kazzdokkのひとりごと

酒呑みの翁の日常の出来事

琉球紀行(其の参)

2011年04月24日 | Weblog

早朝の沖縄では激しい戦いが繰り広げられる。

その場所は宿泊先のホテル日航那覇グランドキャッスルのレストラン「セリーナ」である。
ここは朝7時から宿泊客の朝食バイキングが始まる。それこそが戦いなのだ。

1日目(23日)の朝、のんびりと8時頃チケット片手に出向くと、すでに満席状態であり、同フロアにあるラウンジを案内される。トレイを持って何を喰おうかな~と品定めしていると、たまたま、目の前の席が空いたので、そこを確保し、何とかレストランで食事をすることができた。
こうゆう状況を把握したからには今日は出遅れるわけにはいかない。6:30起床、洗顔OK、着替えOK、チェック万端のうえ戦いの場へと向かうが、緊張のあまり女房が部屋履きスリッパのまま入場してしまい、ロビーのホテルマンに警告のホイッスルを鳴らされる。

出遅れた戦士2名は、何とか最後の2名席を陣取り、食料を確保すべく目的場所へと突進する。
ここで私感ではあるが敵について簡単に触れておこう。しつこいようだがあくまで私感である。
・その多くが我々より年齢が高い。
・だから早起きであり、起床してから数時間経過し、戦う準備ができている。
・食べることに生きがいを感じている。
・ホーダイに弱い。(誰しも?)

敵の攻撃は凄まじい。
横入り、てんこ盛り、友人の分まで確保、残り少ないものは総取り、あれこもれも、それもどれも、出されたものはすべて食べ尽くす。
恐るべき高齢戦士オバレンジャー。
そんなに食べたら掛かり付けのお医者さんに叱られますよ。

まあ、そんな中、1日目は洋食系、2日目は和食中心に、美味しい朝食をいただくことができた。これでもカロリー摂り過ぎたかな~。





朝食を終え、チェックアウトをして首里城へ。
朝も早よから修学旅行の学生たちがわんさかいて、写真撮影どころじゃありません。
しかも写真撮影可の場所でシャッターを切ったら、どっかの女子高生が「あっ、写真撮ってる。ああゆう大人になりたくないよね~。」って、あんたら、カメラを向けてる被写体の間に急に割り込んできて、ピースして、鏡で練習した一番良い顔して、あんたらの自分勝手な行動の方がこっちは迷惑してるんだぞ!
まぁ、一生に一度の修学旅行、今回だけは大目に見てやろう。なんと寛大なんだろう。
(気が小さくて何も言えないという説もある。)





首里城の後はあまり気が進まないが、とりあえずDFSギャラリア沖縄へ行ってみる。
こうゆう所はおやじには似合わないし、あんまり好きじゃない。よくよく聞くと女房もどうでも良いと思ってたらしく、珍しく2人の意見が一致した。ならば最初からお土産を買い漁るため国際通りへ行けば良かった。





こうしてみると、最新ショッピングモールの天井も昔ながらの商店街の天井も良く似ている。



国際通りで土産物を買い揃え、牧志公設市場で昼食でもと思ったが、第4日曜日は定休日。
婿殿と合流し、こぢんまりした定食屋で沖縄での最後の食事をする。ソーキ丼&沖縄そば定食、これにアグー豚の焼き餃子を追加。ビールがありゃ最高なんだが、レンタカーを返さにゃいかんのでググッと我慢。



ゆいレールに乗ってDFSのある”おもろまち駅”まで行き、レンタカーを返却するため最後の運転。返却を済ませ乗り合いバスで那覇空港まで行き、空港のレストランでオリオンビールをひとくちゴクリ。ん~美味い!



搭乗までの間、ビールを呑みながら3日間で行った各施設のパンフレットを読み返してみる。
昨日行った今帰仁城のある北山と、一昨日ぐるっと周った糸満市あたりを治めていた南山は、首里城を拠点とした中山に滅ぼされ、首里城は統一王朝にふさわしい城として拡張されていった。
徳川時代、島津藩の侵攻を受けた首里城は陥落し、琉球王国は明治時代に日本に併合された。
太平洋戦争の沖縄決戦で首里城辺りは激しい戦場となり、大日本帝国は無条件降伏し、沖縄はアメリカの軍政下に置かれた。
強大な国が、小国を飲み込む。
このような歴史もあって現在があり、私がいて、女房がいて、娘1号が生まれ、婿殿と出会い、婿殿の実家がある沖縄に来ている。
これから先、若い2人に明るく素晴らしい未来があることを心から祈念し、そうゆう世界であって欲しいと切に望む。

どうやらオリオンビールが少しばかり効いてきたようだ。

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