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82式離脱生活

バイクと写真をこよなく愛するっ、てほどではないけどまぁまぁ好きな、てきとーに人生を送る社会非適合者の・・・ブログ

ほんとうは何色なの?

2004-10-02 19:02:54 | エッセイ
 今年もそろそろ紅葉の季節。昼間に撮影した写真と夕方に撮った写真では、まったくちがった仕上がりになる。
 デパートで新しいセーターを買い、家に帰って着てみるとなんかちがう色に見える。
 それは売り場の照明と、部屋の照明や太陽光線が違っているからだ。
 クルマでトンネルに入ったとき、ボディや服がいつもとちがう色に見えるのも同じ理由だ。月の光の下ではとてもやわらかくみえるし、夕日に景色は赤く染まる。
 これらのことはすべて、光線が同じではないから起こるのだ。見ている対象に反射した光を見ているので、元の光が違えば色も違って見えるからだ。
 さらに、ハチなど花と共生関係にある昆虫は、より効率よく花をみつけるために、花が反射する紫外線をその目でとらえている。そうすることにより、花だけがくっきりとうかびあがって見える。人間とはまったくちがう色に見えているのだ。

 ではいったい、もみじはどんな色をしているのか。

勤労の義務

2004-10-01 22:11:07 | エッセイ
日本国憲法
第三章 国民の権利及び義務
第二七条 ① すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。

 どうやら働かなきゃなんないみたい。なんたって義務だぜ、義務! 仕事をするのはあたりまえで、まじめにやらなきゃならないらしい。でもほんとにそうなのかなぁ。働くってそんなにいいことなのかぁ。
 みんな子供のころから働くことは良いことだと教わってきたから、疑いもせず次の世代にも伝えてきた。ウソでもいいからそう信じてくれなきゃ国は発展しないから仕方ないのかもしれないけど、これってある種のマインドコントロールかすり込みみだな。もしかしたら本能なのかも知れないけど、人間だからこそ、そこから逸脱することもできるんじゃないかな。もしかしたら働かないことこそが、人間である証明なのかもね。
 もちろん、過労で死ぬまで働く人がいるからこそ、この社会は成り立っているんだけど、だれもが一所懸命働きたいわけではないし、全員がその能力を持っているわけでもない。働くのがきらいな人もいるし、生活できるだけの収入があればいいって人もいる。お金を持っていれば働く必要はないと考える人もいる。職を転々とする人や仕事をまじめにしない人もいるんだから、働かない人がいたっていいんじゃないのかな。自分で選んだ道ならば、他人が口を出すことではないと思う。たとえ仕事が遅い人の影響が自分に及ぼうとも、文句を言ってはならないってことだ。イライラするのは、自分に対する会社の評価が気になるだけなんだから。
 仕事ができて一人前というけど、もしそれが本当だったらもっといい世の中になっているか、仕事のできない半人前の人が世の中のほとんどを占めているということだ。

四国の食料品店

2004-09-02 00:01:12 | エッセイ
 たしか四国は愛媛県の、和ろうそくで有名な内子の近くだったと思う。コンビニなんぞ無い時代の、あれは3月中旬頃だったろうか。
 まだきれいに修復されていなかった「内子座」を見学させてもらった後、国道に出ると雨が降り始めた。3月とはいえ雪が混じるのではと思うほど寒く、雨はくたびれた雨具からじわじわと染み込み、からだが濡れて冷えてきたので、俺はどこかで休憩しようと適当な場所を探していた。
 そんな時、国道のゆるい上り坂の途中、木立に囲まれるようにして1軒の食料品店がひっそりと建っていた。木造のその商店には駐車場や看板など無く、積極的に商売をしているとは思えなかったけれど、そのあたりではほかに商店が見当たらないこともあり、寒さにふるえている人間にはじゅうぶん目立つ存在だった。
 細い木製の枠に薄くて少し波打ったガラスの引き戸をガラガラと開けると、店内はほんのりと暖かく、かまちを上がり細長いガラスがはまった障子だけで売り場と仕切られている奥の茶の間から、腰の曲がった白髪のおばあさんがよっこらしょと出てきた。
 俺はその店で、食パン1斤とチューブ入りの真っ赤ないちごジャムを買った。これならバターナイフが無くてもパンに塗って食べることができる。宿で出される朝食はどこも似かよっていて、朝からご飯を食べる習慣のない俺は、その時無性に食パンを食べたかった。
 外に出て店の軒下で食べようとしていたら、おばあさんは中に入って食べろと言ってくれた。びしょぬれの雨具を着たままの旅行者に椅子をすすめ、奥からトースターを出してきてパンを焼けと言ってくれた。さらに、熱いお茶を入れてくれた上に漬物まで出てきた。
 おばあさんは何かを尋ねるわけで無く、俺は何を話せばいいのかがわからす、だまってパンを焼いてはジャムを塗って食べていた。店の中を見回すと、建物だけではなく商品を並べてある棚も木製で、照明は黄色いはだか電球、居間にはこたつが置かれテレビが付けっ放しだった。こたつの上には小さな電気コンロがあり、それでもちを焼いていた。
 食パンを3枚ほど食べ終えたころ、トラックに乗った若い男が店に入ってきた。その男はどうやら自販機にジュースを補充しに来た営業員のようで、おばあさんに伝票を渡しながらジュースを多めに納品させてくれと頼んでいた。俺はその男の強引でなれなれしい口のききかたと、この空間の雰囲気をだいなしにしたことに少し腹を立てながら、ふたりのやりとりを聞いていた。おばあさんは一瞬困惑した表情をしたけれど、「いいよ、置いてきな」と言い、男はうれしそうに追加の伝票を書いて出て行った。その間男は、店内でパンを焼いて食べている通りすがりにはまるで気づかないか、さもなければいつもの見慣れた情景であるかのように、とうとう最後まで俺に興味は示さなかった。

 あれから20年以上たった今、あのような商店も、おばあさんも、営業員とのやり取りも、もう見ることは無いだろう。
 ついこのあいだまでは、日本中いたるところに、たとえ都市部でさえ、小さな食料品店がたくさんあった。幹線道路沿いに建ち、雨やどりができるちょっと長めの軒先の下には飲料の広告が入った木製のベンチがあり、目の前にはバス停がある、期限切れのカビがはえた菓子パンを売っていた、そんなお店が、たしかにあった。

おとなになるとは?

2004-08-30 21:58:28 | エッセイ
おとなになるとは、ウソと愛想笑いがうまくなること。

権威に弱くなること。

未来を思い描くよりも、思い出に浸る時間のほうが長くなること。

自分もかつて子供だったことを忘れてしまうこと。

夢をあきらめ、なにか別のことで自分を納得させること。

個人よりも組織を優先すること。

肩書きで、自分と他人を評価すること。

泣いたりわめいたりしなくなること。

「おとなになれ」と言うようになること。

「おまえは半人前だ」と言うようになること。

妙に物分りがよくなること

「仕事だから」と言い訳すること。

興味がないことを軽んじること。

新しいものはとりあえず否定すること。

出口の見えないトンネル

2004-08-28 16:07:16 | エッセイ
 以前は、ひどい成績でも高校を卒業して先生が勧める会社に就職し、普通に仕事をすれば平均的な生活ができたから、犯罪はあまりにもリスクが大きくほとんどの人はしなかった。
 でも、自分の未来は“閉じている”と感じた時、ほんの一瞬の享楽のために犯罪を犯すようになる。 たとえ他人にとって全く無益なことに見えても、それはとても魅力的なものとなり、たった1万円でも平気で人を殺すようになる。

 自分より前の世代が、過労死するくらいまじめに仕事をしていても、会社の都合で大量に解雇されていくのを目の当たりにすれば、競争社会の中で“勝ち組”に残れるのは全体の1割にも満たないことが容易にわかる。 そして、自分を含めたほとんどの人は負ける側になり、親の世代と同じ水準の生活はできそうも無いと感じてしまう。 さらに、年金制度や国債などの「ツケ」を払わなければならないのは、それらで利益を受けた者ではなく、自分たちの世代であるということも知っている。
 自分の将来に待ち受けているのは夢や可能性ではなく、自分の責任ではない負債の処理であることを知った人間に、「ちゃんと学校へ行って、他人に迷惑をかけずに、真面目に働け」と言ったところで納得するだろうか。 なぜならそれは、「親や祖父母の世代が作った借金を返すために働け」と言っているようなものだからだ。
 「将来いいことはなさそうだから、犯罪を犯してでも今いい思いをした方がよっぽどましだ」と考えても何も不思議は無い。
 そんな閉塞感や厭世観が、治安悪化の遠因になっていると思う。