皇后雅子さま、ルーツは佐賀(母方) 母方の高祖父が佐賀藩士
佐賀新聞Live https://www.saga-s.co.jp/articles/-/384802
皇后雅子さまのルーツは、佐賀に-。歴史研究家の川口素生(すなお)さん(57)=兵庫県=が、雅子さまの母小和田優美子さん(旧姓・江頭)の家系は佐賀藩士に行き着くとする著書「新装版 小和田家の歴史」(KADOKAWA)を発表した。
川口さんの取材によると、母方の家系をたどって判明した最も古い先祖は、高祖父に当たる佐賀藩士・江頭嘉蔵。「手明鑓(てあきやり)」と呼ばれる身分だったと考えられ、明治維新後は旧制佐賀中学校(現・佐賀西高校)で校務員として働いた。
その次男で、雅子さまの曽祖父、江頭安太郎海軍中将は、旧制佐賀中学校を経て、海軍兵学校を首席で卒業。遠洋航海から帰国後、明治天皇の前で講演しており、これが皇室と江頭一族との初めての接点だったという。
その安太郎の三男で、雅子さまの祖父に当たる豊氏は東京帝国大学を卒業し、日本興業銀行に入行。常務取締役大阪支店長を務めた。その後、新日本窒素肥料(現・チッソ)専務に転じ、社長、会長として経営再建に務めた。
著者の川口さんは「江頭一族の人々はみな努力家」と評価する。中でも、異例のスピード出世を果たした曽祖父・安太郎の語学力を挙げて「雅子さまの卓越した語学力は、母方の血筋に負うところも少なくないのではないか」と指摘している。
また、母優美子さんのいとこには、文芸評論家の故・江藤淳(本名・江頭淳夫)がいる。江藤は小説「一族再会」の中で自らのルーツが佐賀にあり、佐賀市北川副町木原を訪れたエピソードなどをつづっている。
「新装版 小和田家の歴史」は全3部構成。第1部で新潟県の越後村上藩につながる父方の血筋「小和田一族・田村(嵩岡)一族」を、第2部で佐賀へと続く母方の「江頭一族・山屋一族」をたどっている。第3部は「愛子さまのご誕生から改元まで」と題して近年の動きを記載した。本書は2001年刊行の「小和田家の歴史 雅子妃殿下のご実家」(新人物往来社)を増補し、加筆修正した。