクリフォード・ブラウン=マックス・ローチ五重奏団による素晴らしくジャズっている演奏が有名である(こちら)。
ブラウニーが交通事故死する4か月前の録音である。

(Clifford Brown & Max Roach/At Basin Street)
高校3年生のときに、初めてこの演奏を聴いてから、いったいどれだけの回数聴いたことか。
テーマ部分はワルツ・タイムを取り入れ、ソロ部分に入ると早いテンポのフォー・ビートに変わってスウィングし始める。
各人ともあまり長くはないが、ソロ・オーダーはブラウニー→ロリンズ→リッチー・パウエル→ローチの順で、特に先発のブラウニーのラッパはいつもながら歌心にあふれていて見事である。
テナーのソニー・ロリンズは、ブラウニーと出逢って即興演奏家として大成していく途上であるが、たくましい音色である。
『慕情』がすっかり『熱情』になっているところがミソ(笑)。
恋をするということは楽しくもあり、苦しくもあり、いずれにしても美しいものである。
その恋を失うのは辛いことだが、それを川柳で詩的に表現した人がいる。
面白うてやがて哀しき「失恋」である。
恋愛映画の古典のひとつとされているのは、世の中に甘くて哀しいラヴ・ストーリーが好きな人が多いということもあるのだろう。
現在の眼で見ると、それほどの傑作とも思えず、むしろカッタルイ部類に入る作品かもしれない。
監督のヘンリー・キングは、ジョン・パトリックのシナリオをシネマスコープで描いた。
本ブログでも、かつて『拳銃王』(1950)、『キリマンジャロの雪』(1952)、『回転木馬』(1955)など、キングの作品を取り上げたことがあるが、どれも悠揚迫らざる演出ぶりであった。
アメリカ人の新聞記者ウイリアム・ホールデンと英中混血の女医ジェニファー・ジョーンズの美しくも儚い悲恋物語だが、二人の恋には戦争が絡む。
戦争は必ず悲劇を生むのである。
だが『慕情』はシネマスコープの効果を活かした香港の観光映画である、という言い方も可能である。
現在のように海外旅行など身近に感じることのできなかった頃の作品だから、シネマスコープの大画面によって異国を旅行する気分を大いに味わうことができたはずである。
蚤助がこの作品を初めて観たのは70年代のリバイバル上映のときであったが、公開当時リアルタイムで観た人々にとっては、中国と香港の関係や朝鮮戦争を現実のものとして感じとることができたに違いない。
さらに、英国から中国に返還された現在の香港の状況を考えるとまた別の感慨も浮かぼうというものである。
ヒロインを演じたジェニファー・ジョーンズは、当時35歳で、とっても美人だと思った。
メイクのせいもあろうが、どことなくエキゾチックな雰囲気を感じさせたものである。
印象的だったのはこのシーン。

ホールデンが、浜辺で自分の喫っていた煙草の火を、彼女の煙草に点けてやる、今どき、見たくてもなかなか見られない光景である(笑)。
二人が初対面のとき、ホールデンが「あなたが医者だとは思えない」というと、ジョーンズが「メスがあれば切開してあげるのに」と言ったり、「記者と特派員とどう違うの」と訊くと「週百ドルの違いさ」と答えたり、結構洒落たセリフが多かった。
「あなたは強い人ね」
「君も強い女性だよ」
「あなたは優しいわ。優しさより強いものはないのよ」
「君も強い女性だよ」
「あなたは優しいわ。優しさより強いものはないのよ」
極め付けのセリフはこれかもしれない、いかにも恋愛映画らしい(笑)。
ラストシーンで、丘の上に亡くなったはずのホールデンが幻として現れ、そしてやがて消える、それにかぶさるように大ヒットしたあの主題曲が流れるのだ。
このあたり観客は滂沱の涙であるが、何だかお尻のあたりがムズムズしそうな悲恋物語にとまどいながらも涙目になる蚤助…。
コンサートやテレビ番組などで映画主題曲集という企画があると、まず取り上げられる曲で、この曲が忘れられない限り、映画『慕情』も忘れ去られることはない、というわけである。
主題曲“Love Is A Many-Splendored Thing”は、この年のアカデミー主題曲賞を受賞したが、甘美でロマンチックな調べが心を打つ日本人好みの名曲である。
作曲したサミー・フェインは曲を書くのが早く2時間ほどでメロディーを書き終えたという。
作詞はポール・フランシス・ウェブスターで、このコンビはほかにもパット・ブーンの“April Love”(四月の恋)というヒット曲を世に出している。
Love is a many-splendored thing
It's the April rose that only grows in the early spring
Love is nature's way of giving, a reason to be living
The golden crown that makes a man king…
恋はとてもすばらしいもの
それは四月のバラ 早春にのみ咲く
恋は天から授かった本性 生きる理由
金の王冠は 人を王にする
かつて 高い風の丘で
朝霧の中 二人が交わした口づけに 世界は静止した
君の指が 私の静かな心に触れ どう歌えばいいのか教えてくれた
そう 真実の恋は とてもすばらしいことなのだと…
It's the April rose that only grows in the early spring
Love is nature's way of giving, a reason to be living
The golden crown that makes a man king…
恋はとてもすばらしいもの
それは四月のバラ 早春にのみ咲く
恋は天から授かった本性 生きる理由
金の王冠は 人を王にする
かつて 高い風の丘で
朝霧の中 二人が交わした口づけに 世界は静止した
君の指が 私の静かな心に触れ どう歌えばいいのか教えてくれた
そう 真実の恋は とてもすばらしいことなのだと…
少し時代がかった歌詞とスケールの大きなメロディーなので、朗々と歌われることが多いが、何と言ってもフィラデルフィア出身の4人組コーラス、フォー・エイセスが世界的に流行させた(こちら)。
彼らのヴァージョンは、今の耳で聴くと基本は大時代的な斉唱スタイルではあるが、55年全米ナンバーワン・ヒットのミリオンセラーとなった。
『慕情』は彼らのコーラスで音楽ファンの心をとらえたのだった。
このほか、ジャジーでソウルフルなダイナ・ワシントンや、フランク・シナトラの情感あふれた歌唱など、聴いていただきたいヴァージョンはいくつかあるのだが、蚤助としてはやはりナット・キング・コールのベルヴェット・ヴォイスが好きだ。
朗々と歌い上げるのではなく、意外にもちょっと軽快なテンポでサラリと歌う。
そこが他の歌手と違うところで、さっぱりとした後味すっきりの『慕情』である(こちら)。
インストゥルメンタルものと言えば、一にも二にも1956年のクリフォード・ブラウン=マックス・ローチ五重奏団による素晴らしくジャズっている演奏が有名である(こちら)。
ブラウニーが交通事故死する4か月前の録音である。

(Clifford Brown & Max Roach/At Basin Street)
高校3年生のときに、初めてこの演奏を聴いてから、いったいどれだけの回数聴いたことか。
テーマ部分はワルツ・タイムを取り入れ、ソロ部分に入ると早いテンポのフォー・ビートに変わってスウィングし始める。
各人ともあまり長くはないが、ソロ・オーダーはブラウニー→ロリンズ→リッチー・パウエル→ローチの順で、特に先発のブラウニーのラッパはいつもながら歌心にあふれていて見事である。
テナーのソニー・ロリンズは、ブラウニーと出逢って即興演奏家として大成していく途上であるが、たくましい音色である。
『慕情』がすっかり『熱情』になっているところがミソ(笑)。
恋をするということは楽しくもあり、苦しくもあり、いずれにしても美しいものである。
その恋を失うのは辛いことだが、それを川柳で詩的に表現した人がいる。
落丁にする失恋の一頁 (村上氷筆)
面白うてやがて哀しき「失恋」である。
失恋を女は笑い男泣く (蚤助)
失恋と誰も思わぬ寝込む爺(じい) (蚤助)
失恋と誰も思わぬ寝込む爺(じい) (蚤助)