大重潤一郎監督作品「縄文」
2015年7月22日肝臓癌で逝去。享年69歳。鹿児島で生まれ、幼少期を縄文遺跡のある台地で遊び、湧き水を飲んで育つたと述懐する大重監督。
映画「縄文」は登場人物にセリフがない。この映画は福井県三方湖岸に2000年にオープンした我が国初の「縄文博物館」(館長・梅原猛)を記念した映画だ。湖底は10万年以上の年縞がボーリング記録されている世界で唯一の発見地域だ。梅原猛の愛弟子安田喜憲教授による。縄文時代の漆の櫛の朱色や植物の額も鮮やかに残っている。
この映画て象徴的場面は、森に入るとき栗を拾う前に祈りを捧げる。縄文人の息吹や日常が自然と共にあり、アミニズム信仰として生きている。
大重監督は1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災時、神戸に住んでいた。文明の非力を痛感「自然と人間の共生」をテーマに、人類悠久の歴史の中で、我々はいかに生きるべきかを問い続けた。
大重監督はいう。私たち現代人は縄文時代を思い出し、自然の恵から与えられたものを食べ、雨露をしのげる家、寒暖に対応できる衣服があればいい。
2015年7月22日肝臓癌で逝去。享年69歳。鹿児島で生まれ、幼少期を縄文遺跡のある台地で遊び、湧き水を飲んで育つたと述懐する大重監督。
映画「縄文」は登場人物にセリフがない。この映画は福井県三方湖岸に2000年にオープンした我が国初の「縄文博物館」(館長・梅原猛)を記念した映画だ。湖底は10万年以上の年縞がボーリング記録されている世界で唯一の発見地域だ。梅原猛の愛弟子安田喜憲教授による。縄文時代の漆の櫛の朱色や植物の額も鮮やかに残っている。
この映画て象徴的場面は、森に入るとき栗を拾う前に祈りを捧げる。縄文人の息吹や日常が自然と共にあり、アミニズム信仰として生きている。
大重監督は1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災時、神戸に住んでいた。文明の非力を痛感「自然と人間の共生」をテーマに、人類悠久の歴史の中で、我々はいかに生きるべきかを問い続けた。
大重監督はいう。私たち現代人は縄文時代を思い出し、自然の恵から与えられたものを食べ、雨露をしのげる家、寒暖に対応できる衣服があればいい。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます