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厨房に響く紀子さまの叱責 秋篠宮紀子さま、料理番がブラックバイトな実情を告白!

2016-04-19 | 皇室

 

厨房に響く紀子さまの叱責 秋篠宮紀子さま、料理番がブラックバイトな実情を告白!

篠宮家の料理番が命掛けのブラックバイトだと週刊文春に告白した。

週刊文春 2015年7月9日号 

「一言で申し上げるならブラックバイト…」

『秋篠宮家の料理番』の告白 

・6月29日、秋篠宮と紀子が銀婚を向かえ、当日文書で感想を発表したが、事前に内容を見た記者たちは面食らった。 

「A4九枚綴りで、異例の”対談形式”でまとめられたペーパーが出てきたのです。25年間を振り返り、仲睦まじいご様子のやりとりが続いています。 

これはお2人が交互にパソコンで文章を打ち込み、”交換日記”のようにまとめられたそうです。秋篠宮さまのご発案だと伺っています」

(宮内庁担当記者)

前出の秋篠宮家の料理番はこれを読み、自嘲の笑みを浮かべながら話すのだ。 

  「(秋篠宮家の)宮仕えを一言で申し上げるならブラックバイトのようなものですよ。

口幅ったいことを申し上げるようですが、

  一流の料理人が務める場所じゃない。

厨房に一人きりのことも多く、牛丼やじゃないが、まさに ”ワンオペ” 状態なのです。

 正直言って、この文書は

 『表 の歩み』を書いたに過ぎません。 

この25年の間、

『奥』では

  実に多くの 職員が 宮家(秋篠宮  家)を去りました。 

単なる人事異動ではなく、

心身のバランスを崩すケースも多々あったのです。」


  ○ 魔の金曜日、椅子だけの待機室、

 ○厨房に響く紀子さまの叱責 

外国の賓客に振舞われた彼の豪華絢爛な宮中料理は、国の威信を示す重要なものであり、大正天皇、昭和天皇の覚えもめでたかった。 

将来の天皇を擁する ”秋篠宮家の料理番” の実態はまるで違う。 

かつての 秋篠宮家の料理番として務めた元職員はこう話す。 

「秋篠宮家は、職員の間で

      『ご難場』とも称される

             過酷な職場だ

お傍で仕える料理人や侍女に

紀子妃殿下から直接のお叱りの声が飛ぶのは

日常茶飯事です。

 紀子さま が無言のまま

”人差し指一本” で指示 されることもある。

皆、ダイレクトな仰せに精神的に参っているのです」 

(宮家の実情をよく知る秋篠宮家関係者) 

○ 職員を ”強烈な比喩”『モノ』扱い で叱責 

定年まで務め上げた料理人が未だかつていないというのがその証左だという。 

”魔の金曜日”が訪れる。 

「土日に召し上がる食事の準備をして、侍女らに調理方法など段取りの申し送りをするのです。 当日の食事の用意も同時進行。金曜日の厨房は戦場でした」 (別の秋篠宮家関係者) 

鉄筋コンクリート造り二階建てで、一階には八畳ほどの広さの厨房があり、それと隣接する事務所には侍女長や侍女がつめていたという。 

「仕込みの作業をしていると、隣の事務室から

紀子さまが

『今後は気をつけてください!』 

などとお叱りになる声が聞こえてくるんです。

『次ぎは自分の番かな』 と思うと恐ろしかった。

厨房まで紀子さまが いらっしゃることもあるからです。 

紀子さまに 『ちょっと』 と声を掛けられると

キューッと締め付けられるようでした。 

私の目を見て、味付けや私の至らない点を注意されることもありました。 

タイ料理や韓国料理がお好みで、

パクチーやレモングラス、バイマックルーなどを業者に頼んだり、

コリアンタウンまで出向いて材料を購入しては見よう見真似で 作りました」

(前出・元秋篠宮付職員)

紀子さまは 歴代の皇室と違い和食がお嫌いのようです。

厨房を離れて一息いれる場所は、椅子しかない ”待機室” だった。

「事務官の作業着などを置くロッカールームですが、パイプ椅子が無造作に何脚かあるだけで、机がないんです。 

暗くて、冬は寒い。 

宮様方の昼食を出したら、自分は膝の上に買って来た軽食を置いて、 食べていましたよ。

 いつ雑用で呼ばれるか分からないので、

休憩と言っても、宮邸の外に出られないのです。 

庭の手入れから犬の散歩までやりましね」

(同前)

また、突然休日に呼び出されたこともあったという。 

「『こういう献上品があったから、手当てしてくれる?』 と(紀子さまから)自宅に電話がかかってきたことがあります。

そういった場合は休みでも急いで駆けつけます。 

基本的に 『あるものでやってください』 と言われるので、献上品を生かさなければ回らないのですが、毎日同じものをお出しするわけにもいかないし、限度がありますよ

(同前) 

紀子さまが女子職員に 

「あなた、自己中ね!」 

と強い口調でお説教されたことが、かつて庁内で話題になったが、

「恐れながら、『自己中』 くらいは序の口だと思います。

紀子さまは、職員の至らない部分を、強烈な比喩を使ってお叱りになることもある。

 恐ろしくてとても言えませんよ。 

 ある料理人はショックが大きすぎて、抑鬱状態となり、

『宮家を下がりたい』と言い出し、

まったく料理とは無関係な部署へ移動しました。 

その後、庁内の閑職を転々とされていましたが、定年前に病気でお亡くなりに……。 

普段から紀子さまは 職員にあだ名を付けられるのですが、

そのあだ名は秋篠宮ご一家の間でも呼び交わされています。

詳しくは言えませんが、

大の大人が『モノ』に喩えられるというのは、

決して気分が良いものではない と思いますよ」 

 (前出・秋篠宮家関係者)

近年秋篠宮家の料理番をもっとも長く務めたのはA氏だ。

だが、このベテラン職員も2012年4月で退職している。 

○ ある技官は本誌取材に 顔面蒼白 

「料理人が定着せず、

内々に 『本庁の大膳課から一人回してほしい』 という要望もありましたが、大膳課は断った。

 誰も手をあげなかったのです。 

民間の調理師会でも 『ご難場』 の噂は浸透しているため、

紹介できる人間がいなかった

 そこで、秋篠宮さまと縁の深い沖縄の重鎮を介して、沖縄の調理師学校から送られたのがA氏だった。 

 A氏は沖縄での仕事を辞めて、家族も一緒に上京してきました。A氏を受け入れる際、宮内庁サイドは、『まずは単身赴任から初めては?』と提案したそうですが、『大丈夫です』と張り切っていた。 

A氏のご両親も空港で見送る際、『宮家に差し上げるつもりです』と言って いたそうです。宮家での勤務に情熱を燃やしていたのだと思います。 

 ところがいつの日からか、出勤してこなくなり……。 

定年までしばらく間がありましたが、最終的に自己都合で退職したのです

 (別の宮内庁関係者)

文春記者がA氏の現在の職場を訪ねた。

秋篠宮家の話題をだすなり

「例の件ですか」と怯えるような表情を浮かべた後、 

「もう昔の話なので。何も話す事はありません。思い出すこともありません」 

A氏は 顔面蒼白である

そして踵を返し職場へ戻った。 

同僚に聞くと、「あの後、何も言わずに帰っていった」という。

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(注) 

実は筆者の知人が、皇室にいて、実際の 紀子様をよく知ってまして、紀子様 結婚当初から、25年前から、この記事と 同じことは、聞いて知っておりました。

最近になって やっと 声をあげる人が出てきたようですので その記事を 転載しました。

この記事の内容は事実です。

筆者は25年前から知ってました。

まだまだ あります。 もっともっとひどい、国民に公表できないような、事実は。

紀子様側で 情報を消しまくっているようですが。

実際の紀子は、お付きの人がいつかず、 

贅沢、ブランド好き、家の中では、ブスーとしてニコリともしない。美智子さまには、すりよる。外面と実際は まるで違うようです。

非常に 評判悪いです。



 


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1 コメント

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Unknown (川島キコは平成最初のKK小室圭は平成最後のKK)
2019-11-03 07:28:07
小室事変はこじれまくっていますがそのおかげ?で秋篠宮家の家庭崩壊ぶりとか正田家の闇でしたりとか全部あからさまになってきましたね!?敬宮愛子さまが皇太子に立太子されるのを楽しみにしております

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