*** june typhoon tokyo ***

Moonchild with special guest Kiefer @恵比寿The Garden Hall



 日本への愛と多幸感で満たした、スウィート&ソウルなステージ。

 チルやリラクシンなネオソウル/R&Bマナーの作風とタイラー・ザ・クリエイターやロバート・グラスパーらの称賛、スティービー・ワンダーやカマシ・ワシントンらのツアーに帯同するなどで名を広めている、米・ロサンゼルス出身のマルチプレイヤー3名で構成されたムーンチャイルドが、2022年の新作アルバム『スターフルーツ』を引っ提げての来日公演を開催。その発表があった際に、恵比寿ザ・ガーデン・ホール公演が日程に入っていて、「スタンディングは珍しいな」と思い、早々にチケットを確保したのだが、その判断は正解だった。後日、ロサンゼルスのビートシーンより頭角を現し、2020年のアンダーソン・パークのグラミー賞受賞作『ヴェンチュラ』にプロデュース曲が収録されて話題となったピアニストのキーファーが、スペシャルゲストとして参加する一報も入り、より期待を抱いて会場のある恵比寿へ向かった。

 前回ムーンチャイルドを観たのはアルバム『ヴォイジャー』を携えた2017年のツアーで、コットンクラブも盛況を収めたのだが(記事→「Moonchild@COTTON CLUB」)、今回のツアーでビルボードライブ大阪(さらに追加されたビルボードライブ横浜)は分かるとして、東京公演が恵比寿ザ・ガーデン・ホールでのスタンディングというのには、正直なところ少々驚いた。スタンディングが合わないという訳ではないが、どちらかというとチルなネオソウル~ジャズといった趣向ゆえ、客足を含めてどうなのかなといささか勘ぐってしまっていたところはあった。いざ、会場へ足を運んでみて感じたのが、前回と明確に異なり、実際にフロアを賑わせているオーディエンスの年齢層がなかなか若くなっていた(コア層は20代後半~40代前半あたりだろうか)。これはソウル/R&B、ネオソウル好きのミドルエイジよりも、ロバート・グラスパーやジ・インターネット、アンダーソン・パーク、ザ・ウィークエンドあたりをフランクにリスニングする世代が、2022年の『スターフルーツ』を好意的に捉えていたから、ということなのだろうか。

 同作には個人的にも大歓喜なレイラ・ハサウェイやアイズレー・ブラザースの血を引くアレックス・アイズレーをはじめ、ニューオーリンズを拠点とし、2020年のグラミー賞最優秀新人にもノミネートされたタンク・アンド・ザ・バンガス、地元ロサンゼルスのフィメール・ラッパーのイル・カミーユ、ボルチモア生まれのフィリー発ラッパーのムームー・フレッシュことマイモウナ・ユセフ、ロバート・グラスパーやスナーキー・パピーと共演したアトランタ出身のヴォーカリストのシャンテ・カンといった黒人女性アーティストを中心に、シカゴ出身でロサンゼルスを拠点とし、キーファーやリオン・ブリッジズらとの共演も多いサックス/キーボード奏者ジョシュ・ジョンソン、デビュー当時は“次世代のアデル”などとも呼ばれたラプスリーといった面々が参加。そういった多角的なコラボレーションもあって、ムーンチャイルドというユニットに行きついた層も少なくないのかもしれない。


 ライヴ告知には“ウィズ・スペシャルゲスト・キーファー”と冠されており、既に2名のキーボーディストがいるムーンチャイルドに、ピアニストのキーファーがどのような形で加わるのか(キーボード3台編成? 一部が入れ替わり?)とさまざま思案していたのだが、蓋を開けてみれば、オープニングアクトでの参加ということだった。キーファーが、ベースのソロマン・スミス2世とドラムのルーク・サンガーマンを従えた3ピース編成で、揺らぎのあるハートウォームな音色で、メロウなビート・サウンドを刻んでいった。ほぼ開演直前に会場に到着したのだが、ホールの最後部まで立ち尽くすオーディエンスを眼前にして(ソールドアウトだから当然と言えば当然なのだが)、キーファーやムーンチャイルドへのファンの大いなる期待を感じたのだった。(※キーファーについては後述)

 演奏間のMCで何度も「ムーンチャイルド!」と煽ったキーファーの後を受けて、本日の主役のムーンチャイルドが登場。ステージの正面バックには、大きく満ち満ちた月に“MOONCHILD”と書かれたロゴが映えるヴィジュアルが、いまや遅しと待ち構えるオーディエンスを優しく照らすように飾られている。今回のステージには、センターのアンバー・ナブランと、左に長身のマックス・ブリック、右にニット帽姿のアンドリス・マットソンを配したムーンチャイルド3名のほかに、左手にドラムのエファジェミュー・エトロマ・ジュニアが帯同。彼は、2017年の公演でもエファ・エトロマ・ジュニア(Efa Etoroma Jr.)として来日しており、ツアーバンドに欠かせない盟友といえそうだ。
 

 ロケット発射のような“3、2、1......”というカウントダウン音声が流れて、幻想的なイントロが流れると、やや遅れてアンバー・ナブランが登場。歓声を浴びるなかで「ホワット・ユー・ウォンテッド」からムーンチャイルドのステージが幕を開けた。この「ホワット・ユー・ウォンテッド」を聴くと、なぜかディー・インフルエンスの「ミッドナイト」(D'Influence「Midnight」)あたりが脳裏をかすめるのだが、シルキータッチのムードやメロディは似ているのかもしれない。

 それから「ゲット・バイ」「トゥー・グッド」とアルバム『スターフルーツ』の楽曲が続いていく。「ゲット・バイ」の途中ではナブランが「コンバンハートーキョー!ゲンキデスカー!」と日本語で挨拶。ムーンチャイルドの楽曲は、いわゆるベタな“沸き”曲はあまりないのだが、ナブランのシルキーなヴォーカルを発声する瞬間や、アンバーがサックスやフルートを手にして両脇のマットソン、ブリックとのインストゥルメンタル・トリオになるセクションでは、奏でられるハーモニーに、オーディエンスから歓声が上がる。ネオソウルを下敷きにしたオルタナティヴR&B~ジャズ・ソウルというのが音楽性の基軸で、バンド名よろしく月夜のような深い青のライトがフロアを支配するのも手伝って、幻想的なムードを醸し出しているのだが、ミステリアスというよりも、ハートウォームだったりとろけるような滑らかな質感に重心を寄せた、強い幸福感や陶酔が漂うスムースメロウなグルーヴが横溢。その音に酔いしれて緩やかに身体を揺らすオーディエンスを目にして、ステージのメンバーも心地よい表情で歌い奏でる。「トゥー・マッチ・トゥ・アスク」ではナブランのホイッスルヴォイスも聴かれたりして、ヴェルヴェットのような肌心地の音の連なりがホールの隅々まで浸透していく。


 曲構成は、1stアルバム『ビー・フリー』を除いた、アルバムから万遍なくセレクト。『プリーズ・リワインド』こそ「ザ・トゥルース」1曲のみだったが、『ヴォヤージュ』『リトル・ゴースト』『スターフルーツ』からはそれぞれ5、4、6曲と、近3作を中心にセットリストを組んでいた。思い返せば、1stアルバム『ビー・フリー』を発表したのが2012年だから、もう10年も前になる。『プリーズ・リワインド』も2014年だから、2017年の『ヴォヤージュ』、2019年の『リトル・ゴースト』、そして2022年の『スターフルーツ』を中心とした構成は、現在進行形のムーンチャイルドの集大成的な選曲ともいえる。それでも、生音の温かみを強調していた『ヴォヤージュ』から、エレクトロニクスを強く主張させて生音と融合した『リトル・ゴースト』、チルなアティテュードは維持しながら、黒人勢などのゲストを招いてヴァラエティに富んだ『スターフルーツ』と5年の間の3作でも音色が変化しているゆえ、全く飽きることはない。その作風の変化に加え、ステージならではの陰影を刻んだアプローチによるアレンジが、たおやかな音が流れる空間に瞬間的に爽やかな風が吹き抜けるような、雰囲気の"抑揚”をもたらしていた。

 「マネー」を終えた中盤では、ナブランがスツールに座り、マットソンがアコースティックギターに持ち替えて「ランナウェイ」「チェンジ・ユア・マインド」をアコースティック・ヴァージョンで披露。個人的には「ランナウェイ」はフェイヴァリットな楽曲の一つなので、バンド・ヴァージョンで聴きたかったところだが、フルステージにおいてメリハリをつけるという意味では、このアコースティック・セクションは奏功していたといえよう。演奏前には「リミックス・アコースティック・アルバムを制作しているところなの」というようなことも言っていたから、先駆けての“チラ見せ”といった趣向だったのかもしれない。

 それにしても、ナブランは、「ユー・ゴット・ワン」ではブリックのキーボードを演奏したり、ドラムのエファジェミュー・エトロマ・ジュニアのところへ駆け寄ったり、ステージを右に左に所狭しと動き回る。天を突き刺すようなホイッスルヴォイスも幾度か披露し、表情豊かにメンバーやオーディエンスに微笑みかけたりと、非常に心持ちや調子が良いのだろう。メンバーそれぞれが日本への親しみと感謝を口にし、ナブランも「トーキョーダイスキデス!」と叫ぶなど、東京でソールドアウトさせた公演を行なえることへの悦びを発していた。


 タイトルよろしく朝の陽光を描き出したような明るいライティングと麗らかなメロディが交差する「6am」の後は、『スターフルーツ』でも核となる楽曲のひとつ「テル・ヒム」へ。レイラ・ハサウェイのコーラスとベース音は、キーボードからの音源で流してはいたが(客演のレイラ・ハサウェイがツアーに参加していたらより……というのは願い過ぎだろうが)、曲のアウトロではエファジェミュー・エトロマ・ジュニアのドラムソロをフィーチャーするなど、ネオソウル~ソウル・ジャズといった佇まいをしっかりと発露。『プリーズ・リワインド』からの唯一のセレクトとなった「ザ・トゥルース」では、ゆるやかなバウンス感と曲中にナバランとブリックがサックス、マットソンがトランペットと3管が揃ったブレイクも挟み込んで、フロアに熱をもたらす。終盤のアンビエントなムードから再びサックスパートへと戻るアウトロにも大きな拍手と歓声が寄せられていた。

 一旦ナバランがステージアウトし、サックス、キーボード、ドラムのバンド・インストゥルメンタルを終えるやいなや、マットソンが「東京は世界で本当に好きな場所だよ、素晴らしいね」と感謝を述べた後、「もうあと2、3曲で終わりなんだ。でも、最高のダンス・ナンバーをこれからやるよ」と言って始まったのが、「ラヴ・アイ・ニード」。跳ねるベースは音源だったものの、過不足ないドラムのビートに導かれて、再びサックス2、トランペットの3管が揃ってのファンキーなセッション・セクションに。ギターに持ち替えたマットソン、キーボードを叩くブリックにそれぞれ寄り添って歌うナバランといった光景も繰り広げながら、フロアの熱量を上昇させていく。本編ラストは人気曲の「ザ・リスト」へ。終始にこやかな表情を崩さないナバランと、フロアに広がるグルーヴに身を委ねながら音を奏でるブリックとマットソンの姿に呼応するように、オーディエンスも高揚と陶酔の境地へ。アウトロではナバランがこの瞬間の感激を吐露するかのように、マイクから離れて絶叫ハイトーンを繰り出していたのが印象的だった。


 「モウイッキョク?」と茶目っ気たっぷりなマットソンのコールで再び動き出したアンコール・ナンバーに選ばれたのは「カム・オーヴァー」。それぞれがキーボード、サックス、フルート、トランペットを駆使したアーバンかつジャジィなアンサンブルは、ソフィスティケートながらも親しみが纏ったムーンチャイルドならではの音世界。月の明かりに見守られながら無邪気に戯れる子供たち……ムーンチャイルドの由来がそうなのかどうかは分からないが、彼らが愛するという東京の地で、夢心地ともいえる洒脱な“スウィート・ネオソウル”という花を鮮やかに咲かせていた。

 ムーンチャイルドはジャズ・アプローチのソウル・バンドというのが、広い意味での位置づけなのだろうが、なかなかに定義づけするのが難しい。ロバート・グラスパー・エクスペリメントのようにブラック・ミュージック・ミーツ・ジャズを高らかに掲げている訳でもないし、かといって、その要素からかけ離れている訳でもない。チルでハッピーなヴァイブスで包まれながらも、快活や溌溂のみで終わらないのは、メンバーに宿したマルチプレイヤーとしての才とナバランのある種奔放なヴォーカルワークに因っているのではないかと思う。そのコンビネーションが、単なるいわゆる“多幸感”という感覚だけで終わらずに、生々しい躍動を仄かに忍ばせながら跳ねるグルーヴに繋がっているのだろう。そのバランスの妙と才覚の一端が感じ取れた、充実のステージだった。


◇◇◇

<SET LIST>
00 INTRODUCTION
01 What You Wanted (*S)
02 Get By (*S)
03 Too Good (*S)
04 Too Much to Ask (*L)
05 The Other Side (*L)
06 Money (*L)
07 Run Away(Acoustic Version) (*V)
08 Change Your Mind(Acoustic Version) (*V)
09 Cure (*V)
10 You Got One (*S)
11 6am (*V)
12 Tell Him (*S)
13 The Truth (*P)
14 Love I Need (*S)
15 The List (*V)
≪ENCORE≫
16 Come Over (*L)

(*P):song from album “Please Rewind”
(*V):song from album “Voyager”
(*L):song from album “Little Ghost”
(*S):song from album “Starfruit”


<MEMBER>
Moonchild are:
Amber Navran / アンバー・ナブラン(vo,sax,fl,key)
Andris Mattson / アンドリス・マットソン(key,g,tp)
Max Bryk / マックス・ブリック(key,sax)

Efajemue Etoroma Jr / エファジェミュー・エトロマ・ジュニア(ds)

◇◇◇


 オープニングアクトとはいえ、こちらにもオーディエンスの多くが胸の高鳴りを抑えきれずに集ったようだ。キーファーは、〈ストーンズ・スロウ〉所属のマインドデザイン(Mndsgn)のツアーメンバーやケンドリック・ラマー「フォー・フリー」の大胆なジャズ・カヴァーで注目された西海岸ジャズ・クルー“ジョナ・レヴィーン・コレクティヴ”に参加するほか、アンダーソン・バークのグラミーウィナーアルバム収録曲のプロデュースでも話題を呼んだLAコンテンポラリー・ジャズ・シーンで活躍するピアニスト/ビートメイカー、キーファー・シャッケルフォードのプロジェクト。という肩書のいくらかは知っていたものの、ほぼ初見のようなもの。ベースにソロマン・スミス2世、ドラムにルーク・サンガーマンを従えた3名編成で、約45分のステージを演じた。

 開演前からギュウギュウ詰めではないものの、後方までほぼフロアは埋め尽くされいて、スタッフが「こちらの扉からなら入れます」とアナウンスするほど。グラミー賞で名が挙がった人だから、注目されて当然なのだが、自分がそのあたりのアンテナを鈍らせていたようで、少々驚いてしまった。 


 「ホワイ・ノット?」に続いて披露したのが、ジャズ・ヴィブラフォン奏者のボビー・ハッチャーソンが1975年に発表した「モンタラ」。マッドリブのカヴァーでも知られている曲だ。中盤には“ローファイ・ヒップホップ”のパイオニア、Nujabesのメドレーを。このステージでNujabesが聴けるとは考えていなかったが、あらためてNujabesが世界的に広く愛されていることを再確認した次第。プレイスタイルに目を見張るような派手さはないものの、研ぎ澄ませたような音鳴りと背後に流れる心地よいグルーヴが巧妙に重なり、ジワリジワリとオーディエンスの五感を惹き付けていく感じがいい。ジャズについてはまったく明るくないのだが、近年見られるジャズとのオルタナティヴな融合スタイルのような、現代ジャズの流れを汲みながら、ロックやヒップホップに親和性のあるタイム感のビートを構築、推進させていく。

 ヴォーカルレスゆえ演奏中に声が響くことはないが、曲間に「この後、ムーンチャイルド待ってるからな、楽しみだろ」みたいな煽りを幾度かするなど、キーファー自身は寡黙という訳ではなさそう。残りのメンバーは表立って発言してはいないが、観る限りコンビネーションも良く、タレント性の高さも実感した。

 セットリストについては、自信がないが、おそらくラストに披露したのは「スーパーヒーロー」。Nujabesはもちろん、Kero-Oneあたりのジャジィ・ヒップホップにも通底する美しいピアノが先導するトラックは、その音の波を受けると抗いがたい洗練性と浸透力に覆われるようで、キーファー一団はそのクオリティをステージにてしっかりと具現化していたのが、見事だった。


◇◇◇

<SET LIST>
01 Why Not?
02 Montara(Original by Bobby Hutcherson)
03 Cute
04 Nujabes Medlery:Feather ~ Reflection Eternal
05 Fast One
06 (Body)?
07 When There's Love Around(Original by The Crusaders)
08 Superhero

<MEMBER>
Kiefer / キーファー(key)
Soloman Smith II / ソロマン・スミス2世(b)
Luke Sangerman / ルーク・サンガーマン(ds)

◇◇◇

【Moonchildのライヴ関連の記事】
2017/09/26 Moonchild@COTTON CLUB
2022/11/07 Moonchild with special guest Kiefer @恵比寿The Garden Hall(本記事)

◇◇◇




ランキングに参加中。クリックして応援お願いします!

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「ライヴ」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事