サザンカ;山茶花(ツバキ科)花言葉は、謙譲;理想の恋。椿と山茶花は非常に似ているし、種類も多いので、一見しただけでは見分けるのが難しい品種もある。もともと山茶花の字は、椿のことを指していたが、さざんかにこの字を当てるようになったことについてはわかっていない。山茶花は我が国原産で四国、九州に自生しているものもあり、、佐賀県に自生の大樹がある。別名を「こつばき」「ひめつばき」と言われるように、椿より、やや小さい花である。生垣に植え込んだりして庭木として広く愛されている。園芸種は100種を超えており、花は枝先に一重の花が咲く。色は赤や鮮紅.桃.白色.絞りなどがあり、散るときは花弁が一枚ずつ散るのが山茶花で、椿と区別される。「山茶花のさかりともなくこぼれけり 松風」の句のように、その花期は長く、10月から1月まで咲き続ける。山茶花の実から油が採れることは椿と同じだし、葉は茶の代用になる。「山茶花や雀顔を出す花の中 青 蘿」「山茶花の散りしく月夜つずきけり 山口青邨」「山茶花や金箔しずむ輪島塗 水原秋桜子」「山茶花のこぼれつぐなり夜も見ゆ 加藤楸邨」「山茶花は咲く花よりも散つている 細見綾子」「さざん花の長き睫毛を蘂といふ 野沢節子」「仏滅や山茶花の紅寺に咲く 中山純子」。(山茶花の いまひとたびの 盛りかな ケイスケ)
葉牡丹(アブラナ科)花言葉は、祝福;愛をつつむ。葉牡丹はアブラナ科の多年草だが、園芸上は一年草となる。江戸時代に渡来した不結球のキャベツを、花の乏しい冬の花壇の観賞用に改良した。赤紫や白などが多く,最近は矮性のものもある。「葉牡丹の渦一鉢に溢れたる 西島麦南」「葉牡丹にうす日さし来ては消え 久保田万太郎」「葉牡丹のいとけなき葉は抱き合ふ 日野草城」「葉牡丹の渦きつちりと核家族 木内怜子」葉牡丹を植ゑて玄関らしくなる 村上喜代子」「葉牡丹の白馬陵は雨の中 角川源樹」「美しき日々巻きこんで葉牡丹は 広島美恵子」 「葉牡丹や女ばかりの昼の酒 桂 信子」。(照り翳り 葉牡丹の白 賞づ吾は ケイスケ)
マルバノキ;ベニマンサク;金縷梅「万作」(マンサク科)花言葉は早熟。マンサク科の落葉低木あるいは小高木で、春を告げる花。山野に自生するが、観賞用としても植えられる。万作の名は、早春,他に先駆けて、「まず咲く」ことから転じたとも、紐状の花が稲穂を思わせ,豊作万年につながるからともいわれる。「まんさくに風めざめけり雑木山 行方寅次郎」「金縷梅や帽を目深に中学生 川崎展宏」「まんさくや水いそがしきひとところ 岸田稚魚」「まんさくに夕べのいろや小海線 大嶽青児」「まんさくの花びら縒りを解きたる 仁尾正文」。(ひきよせて まんさくの花 乱れけり ケイスケ)
皺を寄せた気難しい人のように 描かれる冬よ 林檎の木にまといつく苔のような 灰色の髭を生し 青い唇をして とがった青い鼻の先に 氷の滴をつえたきみ きっちりと身を包んで 荒涼とした道をただ一人 漂う雪の中を とぼとぼと歩いてゆくきみ 暖かい炉辺のきみのほうを 描くべきだったのに 冬よ 大きな肘掛け椅子に 坐っているきみこそを クリスマスの遊びに 夢中な子供らを見まもり また 子供に囲まれて 楽しい笑い話 恐ろしい人殺しの話 そして 夜を悩ます悪霊の話 いろいろ聴かせては 時折話を止めて 燻る火を掻き越し また 琥珀色に澄む 秋の麦酒を味わうきみこそを 深い大杯を 仲間の健康を祝して 傾ける。(カトリー.ダイアリー;R.サウジー)
十二月(師走;霜月;極月)陰暦では「霜月」に当たるが、年の終わりということで陽暦では「師走」または「極月」ともいう。ただでさえ短い冬日が一日一日歳末に向かうことでいっそう慌ただしく気忙しい。中旬には歳暮の習慣があり、下旬には降誕祭(クリスマス)、本来の意味を考えることも少ないままに、歳末売り出しと相まって喧騒な街を作りなしている。「街中見る見る汚れ降誕祭 恵美子」「火の色やけふにはじまる十二月 日野草城」「霜月も末の雨浸む菊葎 水原秋桜子」。