決戦場の第二年

 令和三年 (2021年)の「年頭の辞」で、浅井会長はこのように締めくくった。

 「三百万こそ広宣流布の重大関門である
 「さあ、決戦場の第二年、一筋に三百万を見つめ、何としても大聖人様に応え奉ろうではないか
 
 浅井昭衛会長の年齢はいま89才、本年末には90才となる。ご長寿で第一線でのご活躍、めでたいことである。
 さて、2020年代が「広宣流布の決戦場」であるなら、2029年末に浅井会長は98才となる。
 しかして残念ながら小生の予測によれば、「300万達成は、..2032年(会長101歳)」である。
 
 つまり「広宣流布の決戦場」たる2020年代に、「広宣流布の重大関門」である三百万が達成できる見込みはない。
 大石寺門流は四分五裂し日蓮門下も異体異心、「近き近き近き」広宣流布は幻想である。浅井会長に「 残された時間が少ない」ことは、「一点の疑い」もない。
 
 どうか顕正会員諸氏よ、「無二の師匠」という幻想に、一刻も早く気づいていただきたい。
 大切な人生を、自ら台無しにしてはいけない。
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自己愛人間への対応術

 浅井昭衛・顕正会終身会長が「自己愛人間」であることは、これまで拙著「迷走する顕正会を斬る」でも指摘して来た。
 ホチキス・サンディ著、「結局、自分のことしか考えない人たち―自己愛人間への対応術」の紹介と、古参会員から現役顕正会員諸氏への助言を記すことにしよう。



 本書の内容は、「あなたの身近に存在している『自己愛人間』、彼らの7つの大罪とは―。
 恥を知らない、歪曲して、幻想をつくり出す、傲慢な態度で見下す、ねたみの対象をこきおろす、特別扱いを求める、他者を平気で利用する、相手を自分の一部とみなす。
 他者を犠牲にして自己を守ろうとする、自己愛人間の複雑な心理構造を解き明かし、その毒から身を守るための4つの戦略を紹介。
 彼らの理不尽な言動に振り回され、傷つけられ、人知れず苦しんでいるあなたのための必読書
」と、紹介されている。

 事例がすべてアメリカで、身近な自己愛人間に対する問題であるため、依義判文して浅井昭衛会長とその組織に当てはめて読んでみよう。

 著者紹介:ホチキス・サンディ、心理学博士、精神分析医、公認臨床ソーシャルワーカー。専門分野はパーソナリティ障害、特に自己愛性パーソナリティ障害とその対人関係。
 
◇ 「自己愛人間から身を守る四つの戦略

 浅井昭衛会長と、浅井チルドレンと化した上長の理不尽な言動に振り回され傷つけられ、組織の同調圧力に苦しんでいる現役顕正会員諸氏は、どのように対処したらよいのか…。

 ご参考まで。

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 戦略1 「自分を知る

 顕正会員は浅井昭衛会長に出会い、誇大感と万能感に強くひかれ、特別な気分を味わっている。刺激的で、充実した日々が送れるからだ。
 だが、自分を犠牲にして幻想を追い求めたところで、心は満たされず遂には却って傷つくばかりである。 
 会長の自己愛の罠に陥る時、あなたはかけがえのない人生を捨ててしまっている。
 
 サバイバルのためのポイント

  1、 浅井昭衛会長が自己愛人間であると、相手の正体がわかれば 自分の身も守りやすい。
  2、 会長の言説に激しい感情を覚えた時には、過去のどの弱みのボタンが押されたのかを自分に問いかけよ。
  3、あなたはただ、自己愛人間が自身の感情を処理する手段として、使われたにすぎない。
  4、 組織内で惨めな思いをした時には、気持ちを切り替える方法を見つけよう。時には相手の精神年齢が幼児並みだと思うことが役に立つ。
  5、 復讐したいという衝動を抑えること、彼らに異議を唱えたり説教したりしない。
  6、 あなたが投影を跳ね返したことを、心の中で十分に確認すること。

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 戦略2 「現実を受け入れる

 幻想は、自己愛人間の大きな特徴だ。事実の歪曲や捏造、誇張や自慢、嘘や否認。
 自己愛人間は現実を色々な方法で遠ざけ、幻想を維持し誇大感と万能感とを支えようとする。
 そのためには共犯が必要で、自分を承認し いいつけに従う相手が必要である。中には大喜びで、すごい役割を果たそうとするものもいる。自分の価値を確認したいし、生きている実感が欲しいと、望んで自己愛人間の共犯になろうとする。

 多くの自己愛人間が、社会の上層部を占めているのは、どういうわけだろうか?
 自己愛人間の魅力的な誘いに応じてしまうのは、自信をなくしてしぼんだ自己を膨らませたいという、私たち自身の欲求のせいである。
 自尊心が揺らいでいる時や、人生が虚しく感じられる時には、自己愛人間がその問題を解決してくれるように思えるからである。
 
 サバイバルのためのポイント

  1、 自己愛人間の力を借りて夢を描くのではなく、自分自身の力で夢を見つけよう。どれほど魅力的に見えたとしても、自己愛人間とその非現実的な世界を避けよう。幻想の世界に引き込まれれば引き込まれるほど、自分を見失うことになる。
  2、 理想化した姿ではなく、自己愛人間の本当の姿を見ることが大切だ。 
  3、 自己愛人間が誰かに対して、嘘をつく、騙す、見下す、傷つける、裏切る、利己的に利用する、という行動を見せたら、次の相手はあなたかもしれない。
  自己愛人間と特別な関係(息子や娘婿ですら...)にあるからといって、自分は被害を免れると思ってはいけない。罠にはまった証拠であり、現実に戻れという合図なのだ。
  自己愛人間は、誠実に振る舞うことはない。あくまで、自分の自己愛を満たすために行動する。
  4、 浅井昭衛会長の人間性を変えられる、などという幻想は捨てよう。自己愛人間には、その能力が欠けている。
  5、 時に夢を見る(天母山への紅の涙の行進...等)のもいいが、人生は荒廃し取り返しがつかないことになる。
 
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  戦略3 「境界を設定する
 
  自己愛人間とは、成長が止まってしまった人たちだ。彼らにとって周囲の人間は、自分の欲求を満たすために存在する。
  その欲求を満たさないものは利用価値がなく、心理的な意味で存在しないのと同然だ。

  それ以外の点では、頭の回転も速くユーモアがあって教養もあり魅力的でもあるが、対人関係を見れば子供っぽい自己愛人間であることに気付くだろう。
  自己愛人間は日常的に、必ず境界を侵害する。日常的に特権意識を持って、あなたの境界を侵害する。
  彼らから身を守る方法はひとつしかない、あなたの方で境界を設定することだ。

 サバイバルのためのポイント

 1、 境界を設定する際の秘訣は、コントロールだ。相手はあなたよりも人を操る術に長けているから入念に作戦を練っておく。目標は何で、期限は何時までか。これまでに何を試したか、どんなことが成功して、どんなことが失敗したか。
 2、 相手と対等の立場に立って、自分の気持ちや意見をはっきりと伝える。 「アサーティブ」という方法は、主体的な自己主張や自己表現の手段として、非常に有効である。
 ところが、相手が自己愛人間の場合には効果がない。自己愛人間はあなたの主張を、個人的な攻撃と受け取るから。
 3、 相手に会いに行く前に怒りを鎮めておこう。大切なのはあなたの気持ちがどれだけ楽になるかという点であることを忘れないこと。
 4、 相手との関係が思わぬ展開を迎えることに備えよう。あなたが、自分で自分の人生をコントロールしようとし自己愛人間の心の平静を乱す時、相手は必ず何らかの対抗手段に出る。
 一旦設定した境界は、何が何でも守り抜くこと。
 
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 戦略4 「相互関係を築く
 
 自己愛人間の毒から身を守る最も効果的な方法とは、そもそも彼らと深く関わらないことである。
 現実を見抜く目や自制心を持ち努力を重ねれば、健全な毎日をおくることは可能だ。
 あなたが自分自身の弱点を認め、幻想や歪曲を見破り 利己的に利用しようとする相手から勇気を持って身を守れば、人生は変えられる。
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 以上、「結局、自分のことしか考えない人たち―自己愛人間への対応術」の第3部、「自己愛人間から身を守る4つの戦略」の要約である。

 ちなみに目次は、このようになっている。

 第1部 自己愛人間の7つの大罪
 第2部 自己愛はどこから生まれるのか
 第3部 自己愛人間から身を守る4つの戦略
 第4部 あなたのまわりの自己愛人間たち
 第5部 子どもを自己愛人間にしないために

 
 さて、「自己愛人間」についていろいろな特徴が掲げられているが、顕正会員諸氏においては、思い当たるところがあるだろうか?
 
  ・ 恥を知らない
  ・ 幻想をつくり出す
  ・ 傲慢な態度で見下す
  ・ ねたみの対象をこきおろす
  ・ 特別扱いを求める
  ・ 他者を平気で利用する
  ・ 相手を自分の一部とみなす
  ・ 誇大感と万能感
  ・ 事実の歪曲や捏造
  ・ 誇張や自慢
  ・ 嘘や否認
  ・ 騙す、傷つける、裏切る

 
 
 
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二百万達成

 平成30年7月度総幹部会で、矢島総務より「二百万達成」が報告された。
 それを承けて浅井会長は、かつての御遺命守護の自己讃歎物語を長々と語って、最後に「さあ、次の目標は三百万であります」と述べた。
 身命を削って「二百万達成」を目標に、無理な御奉公を重ねてきた会員諸氏は「次の目標は三百万」を、どのような思いで聴いたことだろうか…。



ボクシング・山根明会長の溢れんばかりの「自己愛」>(文春オンライン / 2018年8月7日 )に、「理屈に合わない持論を展開し、説明になっていなくても正当性を堂々と主張するのも 自己愛」として、独裁者の有り様を分析している。
 「自分に対する特権意識が強く、なんでも許され、特別に取り計らわれるのが当然であると思っている。万能感が強く、自分が一番偉いため、言動も態度も尊大で傲慢、人は自分の言う通りに動けばいいと思っている。他人は自分の目的を達成する道具であり、他人の存在や気持ちは意識していない
 「このような人物は、権力を持つほどに他人には厳しく自分には優しくなり、ルールを簡単に破り自分勝手に振る舞いやすい。失敗を恐れ、自分の立場を弱くすることを嫌うため保身が強く、自分の責任は認めない他罰的傾向も強くなる」(文春オンライン)

 どんな組織・団体でも、批判や監査の目が届かない体制・制度で人事と金庫(経理)を握れば、人はその権力を手放したくない。批判するものは除名・左遷・パワハラで排除し、周囲はイエスマン・茶坊主・女帝だけとなる。そうしてドンは、やりたい放題の絶対権力者・終身会長になる。

 こうした組織の私物化は、人類の歴史が始まって以来の難題で、その妙薬は批判と監視と抗議である。
 「諫臣国に在れば則ち其の国正しく、争子家に在れば則ち其の家直し」(北条時宗への御状)と。
 かつて、宗門にあって諫臣・争子の役割を担った浅井会長は、講中・会内における諫臣・争子を悉く排除して絶対権力を掌握し、組織の私物化に突き進んだ。
 小生はこのブログでも、「自己愛的人格構造」や「顕正会の組織風土」や「指導者と詐称者」等、浅井会長の独裁私物化をささやかながら指摘し続けて来た。

 一般社団法人「日本ボクシング連盟」は、日本オリンピック委員会に加盟しているから、「第三者委員会を設けて真相を究明せよ」との指示を拒めなかった。
 一方、宗教法人法はあまりにザルで、浅井昭衛会長は国から宗教法人「顕正会」に税制の優遇を受けつつ、人事・経理においてやりたい放題を続け、会員を「紅の涙」の幻想・妄想に巻き込み、多くの人々の人生を狂わせている。  

 さて、データに基づく予測では、三百万達成は14年後の2032年で、会長の年齢は101歳である。
 顕正会員諸氏には「次の目標 三百万」を迎えて、これまでの浅井昭衛会長の言葉をしっかり思い起こして欲しい。

 

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冨士(創刊号)

 妙信講再建当時、講中の様子がどんなものであったか、これからしばらく振り返ってみよう。

 昭和36年の冨士(創刊号)と、顕正新聞(41号)が小生の手元にある。小生が入信する5年前の資料であるが、先輩諸氏からわたしに託されたものである。

 昭和36年4月、細井日達上人は「事の戒壇とは富士山に戒壇の本尊を安置する本門寺の戒壇を建立することでございます。勿論この戒壇は広宣流布の時の国立の戒壇であります」(「大日蓮」一八三号)と指南した。
 4月15日、教学部結成式が音羽の本部で開催され、浅井昭衛企画室長による六巻抄講義が始められた。

 5月28日、妙信講は第七回総会を開催(千代田公会堂)、浅井企画室長は「使命あればこそ妙信講は試練に耐える。信心が仏意に叶えば必ず広布のお役に立つ」と講演した。
 同月、創価学会は二百万世帯を達成した。池田会長は二百万世帯を背景に、「王仏冥合の実践の関所ともいうべき選挙戦は、日蓮大聖人の至上命令である」(「大白蓮華」一二一号、昭和三十六年六月)と述べた。

 このとき妙信講は、1,400世帯となっていた。


 9月1日、教学誌「冨士」が創刊された。
 9月、法華講第一回全国連合登山会が挙行された。法華講連合会発足の、第一歩である。
 11月、総本山の御会式に、妙信講員120名が参加した。


妙信講の組織は本部の下に七ヶ支部二ヶ直属班が法陣を布き本部の機構は本部企画室、財務部、教学部、青年部、婦人部、から成っている」(冨士 創刊号) 

 当時の妙信講では、講員はすべて各支部に所属し、支部長が組織運営の中核を担っていた。

 しかしその後、浅井昭衛氏は支部を解体して四者体制に移行し、さらに壮年部を潰してしまった。
 そして伝統ある教学部も、ひっそりと葬ってしまった。

 

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顕正会のタイムテーブル part2

 平成30年の「弘通の足跡」(顕正新聞 第1428号)のグラフを検討してみよう。

 浅井会長は、過去の自身の発言について、はずしたことについては言及しないし、いわんや検証することもない。
 ところが本年の「年頭の辞」では、このように語っている。
  「出陣たる五万人男子部大会を開き、『二〇一九年までの二百万達成』を全員で誓願したのであった。その二百万が、二〇一九年を待たずに、一年も早く本年七月に達成されること、広布の決戦場に些かも遅れずと思えば、ただただ有難さが込み上げてくる
 あたかも、誓願がいつも達成されているかのように会員に思わせる、浅井マジックである。
  「一千万はあと15年(平成25年)」と、顕正会会長として誓い奉った一千万だったが、「些かも遅れず」どころか遅れまくっている。

 

 それでは、小生の5年前の予測(顕正会のタイムテーブル)について、自ら検証してみよう。
  「200万は7年後の平成32年(2020年)に達成」とグラフから読み取ったが、それは2年間前倒しされた。
 簡易なグラフからの読取りであれば、小生の予測(誰がやっても同じだが..)は充分信頼に値するだろう。

 では最新の「弘通の足跡」から、今後の推移はどうなるだろうか?  
 今から10年後の2028年(会長97歳)、約268万人とグラフから読み取ることができる。そして300万達成は、14年後の2032年(会長101歳)である。
 したがって、「2020年代に、いよいよ本格的な他国侵逼が起こる … 建白書において、『近き広宣流布・国立戒壇』という文言を、三たび使った。… 六千万は必ず成る。この確信のゆえに、敢えて『近き』『近き』『近き』と三度、繰り返したのであります」(平成24年8月)はレトリックに過ぎず、いつもの様に虚言となることは明白である。
 2020年代に六千万が成らないことは、「弘通の足跡」グラフが証言している。5年前の予測でも、300万達成は2035年で、数年しか違わない。

 結論は、5年前といささかも変わらない。もう一度ここに、再掲しよう。
  「顕正会が、広宣流布・国立戒壇の御奉公を成し遂げ 「紅の涙」云々というのは、浅井会長が御書を自己中心・自分勝手に解釈して創り上げた妄想に過ぎない。
 300万へのタイムテーブルが破綻していることは、すでに現実を反映したグラフが正直に示している。それは同時に、浅井昭衛・讃仰(個人崇拝)団体となってしまった顕正会は 『御仏意』に叶わない、ということである。
 浅井会長の妄想に騙され、大切な時間を御奉公(組織活動)に費やして、人生を無駄にしてはいけない。」 (櫻川 記)

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自己愛的人格構造

  「マインド・コントロール」(文春新書、岡田尊司著、2016年4月発行)から、独裁者やカルト指導者の支配の特徴を知っておこう。

 共感性の乏しさと支配する快感

 相手の立場になって痛みを感じるなら、相手を傷つけようとはしない。しかし、共感性が欠落していると、支配する快感を押しとどめる機構が働かない。
 マインド・コントロールは、虐待やイジメ、ハラスメントと共通する源をもっている。共感性が欠如すると、支配か利用かというあり方になる。
 自分は直接手を下さず、言いなりになる部下を使っての支配はリスクが少なく、支配の快感はいっそう大きい。それは病み付きになって、マインド・コントロール支配は中毒的な快感をもたらす。

 マインド・コントロールする側の特性

 独裁者やカルト指導者、独善的な上司や配偶者、親、イジメに走る子どもに至るまで、そこには本質的な共通項がある。

 その第一は、閉鎖的集団の中で優位な立場にいること。その優位性は、相手の安全を左右できるという点に関わっており、「生殺与奪の権利」を持つ。
 第二の点は、弱者に対する思いやりのなさ、さらに自身の正義だけを振りかざす倫理感の欠如である。
 そして第三には、支配することが快楽になるということ、「支配は中毒になる」のである。

 肥大した自己愛や万能感

 悪しきマインド・コントロールに走る者は、他者を支配する快楽が強列なのに比して、それを思いとどまる共感や思いやりを稀薄にしかもたない。
 そうした特性は精神医学的には、一つの「人格構造の特徴」に一致する。それは「自己愛性」である。「自己愛性人格構造」は、肥大した自己愛や万能感と、他者への共感性の乏しさや搾取的態度を特徴とする。
 独裁者であれ破壊的カルトのグルであれ、DV夫やパワハラ上司であれ、支配的な親や同級生へのイジメに愉楽を見出す小中学生であれ、基本的に同じ自己愛的な人格構造が認められる。 (※ 以上、岡田尊司著「マインド・コントロール」より

 独裁会長の自己愛的人格構造

 昭衛氏を妙信講草創期から支えた有為な人々は、ことごとく排除されもはや顕正会に痕跡を残さない。しかし小生の心の中には、御遺命守護を共に闘った先輩幹部諸氏の輝かしい姿が、今も鮮明に残っている。
 「試練と忍従」期を共に耐え、自ら育くんだ有為な人材を嫉妬し恐れ、昭衛氏はすべて排除してしまった。

 そして今日、長男の浅井克衛氏も娘婿の小峰勝彦氏も最高幹部の理事職から排除され、その理由や消息を問うことは顕正会ではタブーである。
 兄を猛毒VXで排除した独裁国家のドンも、身内をも排除する終身会長も、権力を維持するため厳しい情報統制を課することは同じようだ。

 

 

 

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スピリチュアル・アビュース

 顕正会は今や、典型的な「カルト教団」となってしまった。
 そのことを、〈カルト宗教事件の深層 「スピリチュアル・アビュース」 の論理〉(藤田庄市著、春秋社、2017.05)に、見てみよう。

 藤田氏は、盲信や狂信や呪縛という言葉ではとらえ切れない カルト事件の深層に迫るため、「スピリチュアル・アビュース」 という概念を提示している。
  「スピリチュアリティ」(霊性)とは、「超自然的な力や存在に自己が影響を受けている感覚」 である。
 そこに教祖やリーダーが絶対的優越的地位を濫用し、教義や修行・儀礼などの宗教システムで働きかけ、恐怖感による圧迫・焦燥などの切迫感を与えることで信仰者の精神を操作する。

  「アビユース」とは、「濫用する、悪用する」ことであり、「虐待」をも意味する。信仰者を行動に駆りたてるのは、恐怖感・圧迫感・使命感で、信仰をやめることは罪悪とされる。カルト信者は、他から見ると異様な行動を取り、場合によっては犯罪まで犯してしまう。
 カルト教団は精神的・肉体的に会員を従属させ、財産等さまざまな面で信者から収奪する。そして、教団や集団の枠を超えて、ついには社会にまで累を及ぼすに至る。

 しかし、カルト信者は救済の実感や使命感、超越的存在と結ばれているという優越感など、精神的昂揚の中にある。
 「スピリチュアル・アビユース」は、精神の自由・人間の尊厳の重大な侵害そのものである。
 カルトは世俗の常識に反しているし、奇態さや異常さが際立ってスキャンダル性や事件性・特異性に目を奪われてしまうが、カルト現象の根底には「精神の自由の侵害」「人間の尊厳の否定」があることを見失ってはならない。

 この書 「カルト宗教事件の深層」 の最後には、「終章 東日本大震災被災地に響く終末の脅迫 -- ものみの塔と顕正会 --」の章を設け、顕正会員が福島第一原発事故被災地や全国の原発立地 あるいは原発反対集会などで、原発廃絶を主張する機関紙を配布しながら活発な勧誘活動を続けていることを紹介している。
 そして、顕正会員は浅井会長を盲信し、亡国が現実化しつつあるとの思い込みと、正本堂崩壊の現証によって宗教的かつ現実的な危機感・切迫感・使命感を強く持たざるを得ない、と分析している。

 そうした藤田氏の論述は、拙著「迷走する顕正会を斬る」でも言及したことであって、同感するところが多い。
 顕正会員諸氏には、我が身と組織の現状を省み 近い将来(会長滅後)を鑑みて、恐怖感や切迫感の濫用によって精神的に「虐待」されていることに、一刻も早く気づいていただきたい。

 そして、浅井会長に従いながら排斥・粛清・排除・処分され組織を離れた「理事」等の元最高幹部諸氏に、酷かもしれないが小生は問い糺したい。結句、自身がカリスマ会長から「アビユース」されたことは、自業自得果である。
 しかし、あなた方は会長の権威濫用の手先として、どれほどの「虐待」を会員に対して為して来たことか…、その自身の行為に 「忸怩たるものはないのか…!?」、と。

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顕正会の組織風土

 組織のあるところには、 「無責任の構造」がひそんでいる。
 今、豊洲市場への移転問題で都の官僚による情報隠蔽が表沙汰になっているが、そこには無責任の構造がある。

 中でも教団組織、とりわけ顕正会ではその傾向が、顕著である。
 顕正会員は何故、「数・ノルマ」を強要する無慈悲な組織風土に、疑問をもたないのか?
 その根拠を「無責任の構造」(モラルハザードへの知的戦略、岡本浩一著、PHP新書)を基に、分析してみよう。

 無責任の構造は、同調・服従・内面化によって、醸成される。これは人が集団に従うときの、不本意さの程度に対応している。
 もっとも不本意なのが服従である。不本意だという感覚がある限り、「無責任の構造」は拡大しない。
 しかし、不本意ながら従っているうちに、やがて不本意な行為の背景にある価値観を、自分の価値観として獲得してしまう。それが内面化である。
 同調や服従から内面化が生じるプロセスによって、「無責任の構造」が作られる。

 1.同調の行動モデル

 同調とは、モデルの行動が顕在する状況で、同じ行動をすることである。
 「内なる同調性」:人間は思っている以上に同調的である。
 「外なる同調性」:世間一般は同調を規範として持っている。
 顕正会では、総幹部会やビデオ放映等で「浅井先生絶対」が強調され、入会するとやがてそれに同調して行く。
 同調は、心理的に孤立無援であることが、大きな背景になっている。

 2.服従のメカニズム
 
 組織的・社会的圧力のもとで、不本意な行動をさせられるのが、服従である。
 顕正会では、末端幹部になると「折伏成果」のノルマが課され、不本意であっても上長の指示に従わざるを得ない。
 さらに、「結集成果」や「機関誌購読・広布御供養」等にも、前年比増の暗黙のノルマがある。

 3.内面化のプロセス

 内面化は、行動の背景となる価値観が習得されたため、強制力もモデルもなしに行動が継続される現象である。
 一つには 「認知的不協和」のプロセスとして、組織内で不協和(異なる意見)を小さくしよう、とする努力が働くことによる。
 二つには 「選択的情報接触」のプロセスで、自分や組織に有利な情報だけを選択することによる。
 顕正会ではこうして「浅井先生絶対」が内面化され、ノルマ未達の際は「浅井先生に申し訳ない」という心情に駆られる。

 4.脳機能の損傷

 ここからは小生の私見であるが、現代の脳科学では強烈な精神的支配(ストレス)を受け続けると、海馬や大脳新皮質に損傷を生じることが、ラットの実験等で検証されている。
 アルコールや薬物やギャンブル等の依存症でも、同様に脳機能の損傷がみられるという。
 顕正会員は、「浅井昭衛依存症」で脳の正常な判断機能が、物理的に損なわれている可能性がある。
 だから「6千万で御生骨が光を発する」などという、荒唐無稽な妄想を容易に受け入れてしまう。
 「本尊偽造問題」にしても薄々は「変だ」と感じつつ、自ら意識下に閉じ込め問題を隠蔽する。そうしなければ、自身のこれまでの人生の否定につながるし、幹部としての立場が保てない。
 
 顕正会員諸氏には自分が今、上記のどの<段階>なのか自ら見つめ直す時期が、来ているはずである。
 もはや、「無二の師匠」に残された時間は、きわめて少ないのだから。

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基礎教学書の広告


 基礎教学書(日蓮大聖人の仏法)の新聞広告が、ネットで話題になっている。

 そこで、今日(08月04日) Amazonの売れ筋ランキングをチェックしてみたが、「基礎教学書」 は、110,826位 だった。

 ちなみに、拙著「迷走する顕正会を斬る」 は、57,914位 となっている。

 広告もしていない拙著の方が、なんとランキング上位だった。

 顕正会本部は、「昨日、六月二十八日の「長野日報」に全国の先陣を切って基礎教学書の広告が掲載され」(顕正新聞 7月5日号)と、6月末から広告にこれ努めて来た。

 瑠璃堂みう氏によれば、長野日報(6/28)、千葉日報(6/29)、伊勢新聞(7/13)、下野新聞(7/14)、常陽新聞(7/14)、日刊ゲンダイ(7/20)、津軽新報(掲載日不明)、上毛新聞(7月6日)、熊本日日新聞(7/14)、琉球新報(7/26)、岩手日報(7/27)、胆江日日新聞(7/27) 等々。

 「ネットは見るな!」 として来た顕正会だが、総幹部会で浅井会長自ら 「購読申込みが広告によって、アマゾンに続々とよせられている」(取意、7月度総幹部会)と述べたという。そして、各部集会での幹部の登壇では、「基礎教学書 注文が殺到」、「アマゾンで宗教部門第1位」、「広告を見て逆縁者が入信」 等と叫んでいる。

 Amazon売れ筋ランキングとは、Amazon公式サイトによると 「商品の販売データなどを反映して、1時間ごとに更新される、人気商品のランキング」 とのことである。
 推定・数千万円の広告費を投じてなお、一古参会員が7年前に出版した本に一時的にでも遅れを取っている事実、これが顕正会の実力のリアルな一面である。

 顕正会員諸氏には、オカルト・妄想発言を連発する老会長の異常さに、もう気づいてよい頃ではないだろうか。

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第六天の魔王のターゲット

 浅井会長は云う。 「広宣流布が近づくにつれ、第六天の魔王は何としてもこれを阻止しようとする。どうやって阻止するのか。それは、最大の実力者の身に入って、その者を狂わせればいいのです」(顕正新聞3月5日(1369)号)と。

 昭和49年、宗門に於けるキーマン(実力者)は、数は小なりと雖も妙信講の本部長、浅井昭衛氏だった。第六天の魔王は、みごとにその浅井昭衛氏の身に入って「魔心・愚心出来」せしめ、狂わしめた。
 どのように、魔心・愚心出来したか。慢心(成功体験と全能感)によって、全権の理事長に就任し

  1) 自ら妙信講の解散処分を招き
  2) 法廷闘争で宗門を敵にまわし
  3) 離反寸前だった宗門と創価学会を協調させた
  (詳しくは、拙著 「迷走する顕正会を斬る」 第五章・第六章 参照)

 宗門の 「何という堕落、何という濁乱か」の現状は、浅井昭衛氏にその責任の多くがある。
 外には、正系門家をして四分五裂に導き、広宣流布を阻止し「濁乱の極」に導いたのは、他ならぬ浅井昭衛氏である。

 そして内に於いても、浅井昭衛氏は宗教法人「顕正会」会長の座に居座り、「国立戒壇」を看板にして、純粋な会員を使役し搾取し隷属させ、多くの人々の生活・人生を無惨にも破壊し続けている。
 会員は、道具でしかない。「浅井先生にお応えせん」と、一途に励む会員諸氏を使い捨て、独裁国家のような理不尽な組織運営を、40年以上も続けて来た。

 浅井昭衛氏には、国立戒壇建立への本気の「意志」も、「戦略」も「プラン」もない。あるのは 「プライド」と宗門への 「恨み」と、「はったり」と 「諸天頼み」である。
 教学研鑽を排除するのは、国立戒壇が見せかけの「看板」に過ぎないことを、会員に隠蔽するためである。浅井昭衛氏にとって国立戒壇もまた、<過去の功績>を会員に賛嘆させるための、都合のいい道具に過ぎない。

 各地に会館を建て、自ら複製せしめた異形の「大幅形木本尊」を祀らせることは、かつて日銀総裁の印がない札は「偽札だ」と本尊乱造を批判・否定した、自身の言明に違背している。「何という堕落、何という濁乱か」。
  「この男にも、第六天の魔王が入った」等と他者を批判しながら、自分だけは特別・別格だと思い込んでいる。こうした事例は、各種の人格障害にもよく見られる症例である。

 「無二の師匠」こそ、格好の魔のターゲットだったのだ。近いうちに顕正会員諸氏は、その師匠を失うことになる。
 しかし、自暴自棄になってはいけない。自分の生命と、家族は大切にしよう。人生をやり直すことは、必ずできるのだから。


          平成28年6月 櫻川 記

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ブラック 顕正会

 昨今、「ブラック企業」という言葉が、よく聞かれるようになった。以下の要件が当てはまれば、ブラック企業と呼ばれるという。

 ・ 企業および経営者の負うべき責任を明確にしていない
 ・ 末端の従業員(平社員、アルバイト、パート)の待遇を軽視している
 ・ 消費者や地域への貢献度が低い。(商品・サービスの質に劣る)

 さて、今の顕正会はブラック企業とよく似た組織風土の教団だと、わたしには思い当たる。  具体的に、顕正会にも当てはまるブラック企業の特徴(ウィキペディアより抜粋)を、見てみよう。

  経営者・上層部の問題

 1)独裁的経営。恐怖政治的経営、ワンマン経営、同族(親族)経営、成り行き任せの経営、法制度に対する軽視、等が蔓延している。

 2)経営者の神格化。個人崇拝を強制し、経営者の個人歴や言語録の暗記、経営者の著書の購入、感想文の執筆などが業務の一環として義務付けられ、経営者への信仰心が仕事の評価に繋がる仕組みになっている。

 3)長時間労働。サービス残業、経費の自己負担などが宗教的価値観に基づき美化され、従業員がそれらを自主的に行わざるを得ないような雰囲気作りがなされる。

 4)末端従業員の犠牲と消耗。従業員の過剰な負担による、使い捨てを前提としたビジネスモデルが構築されている。

 5)経営者の言動が法律よりも優先され、違法行為が公然とまかり通っている。

  組織の欠陥

 6)合理的に仕事を行う組織やルールを作らない。存在していても文章があるだけで、職務分掌がまともに機能していない。

 7)異常なポジティブ思考の強制など、上意下達と絶対服従が徹底化された組織。下層の従業員は会議にも参加できず、業務上の問題点の指摘もできない。

 8)自分の成績や自己保身のため、部下や周囲を次々と食い潰すクラッシャー上司や従業員を放置し、職場の問題として認識・対処するシステムがない。

 9)従業員の人格や人権を軽視。会社や経営者に対する絶対服従など従業員への洗脳を施し、会社のために命を投げ打つことも厭わなくさせる。

 10)責任を負うべき指示は、口頭で済ませる。記録が残らないので、指示者がミスをしても証拠がない。

 11)正当な業績評価や職務評価が行われない。軽微なミスでも多数の面前で罵倒し始末書を書かせたり、監禁や解雇に近い自主退職に追い込む。

 12)従業員への過重な負担。強烈なプレッシャーとストレスが掛かり続ける結果、組織末端の従業員や下級管理職が鬱病やPTSDなどを発症して次々と倒れる。最悪の場合、自殺者が発生する。

 13)仕事とプライベートの区別がない。業務に私情を持ち込み、私情に業務を紐付ける。親睦を深めることを口実にしたプライバシーへの干渉、業務の効率化を目的とした生活指導など。

 14)24時間 365日体制の、公私混同ネットワークを形成する。

 15)経営陣が従業員の言動を徹底的に監視。社内の盗撮や電話の盗聴、監視カメラ、密告の奨励、交友関係の監視やネットのアクセス履歴の盗み見、SNSでの発言の監視やプライベート活動の監視など。目的は従業員同士の団結をさせないこと、プライベートでの活動や人間関係を盾にした制裁や脅迫。

  待遇の問題

 16)激務で長時間労働・過重な責任。常に収益の向上を名目とし、人件費削減を過剰に追求するため、仕事量と内容に対して人数が絶対的に不足し、作業量が過重な上に増員や分業もできない。

 17)残業が当たり前。定時に終わらせることなど、到底無理な仕事量を押し付ける。「定時までに仕事をこなせなかったお前が悪い」などと叱責し、サービス残業を強制する。

 18)過労や労働災害に対し、自己責任論を持ち出す。従業員に非現実的な身体能力(絶対に疲れない、眠くならない、人体に有害な環境でも平気、泥酔しても安全運転 等)を求め、全ては従業員の能力不足に起因するというスタンスを貫く。

 19)成果主義や年俸制を導入するが、真の目的は人件費削減。裁量労働制やフレックスタイム制を悪用して、社員の拘束時間を無制限に延ばし、残業代を出さないために導入する。

 20)薄給の上に経費が自腹。諸経費を自己負担させる。

 21)ノルマ未達成の苛烈なペナルティ。ノルマが達成できない場合、所得税などを控除した手取り額を時給に換算した場合の額が、最低賃金以下になる。「罰金」などの名目で控除したり、給与を自主返納させたり、「自爆」行為を強制させ、手取りがマイナスになる場合もある。

 22)心身の健康を害するほどの身体的・精神的ストレス。終電過ぎまでの勤務や何日も会社に泊り込んでの仕事など、体調を崩したり、鬱病などの精神疾患を発症する。さらに過剰なストレスによるPTSDの発症、発作的な自死や過労死など生命を失う事態もある。

 23)スキルアップとキャリアアップは皆無。従業員は数年で退職に追い込まれるが、仮に何年も勤続したところで業務スキルや専門的なノウハウがほとんど身に付かず、キャリアアップのシステムや支援は実質的にない。

  退職の問題

 24)常識的な円満退職は期待できない。従業員側からは簡単に辞められない。「どこに行っても通用しない」などと脅迫したり、退職日を勝手に先延ばしする。一方で、会社側からは自由に解雇させられる。

 25)退職届を受理せず懲戒解雇にしたり、さらには退職後に会社から損害賠償を請求してくる。


 さて、こうして見るとブラック企業といえども給料が出るだけまだ顕正会よりまし、ではないだろうか。
 顕正会幹部諸氏よ。あなた方も、淺井会長の精神的奴隷となってしまった悲惨な被害者だが、同時に被害を社会に拡大している加害者でもあるのだ。


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願望にもとづく幻想

 平成25年4月度総幹部会で浅井会長は、安倍首相の経済政策・アベノミクスを批判して、こう述べた。
 
 そもそも、基本的な校正ミスがある。「昨年の三・一一以降、日本列島の地殻は極めて不安定になっている。この四月も…」、これは「昨年」でなく「一昨年」の誤り。
 「国立戒壇を推進する唯一の言論機関」(横田副理事長)と「自賛」する機関紙にしては、その編集部のレベルの低さが見て取れる。
 
 一事が万事、顕正会は「自賛」に満ちている。
 
 ブラック企業の宣伝文句か、催眠商法の謳い文句かと、見まごうばかりの自賛ぶりである。
 「自画自賛」の類語を調べてみると、このような言葉が出てくる。「自慢」「手前みそ」「自己満足」「独りよがり」「お手盛り」「我田引水」「売名行為」。
 すべて、顕正会によく当てはまる。
 
 「空樽(あきだる)は音が高い」(空っぽの樽を叩けば、大きな音が出る)
 つまり「自画自賛」は、劣等感の裏返しである。顕正会においては、自信の無さ(無能・稚拙・幼稚)の裏返しとして、独りよがり自己満足手前みそが鮮明に出ている。
 
 さて「願望にもとづく幻想」であるが、浅井会長の六千万会員・二〇二〇年代達成目標こそ、まさに「願望に過ぎない」と小生は指摘し続けて来た。
 他者に斬りつけた刃が却って自身を傷つけてしまっていることに、ダブル・スタンダードの浅井会長は気づかない。
 
 社会学の知見を、参考にしてみよう。「ダブル・スタンダードの存在する社会領域では、人びとは個人としての自律的な判断と行動が困難になりがちである。ダブル・スタンダードが、自己欺瞞を欺瞞として放置し、思考停止させる文化装置としての『心の習慣』であるのは、それが反省抑圧的なコミュニケーションだからである」(「ダブル・スタンダードの理論のために」、野村一夫著)
 
 たしかに、顕正会には自己反省が希薄で、思考停止自己欺瞞自律的な判断と行動が困難、という傾向が顕著である。
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よく見ててごらんなさい -- 異常者か詐欺師か? --

 

 平成25年3月度総幹部会で、浅井会長は安倍政権を批判して「よく見ててごらんなさい」と述べ、最後に大言を発して講演を結んだ。

 ・ 二〇二〇年代こそ、広宣流布の決戦場
 ・ この決戦場に、六千万の地涌の菩薩が馳せ参じ
 ・ 六千万の地涌出現は必ず間に合う

 浅井会長は、「二〇二〇年代に顕正会の会員数が必ず六千万となる」と期限を切って、途方も無い数字を言い切ってみせた。
 顕正会員諸氏には、大事なことであるから冷静に、よく考えてみて欲しい。広宣流布の決戦場たる二〇二〇年代の最後、会長の年齢は98歳となっている。

 浅井昭衛氏が「六千万の地涌出現は必ず間に合う」と本気で思っているなら、妄想も甚だしい。もはや正気を失っている、と言われてもしかたないだろう。
 六千万など無謀な幻想と判った上で、敢えて「必ず間に合う」と煽動しているなら、会員を誑かす悪質な組織ぐるみの詐欺である。
 いずれにしても異常者詐欺師か、そのどちらかということになりはしないか?

 浅井会長の言葉を借りて云おう。「よく見ててごらんなさい
 今の推移で行けば二〇二〇年代が過ぎても、顕正会は300万会員にすら達していないだろう。
 これまでも、「あと二十五年(平成19年)で人類絶滅」、「一千万はあと15年(平成25年)」等の言明に、浅井会長は煽動の責任も取らず何の釈明もしていない。まるでそうした言及など、過去に一切なかったかのようだ。
 そうであれば未来の六千万も、また同様の顛末と見るのが当然だろう。いわんや、二〇二〇年代の終わりに浅井昭衛氏が存命している可能性は、ほとんどないのである。

 もういいかげん、目を覚ましてもよい..のではないだろうか。
 顕正会員の諸君、先生と組織に御奉公を貫いて、人生を無駄にしないでほしい。
 もし、「浅井先生に騙されていようとも、自分は命かけて先生を信ずる」と、そこまでの覚悟があるならそれもいいだろう。
 しかし そのリスクは、せめて自分だけで負うべきである。他人までも、無責任な夢追い人の信奉者に、させてはいけない。騙されるのは自分だけにしよう、詐欺の片棒を担いではいけない。

 そして、心配することはない。顕正会の存在などなくても、「根本の妙国」たる日本が近く滅びる、などということはないのだから。(櫻川 記)

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新説 「事実上の国立戒壇」

 二月度総幹部会で、浅井会長は従来の自説を否定し、新義の「六千万・戒壇論」を展開した。 

 「いいですか。『国主此の法を用いて』とは、まさしく事実上の国立戒壇であります。この『国主』の背景には、六千万の地涌の菩薩が控えているからです。六千万の熱願で国家意志が決せられ、国を代表する国主が命かけて戒壇の大御本尊様を信じ祈り奉るならば、日本は始めて救われるのであります

 では、従来の自説を御遺命守護の原点である「正本堂に就き宗務御当局に糺し訴う」に、見てみよう。


 「かかる絶対帰依・生命がけの大信心が上一人より下万民に至るまで漲る時、始めて国立戒壇が建立され、その戒壇堂に弘安二年の大御本尊は出御遊ばす」

 「その戒壇を始めて「事の戒壇」と申し上げ、広言流布の時を待ち給うて富士の宝庫にまします時はその大御本尊おわします処・義そのまゝ本門戒壇に当たるゆえ「義の戒壇」と申し上げる。これが七百年来の宗義である」

 「かくの如く先師は一糸をも乱し給わず。異口同音の仰せである。かかる白日の掟を誰か背く事が出来ようか。依って若し、時至らざるに事の戒壇と称し立てんとせば、よろしく広宣流布そのものの定義を変え、糊塗せざるを得ない」

 「或は云う。「上一人より下万民は理想ではあるが、謗法・一闇提の輩はいかに折伏すれども相当数残るは当然と…… これ等はこれ凡夫の思慮である。広宣流布はすでに仏意であり、仏力の所作である。だが大聖人は御書に「終に権経権門の輩を一人もなくせめをとして」(如説修行抄)と仰せ給い、或いは「仙予国王・有徳国王は五百無量の法華経のかたきを打ちて今は釈迦仏となり給う」(四条抄)とせられ、更には「早く天下の静謐を思わば須く国中の謗法を断つべし」(立正安国諭)と誡め、その上「結句は勝負を決せざらん外は此の災難止み難かるべし」(治病抄)として邪宗の存在を許し給わず。この矛盾いかに会通すべきか」

 「かかる御書に跡形もなき己義を以て広宣流布の義を糊塗し、あたかも時が来たかの如く云うのは、まさしく未明をさして真昼と云い、冬をさして春と云うに等しい」

 「かくて一国一同に大聖人にいのちかけて帰依し奉る時が広宣流布である。すでに凡慮の及ぶ所に非ず、故に「ただをかせ給へ、梵天・帝釈の御計として日本国一時に信ずる事あるべし」(上野抄)との仰せを拝するのである」

 「されば、三大秘法抄・一期弘法抄の両抄ともに「時を待つべきのみ」との同一の御指南を拝するのである 」 (正本堂に就き宗務御当局に糺し訴う) 


 新義の「事実上の国立戒壇」論は、過去の自説によりこう否定される。

 ・ 絶対帰依・生命がけの大信心が上一人より下万民に至るまで漲る時
 ・ これが七百年来の宗義である
 ・ 広宣流布そのものの定義を変え、糊塗せざるを得ない
 ・ これ等はこれ凡夫の思慮である
 ・ 大聖人は邪宗の存在を許し給わず。この矛盾いかに会通すべきか。
 ・ あたかも時が来たかの如く云うのは、未明をさして真昼と云い、冬をさして春と云うに等しい
 ・ 一国一同にいのちかけて帰依し奉る時が広宣流布である。すでに凡慮の及ぶ所に非ず
 ・ 時を待つべきのみ

 揚げ足を取ってただあげつらうために、こうした指摘をするのではない。「国立戒壇論」こそ、顕正会の唯一の存在意義であるから、ゆるがせにすることはできないのだ。
 事戒壇の重要な前提である「広宣流布」の定義を、浅井会長は突如 変更したのである。この一点に於いて、教条主義から修正主義への転換が為されたことに、気づいた会員はいるだろうか。

 正本堂を「御遺命の戒壇」とした惑義を否定するため、「広布の条件を満たしていない」と浅井昭衛氏は論じて来た。ところが今日、「四つの大難」が眼前となる状況において、その「広布の条件」では国が滅んでしまうことになる。過去の自説の論理では、辻褄が合わなくなってしまった。
 そこで俄に「六千万・事実上戒壇」説を提唱し、以ってかつての自説で依拠していた御金言 「権経権門の輩を一人もなくせめをとし」も「国中の謗法を断つべし」も「勝負を決せざらん外は此の災難止み難かるべし」も「日本国一時に信ずる事あるべし」も、浅井会長はここで無視し抛ったのである。
 しかして、いずれ将来このように辻褄が合わなくなることは、当初から自明のことだった。教条的な了解に堂々巡りし、戒壇義の論点に無理があったのだ。ところが、「自説は完璧」と自惚れていた浅井昭衛氏にはそれが見えず、齢81の歳になってようやく綻びに気づいた。

 今の「六千万・戒壇説」を是とするなら、過去の「糺し訴う」は非となってしまう。されば、御遺命守護の原点たる「糺し訴う」を浅井会長は「悪書」と呼ぶべきだが、それは望むべくもないだろう。
 宗門や創価学会や政治家には厳しい批判をするが、その批判の論拠が同時に自らに当てはまることに、浅井会長はついに気づくことがない。境界性・自己愛性の人格破綻だろうか、自分だけは別格で常にダブルスタンダードなのである。他者には「これ等はこれ凡夫の思慮」、「すでに凡慮の及ぶ所に非ず」等と決めつけ、自分の思慮は「凡慮でない」と思っている。
 そしてまた 顕正会の幹部諸氏の多くに於いても自分達は特別だと思い、顧みて自ら反省することがないのは悲しい。

 名簿上の顕正会員の大半が「連絡不能」・「消息不明」であることは、 50年以上に渡って組織に君臨し続けて来た浅井会長は、よく承知している。
 そして顕正会では、その六千万の基本たる「会員名簿」すら、満足に整備されていない。
 そのような、実態のない虚構の「六千万」で憲法改正等の「国家意志の発動」が、どうしてあるだろう。浅井会長は、どこまで<正気>なのだろうか? (櫻川 記)

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顕正会のタイムテーブル

 浅井会長は数々の、将来予測の「迷言」を残している。「あと二十五年(平成19年)で人類絶滅」、「一千万はあと15年(平成25年)」等は、有名である。
 しかし、過去の発言はなかったことにするのが、顕正会の流儀である。
 
 では、最近の会長発言ではどう言われているのか、見ておこう。
 「2020年代に、いよいよ本格的な他国侵逼が起こる … 建白書において、『近き広宣流布・国立戒壇』という文言を、三たび使った。… 六千万は必ず成る。この確信のゆえに、敢えて『近き』『近き』『近き』と三度、繰り返したのであります」(平成24年8月)
 「2021年までに台湾統一 … シーレーンは封鎖され日本は風前の灯火 … まさしく2020年代こそ広宣流布の決戦場」(平成24年11月)
 ちなみに中国の四段階の長期戦略は、「(1) 2000年までに、中国沿岸海域の防衛を達成。(2) 2010年までに、第一列島線内の制海権を確保。(3) 2020年までに、空母二隻を建造して第二列島線内の制海権を確保。(4) 2040年までに、米海軍による太平洋・インド洋の覇権を阻止し、米軍と対等な海軍を建設」(平成22年5月)―― だという。
 
 さて、右のグラフは、顕正会が顕正新聞(平成25年1月5日)に掲載したもので、これを分析するといろいろなことが判る。
 1) 100万から156万まで、ほとんど直線で推移している。
 2) その間に巨大地震・原発事故という大災害があったが、顕正会の進展にはその影響が見られない。
 3) したがって、過去の推移から補間した今後の予測は、言葉だけの「妄想」と違って確実性が高い。
 
 なぜこうした傾向となるか、その理由は一つには人材の使い捨てにある。
 浅井会長の稚拙な組織運営で幹部が常に切り捨てられ、実働会員数もほぼ一定で増えることがないからである。
 二つには、独善的な浅井会長の「諫暁書」を、世間は信用しないからである。
 国家的な大難が興起すれば、大宮の本部前には入会希望者が列をなす、はずではなかったか。
 しかし、「事前告知から動執生疑・断疑生信へ」等と 独り善がりな思い込みも空しく、 「四つの大難」が眼前となっても、顕正会に勢いが加わる見込みはない。
 
 それでは、今後の顕正会のタイムテーブルを、確認してみよう。
 グラフから読み取れば、200万は7年後の平成32年(2020年)に達成され、浅井会長の年齢は88才となっている。
 さらに、将来を補間してみよう。300万は22年後の平成47年(2035年)に達成され、浅井会長の年齢は105才。だが、このときすでに浅井会長は亡く、顕正会は崩壊しているだろう。
 そして計算上のことだが、6,000万は928年後の2941年となる。夢追い人・浅井会長が言う 「近き・近き・近き」未来は、このグラフでは今から700年よりはるか先である。
 
 顕正会が、広宣流布・国立戒壇の御奉公を成し遂げ 「紅の涙」云々というのは、浅井会長が御書を自己中心・自分勝手に解釈して創り上げた妄想に過ぎない。
 300万へのタイムテーブルが破綻していることは、すでに現実を反映したグラフが正直に示している。それは同時に、浅井昭衛・讃仰(個人崇拝)団体となってしまった顕正会は 「御仏意」に叶わない、ということである。
 浅井会長の妄想に騙され、大切な時間を御奉公(組織活動)に費やして、人生を無駄にしてはいけない。 (櫻川 記)
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