
“クイーン・オブ・ヒップホップ・ソウル”の名を欲しいままにしてきた女王が、渾身の力で歌い叫ぶ。いたずらにエンターテインメントに沿うのではなく、赤裸々に自身の魂のメッセージを解き放った激しい独白(モノローグ)と言えるステージが眼前に繰り広げられていた。
2011年の〈MARY J. BLIGE Music Saved My Life.〉(東京はJCBホール(現・TOKYO DOME CITY HALL)公演)以来6年ぶりとなる来日公演〈Mary J. Blige Japan Tour 2017〉の東京公演の初日。新木場スタジオコーストには、R&B、ヒップホップ、ポップ、ゴスペルのカテゴリーすべてを含む9度のグラミーに輝いたレジェンドの姿を一目見ようと、開演前から興奮気味のオーディエンスでフロアが満ちていく。次週に13作目のスタジオ・アルバム『ストレングス・オブ・ア・ウーマン』のリリースを控えての来日は、現在進行形のブライジを堪能するに絶好のタイミングといっていいだろう。
とにもかくにも“私はまさに今を生きている”ことを自身のヒット曲を綴りながら証明していったようなステージ。バンドはベースとドラム、ギターとキーボードがそれぞれ左・右端に配され、中央奥高台にバックヴォーカル3名というシンプルなセット。過剰な演出をするまでもなく、ブライジが積み重ねてきた楽曲を歌えば、彼女の愛と苦悩のストーリーが自然と綴られていく。それだけで十分な説得力を持つパフォーマンスを見せつけた。

冒頭では新作『ストレングス・オブ・ア・ウーマン』からのシングル「ラヴ・ユアセルフ」で今もなおクイーンとしての牙城が揺るがないことを誇示したかと思えば、続いて一気に沸点へ導くにはもってこいの軽快なグルーヴ・ダンサー「ジャスト・ファイン」で早くもフロアのオーディエンスから掛け声がステージ目がけてドッと押し寄せる。6年のブランクを埋めることなど、クイーンにとっては取るに足らなかったようだ。その後もヒット曲の数々を惜しげもなく披露していくヒット・ヒストリー的な様相で、ヴォルテージは高まる一方だ。ただ、メドレー風でもあり、1曲をフルで聴かせる楽曲はそれほど多くなかったため、なかには好きな曲を1曲まるまるじっくりと聴けたらよかったと感じるファンもいるかもしれないが、前半はとめどなくヒット曲が連なる構成ゆえ、熱度を削ぐことはなかった。

圧巻はやはり終盤の「ノー・モア・ドラマ」から「ファミリー・アフェア」へのクライマックス。オーディエンスに天高く拳を突き上げるよう問いかけると、“ファイト”を連呼して拳を何度も高く突き上げながら「ノー・モア・ドラマ」へ。文字通り“もうドラマなんていらない”と嘆き語る傷心の歌は、彼女の波乱万丈、紆余曲折の歌手人生をそのまま映し出したもの。ディディ(パフ・ダディ)が自身を売り込んだのと同様の手口でフェイス・エヴァンスをプロデュースしたことに不信感を抱き、K-Ci(ジョデシィ)との恋愛関係のもつれで心労が重なるなど、さまざまな痛みを歌に投影する生々しさが「ノー・モア・ドラマ」で爆発。決してクリーンなヴォーカルワークではなかったが、自らの胸を叩き鼓舞するように歌えば、内なる感情を全て曝け出したかのように歌唱後に仰向けに倒れ込むなど、洗いざらい吐き出したブライジの今の感情がステージに渦巻いていた。浮き沈みがあろうとも、私はいつもステージに戻り歌い続けてきた。もちろん、この東京、日本でも。我々は今ここにいる……とMCの度に語ったのは、ステージとフロアとの違いはあれど、私たちは今ここで対峙し心情を一にしていることこそが、この険しい道のりを生き抜き、多くの歌を響かせてきた証だと言わんばかり。その説得力には何人も抗えない圧倒的な迫力にみなぎっていた。
そのブライジの思いをしっかりとサポートしていたのがバンド勢。とくに3名のバックヴォーカルのコーラスワークは見事で、感情を焚き付けるがごとく吐き出すブライジを広がりあるコーラスで包み込んだかと思えば、ブライジの衒いのない伸びやかなヴォーカルには一歩引いて奥行を拡げ、さらには、ブライジの煽りを受けてパワフルで声高に歌い上げるなど、一辺倒でない手練手管の妙で絶頂へといざなっていく。それはあたかも、生きとし生けるものそれぞれが持つ信念やプライドを忘れずに生きて欲しいという強い願いが、歌唱やコーラス、はたまたラップという形で顕在化した瞬間でもあった。

ところで、フロアを後にする道すがらで耳にしたのが、「(ブライジのヒット曲のなかでも最も人気の高い曲の一つである)〈ビー・ウィズアウト・ユー〉が聴きたかった」という声。だが、ブライジはこの夏にマネージャーであった夫との離婚申請をするとアナウンスしており、公私の情が入り混じったステージでの選曲リストに“あなたなしでは生きられない”と切に語るラヴ・ソングは、さすがに組み込めなかったのではないかと推測。そのあたりは「このアルバムこそが本物のメアリー・J.ブライジ」と語ったリリース直前の新作『ストレングス・オブ・ア・ウーマン』に答えを見つけられるかもしれない。
ほぼ定刻にスタートし、アンコールなしの80分で幕。ややコンパクトにまとめたという感じもするが、限られた時間にブライジの半生をたっぷりと凝縮した密度の濃いステージ。過去にクイーンを名乗った者ではなく、現在もなおクイーンとしてあり続ける者としての威光と、プロフェッショナルとしてのプライドをもって、フロア一帯を音楽的ソウルと心情としてのソウル(魂)で埋め尽くした姿に、多くの心が揺さぶられたはずだ。

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<SET LIST>
00 INTRODUCTION
01 Love Yourself (*9)
02 Just Fine (*6)
03 The One (*7)
04 You Bring Me Joy (*2)
05 Love Is All We Need (*3)
06 Real Love (*1)
07 Be Happy (*2)
08 Love No Limit (*1)
09 Enough Cryin' (*5)
10 I Can Love You (*3)
11 Don't Mind (*8)
12 Share My World (*3)
13 Take Me as I Am (*5)
14 Good Woman Down (*5)
15 INTERLUDE(including Band Introduction)
16 My Life (*2)
17 I'm Goin' Down(Original by Rose Royce) (*2)
18 U + Me (Love Lesson) (*9)
19 Thick Of It (*9)
20 Not Gon' Cry (*3)
21 No More Drama (*4)
22 Sweet Thing(Original by Rufus & Chaka Khan) (*1)
23 Family Affair (*4)
※
(*1):Song from Album『What's the 411?』
(*2):Song from Album『My Life』
(*3):Song from Album『Share My World』
(*4):Song from Album『No More Drama』
(*5):Song from Album『The Breakthrough』
(*6):Song from Album『Growing Pains』
(*7):Song from Album『Stronger with Each Tear』
(*8):Song from Album『My Life II... The Journey Continues (Act 1)』
(*9):Song from Album『Strength Of A Woman』

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