コールセンター職場が示すものとは?
独立行政法人労働政策研究・研修機構 研究員 前浦 穂高
コールセンターが抱える3つの問題
87%。この数値をご覧になって、皆さんは何を想像されるだろうか。答えは、日本のコールセンターで働く非正規労働者の割合(非正規比率と呼ぶ)である。国際比較をすると、各国平均で29%、米は20%、英は30%、仏は30%、独は40%、スペインは50%、韓国は60%である。日本のコールセンターの非正規比率がいかに高いかがわかる1。
このデータは、アメリカのコーネル大学のRosemary Batt教授を中心に組織されたコールセンターの国際比較調査「Global Call Center Project2」(21カ国)によるもので、私は2006年から日本班(主査 仁田道夫教授)の一員として参加している。そこで本コラムは、上記のデータや関連資料を基にコールセンター職場の実態を紹介したい。
非正規比率の高さ
最近私たちの身近な職場となったコールセンターであるが、この職場がいくつか問題を抱えていることが明らかとなった。その1つが、非正規比率の高さである。非正規労働者は労働条件や雇用保障の両面で正社員より劣るため、非正規比率が高ければ、それだけ不安定な労働者を生み出すことになる。ところで何故これほどまでに非正規化が進んでいるのだろうか。
調査によれば、主因はコスト削減である。彼らを雇う理由では、「コスト圧縮のため」と回答するセンターが圧倒的に多い。そこで顧客接点スタッフ(いわゆるオペレーター)の一般的な年収を見ると、正社員は約500万、フルタイム有期は約260万円、パートタイム有期は約130万、派遣社員は約260万円である。調査の限りでは、正社員を雇用するより、非正規労働者を活用する方がコスト削減につながっている。
賃金格差
しかしここに2つ目の問題が存在する。それは正社員と非正規労働者の賃金格差の問題である。正社員の一般的な年収は、フルタイム有期と派遣社員の2倍、パートタイム有期の4倍に相当する3。他方で平均労働時間を見ると、正社員は38.1時間、フルタイム有期は36.7時間、パートタイム有期は22.9時間、派遣労働者は35.5時間であり、パートタイム有期を除けば、雇用形態によって平均労働時間はそれほど変わらない。このように日本のコールセンターには、同じ職場でほぼ同じ時間働いているにも関わらず、雇用形態別に賃金格差が存在するのであるが、現場ではこの現実に対して納得感が得られているのかという問題が残される。これは、言い換えれば、正社員と非正規労働者間の均衡処遇に関わる問題である4。
離職率の高さ
3つ目の問題は、離職率である。非正規労働者は、正社員に比べて、離職率が高い。そのため多くの非正規労働者を抱えるコールセンターの離職率は、必然的に高くなる。ところで離職率が高いことは何が問題なのだろうか。
それは人材育成を考えれば分かりやすい。顧客接点スタッフは顧客との接点のある業務を担っているため、彼らの対応(働きぶり)が当該企業の評判につながっていく。したがって、顧客が満足する対応のできる人材(質の良い人材)の確保が必要になるが、そういう人材ほど人件費は高い。そこでコストの安い非正規労働者に教育訓練を施すかわりに、彼らには長期勤続し、安定的に質の良いサービスを提供してもらう必要がある。しかしすぐに離職されてしまうと、教育投資が無駄になるだけでなく、十分経験を積んだスタッフが不足する事態を招き、長期的にはサービスの質の低下を招く危険性がある。また離職が頻繁になってくると、企業は教育投資が無駄だと考えるようになり、教育費用を負担しなくなるだけでなく、企業内で人的資源の蓄積が進まなくなる。その結果として、企業のみならず、社会全体の生産性を低下させかねなくなることから、離職率が高い状態は、社会全体にとっても好ましくない。
求められる対応とは
これまで3つの問題を指摘してきたが、これらの問題を解決するには、どのような対応策が求められるだろうか。その1つが、非正規労働者の組織化(労働組合に参加すること)である。日本のコールセンターの平均組織率は23%であるが、国際比較をすると、各国平均は50%、米は10%、英は60%、仏は80%、独は50%である。国により制度や慣行が異なるため、単純な比較はできないが、日本のコールセンターの組織率は明らかに低水準にあり、ここに組織化の余地がある。では非正規労働者を組織化するメリットは何であろうか。
中村(2009)によれば、同じ職場で働く非正規労働者を組織化すれば、彼らの労働条件を改善するだけでなく、日常の不満や苦情を吸い上げ、働きやすい職場環境を整備することで、彼らの不満を軽減し、離職率を低下させることができる。彼らの離職率が低下すれば、従業員に費やした教育投資が無駄にならないし、新たに労働者を雇い、教育訓練するなどの追加的なコストを削減できる。さらに職場の中心的な存在である非正規労働者が意欲をもって働けば、生産性は向上するから、企業にもたらすメリットも大きい。また非正規労働者の組織化は、組合員の増加を意味するため、従業員の代表性という課題を抱えている組合にとっても大きなメリットになる5。
ただし正社員と非正規労働者が同じ組合に入った場合、両者の処遇格差(利害調整)も議論の対象になり得ることも忘れてはならない。例えば非正規労働者の賃金を上げるには、どこかに財源を求めることになるが、その矛先は正社員の給与原資に向けられるだろう。非正規労働者を組織化するということは、両者の利害調整を真剣に議論し、実行に移す覚悟が問われるのである。
コールセンター職場が示すものとは?
私たちの身近な存在となってきたコールセンターであるが、その職場の存在が示すものとは、非正規化の進展、賃金格差の問題、離職率の問題、非正規労働者の組織化など、多くの問題を抱えている現実である。これらに共通するのは、正社員と非正規労働者の関係の在り方が問われているということである。今後もこの問題は大きな論点になっていくが、それは決して対岸の火事ではなく、実はどこの職場にも見られる身近な労働問題である。
参考文献
中村圭介(2009)『壁を壊す』教育文化協会
仁田道夫(2007)『コールセンターの雇用と人材育成に係わる実態と課題-コールセンターで働く人材を如何に育成・定着させるか?-』 独立行政法人労働政策研究・研修機構
濱口桂一郎(2009)『新しい労働社会‐雇用システムの再構築へ』岩波新書
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この数値には現場の管理者であるSV(スーパーバイザー)やTL(チームリーダー)などが含まれる。顧客接点スタッフに限定すると、非正規比率は93%にものぼる。
調査全体については、コーネル大学のサイトを参照のこと。また日本のデータについては、東京大学社会科学研究所人材ビジネス研究寄付部門のサイト及び独立行政法人労働政策研究・研修機構のサイトを参照のこと。
諸外国のコールセンターで働く顧客接点スタッフの一般的な年収は、米は300万円、英は300万円、仏は216万円、独は312万円である。諸外国のスタッフの一般的な年収は、日本のフルタイム有期の一般的な年収に近いことがわかる。
仁田(2007)は、両者の賃金格差を生み出す要因として、雇用形態によって勤続年数や学歴が異なること、非正規労働者の組織率の低さなどを指摘しているが、それでも両者の賃金格差を十分説明できないと述べている。
中村(2009)が述べる組織化とは異なるが、濱口(2009)もその必要性を論じている。
(2009年8月21日掲載)
独立行政法人労働政策研究・研修機構 研究員 前浦 穂高
コールセンターが抱える3つの問題
87%。この数値をご覧になって、皆さんは何を想像されるだろうか。答えは、日本のコールセンターで働く非正規労働者の割合(非正規比率と呼ぶ)である。国際比較をすると、各国平均で29%、米は20%、英は30%、仏は30%、独は40%、スペインは50%、韓国は60%である。日本のコールセンターの非正規比率がいかに高いかがわかる1。
このデータは、アメリカのコーネル大学のRosemary Batt教授を中心に組織されたコールセンターの国際比較調査「Global Call Center Project2」(21カ国)によるもので、私は2006年から日本班(主査 仁田道夫教授)の一員として参加している。そこで本コラムは、上記のデータや関連資料を基にコールセンター職場の実態を紹介したい。
非正規比率の高さ
最近私たちの身近な職場となったコールセンターであるが、この職場がいくつか問題を抱えていることが明らかとなった。その1つが、非正規比率の高さである。非正規労働者は労働条件や雇用保障の両面で正社員より劣るため、非正規比率が高ければ、それだけ不安定な労働者を生み出すことになる。ところで何故これほどまでに非正規化が進んでいるのだろうか。
調査によれば、主因はコスト削減である。彼らを雇う理由では、「コスト圧縮のため」と回答するセンターが圧倒的に多い。そこで顧客接点スタッフ(いわゆるオペレーター)の一般的な年収を見ると、正社員は約500万、フルタイム有期は約260万円、パートタイム有期は約130万、派遣社員は約260万円である。調査の限りでは、正社員を雇用するより、非正規労働者を活用する方がコスト削減につながっている。
賃金格差
しかしここに2つ目の問題が存在する。それは正社員と非正規労働者の賃金格差の問題である。正社員の一般的な年収は、フルタイム有期と派遣社員の2倍、パートタイム有期の4倍に相当する3。他方で平均労働時間を見ると、正社員は38.1時間、フルタイム有期は36.7時間、パートタイム有期は22.9時間、派遣労働者は35.5時間であり、パートタイム有期を除けば、雇用形態によって平均労働時間はそれほど変わらない。このように日本のコールセンターには、同じ職場でほぼ同じ時間働いているにも関わらず、雇用形態別に賃金格差が存在するのであるが、現場ではこの現実に対して納得感が得られているのかという問題が残される。これは、言い換えれば、正社員と非正規労働者間の均衡処遇に関わる問題である4。
離職率の高さ
3つ目の問題は、離職率である。非正規労働者は、正社員に比べて、離職率が高い。そのため多くの非正規労働者を抱えるコールセンターの離職率は、必然的に高くなる。ところで離職率が高いことは何が問題なのだろうか。
それは人材育成を考えれば分かりやすい。顧客接点スタッフは顧客との接点のある業務を担っているため、彼らの対応(働きぶり)が当該企業の評判につながっていく。したがって、顧客が満足する対応のできる人材(質の良い人材)の確保が必要になるが、そういう人材ほど人件費は高い。そこでコストの安い非正規労働者に教育訓練を施すかわりに、彼らには長期勤続し、安定的に質の良いサービスを提供してもらう必要がある。しかしすぐに離職されてしまうと、教育投資が無駄になるだけでなく、十分経験を積んだスタッフが不足する事態を招き、長期的にはサービスの質の低下を招く危険性がある。また離職が頻繁になってくると、企業は教育投資が無駄だと考えるようになり、教育費用を負担しなくなるだけでなく、企業内で人的資源の蓄積が進まなくなる。その結果として、企業のみならず、社会全体の生産性を低下させかねなくなることから、離職率が高い状態は、社会全体にとっても好ましくない。
求められる対応とは
これまで3つの問題を指摘してきたが、これらの問題を解決するには、どのような対応策が求められるだろうか。その1つが、非正規労働者の組織化(労働組合に参加すること)である。日本のコールセンターの平均組織率は23%であるが、国際比較をすると、各国平均は50%、米は10%、英は60%、仏は80%、独は50%である。国により制度や慣行が異なるため、単純な比較はできないが、日本のコールセンターの組織率は明らかに低水準にあり、ここに組織化の余地がある。では非正規労働者を組織化するメリットは何であろうか。
中村(2009)によれば、同じ職場で働く非正規労働者を組織化すれば、彼らの労働条件を改善するだけでなく、日常の不満や苦情を吸い上げ、働きやすい職場環境を整備することで、彼らの不満を軽減し、離職率を低下させることができる。彼らの離職率が低下すれば、従業員に費やした教育投資が無駄にならないし、新たに労働者を雇い、教育訓練するなどの追加的なコストを削減できる。さらに職場の中心的な存在である非正規労働者が意欲をもって働けば、生産性は向上するから、企業にもたらすメリットも大きい。また非正規労働者の組織化は、組合員の増加を意味するため、従業員の代表性という課題を抱えている組合にとっても大きなメリットになる5。
ただし正社員と非正規労働者が同じ組合に入った場合、両者の処遇格差(利害調整)も議論の対象になり得ることも忘れてはならない。例えば非正規労働者の賃金を上げるには、どこかに財源を求めることになるが、その矛先は正社員の給与原資に向けられるだろう。非正規労働者を組織化するということは、両者の利害調整を真剣に議論し、実行に移す覚悟が問われるのである。
コールセンター職場が示すものとは?
私たちの身近な存在となってきたコールセンターであるが、その職場の存在が示すものとは、非正規化の進展、賃金格差の問題、離職率の問題、非正規労働者の組織化など、多くの問題を抱えている現実である。これらに共通するのは、正社員と非正規労働者の関係の在り方が問われているということである。今後もこの問題は大きな論点になっていくが、それは決して対岸の火事ではなく、実はどこの職場にも見られる身近な労働問題である。
参考文献
中村圭介(2009)『壁を壊す』教育文化協会
仁田道夫(2007)『コールセンターの雇用と人材育成に係わる実態と課題-コールセンターで働く人材を如何に育成・定着させるか?-』 独立行政法人労働政策研究・研修機構
濱口桂一郎(2009)『新しい労働社会‐雇用システムの再構築へ』岩波新書
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この数値には現場の管理者であるSV(スーパーバイザー)やTL(チームリーダー)などが含まれる。顧客接点スタッフに限定すると、非正規比率は93%にものぼる。
調査全体については、コーネル大学のサイトを参照のこと。また日本のデータについては、東京大学社会科学研究所人材ビジネス研究寄付部門のサイト及び独立行政法人労働政策研究・研修機構のサイトを参照のこと。
諸外国のコールセンターで働く顧客接点スタッフの一般的な年収は、米は300万円、英は300万円、仏は216万円、独は312万円である。諸外国のスタッフの一般的な年収は、日本のフルタイム有期の一般的な年収に近いことがわかる。
仁田(2007)は、両者の賃金格差を生み出す要因として、雇用形態によって勤続年数や学歴が異なること、非正規労働者の組織率の低さなどを指摘しているが、それでも両者の賃金格差を十分説明できないと述べている。
中村(2009)が述べる組織化とは異なるが、濱口(2009)もその必要性を論じている。
(2009年8月21日掲載)