染色作家 佐藤節子先生からのご案内です。

たびたび拙ブログでも紹介していますテノール歌手大川信之さん(佐藤先生の義理の息子さん)と
「ピアノ王子」安田裕樹さんのユニット「グラン・シャンス」が
横浜 山手ゲーテ座でミニ・コンサートを開きます。
有名なオペラやミュージカルの歌を、楽しいレクチャーとともに聴けるという一石二鳥の企画。
芸術の秋 バラ園近くのヨーロピアンな煉瓦造のホールで、優雅だけど肩肘張らない音楽を
堪能しませんか?
日時:10月15日(土) 15:00開演
料金:2500円
お申し込みは岩崎ミュージアムまで(写真右)
同館のホームページで、詳しい案内をご覧いただけます。
-----------------------------------------------------------------------------
8月の音楽は……とても短い曲。
モーリス・ラヴェルの「マ・メール・ロワ(マザーグース)」から、
1曲目の「眠れる森の美女のパヴァーヌ」。
演奏は世界的ピアニストのマルタ・アルゲリッチとミハイル・プレトニョフ。

4つの季節の境目のうち、私はなぜか夏から秋へだけ
ある日突然何かの「お告げ」があり、それによって
すべての情景が塗り替えられると思っている。
蝉の最期の一声が、乾いた木の幹を滑り落ち土を震わせるころ、
人知れずその「お告げ」が自然界にもたらされ
ざわめき、まぶしさ、外へ外へと拡散しようとするすべての動きが
ストンと我に帰り、お祭り騒ぎの反動でできた「寂しさ」という穴を繕い始める。
このパヴァーヌは -パヴァーヌである必然性はないのだが-
夏の“うつつを抜かした”感情を諌めるのに十分な冷静さと妖しさをもって
「お告げ」を届けにきた季節の使者の歩み…のように思える。

11歳の夏休み。
私は一人の男性から、「マ・メール・ロワ」のピアノ譜をもらった。
今もだけど、当時はなお高価な、輸入版の譜面だった。
かなりぼろぼろで、セロテープが折り目全部に貼られていた。
その人は父の仕事関係の先輩の息子さんで
東京芸大を目指して二浪中だった。
だから年齢は20歳くらいだったのだろう。
スラリとして切れ長の目、
聡明でカッコいい人だと子どもながらに思った。
11歳には十分すぎるほど“大人の人”に見えた。
家族で北関東からその一家が住む房総半島まで遊びにいったときのことだ。
私が、ムソルグスキーの「展覧会の絵」とラヴェルの「ボレロ」が入った
カセットテープを持っていた(車の中で聴くため)のをその人が見つけ
ラヴェルが好きなら…自分はもう使わないからと、楽譜を手渡してくれたのだ。
彼も人から譲り受けたものなのか、自身で買ったのかは不明だが
何度も補修して大事にしてきたものであることは、子どもの私にもわかった。
古くても、傷んでいても、その輸入版の楽譜は、
私が持っている日本製のとは紙の色も音符の書き方もインクの濃さも違い、
何ともいえない気品があった。
表記はすべてフランス語、今の時代とはまったく違う特別感があった。
嬉しくて、ワクワクして、家に帰ってから毎日毎日
連弾用の楽譜なのに、一人で二人分ごまかしながら練習したものだ。
夏休みも終わりに近づいていたころ。
果たしてへんてこなパヴァーヌになったが、それでも一応“らしく”弾けて楽しかった。
だけど楽譜の贈り主とはそれっきり。
父から、彼は三浪したが芸大に受からず、最後の年に併願したK大の政経には一回で通ったので
そちらに進学した、と聞いた。
音楽の道へは、進めなかったのだ。
その後商社に入って…というところまでは聞いたような気がするが、
10年以上前、父の先輩が病気で亡くなってからは交流が途絶え、
彼の消息もわからない。
夏の終わりが巡るたび、
そんな想い出が、
私を、嬉しさとも寂しさとも切なさとも安堵ともつかない、
複雑な気持ちにさせる。
眠れぬ森の美女のパヴァーヌは、私自身をも秋へと誘う「お告げ」なのだ。
(ご興味があればこちらを。「マ・メール・ロワ」全曲、
アルゲリッチと海老彰子さんの演奏です)
※写真の楽譜は「亡き王女のためのパヴァーヌ」です。いただいた楽譜は実家に保管しています