クラス会の翌日は１２月１０日で冬の青春１８切符が有効になる日である。この切符は普通列車に終日乗り放題の貧乏学生向けの企画であったが、多岐にわたる遊びに忙しく、金持ちの学生には無視され、時間をもてあますシニアに利用されている。夏に訪れた「越中おわら風の盆」の印象が強烈だったので、会場となった越中八尾町を再度訪問したいと思ったのである。
中学校時代に可愛がってくれた、同級生の山田氏の乗用車でＪＲ長野駅まで送ってもらった。最近に赤信号で停車中に追突され、脊髄の神経に損傷を受け、痛みがあり、動きが不自由である。１００％過失は相手側なのであるが、加害者の損保会社の担当弁護士は事故との因果関係を認めず老齢を理由に慰謝料を減らす金の亡者なので、山田氏が怒り裁判中である。目に見えない障害は、自覚症状で本人以外には判らない難しさがあるようである。送迎を感謝し、納得の解決を祈っている。
妙高３号直江津行きは、指定席があり、特急車両の１８３系を使っているが普通列車である。雪で白い妙高山を左側に見て、姥捨駅と同様のスイッチバックのある二本木駅やオーストリアのレルヒ少佐による、日本スキー発祥地の金谷山の高田駅・赤倉温泉の妙高高原駅など各駅に停車して、正午には直江津駅に到着する。駅舎は豪華客船・飛鳥を模して作られている。駅前のお食事処 多七の日替定食を堪能した。
親不知海岸を走る北陸線で富山駅には１５時に着き富山駅前を散策し、２両のディーゼル列車の高山線に乗り換え、夕暮れ迫る５時前に越中八尾駅に辿り着いた。駅から旧市街までコミュニティーバスが頻繁に出ており、予約した宮田旅館の案内を請うと、停留所でない玄関前に臨時停車してくれた。
町にある数少ない心のふるさとの宿・宮田旅館は女優・柴田理恵の母親の実家のようであるが、塵ひとつなく磨かれた床が光る木造の古きよき日本の旅籠(はたご)である。一人旅の私が本日唯一の泊り客である。初老の女将さんの接待が優しい心遣いで、美しく芸術品の食器に盛られた数々の食事はご馳走である。比叡山居士林の食事作法に従い、何も残さず戴いたので、感謝の気持ちがご主人であろう板前に伝わったと思う。昔々、久し振りに帰省した時の両親の自宅と同様に、自然に癒され明日の活力を頂戴し、今夜は心落ち着き熟睡して、積もり積もった人生の疲れが消滅するだろう。
八尾は特異な造りの町である。家屋が密集接続する長屋なのである。江戸の長屋は四・五軒が連続した建物であるが、独立家屋が数十軒連結している。不心得者がいて火を出そうものなら、町全体が炎に包まれ全滅する。江戸長屋の人情話が落語に登場するが、越中八尾の運命共同体の長屋人情話があの「越中おわら節の風の盆」なのであろう。多くの住民の喜怒哀楽を取捨選択して踊りとして集約したのである。哀調を帯びた物静かな立ち居振る舞いには、人生は苦しいとする釈迦仏教の思想が現れている。八尾の町は親鸞聖人の浄土真宗聞名寺の門前町である。
そして一つ屋根の下に暮らす家族の心が一つに成るのと同様に、町内の住民の心が一つに成る風土が家屋の造りに在る。風の盆の踊りの統制の取れた物悲しくも優雅な雰囲気は喜怒哀楽を共有した伝統の心以外に表現できないと思うのである。そして編み笠で顔を隠すのは、個人を抑えることを表現しているのだろう。己を忘れ、他を利する事も仏教の教えである。地域の人間関係の強度の制約の中で、如何に個人を表現するかに集約した時に、異様な女性の妖艶さ、男性の力強さが表現され、集団の舞は人の心に忘れがたい感動を与え魅了する。この踊りは地域社会を守る為の、風俗習慣を理解する住民の集団見合いの宴なのかもしれない。２６歳以上は踊りに参加できない掟がある。
舞姿は練習することで同じになるだろうが、心は環境風土に同化して活動する以外に獲得できないのである。八尾の住民は簡単に余所者に八尾の心を譲り渡すことは厳禁で、頑なに伝統を守る根性を見せないといけない。
早朝に諏訪町界隈を散歩したのであるが、住民が出て来て挨拶してくれる。好印象だから、友人に伝えたのである。友人の答えが意外だったのである。
余所者を警戒する為の挨拶なのである。挨拶を手段として、余所者による町の伝統破壊を守っているのである。
この警戒心が有る限り「おわら風の盆」の伝統は守られ、末永く余所者の心に強い感動を与え続けることが出来る。名旅館の一夜の泊りが「おわら風の盆」の心を教えてくれ、来年の「おわら風の盆」のリピーターになりたい思いが強くなった。
八尾よいとこ おわらの本場 二百十日は オワラ 出て踊る
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