最近ケータイで撮った写真がいろいろ溜まってて…。レポートでいつか更新しようと思ってたのですが、なかなか時間がなくて…、いやめんどくさくて…

少しずつ片付けていくべく、まずは環境スタディーツアーから更新
今年の8月初めにゼミ関連で行ってきた『環境スタディーツアー―遠州灘の砂丘が消える』で撮ってきた写真を公開。また、以前に投稿した「環境スタディーツアー」というタイトルの文章を、ゼミの先生に添削してもらった後のものを再度掲載します。実は、これが新聞記事として毎日新聞に載るという話で、僕と他にゼミ生2人が書いたのですが、これがまた3人の合作みたいなものが、しかも毎日新聞社の記者さんのほぼオリジナル文章として8月25日(金)の夕刊(朝刊だったかな?)に掲載されたのです。みんなでバッシングしました(笑)
そんなわけで、写真と記事をご紹介します。

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中田島砂丘
入口。

→入口からすぐ。僕が以前訪れた時は、ここから海は見えなかった。それほど砂山が存在していたのですが…。

→侵食されているのが分かりますね。以前の台風による大規模な侵食で、この辺りには過去に埋め立てたゴミが大量に出てきてしまったそうです。

→中田島砂丘とは小さな川を隔てた反対側の海岸。ここも侵食が激しく、過去に入れたテトラポットが崩れてしまったそうです。

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佐久間ダム
海岸侵食の原因となっています。ダムが砂をせき止めてしまっているのですね。また、天竜川水域の漁業にも影響を与えています。水力発電は環境に優しそうなイメージがありましたが…。

→発電用プロペラ。

→さくま電力館。資料館です。

→宿泊した宿。めっちゃ山奥です


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平岡ダム
佐久間ダムの上流にあります。ここではダム管理施設を見学でき、安全対策等のお話を中部電力さんから伺うことができました。

→平岡ダム湖。

→平岡ダム方面から浜松に向かう途中で昼食休憩を取った道の駅。周りはとてものどかな田園風景。
リンク先は
Wikipedia ホームページ
です。
最後に、レポートを…。
「ダムが遠州灘の未来を変えた」
長い梅雨が空け眩しい日差しが照りつける8月5・6日、私は所属ゼミの勉強の一環として日本環境ジャーナリストの会主催のスタディーツアー「遠州灘の砂丘が消える」に参加した。
中田島砂丘の海岸侵食の現場から、その原因の一つとされている天竜川流域のダム開発の現場までを、川に沿って遡りながら目の当たりにした。中でも流域最大のダムで水力発電量日本一を誇る「佐久間ダム」の大きさにはただ呆然としてしまった。
佐久間ダムは1956年に発電用のダムとして完成し、当時日本一の貯水量を誇っていた。現在では利水用ダムとしても利用されており、また日本最大の水力発電量で高度経済成長期から現在に至るまで、中部地方は元より首都圏にまで電力を供給してきたなど功績は大きい。
しかし、そのダムが後々になって河口に広がる遠州灘の砂浜を奪ってしまうなど一体誰が想像しただろうか。いや、正確に言えば、ダムが砂浜に必要な土砂をせき止めてしまったのである。
遠州灘全体を形づくるはずだった砂の多くはダムの底に堆砂として眠っている。佐久間ダムを管理している佐久間電力所所長の本間孝さんのお話によると、総堆砂量は1億1,720万㎥で総貯水容量に占める堆砂の割合は約35.9%に達する。ここ10年での平均年間流入土砂量は約130万㎥である。浚渫(しゅんせつ)船により湖外へ搬出している約40万㎥の土砂を差し引いても、毎年90万㎥は上流から土砂が流れて溜まっていくのである。それ以外の土砂に関しては、ダム湖の中で下流部へ砂を移動させているというのが現状だ。
この堆砂にもいろいろな問題が隠されている。洪水時に上流部での浸水被害の原因となったり、また土砂の湖内移動や浚渫による湖外搬出によって水が濁り、それが下流域に流れることによって生態系に悪影響を及ぼしたりしているのだ。
今まで私は水力発電というものが環境に影響を与えないものだと思っていた。現に化石燃料を使わず、佐久間ダムの発電量に関しては膨大な量の二酸化炭素排出を抑制していると言えるだろう。しかし、ダムが完成してから約半世紀が経ち、たくさんの環境に関わる問題が浮上している。今ここで関係各署が連携を取り、天竜川水域の未来、そして遠州灘全域の海岸の未来を考えていかなくてはならない所にきていると私は思う。