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思考の流れの書きとめ、詩、随筆、覚書(Weblog)
と写真(Weblog以外のカテゴリー)

タイムマシーン

2009-04-12 03:17:52 | Weblog
その理由はもしかしたら、少し似ていたからかもしれない





非はないのに どうしようもならないこと

得られるはずで、手に入れるべきで





たった一年、たった半年、たった一週間 とかの
歯車の食い違いで、こんなにも変わってしまうものなんだ

この世は不条理だ










打たれてばかり


それでもこれは、もっと上に行きなさいという合図

上に行く力がある者だけが、与えられるチャンス



少しずつ塗り固めて強固なものにしていく

そして、いつか目の前をタイムマシーンが通ったら、
それに気付き、手でつかむ勇気を
持ち合わせていよう








要領良く生きてきた者などより
幾年か早く未来に行ける

起爆剤でありたい

2009-04-07 04:43:21 | Weblog
10年後、彼が私を見て





「今までの生き方を後悔する」






これが私の目標だ






私の生き方で以ってして証明する
私の方が正しかったのだということを
そして、彼に行動を起こさせる
起爆剤としての存在でありたい




未知の世界に足を踏み込む
ゼロからイチを創造する
安定よりも刺激を求む
与えられるより、影響を与える

既製の世界から連れ出したい

2009-04-07 03:58:56 | Weblog
人が「行動」を起こすきっかけをつくりたい



  起爆剤 でありたい





 この世界は虚像だ

また世界を一歩離れたところから見ていた

 つくりあげられた世界





  「既製品」







既存の役割の中に
やりたいことも やるべきことも
ない







 早く抜け出さなければ

自分で動いて、自分で創っていかなければならないんだ
そして、

 既製の世界に住む人々を
 一人でも多く
 ここから
















   連れ出したい

ネタ探し

2009-04-07 03:49:17 | Weblog
でもさぁ、もうネタ切れだよね。
感情を文章にする。自分だけの答えを出す。示される価値観。演技しない身体。
もうネタ切れなんだよね。そういうことだよね。人に影響を与えられないんだよね。変えていくことができないんだよね。なにも。


それでもさ、別にいいって言っちゃえばいいってなっちゃうんだよね。影響力なんてなくても、小さなことに喜びを感じていく、周りと歩調を合わせていく、他人を思いやる、年上の人を尊敬する、みたいな。そういう行き方もあるってこと、知ってる。でも私はそういう生き方を、そういう生き方をする人を、見下している。別に自慢できることでもなんでもないけど見下している。そう、見下しているのだ。それは悪いことだと思う。と同時に完全に悪いことだと言い切れない自分がいる。そもそも、このことに関してまったく自己嫌悪に陥らない。「良くないことだとは思うけど、この世界の半数以上の人を見下している」とさらりと言える。言ってしまえる。何の感情もない。あるのは、見下しているという事実だけ。



要するに、あるのは二つだけだ

 刺激を求める
 影響を与えたい

これだけ。
これだけなんだよね。結局。要は飽きっぽいから常に新しい刺激を求め別の存在になりたいと欲するそしてその身体と精神で人に影響を与えて何かを変えていきたいっていう単なる傲慢な愛情ってわけ。そういうことだ。
でもネタ切れなんだよね。
こんなに色々書いてしまったけれど言いたかったのは単に、
ネタ探しに行くべきだってこと。

別の者に変えたかった

2009-04-07 03:32:44 | Weblog
巡り巡って変なところに行き着いてしまった

こんなに離れて存在しているというのに
未だに影響を受けているのであろうか
何と気に食わないことなんだ




すべてやりつくしてしまった感がある

そう、それをひしひしと感じていたではないか
なぜそのことに気づかない振りをしていたのだろうか

もう幼い子どもではないのに
望めば、どこにだって行けるというのに

ここにいたって、もう新しい刺激なんてない
社会に出たらあるのか いや そうは思えない





つくりあげられている世界に、興味はない





天国と宇宙、どちらかに行けると言われたら
躊躇いもなく 宇宙を選ぶ
無限大 可能性 というものに 強く、惹かれるから















20年間、あらゆるものを吸収していった
この身体に この精神に 足りないものを

常に刺激を求めていた 新しいものに浸っていた

必要なものも 欲しいものも
見えていた

「別の者になりたかった」
そして確かに その別者の像を 頭の中に克明に
描けていた





1年間、少しのものに影響を与えていった
その身体に足りないものを その精神に足りないものを

少なくとも一つは埋めていくことができた
少なくとも一つは他の者より多く持っていた

その身体に必要なものも その精神が欲しているものも
見えていた

「別の者に変えたかった」
そして確かに その別者の像を自分自身の身体のなかに
持っていた




ツールとして存在する

2009-04-06 05:46:35 | Weblog
いつまで経っても本気になれない
覚悟が足りないのだろうか



もしこのまんまのスタンスでいって
偶然うまくいったら
「こんなもんか」って思うのだろう

もしこのまんまのスタンスでいって
案の定うまくいかなかったら
「まぁしょうがないかな」って笑えるんだろう





そういうゆるい感じになりたかったのかもしれないし、そうじゃなかったのかもしれない








かつて私をつき動かしたものとは
何だったのだろう



もし仮に、「欲望」とするのなら
すべてが腑に落ちる



刺激を欲していた
仲間を欲していた
快楽を欲していた
愛情を欲していた



足りないものを埋めるために動いていた
単に、自分のためだけに












私は、社会貢献したいなんて気持ちは微塵もないのかもしれない




他の何かのためと見せ掛けて結局は自分のためでしかなかった、そうだろう

抱え切れない感情を吐き出して
みんなと共有したい、なんて




しかし、私の思惑とは裏腹に
私の文章はそれ自体で一つの人格を持っていた

文章は他の人に触れ、他の意味をもつ
他の意味をもってしまう

私がうみだしたものさえ
私を置き去りにして変わってしまう
私を疎外していく











そうは考えるけれども
もしかしたら
そう考えることさえも
お門違いなことかもしれない

文章が、人格を持つとするなら
そう、まさに、文章の裏側もしくは内側外側にイデアが存在しているのかもしれない
イデアと世界
そう考えるなら
私は単なるツールでしかない
イデアが根源的に存在していると考えたらどうだろう
イデアが私をツールとして使い、この世界に文章という影を残していると考えたらどうだろう
いや、もしくは文章こそがイデアなのか
文章がイデアであり、私がツールで、この世界の実存はすべて影なのかもしれない

愚かな存在

2009-04-06 05:36:10 | Weblog
いつまで経っても本気になれない
覚悟が足りないのだろうか



もしこのまんまのスタンスでいって
偶然うまくいったら
「こんなもんか」って思うのだろう

もしこのまんまのスタンスでいって
案の定うまくいかなかったら
「まぁしょうがないかな」って笑えるんだろう





そういうゆるい感じになりたかったのかもしれないし、そうじゃなかったのかもしれない








かつて私をつき動かしたものとは
何だったのだろう



もし仮に、「欲望」とするのなら
すべてが腑に落ちる



刺激を欲していた
仲間を欲していた
快楽を欲していた
愛情を欲していた



足りないものを埋めるために動いていた
単に、自分のためだけに












私は、社会貢献したいなんて気持ちは微塵もないのかもしれない




他の何かのためと見せ掛けて結局は自分のためでしかなかった、そうだろう

抱え切れない感情を吐き出して
みんなと共有したい、なんて




しかし、私の思惑とは裏腹に
私の文章はそれ自体で一つの人格を持っていた

文章は他の人に触れ、他の意味をもつ
他の意味をもってしまう

私がうみだしたものさえ
私を置き去りにして変わってしまう
私を疎外していく





それでもなお、私は文章を書く
書き続ける








(それは、なぜ?)
















理由なんてない





私は相当愚かな存在だろう

理由とか結果とか

2009-04-04 03:08:21 | Weblog
物事には必ず、理由があるのだろうか
行動には必ず、理由があるのだろうか






理由とか、結果とかの考察を怠ってきた



理由なんて、多分、相当くだらない
後から取ってつけたような理由を並べて
何の意味があるのだろうか


結果のなかから、見つかるだろうか
結果のなかから、根本の理由が、見つかるだろうか
分からない



何を得たか なんて

全部、自分になったんだから別にいいじゃんって話
とてもくだらないことを している気が している







感じることや、どう考えるかに
いつも焦点を当ててきたから







具体的なものよりも、抽象的なものに
いつも興味を抱く


本当に好きで、本当に興味があって、
本当にやりたいことはどれも
金にならない
金になりにくい



どんな場所だって
与えられたらそこでやっていくだけの根性はある
覚悟はある、能力もある
なんていったって打たれ強いから







私はどこにいたって私のやり方でやっていくだろう





尊い

2009-04-03 02:47:58 | Weblog
新たな出会いがあるたびに思う



「本当に気の合う人との出会いはとても尊い」



なのに、度々粗末にしてしまう

ひどく後悔をしている




待っている というのが ものすごく苦痛なことだと知った

自ら行動する術を持っていたのなら





もう二度と会えなかったらどうしよう
どうしたらいいんだろう






どうしてもっと一秒一秒を 大切に扱わなかったのだろうか