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漢字を中国語として読むとわかりやすい

2022-08-29 13:15:34 | 漢文、漢詩、唐詩

AUTHOR: ItouK TITLE: 2. 中国古典(漢文、漢詩)を中国の漢字音で読むと合理的でわかりやすい DATE: 02/25/2008 12:22:00 PRIMARY CATEGORY: 漢文はシナ語だ STATUS: Publish ALLOW COMMENTS: 1 ALLOW PINGS: 1 CONVERT BREAKS: 1 CF50_USERNAME:ivory.ap.teacup.com/khanczy/ ----- BODY: ・ ・ ・  昔の日本人は中国大陸の漢語をそのまま使っていた 

金田一春彦氏が岩波新書赤表紙版『日本語(上)』(1988年)の65~67ページで、古代の日本人は中国語、大陸漢語をそのま使っていたと書いている。漢文につける返り点や送りがななどは平安朝になってできたもので、たとえば聖徳太子(厩戸皇子)の「十七条憲法」の   

「以和為貴……」 の場合、春彦氏によると当時は「イーホウウェイクィ……」のように日本式に訛った中国語で読んだのだろうと推測している。  

「以和為貴」は今の北京語で読むと yĭ hé wéi guì である。 「以」yĭはひらがな「い」のもとになった漢字である。 次の「和」の發音には héのほかにhè、huó、huò、hùがあり、 huoがもとの發音である可能性が高い。

中国人の發音では、huoにあるような二重母音はまるい唇が後半で横に開いて奥舌のeに近づく場合がある。 huóのuが省略されればhéに近づく。 ひらがなの「わ」のもとになった「和」は朝鮮語でhwaであり、日本語で「わ」になっている。また、「和尚(をしゃう>おしょう)」のような場合、「和」の読みは「を」で、これはwoという發音になる。

「為」wei(第二声と第四声)は「ゐ」のもとになっており、昔の日本人はwiと發音した。「貴」guìの日本語音は「キ」だが、「クヰ」kwiだった可能性がある。  

 

藤堂明保氏の『学研大漢和字典』で「以和為貴」の隋唐代の發音を再現すると、   

yiei-ɦua-ɦɪuĕ-kɪuəi になり、「和」の發音がɦuaだったとわかる。日本語の音読みでそのままの順序で読めば   

i-wa-wi-kwi(イワヰクヰ) となる。  以A為Bは「AをBとする」という意味で、現代漢語でも使われている。

「校対時,必須以原稿為准」 Jiàoduì shí,bìxū yĭ yuán-găo wéi zhŭn 「印刷物の校正は原稿を規準としなければならない」(三省堂『クラウン中日辞典』より)  

また、春彦氏によると、奈良朝になって編纂された『日本書紀』の「古天地未剖……」も「コーテンティー ミーフー……」のように読んだと推測している。最後の「フー」は、奈良時代は「プ」だった可能性がある。現代北京語ではGŭ tiāndì wèi pōu……だが、「未」wèiは「妹」mèiの音符になっているように、もとはmで始まっていた。「味」wèiも同様である。  

さらに、春彦氏は今の佛教界(春彦氏は「仏」を使っているが、ここでは「佛」にする)で「阿弥陀経」を読む場合の読み方にも触れ、僧侶が「爾時佛告長老舎利弗」を「ジーシーフーコウチョーローシャーリーフー」と上から順に読んでいることを挙げ、「これらも激しい日本なまりになっているけれども、一種の中国語だ」と書いている(『日本語・上』、「I世界のなかの日本語、昔は中国語をそのまま」)。  

また、春彦氏は岩波新書『日本語』(1957年)51ページで『源平盛衰記』から例を挙げ、熊谷直実(くまがいなおざね<~なほざね)が書いたてがみで「直実謹言上 不慮奉参会此君之間……」となっており、一方、俊寛(しゅんかん<~くわん)のむすめがい書いたてがみでは「そののちたよりなきみなしごとなりはて、……」となっている。  

春彦氏は「男の手紙はまるで、シナ語の一種みたいなもので、カリブ人の男女がちがった国語を使っているのはひとごとではない」(岩波新書青表紙版『日本語』、「I日本語の種々相、男のことばと女のことば」)と書いている。ただし、ここでいう「国語」とは国家の言語とは限らないので、「男女がちがった言語を~」または「ちがった母語を~」と呼ぶべきである。  

 

漢詩と成語を本場の發音で読んでみる  

日本では漢詩や中国の成語は日本の「国語」(日本語)で教わり、漢詩は縱書きで返り点や番号、送りがなをつけて読み下す。一方、「中国語」は大学第二外語で、普通、古文はやらない。日本人が中国に留学すると、漢詩も古典も現代漢語音で読み。現代漢語で説明することになる。ここで、日本の「国語」でおなじみの漢詩や成語を、第二外語の「中国語」として考えてみる。

 

●早辞白帝彩雲間jiān────an  

千里江陵一日還huán────an  

両岸猿声啼不尽(or住)  

軽舟一過万重山shān────an  

 

「間」jiānは現代北京音でjiēnのような發音になるが、廣東語のganに残る古音をあてはめると、1、2、4行目がanで韻を踏んでいることが明確になる。

 

●玉不琢不成器、人不学不知道  Yù bù zhuó bù chéng qì,rén bù xué bù zhī dào  

 

「知道」zhī dàoは「道を知る」になる。 現代漢語で「把」băを使って目的語を動詞の前に移す語法が發達しているが、漢語は原則として動詞が先で目的語があと。  いうまでもなく、現代漢語で「知道」zhīdao(daoは軽声)は「~を知る」。  「而」érには「しこうして」という訓が与えられ、漢文の読み下しでは、しばしば、読まない「置き字」とされるが、中国人が読む場合、当然、發音される。

 

●「叟不遠千里而来」 Sŏu bùyuăn qiānlĭ ér lái

●「学而時習之」 Xué ér shí xí zhī  この「而」は、いわば、訓読した場合の「叟(そう)、千里を遠しとせずして……」、「学びて、時に……」の動詞の連用形についている「て」に相当する。  「不遠千里而来」に返り点などをつけて「千里」を読み、「遠」を読み、「不」を読んで、「来」に目を移し……などとやるのは非常に面倒で効率が悪い。書いてあるとおりの順番で読み、意味をとるのが妥当だ。  「而」の現代漢語の例を小学館『中日辞典』から引用してみる。 「文筆簡練而生動」 wénbì jiănliàn ér shēngdòng 文章が簡潔で生き生きしている。 「為早実現四个現代化而奮闘」 wèi zăo shíxiàn sìge xiàndàihuà ér fèndòu 「四つの近代化の早期実現のために奮闘する」  「叟不遠千里而来」は「孟子見梁惠王」にある表現で、その次は

●「亦将有以利吾国乎」 Yì jiāng yŏu yĭ lì wúguó hū という文である。中国では、当然、書いてあるとおりの順序で読む。  これは日本式の「漢文読み下し」で、こう読む。 亦(1)また 将(2)まさニ、(8)すル 有(7)あラント 以(3)もっテ 利(6)りスルコト 吾(4)わガ 国(5)くにヲ 乎(9)かト  ひらがなは漢字の「読み」で、カタカナは送りがなである。これはもう、「読み」ではなく「直譯」と考えたほうがいい。もし、日本人がこのような「読み方」を英文学の原文購読などでやっていたら、会話力は上達しないし、現代文もろくに理解できないだろう。  現代漢語で「将」は「まさに」や「する」ではなく、動詞の前では「もうすぐ~する」の意味だ。 二音節だと「将要」jiāngyàoで、このように使う。 「我們的研究将要完成了」 Wŏmende yánjiū jiāngyào wánchéngle 「我々の研究は間もなく終了する」(『クラウン中日辞典』より)  

「利」lìは動詞としては「~に利益をもたらす」で、二音節では「利於」lìyú~(~に有利だ)がある。 「制定利於経済發展的政策」 zhìdìng lìyú jīngjì fāzhănde zhèngcè 「経済發展にプラスとなる政策を制定する」(『クラウン中日辞典』より、原文の「発」を「發」にした)  

「於」yúは大陸簡体字で「于(下が左にはねる)」で、 「於」はyū、yú、wūという読みで別項目になっている。 ここでは「干」gān、gànとの区別のために「於」を使った。 ●「夫禍福之轉相生、其変難見也」 Fú huòfú zhī zhuăn xiāng shēng,qí biàn nánjiàn yĕ.  次は「塞翁馬(さいをうガうま)」Sài Wēng Măから。  「夫」fū、fúは「夫婦」fūfùなどで第一声だが、文語の文頭で「そもそも」の意味だと第二声になる。  「難見」nánjiàn(見えにくい)は「難看nánkàn(醜い、みっともない)」と文法的に近い。 「近塞上之人、有善術者。 Jìn sàishàng zhī rén,yŏu shàn shù zhĕ. 馬無故亡而入胡。人皆弔之」 Mă wúgù wáng ér rù Hú.Rén jiē diào zhī.  最初の「近~」は「靠近~」kāojìnと解釋すれば、書いてあるとおりの順序で読んで、すぐ、理解できる。「有~」yŏu~で「~がいる(ある)」の意味。 「其父曰、『此何遽不為福乎。』  Qí fù yuē,Cĭ héjù bùwéi fú hū. 居数月、其馬将胡駿馬而帰。人皆賀之」 Jū shùyuē,qí mă jiang Hú mă ér guī.Rén jiē hè zhī.  

「此」は「這个」zhègeまたは「這件事」zhèjiànshìに、「何遽」を「怎麼」zĕnmeなどにすると、わかりやすくなる。また、「将」は介詞で「~を」の意味になる。日本で「漢字、漢語には時世と格がない」といわれるが、現代漢語では動詞の戦後に「将」jiāng、「要」yàoや「過」guo、「了」leをつけて未来や過去、完了をあらわし、「把」băを使って目的語を動詞の前に持ってくることも可能になっている。  「把權力讓給別人」bă quánlì ràng gĕi biérénは「権力を人に譲る」という意味だ。

「其父曰、『此何遽不能為禍乎』」(『塞翁が馬』より) Qí fù yuē,Cĭ héjù bùnéng wéi huò hū.  

「不能」bùnéngは「~できない」という意味で、まさに「中国語」である。読むときは、そのまま「不」→「能」→「為」→……と読むほうが、はるかに楽だ。これを返り点を三つもつけて「禍(くわorわざはひ)ト為(な)ルこと能(あた)ハ不(ざ)ラン」と逆に読んで、最後に文末の「乎」に目を移して「やト」と読むのは非常に面倒である。  日本の漢文読み下しでは「置き字」というのがあるが、中国の漢字は、書いてあればすべて發音する。日本で「五右衛門」の 「右」や「大石内蔵助」の「内」を読まないようだが、大陸漢語で読めば「右」はyòu、「内」はnèiと發音する。一方で、表音文字といわれるアルファベットのほうではフランス語の複数のsなど、發音しない文字があるほうが異常である。漢字で發音しないのは形声文字の意味を表す部分(多くは部首)くらいだ。

●「先入定關者王」 Xiān dìng Guānzhōng-zhĕ wáng これも、「先進関中的人就是王」のように解釋していいと想う。

●「寧為鶏口、無為牛後」 Nìng wéi jīkŏu,wú wéi niúhòu  「寧」nìngの現代漢語の例を小学館『中日辞典』で調べると、「Aするくらいなら、むしろB」、「むしろAしてでもBする」の意味の「寧」nìngは二音節では「寧可」nìngkĕになる。 「寧可我多干点儿、也不能累着你」 Nìngkĕ wŏ duō gàn diănr(>diăr)、yĕ bù néng lèizhe nĭ 「むしろ私が少しよけいにやってでも、あなたには苦労をかけない」

●「天下為公」 Tiānxià wéi/wèi gōng  「為」wéiが第二声だと「天下は公になる」で、第四声の「為」wèiだと「天下は公のため」。  首脳として在任中のビル・クリントン(Bill Clinton)が 江澤民(Jiāng Zémín)と会談したとき、中国の古典「礼記(らいき、Lĭjì)」から例文を紹介し、 “When the great way is followed,all under heaven will be equal.” (原文は「大道之行也、天下為公」 =Dàdào zhī xíng yĕ,tiānxià wéi/wèi gōng) ということばに新たな意味をつけ加えようと言って、 Xièxie.Thank you very much. でスピーチを終えた。 これは「天下為wéi公」の解釋だ。  「為」は「なす、する」、「~のためになす」の意味で、「偽」は「人の手で何かをする、別のものにする」という意味。  

「偽」は「人のため」でなく、「人がなす(=おこなう)」→「手が加えられた」→「本物と違う」の意味。  

「ゐ」は「為」の草書。古代の日本人は wei の古音をwiと受け取ったようだ。大陸の簡体字「为」は中間的な形で、「伪」wĕiにも応用されている。

『江~姫たちの戦国~』31「秀吉死す」(T-CupBlog)

『水戸黄門』第38部第9話「世捨てお公家の悪退治(敦賀)」(!Blog版)

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2008/2/25 2008年2月投稿、目次

 

関連語句

漢文 ----- --------


字源

2022-08-29 13:15:34 | 字源、字音、字義

-------- AUTHOR: itouK TITLE: 「舟」「船」「犬」「狗」「昴」「昂」「楽」「薬」「学」「首」「道」「導」「白」 DATE: 02/24/2008 13:58:00 PRIMARY CATEGORY: 一  漢字、字源を「中国語」で解析 STATUS: Publish ALLOW COMMENTS: 1 ALLOW PINGS: 1 CONVERT BREAKS: 1 CF50_USERNAME:ivory.ap.teacup.com/khanczy/ ----- BODY: ・ ・ ・ 1. 漢字の字源を「中国漢語」で分析する

日本語の訓読みと字形だけで字源、字体を説明する日本の世俗向け漢字論には、中国音への視点が缺落(缺は欠と別字)している。

●「舟」zhōuと「船」chuán  「舟」zhōuは「周」zhōuと同系で、周圍をとりかこんだフネ。 上古代漢語tiogにさかのぼる。  「船」chuánは語源的に右の「㕣」が本来の姿をあらわし、 「沿」yánや「鉛」yán、qiānと同系。  例;朝鮮語「沿海」yeon-hae       「鉛筆」yeon-phil ●「犬」quănと「狗」gŏu  藤堂明保偏『学研漢和大字典』で「犬」quănの上古代音ではk‘uənになり、犬の泣き声の擬音としているが、 一説によると英語hound(猟犬)や独語Hund(犬)などと同系らしい。 「狗」gŏuは語源的に「句」gōu、jù(小さく身体を曲げた様子)から来ており、「駒」jū(小さい馬)、「鉤(=鈎)」gōu(曲がったカギ)と同系。 「狗」gŏuは「小さい犬」から「犬」一般になった。 「佝僂病」gōulóubìngは身体が湾曲する病気で俗称「小儿軟骨病」xiăo'ér ruăn-gŭ bìng。  日本では「拘留(こうりう<~りゅう)」と「勾留」の使い分けがあり、「勾留」を「こう留」と書くと、どちらか区別できない。そもそも、「拘留」と「勾留」を漢字で書き分けること自体、余り意味がないような気がする。 中国で「高句麗」は「高句驪」と書かれ、發音では「句」を「勾」と同音にして Gāogōulíと読むらしいが、 中国では唐代の高句麗を「高麗」Gāolí、 元朝のころの高麗を「朝鮮」Cháoxiānと呼ぶ習慣があるらしい。  中国大陸では「(構>)构」gòu、 「(溝>)沟」gōuと「(購>)购」gòuの右を「勾」gōu、gòuにしている。 また、「講」jiăngは「讲」で音符が「井」jĭngになる。

●「昴」măoと「昂」áng  「昴」măoは「卯」măoを音符とし、「貿」màoと同系列。  「昂」ángは「卬」ángが音符で、「仰」yăngや「迎」yíngと同じ系列。  2002年~2003年ごろ、大連の開發区と青島で、それぞれ、日本語で「昴(すばる)」という名の店があり、中国語で「昂」Ángを名乗ることがあった。 それで青島では「昴」と「昂」の2種類の店ができそうになり、紛らわしいので、あとからできたほうが 「昇」Shēngに改名した。 しかし「昇」は大陸で「升」になるので、簡体字だけのパソコンでは入力できない。 中国人が中国式のパソコンで「昇」を五筆(wŭbĭ、字形による入力方法らしい)か何かで打とうとして、一向に出なかったことがある。中国でも名刺を作る店では繁簡両方を打てるパソコンを準備しているようだ。 ●「樂」lè、yuèと「藥」yào 音樂の「樂」ŋlok―ŋok―io―üe(=ye、чε、拼音yuè) 快樂の「樂」ŋ°lok―lok―lo―l ə(lè) 上古(周、秦、漢)-中古(隋、唐)-宋、元、明-清以降の順。 (藤堂明保=とうどうあきやす編『学研漢和大字典』より)  「楽」の日本語音で「ガク」であるものは北京語でyuèであり、 「音楽」は「音乐」yīnyuèで「楽隊」は「乐队」yuèduì。 「ラク」であればlèになるので「快楽(くわいらく>かい~)」は「快乐」kuàilè、 「楽園」は「乐园」lèyuán。 「口+樂」や「小(心)+樂」のように部首をつけて二通りの漢字にしてもよさそうなものだ。 廣東語では「音樂」はyam-ngok、「快樂」はfai-lokのように、ngokとlokになる。  シンガポールの謝世涯Xiè Shìyá(おそらく華人)が『新中日簡体字研究』で指摘しているが、日本では「樂(ラク、ガク)」を「楽」にして、これを「藥(ヤク)」の音符にも適用して「薬」にした。 その一方で、中国大陸では「樂」を草書から簡体字にして「乐」と書き、形声文字 「藥」yàoは「葯(>药、糸偏を簡略化)」yàoで代用される。 これは「約」yuēの異読にyāoがあるからで、 「紐約」Niŭ Yuē はNew Yorkの音譯であり、廣東語でNau Yök(oの上は¨)と読む。  日本式の「楽」は明祝允明『離騒教巻』にあり(『新中日~』33ページ)、同じく日本式の「薬」は明刊『薛仁貴跨海征東白袍記』にあったらしい(『新中日~』36ページ)。 ●「(學>)学」xué  上古代漢語でɦŏkのような發音。これが以下のように変化した。 ɦŏk―ɦɔk―hio―šüe(=ɕye、ɕчε、拼音xué)、šiau(=ɕiau、拼音xiáo) 上古(周、秦、漢)-中古(隋、唐)-宋、元、明-清以降の順。 (藤堂明保編『学研漢和大字典』より)  「(學>)学」は廣東語でhok、ベトナム語でhoc、朝鮮語でhakになる。  「学生」の發音は日本語gak(u)sei、台湾語hakseng、 朝鮮語haksaeng、廣東語hoksang、 北京語ではxuéshēngになる。  「文学(=文學)」の發音比較 廣東語manhok―朝鮮語munhak 台湾語bunhak―日本語bungaku(「天文学」はtenmongaku) 上海語v ə n ɦ oʔ ―ベトナム語vanhoc 北京語wénxué  「文」の最初の子音は、上古代(周、秦、漢)はmで、隋、唐代にmbになり、宋、元、明あたりからwになった。mの段階で止まっているのが廣東語と朝鮮語と日本語の呉音。mbがbで残ったのが台湾語と日本語の漢音。mbからwに移る途中の段階がvで残るのが上海語とベトナム語である。  「学」の字音には北方漢語の異読で xiáo もあるが、 これは「約」yāoの異読yuē、「角」jiăoの異読jué、 「覚」jiàoの異読jué、「削」xiāoの異読xuē、 さらに「脚」jiăoの音符「却」quèを考えれば珍しくない。 日本語音読みで「ア段+ク」akuであり、古代漢語のakまたはokのような韻母にさかのぼる。 中国で「かぎ(鍵)」を「钥匙」yàoshiと呼ぶのは「中国語」の初歩で習うが、 中国人が「鑰」yàoの簡体字を「钥」にしたのは、 「鑰」の異読でyuèがあるから音符を「月」yuèにしたのだろう。 ●「首」shŏuと「道」dào、「導」dăo  上古代漢語では「首」がthiogで「道」がdogだった。「道」の日本語音「ダウ」は「道」の中国音からで、TaoismのTao-も同じ。「入道」は「にふだう」になる。『タモリのジャポニカロゴス』で「道」を「生首を持って道を歩く」などと解説していたが、これは語源や古音を無視した解釋である。 「首」;頭髪の生えた頭の象形 呉音「シュ」、漢音「シウ」 thiog―ʃɪəu―ʃɪəu―ʂəu(shŏu) 「道」;頭を向けて進む 呉音「ダウ」、漢音「タウ」 dog-dau―tau―tau(dào) (「藤堂漢和」より。巻き舌のʂは漢和字典ではsの下に点で表記)  そして、「道」dàoの動詞形が「導」dăoである。  宗教の「傳道(デンダウ、校正者は傳=デンと傅=フの違いに注意。パソコンで傳=デンがフの読みで出るのもプログラマーの間違い)」と物理学の「傳導」がある。大陸で「導」を「导」にしたのは字音をわかりにくくしている。「導」を「道」で代用し、第三声と第四声で異読を使い分けてもよさそうなものである。 ちなみに中国大陸では「報道」bàodàoという熟語には「道」を採用し、「报道」(簡体字を知らない日本人は校正や植字で「报」を「扱」にしないように注意。文脈から漢字を判断すること)にしている。「報」bàoの略字「报」は手書きで「扱」jíと似ているので惜しい。 参考になるHP(Blog記事) 文字 - 空の手に思いを込めて Google 簡体字 中国 導 道 老子 Y!Blog 「愛」と「親」について、2011年8月2日産経新聞「上海余話 心のない『愛』なんて」 ●「白」系列  「白」は北京語でbái、「百」はbăiだが、日本語音で「白」は「ハク」haku、「百」は「ヒャク」hyakuになり、朝鮮語で姓の 「白」がPaek(慣用表記Paik)、「百済」がPaekche(chは平音)であるように、もとはkで終わっていた。韓国人の 「白」Paek氏は中国でBáiを名乗ることになる。  日本語の「白夜(ビャクヤ)」byaku-yaは例外として、「淡白」や「蛋白」、「関白(クワンパク)」、「腕白」、 「潔白」では「白」が「パク」でpakuになる。「百」も「三百」では「ビャク」 byaku、「六百」で「ピャク」pyakuになる。これらは日本語を学ぶ中国人にとっては難点であり、日本人はどういうときにハ行がバ行やパ行になるか、法則を説明しないといけない。  中国で「百」の異読にbóがあり、「伯」はbăiとbó、「柏」もbăi、bó、bòである。日本のパソコンで「ベルリン」と打って変換すると「伯林」が出るが、中国では「柏林」Bólínで、逆に覚えてしまいやすい。 今なら李白の英語名はLi BaiまたはLi Paiでいいだろうが、 日本の一部の英和辞典ではLi Poを載せており、Li Boもあるらしい。 「白」の異読でboがあったのだろう。これを採用すれば、ベルリンは*「白林」でよさそうなものだ。 ちなみに、英語で李鵬はLi Pengなので、Li Po(李白)と間違えないように気をつけたほうがいい。  また、英語でbok choyが「白菜」の意味で採用されており、これは明らかに廣東語の發音bak choiである。  「白(ハク)」は「珀(ハク)」の音符となり、「珀」は「碧(ヘキ)」の音符になる。北京語で「白」bái→「珀」pò→「碧」bìになる。「白」と似た音で「玉」をあらわすのが「珀」で、さらに「石」を加えた「碧」が青緑色を意味するのは不思議。  色に関して、中国では以下の宝石を色で分類している。 (ruby>)ルビー=紅宝石hóngbăoshí (sapphire>)サファイア=藍宝石lánbăoshí (emerald>)エメラルド=緑宝石lüˋbăoshí (opal>)オパール=蛋白石dànbáishí Y!Japan Y!辞書 Google Wikipedia Wik辞典(=Wiktionary) 中国語方言字音データベース 2008年2月投稿、目次 ----- --------


TeaCupより>序論、漢字、漢文は「中国語(漢語、SINA語)」として理解すべし

2022-08-29 13:15:34 | 序論、総合

AUTHOR: teacup.ブログ 運営担当 TITLE: teacup.ブログ START! DATE: 02/24/2008 13:23:50 PRIMARY CATEGORY: ノンジャンル STATUS: Publish ALLOW COMMENTS: 1 ALLOW PINGS: 1 CONVERT BREAKS: 1 CF50_USERNAME:ivory.ap.teacup.com/khanczy/ ----- BODY:

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四季煲坊

2022-08-25 15:20:53 | 語学

-------- AUTHOR: 漢字論原点回帰 TITLE: 四季[保の下に火]坊 DATE: 03/11/2020 13:27:00 PRIMARY CATEGORY: 二  固有名詞問題 STATUS: Publish ALLOW COMMENTS: 1 ALLOW PINGS: 1 CONVERT BREAKS: 1 CF50_USERNAME:ivory.ap.teacup.com/khanczy/ ----- BODY:

 

@kyojitsurekishi

  )2  
AmebaBlog>〔板門店(はんもんてん→パンムンジョム)2 漢字論原点回帰4〕
訂正
また、プレスセンターに書かれてある「평화 세로운 시작」
Pyeonghwa seroun sijakは「平和 あたらしい始まり」だろう。
8:38 - 2020年2月3日
 

8時8分ごろ 新橋の中華料理店「四季煲坊」Siji Baofang が紹介され、字幕では「四季ボウ坊」。20年続いているらしい。 「煲」baoが日本語で「ボウ」と読まれ、カタカナ表記。 〔
13:08 - 2020年3月11日
 

新橋の中華料理店「四季煲坊」が紹介された。 取材を受けた女性店長が「劉文玉」さん。漢字だけでルビなし。 日本語で「りうぶんぎょく」と読まれるだろう。
標準中国語ではLiu Wen-Yuになるはず。
北京音で「文」の唇音と「玉」の舌根音が弱まった結果だ。
13:11 - 2020年3月11日〕 

食べログの情報が正しいかどうか分からないが、
食べログでは「四季煲坊(SiJi BAOFANG)」が「四季ボウ坊」になるようだ。
四季ボウ坊 (シキボウホウ) - 新橋-中華料理 [食べログ]〕 

13:17 - 2020年3月11日
 


〕が原因で子供7人の家族が食費で大変というレポート。少子化の時代、「子だくさん」は国の未来のために役立っているから、政府や自治体から財政支援してよさそうなものです。

 〔13:27 - 2020年3月11日
 
元祖からアレンジ系まで!人気中華料理店のおすすめ冷やし中華3選
Magazine Hanako.tokyo
 〕〔〕〔
13:46 - 2020年3月11日
 
「劉文玉」さんの名前の日本語読みは呉音で「る・もんごく」、漢音で「りう・ぶんぎょく」(旧かなづかい)→「りゅう・ぶんぎょく」(現代かなづかい)。
英語表記はLiu Wen-yuであろうか?
〕〔〕 
 〔14:00 - 2020年3月11日
 
〕では「深圳(Shenzhen)」が「深セン」と表示された。
〕は「四季煲坊(Sijibaofang)」が「四季ボウ坊」と表示されたようだ。インターネットで文字化けを防ぐため環境依存文字をカタカナにする手法がテレビでも使われるようになったか。 〔


TWEET(1)〕〔TWEET(2)〕/TWEET(3)/TWEET(4)/

前後一覧
〔2020年(令和2年)2月
〔2020年(令和2年)3月
/令和4年8月/






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TeaCupより>姓名の区切り

2022-08-25 14:17:19 | 語学

 

-------- AUTHOR: khanczy TITLE: 姓名の区切り DATE: 09/01/2012 07:19:00 PRIMARY CATEGORY: 二  固有名詞問題 STATUS: Publish ALLOW COMMENTS: 1 ALLOW PINGS: 1 CONVERT BREAKS: 1 CF50_USERNAME:ivory.ap.teacup.com/khanczy/ ----- BODY:

「武井咲」を「タケイエミ」と読むのは「咲」が「笑」の異体字だからわかるとして、「澤穂希」を「サワホマレ」と読む方こそ無理がある。「澤穂」が「サワホ」のような姓で「希」がノゾミかと思ってしまう。これは日本で「希」を「稀」の代用にしているから。

「影」だけでなく「景」をカゲと読むのも難しい。 伊集院光はおそらくは子供のころに『あぶさん』を見ていて「景浦安武(かげうらやすたけ)」が読めず、劇中で誰かがあぶさんに向かって言った「か、景浦~」という部分を読んで「か」で始まる名前だというところまでわかっていたらしい。

「金城武」は「金城(かねしろ)+武(たけし)」だが、 中国人は「金(Jin)+城武(Chengwu)」だと思うだろう。 「毛澤東(Mao Zedong)」を「けざわ・ひがし」と読むのと逆だ。

以前、iタウンページのCMで『巨人の星』が使われたとき、星飛雄馬(ほし・ひゅうま)が病院で呼び出しの看護婦から「ホシトビさん」と呼ばれ、飛雄馬が「ホシヒュウマです」と訂正していた。

これは看護婦が「星飛雄馬」を「星飛(ホシトビ)+雄馬(ユウマ)」と解釋した結果であろう。

もし「金田一惠」という名前があったら日本では「金田・一惠」だったら「かねだ・かずえ」だが、「金田一・惠」だったら「きんだいち・めぐみ」になる。 金田一春彦は生前、「苗字の一が邪魔なんですよ」と言っており、「金田春彦」と思われるのは日常茶飯事で、「金田一春」と呼ばれたこともあったらしい。

 

年金問題で中国人アルバイトが「田中・昭」を「田・中昭」と区切ってしまう問題(検索)があったが、これは中国人ならやりそうなことで、中国人を雇う日本人が初めから気をつけておくべきだ。

 

/TWEET(1)/TWEET(2)////

 

前後一覧

/令和4年8月/

 

関連語句

武井咲 年金  

 

参照

T-CupBlog 「中国読み」のほうが簡単💻

GooBlog>/TeaCupより>年金の転記作業で派遣の中国人アルバイトが誤記(平成19年~平成20年) - gooブログはじめました!/

GooBlog>/「田中昭」の転記ミス:固有名詞はノンネイティブには難しすぎる - 巣窟日誌 (goo.ne.jp)/

Y!Blog 年金の轉記作業で派遣の中国人アルバイトが誤記

Y!Blog 金城武の名前について ----- --------

AmebBlog>/TeaCupより>年金の転記作業で派遣の中国人アルバイトが誤記(平成19年~平成20年) | 漢字論原点回帰4 (ameblo.jp)/

AmebaBlog>/ひとのなまえがむずかしいのはわかりきったことだろうに | いらないものを すてていこう (ameblo.jp)/

LivedoorBlog>/朴槿惠(朴槿恵)前大統領の名前 : 漢字論原点回帰・補足 (blog.jp)/