「ファレスのお留守番日記」
ぶすっとファレスは虚空を睨んで、寄りかかったカウンターの天板を、とんとん中指で叩いていた。
店の黒いエプロンをつけて。
喫茶処「スレイター商会」 商都カレリアに開店した、いわゆる拠点の店内である。
秋の柔らかな日差しを浴びた、オープンテラスの小洒落た店は、今日も女子で賑わっている。
ペチャクチャお喋りなメイドたちで。
そして、華やかな女子連とお近づきになりたい面々が、店の周囲を遠巻きにし、見物人が引きも切らない。
おかげで店は大繁盛。
先日開店すると同時に、店の一角に発生した白襟紺服の一団で、今では商都の新名所。──いや、商売としては上出来なのだが、この店本来の目的の、空気のように人目を引かない、ひっそり控えめを良しとする、潜窟(ヤサ)としてはどうなのか。
通りに面したオープンテラスを昼からずっと占領しているラトキエ・メイド軍団の一員が、椅子の背もたれに腕をかけ、店奥のカウンターを振り向いた。
「ねー。まだあ? カマカゼはぁー?」
ファレスに口をとがらせる。
「あんた。ちょっと呼んできてよ」
そーよそーよ、とたちまちピーチクわめきたてる、自称「カマカゼ親衛隊」
本日の張り番軍団に、ファレスは顔をしかめて舌打ちする。
「たァく。なにが鎌風だ。気軽に二つ名呼んでんじゃねえぞコラ」
むろんファレスも決して無口な方ではないが、お喋り力が元より高い女子に束になってかかられては、すごすご引き下がるしかないんである。大体あんな悪賢いキツネでも、白塗り軍団に比べりゃ仲間。敵に売るような真似などしない。
「たく。いつまで占拠してんだコラ。年寄りが待ってんじゃねえかよ。いい加減どけ」
シッシと手を振り、席から追い立て、「おう、こっちだ」と手招きする。
「足腰弱ってんだ。早く座れ」
店には入ってきたものの、満席でうろうろしていた老婆が、小首を傾げてぎこちなく笑った。
「……おやまあ。すみませんねえ」
ぷりぷり席をあけたメイド連に、腰を折って会釈をし、手さげの中をごそごそ漁る。
にっこりファレスに片手を出した。「ほれ」
「おう。いつも悪りぃな、ばばあ」
ぽい、とそれをファレスは口に放り込み、飴玉で頬をぷっくりさせる。
順法精神旺盛なファレスは、基本的に親切なので、おばちゃん、ばあちゃんを中心に年配者に可愛がられる。若い婦女子をもれなく敵に回すのは、もはやお約束中のお約束だが。
イーッだ! と極大の悪態をついて、メイド軍団が引きあげていく。
カマカゼ検出のアンテナは、きょろきょろ抜かりなく立てながら。
ちなみに、お目当ての「鎌風のザイ」は、めっきり店に寄りつかない。
のこのこ顔を出したりすれば、揉みくちゃにされるのは明白だから。
と、軍団の退却と入れ替わるようにして、別の一団が現れた。
街角で頬染めた、散策途中らしき女子の一団。
これも実に毎度のことだが、こじゃれた店で立ち働く長髪の黒エプロンを見かけた模様。
今しがた空いた座席をめがけ、いそいそダッシュで駆けつけた。
メイド連の後を狙って待機していた男どもを押しのけて。
席取り合戦の凄まじさに、奥に引っ込みかけていたファレスも「……お?」と勝者に目を向ける。「おう。今あいたところだ。そこ座れや、おかちめんこ」
「「「──。はあっ!?」」」
バン!──と平手で卓を叩いて、座りかけていた一団が、ファレスをねめつけ、立ち上がった。
卓の砂糖をぶっかけられて、「何しやがるっ!?」とファレスもがなる。
「まーまー。お嬢さんたち!」
すかさず禿頭(とくとう)が割り込んだ。
銀盆片手に、へらへら頭を掻きながら。
「ご注文は何にしましょ」
日に三度はバトルになるので、セレスタンはもう慣れっこ。
この商都の新たな任地で、セレスタンは嬉々として働いている。
かつてないほど楽しげに。
デレデレにやけた禿頭に、シッシと背中で追いやられ、ぶすっとファレスは頬をゆがめる。いつまで、こんなことが続くのか──。
(自らすごんで立候補し)統領から指示された任務は、アホウの身辺警護のはずだが、来る日も来る日も無関係な女どもの相手ばかり。そう、それというのも──
あの日の出来事を思い出し、組んだ腕をイライラ叩く。
「……あ、ケネル!?」
とアホウが発したあの直後、
ダッシュでわたわた、北方ノースカレリアを出立した。
もっとも、アホウは商都へ向かう車中では、あのやかましいオカチメンコと延々くっ喋ってはいたのだが。
だが、商都に着いて「ばいば~い」とオカチメンコに手を振るや否や、アホウはがらりと豹変し、(誰も教えてはいないのに) 新規開店のこのヤサへ直行、「やあ、来たね」と出迎えた、にこやかな統領に直進し、そして、
「ユージンくんっ! 力を貸してっ!」
言うなり襟首引っつかみ、二階の一室に引っ張り込んだ。
(あ? なんで気安く"ユージンくん"とか呼んでんだコラ?)とドアの隙間から中を覗けば、日頃泰然としたあの統領が、じりじり壁まで後ずさり、珍しくたじろいだ様子。
それに伸しかかるようにして、アホウはコチョコチョ内緒話。
と思えば、つかつか戸口に戻ってきて「ちょっと行ってくるから」とせかせか宣言。その勢いに押されつつ「どこへ、何しに」とねじ込んで訊けば、
「ケネル迎えにっ!」
引っ込みかけて「あ、」と戻り、睨んで口をとがらせた。
「いい? ここ開けたら、絶交だから!」
そして、バン! と鼻先でドアを閉め、ガチャガチャ鍵までかけやがった。
"絶交"にひるんでジリジリ待つも8分後に蹴破った時には、引っ張り込まれた統領が、目を回してのびていた。
クタッと疲労困憊の態で。
部屋はなぜか、もぬけの殻。
部屋中くまなく見回しても、あの肝心の
──アホウがいねえ!?
部屋の扉を開けた時には、どろん、と煙のごとく掻き消えていた。
そう、まさに「煙のごとく」
窓の鍵はかかっていたし、ドアも己で施錠していた。壁に穴もあいてない。つまり、出口はどこにもない。そう、まさに
密室状態。
そして、以来、音沙汰もない……
「──ふざけやがって!」
ふつふつ怒りがぶり返し、ファレスはレロレロ舐めてた飴を、思わずバリバリ噛み砕く。
「一体どこまで行きやがった! 俺に一言の断りもなくっ!」
アホウがどこへ行ったのか、伸びてた統領も「知らない」と言うし。
連れ戻しに行こうにも、ケネルの居場所は知れないし。
手も足も出ない現状に、ファレスは、ぐぐっとゲンコを握る。
置いてきぼりにしやがって!
「えっ? やだっ、大丈夫よぉ~。もーいなくならないってぇ~」とかなんとか言ってたくせに、その舌の根も乾かぬ内に!
「たくっ! あんのアホンダラが~っ!」
さわさわ和やかな秋空に、地団太踏んでわめき散らした。
「とっとと帰(けぇ)ってこい、あんぽんた~んっ!」
お粗末さまでございました (*^^*)
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