■Nへ
誕生日おめでとう。いくつになったんだろう。
今日はなんだか一日、キミのことを考えていました。大人になったキミの姿がどうしても想像できなくて…。どんな男になっていたんだろうね。
わがままだけど優しいところもあったよね。無理な日焼けでできた私の背中のシミを心配して、「皮膚移植っていう手もあるらしいよ」と言ったのを覚えてる? それから「理屈ばっかり言ってると男が近寄ってこないよ。いつまでも一人でいて、ボクの彼女を小姑いじめするなよ」そんな失礼なことも平気で言ってたんだよ。
うるさいなあ、と軽く受け流しながら、正直ちょっと傷ついていました。知らなかった?
なんでもできたよね。勉強もダントツだったし、ピアノも私よりずっとうまかった。運動も歌も、それから人の気をそらさない話術も。
でも不思議と、そんなにコンプレックスは感じないでいられたな。ふつう、身近にキミみたいなやつがいたら、私みたいなのは、ぐれるかひねくれるか、しそうなのにね、
私は私、そう思っていたのは、別に自分に自信があったわけではないの。そうじゃなくて、キミが生きにくそうにしているのを、身近にいる私がいちばんよく知ってたからじゃない?
小さいときから、よく遊んだものね。ごっこ遊びもいく種類もあったよね。キミが「イヌ」っていうのもあった。いろんなイヌを演じ分けてたよね。それから、気に入った映画を十数回観て、セリフも音楽も覚えて、二人でテープに録音したこともあった。ユカイだったね。ああいうとき、セリフは私のほうがずっとじょうずだったけどね。
あんなに一緒にいたんだもの、キミが実はすごく不器用なこともわかっていた。激しやすいところは、単なるわがままではなく、気分の上下の激しさをコントロールできなかっただけなのかもしれないね。今なら少しわかるけど。
だから、ひょっとすると、能力のない私のほうがスムーズに生きていけるかもしれない、とわかっていたのかな、キミにも私にも。だから、キミをうらやましいなんて思ったことなかった。
いつだってNO.1だったキミのために、試験前には私が問題を出してあげたんだよね。おかしな話です。私だって試験前なのに。でも、キミが落ち込むと、二度とはいあがってこないんじゃないかといつも心配で、ついつい甘くなってしまう。あれがまずかったのかもしれません。
もっとキミを頼って、「助けて」と言えばよかった。私は頑丈に見えたかもしれないけど、そんなに強い女の子ではなかったのよ。そうしていたら、キミのほうがもっと強い子になれていたかもしれない。今になってはもう遅いけど。
いなくなってみて、改めて思います。あの頃の思い出、キミのかわいい笑顔、二人でしでかした悪事…、そういうことをもっと先になって語り合いたかったってね。キミと私にしかわからない、暗号のような言葉だってあるものね。
思い出は語っていかないと、色あせていくのです。だから私は今、大事な人を相手に、二人の思い出をたまに話しているの。
安心して。キミはとても心配してたけど、私にもそういう大事な人がいるから。
キミが生きていたら、なんて言ってくれただろう。いいやつ、見つけたじゃん。そう言ってくれたかな?
今日は青空が突き抜けるように青くて、日差しはやわらかだけど風が冷たい日でした。街を歩きながら、どこかで大人になったキミが見ていてくれるかもしれない、なんて私らしくもないことを思って、少し胸が熱くなりました。
キミのことは頭のかたすみに寄せて、また来年のこの日まで、私はちゃんと生きてみますね。
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